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イラン核合意を崩壊させる代償
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/05/post-10115.php
2018年5月8日(火)17時00分 イラン・ゴールデンバーグ(新米国安全保障センター中東安全保障プログラム・ディレクター)、アリアン・タバタバイ(米戦略国際問題研究所拡散防止プログラム・シニアアソシエート) ニューズウィーク
核合意が崩壊すれば、イラン国内ではロウハニ大統領ら穏健派の立場が弱くなるだろう Adnan Abidi-REUTERS
<アメリカが望まない「最も愚かな」結果になるのは確実だ>
ドナルド・トランプ米大統領が、イランとの核合意からアメリカを離脱させる可能性が高まっている。バラク・オバマ前大統領時代の2015年に締結されたこの合意は、イランが核開発を制限するのと引き換えに、欧米諸国がイランに対する経済制裁を解除するという「包括的共同作業計画」だ。
これに伴いアメリカでは国内手続きとして、イランの合意遵守状況に基づき、大統領が制裁解除を維持するかどうかを定期的に判断することになっている。今度の期限は5月12日だ。
トランプは選挙戦のときから、イランとの核合意はアメリカが締結した「最も愚かな」合意の1つだとして、その「解体」を約束してきた。それでもジェームズ・マティス国防長官ら閣僚に説得されて、これまでは離脱を思いとどまってきた。
4月には、フランスのエマニュエル・マクロン大統領やドイツのアンゲラ・メルケル首相らヨーロッパのリーダーがワシントンにやって来て、合意維持をトランプに訴えた。だが、トランプは離脱をほのめかす発言をやめず、マクロンが提案したイランにもっと厳しい条件を課す「新合意」に向けた動きも進んでいない。
これまでマティスと共に、合意維持を訴えてきたレックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)が、それぞれマイク・ポンぺオとジョン・ボルトンという対イラン強硬派に交代したことで、トランプが合意から手を引く可能性は一段と高まったように見える。
では本当にそうなったとき、何が起こるのか。
理想は、イラン自身は核合意の枠内にとどまって、引き続き核開発活動を制限し続けることだ。そうすれば合意参加国であるイギリス、ドイツ、フランス、中国、ロシアからアメリカを孤立させることができる。
ハサン・ロウハニ大統領やジャバド・ザリフ外相らイランの現実主義的な改革派は、この方針を取りたがるだろう。
■無視できない中国の存在
だが、アメリカ抜きの合意体制は長続きしない。イラン国内の強硬派は、かねてから核合意に不満を抱いていたから、アメリカが抜けるならイランも離脱するべきだという主張を強めるはずだ。それに、たとえ5カ国がイランとの経済関係を維持すると約束しても、企業はアメリカの制裁を恐れてイランとの取引に二の足を踏むだろう。
たとえアメリカに続いてイランが核合意から離脱したとしても、イランの核開発が猛烈な勢いで進むわけではない。この点については、これまでのイランの歩みが参考になる。
80年代に核開発に着手して以来、イランは長い時間をかけて、少しずつ着実に計画を進めてきた。国際社会を刺激したり、アメリカの軍事行動を誘発したりする派手な活動は控えた。その結果、イランはウラン濃縮技術を手に入れることができたし、濃縮ウランの貯蔵量を増やし、その気になればすぐに核兵器開発に移行できる状態を維持することに成功した。
現在のイランも、直ちに国連の査察を全面的に拒否したり、兵器級ウランの獲得に乗り出す可能性は低い。核拡散防止条約(NPT)を脱退することもないだろう。その代わり、高度な遠心分離機の使用や濃縮ウラン貯蔵量の拡大など、これまで核合意によって封じられてきたことを少しずつ実行する可能性が高い。
そして、核合意に基づいて受け入れてきたような厳しい査察には応じなくなるのではないか。これは国際社会がイランの核開発活動を把握する上で大きな打撃となる。
一方、トランプが核合意からの離脱を決めて、制裁を復活させたとしても、思いどおりの結果を得られる保証はない。確かに多くの外国企業がイランから出て行くだろうが、アメリカ以外の国は国内の政治的反発に配慮して、アメリカの制裁に積極的に協力しないかもしれない。
とりわけロシアと中国は、制裁復活に反対するだろう。なかでもイラン産石油の最大の「お
得意様」である中国が、輸入量を減らす可能性は低い。中国の石油調達が滞れば世界経済がマイナスの影響を受けるから、たとえ中国が従来の輸入量を維持してもアメリカがペナルティーを科すことはない――。中国政府はそう踏んで、アメリカの制裁を無視することも考えられる。
12年にアメリカとEUが対イラン経済・金融制裁を強化したとき、国際市場におけるイランの石油販売量は半減した。そしてこのことが、イランを交渉のテーブルに引き戻す重要な役割を果たした。
だが今度の制裁に中国が参加しなければ、前回ほどの経済的打撃をイランに与えることはできない。そうなればイランを交渉のテーブルに引き戻すことは難しいし、ましてや、より厳しい条件の「新合意」を結ぶことなど不可能だ。
■核兵器獲得は時間の問題
それどころか、アメリカが核合意を離脱すれば、イランではアメリカ相手に外交などしても無駄だという見方が圧倒的に強くなり、ますます交渉に応じなくなる。イラン国内では、国際協調路線を取ってきた穏健派の影響力が低下して、強硬派の発言力が強まるに違いない。
そうなれば、イランは挑発的な行動を増やすだろう。弾道ミサイルの発射実験を行ったり、中東の攪乱要因であるシリア内戦への介入や、レバノンの武装組織ヒズボラやイエメンの反政府武装勢力ホーシー派への支援を拡大する可能性もある。国内では二重国籍保有者、特にアメリカ国籍者に対する弾圧を強化するかもしれない。
つまりアメリカが核合意から離脱しても、すぐに危機的状況にはならない。しかしイランはこれまで制限されていた活動を再開して、着々と核兵器獲得に近づくはずだ。アメリカは国際的な影響力を失い、制裁を復活させてもイランに方針転換を強いるほどの打撃を与えられない。
イラン国内では、アメリカとの交渉になど二度と応じるべきではないという政治的風潮が高まる。そんななか中東におけるアメリカのパートナー諸国、とりわけイスラエルとサウジアラビアはイランに対する不安を募らせて、アメリカに決然とした行動を求めるだろう。
その結果、アメリカはイランに核獲得を許すか、その計画を軍事的につぶすかの選択を迫られる。トランプは核合意を「最も愚かな」合意だと述べたが、そうした道をたどることこそ愚の骨頂だ。
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