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悲鳴を上げる現役世代:前編
団塊の世代が65歳に到達し、現役のあなたを襲う高齢者医療負担
日本の医療保険制度が崩壊の危機にあると聞いて、どれほどの人が自分事として認識できるのだろうか。
将来、年金はいつから、いくらぐらいもらえるのか──。これが今の多くの人の関心事になっているようだ。しかし、同じ国の社会保障である医療保険制度について、気にかけている人は極めて少ない。実は、年金と同様に国民皆保険制度も窮地に陥っており、この持続可能性が問われている。超高齢社会に突入した日本では、国民医療費は増加の一途をたどり、それをまかなうために企業や個人の健康保険料の負担も増えるばかりだ。とりわけ2008年の高齢者医療制度の創設以降、高齢者医療費の負担増による財政の悪化で解散する健康保険組合が増えている。
今回のスペシャルレポートでは、健康保険制度の中でも特に財源の確保が急務である高齢者医療制度とその課題を解説するとともに、持続可能な医療保険制度構築のために何ができるかを探った。
あなたは、自分が支払っている健康保険料の額を知っているだろうか。会社員の場合、給与明細の「健康保険」欄に記載されているが、その額がここ数年どう推移しているかを意識している人は少ないだろう。実は会社員の多く、特に企業の健康保険組合の被保険者が支払う健康保険料の負担が年々急増している。
こうした流れが始まったのは、2008年に高齢者医療制度が施行されてからのことだ。後述するように、企業の健康保険組合(健保組合)の被用者保険の保険者の多くは、“支援金”や“納付金”といった形で、高齢者医療費のための多額の拠出金を支払わなければならなくなった。健康保険組合連合会(健保連)によれば、2014年度(予算ベース)の経常支出のうち、高齢者医療費への拠出金総額は、約3兆3000億円にも上る。また、企業の会社員や家族が入る健保組合の経常収支は2008年度以降赤字に転落、赤字の組合の割合は全体の8割を占めるという。毎年の赤字は各健保組合が蓄えてきた積立金を取り崩しているものの、それも数年のうちに枯渇すると考えられ、冒頭で紹介したように独自の健保組合を解散し、主に中小企業従業員が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)へ移る企業も後を断たない。
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健保組合の財政悪化に伴い、2014年度の平均保険料率は8.8%に達し、高齢者医療制度開始前の2007年度から1.5ポイントも増加した。月収に保険料率をかけた、個人が支払う健康保険料は、1人当たり年間平均約8万3000円も上がったことになる(図1)。
この7年間で、こんなにも負担が増えたにもかかわらず、その負担を実感しづらいのは、会社員では保険料が給与からの天引きであることと、保険料の支払いが労使折半で実際の保険料の半額の支払いになるためだ。その結果、個人に対して直接全額の支払いを求められる国民健康保険(国保)の加入者に比べ、健康保険料の負担に対する意識が低くなるのだろう。しかし、これからはそうも言っていられない時代がやってくる。
団塊の世代の前期高齢者化で
あなたの支払う保険料は更なる負担増へ
このように毎年保険料率を上げなければ健保組合の財政が立ち行かなくなる大きな要因となった高齢者医療制度とは、どのようなものだろうか。
高齢者医療制度は2つの仕組みからなる。一つは65〜74歳の高齢者(前期高齢者)を対象とした「前期高齢者医療」で、もう一つは75歳以上の高齢者(後期高齢者)などを対象とした「後期高齢者医療制度」だ。
まずは「前期高齢者医療」について解説しよう。これは、高齢者医療制度の前身である老人保健制度における老人保健拠出金が引き継がれたもの。「高齢者の偏在による保険者間の負担の不均衡を調整するため」との考えで導入された。つまり、退職者などが多いために前期高齢者の加入数が多い国保の財政を、若年者の加入が多い健保組合などの保険者が“支援”する仕組みである。各保険者の0歳〜74歳の総加入者に占める前期高齢者の割合を「前期高齢者の加入率」として、健保組合や協会けんぽなどがそれに応じて「前期高齢者納付金」として拠出するのである。
2014年度の予算案ベースで見たときの調整結果が図2だ。調整前に比べ、協会けんぽが1兆3000億円、健保組合が1兆2000億円、共済組合が4000億円の負担増となり、これが現役世代の負担を過重なものにしている。
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前期高齢者医療がはらむ問題はこればかりではない。その一つが納付金額の算定方法だ。納付金額は、各健保組合の前期高齢