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「相対貧困」が社会を危うくする
ブレグジット後のEU「移民格差」、日本はどうする?
2019.1.18(金) 伊東 乾
自由貿易と保護主義の対立を理論的に解説する。頭ごなしに「アメリカが・・・」などと言うより、条理を尽くして教える方が、どれだけ本物に育つことか。
前回、欧州でのAIデバイド対策の議論をご紹介したところ、「あおりっぽい」というような読者コメントがあるのを目にしました。
なかなか典型的に島国のリアクションだと思いました。
しかし、そんな島国の日本でも、深刻な働き手不足によって海外から労働力を得ようとしている現実があります。
「賃金が低廉である」という観点、また「社会保障など正社員相当の扱いをしなくてもよい」といった考え方で、安易な<受け入れ>が考えられている可能性がありますが、これは極めて由々しいことだと言わねばなりません。
かつて日本は、南米などから導入した労働力を、使うだけ使い倒したうえ、追い返すといった仕打ちをしています。
足を踏んだ方は簡単に忘れるかもしれませんが、踏まれた方は決して忘れることはありません。
その国の良質な労働力が、かつてはせっかく日本を目指してくれていたのに、もはや見向きもしない、と言ったことに簡単になってしまう。
ご都合で人材の導入を考えると、必ず因果は巡って自分のもとに帰ってきます。
こういった「ビジネス倫理」の問題を提起すると、「採算性を考えない大学人の抹香臭いお説教」「ハイハイ・・・」といったリアクションで返されることが、日本では少なくありません。
日本ではというのは、島国ではと言い直してもいいかと思います。
というのも、少なくともドイツを見る限り、ビジネス倫理は、企業経営の足を引っ張るお説教ではなく、各企業が国際的に展開するうえでの「武器」として教えられている現実があるからにほかなりません。
ではどうして「倫理」が「武器」なのか?
ノーを言えない国際ルールをツールに
例えば、CO2排出量のような、全地球規模に影響の出る「環境倫理」を例に考えて見ましょう。
2018年の日本は、1年を通して異常な気象ばかりでした。
単に異常気象というだけでなく、それに伴う天災、また本来の日本の気候から外れたことによる農作物の異常成長や異常収穫、それらに伴う需給バランスの失調、すべては経済的打撃となって、生産農家も流通業者も被害を受けています。
こんなことがあっていいはずがないと、数年前ならまだ力こぶを入れて語れたように思います。
しかし、夏の高温が記録を更新、晩秋ないし真冬のシーズンにもシベリアの寒気を圧倒するほどの太平洋からの暖かい空気の流入など、すでに日本は、懐かしい伝統的な四季とは異なる季節環境に変容してしまったのかもしれません。
何ということでしょう。
「誰がこんなことにしたんだ!」という怒りがあって当然ですが、残念ながらグローバル・ウオ―ミングは極めて複雑なシステムで(多分不可逆に)変化してしまっています。
「どこの国のどういう乱開発がいけないんだ!」といった名指しは、なかなかしづらい面があります。
しかし、そういう中で排出権その他のグローバルルールを作り、全人類の持続的成長のための倫理である、としてルール化することで、モラルやエシックスは新産業を創出する新しいゴールやマイルストーンへと変貌することになります。
全く同様のことが、移民労働力や紛争地域からの難民などについても言えます。
移動者の種類によって、あるいはそのいかんにかかわらず、グローバルルールを策定し、その「正義」の元で新規ビジネスの開拓も可能であるというのがポイントになります。
工学部必修で習う「倫理科目」の違い
長年の親友であり、仕事のパートナーでもあるミュンヘン工科大学のクリストフ・リュトゲ教授は「ビジネス倫理」の専門家です。
初対面の際にはコンピュータ―に強い経済学者と思ったのですが、彼は紛れもないドイツ観念論の正統なる後継者の哲学者、倫理学者で、ネットワークに関わる問題を考えるうえで、必要なシステムを自分で組むなど、自在に手が動く思想家です。
必修倫理を教えるクリストフ・リュトゲ ミュンヘン工科大学教授。
先日、彼がミュンヘン工科大学で担当している「必修・倫理」の講義を聴かせてもらいました。
午前中からの打ち合わせがなかなか終わらないなか、午後は講義があるというので、「じゃ聴かせてよ」ということで大教室に同道しました。
隅の方で静かにと思っていたのですが。講義の最初に学生たちに紹介されてしまったので、匿名の聴衆となることはできませんでした。
率直に言って、日本の現状との落差を強く感じました。
国内で「倫理」として教えられるもの、私自身も教えた経験のあるものは、大半が実は「研究倫理」や「ネットワークエチケット」で、もっとはっきり言うと「べからず集」が大半なのです。
「あれをしてはいけない」「これはやってはだめ」・・・。
研究倫理に至っては、およそ効果が疑われる「e-learning」やら「ビデオ教材」やらを、職員も教員も修了することが義務づけられており、テスト代わりのアンケートなどもついているのですが、共通一次テストの方がはるかにまともと痛感させられるシロモノであるのが珍しくありません。
というのも、論理的に整合した筋道が追えず、合理的に納得のいく導出法がない羅列が少なくなく、たかだか丸暗記程度のことしかできないものであるからです。
そんな日本国内の現状も念頭に、ミュンヘンで工学部生向けに必修で倫理を教える、というとき、いったいどういうことをやるのかと思っていたのですが・・・。
しょっぱなからショックを受けました。
「ええと、先週はどこまでやったんだっけ・・・」。などと言いながら、クリストフが開いたのは、「自由貿易対保護主義」の項目で、分かりやすく米中摩擦の例などを引きながら講義が始まったのです。
なんという月とスッポンであることか。
彼の講義は「ドナルド・トランプはダメである」とも「米国の保護主義は困りものである」とも一切言いません。
そうではなく、経済学のモデルを引きながら、自由な体制での貿易がいかに有効かという、純然とポジティヴなことだけを理路整然と語りました。
1400人ほど入る大教室ですが、ときおり学生が手を挙げます。すると目ざとくそれを見つけて、あらゆる質問に、その場で理路整然と、すべてをきちんと説明する。
倫理の教育・・・いや、それに限局せず、大学教育とはかくあるべき、というお手本のようなスタイルでした。
ウエブや新聞で学生が目にするだろう喫緊の話題を、必要ならヒックスでもハイエクでも引きながら透明に説明していく。
友人の教育の仕事を見るのは初めてでしたが、こういうところで信用できる人間がよく分かると思った次第です。
移民格差とAIデバイド
格差と貧困について講義するリュトゲ教授
クリストフの必修・倫理の講義は、続いて「貧困」を扱う章に進みました。
直前の「自由貿易対保護主義」の議論の必然から、国境を接した隣国に「限界貧困」の状況(生存すら危ぶまれるいくつかの状況を定義して論じていました)があるとき、保護主義がいかにグローバルな長期的視野に立って有害か、を理路整然と語っていきます。
限界的な貧困とは、餓死直前状況や、紛争などの理由によって地域経済が完全に麻痺し、出生率も下がって地域が滅亡する危機にある状況を指します。
基本的人権など持ち出さずとも、このような状況にある国があれば、国際協調で手を差し伸べるのが人間として当然のことであるし、それは結果的に復興経済のニュービジネスをもたらすことにもなる。
ドイツ・プロテスタントの倫理と資本主義の精神が21世紀の現況を直視しながら一点の曇りもなく語られていきます。
先進国では、紛争地域のような「限界貧困」はそこまで著しくない場合が多いですが、「相対貧困」が問題になります。
自分たちは、他のだれかよりも貧しい・・・という意識。あるいは、どんどん追い詰められているという危機感、焦燥感。
大陸欧州が、こうした不安感を最も恐怖する背景には、2016年英国国民投票で、まさかと思われていたブレグジットという悪夢が現実になってしまったことによります。
「移民がやって来る。彼らに仕事を奪われて、現在の生活が危うくなるかもしれない」
こんな「相対貧困」の不安感だけで、欧州は大変な負の重荷を引きずることになってしまいました。
さらに、先進国で社会保障からあぶれた難民たちは路上で物乞いの生活を送る中で凍死するなど、限界状況にある人もコンスタントに見られますし、先進地域での「相対貧困」はテロを含む様々な犯罪の温床となってしまいます。
クリストフはここで、名前だけは世界中に知られたフランスの経済学者、トマ・ピケティのよく知られた式
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を示しました。
資本の利回りは経済成長率よりも大きいのです。ために、ごく少数の富める者に財貨が集中し、人口の大半の所得が伸び悩む現実を示します。
しかもピケティの実証分析は、移民以前、AI以前のデータから得られたものです。
社会の階層化と能力やリテラシーの断絶があれば、その開きは明らかに、さらに深刻になると懸念しておくべきです。
こうした状況を、ただ単に手を拱いて眺めるのではなく、万人が合理的に考えて、決してノーが言えない命題をいち早く模索し、それに基づくグローバルルールを策定、もっと言えばそこで格付けのようなキャスティングボ―トを握ることができる可能性もあるでしょう。
実はAIに関しては、非常に珍しいことですが、日本の「人間中心のAI7原則」が現在時点、世界で最も進み、また充実した内容を誇っています。
格差の増大、AI化といった状況に加え、日本の場合はさらに「少子高齢化」による防止爆弾群が順次爆発するリスクがありますから、未然にそれらをしなければなりません。
しかし、新たな状況(例えばAI化)が進むとき、規制がない時点では、必ず一度は市場が草刈り場になるタイミングがあると覚悟しておくべきでしょう。
ツイッターやフェイスブックなどのSNSが普及した当初、どれだけダダ漏れの個人情報などがあちこちに転用されたことか。
破局的な失敗があって、初めて規制ができるというケースが大半です。もっと言えば、まだ法の目が掻い潜れると分かった段階で「未来の犯罪」でせっせと利ザヤを抜く商法だって、決して珍しいわけではないでしょう。
AIデバイドの影響をミニマムにするべく、少なくとも欧州が懸命に努力するのには、このような背景があります。
では日本は、どのように考え、行動していくべきなのでしょうか?
(つづく)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55228
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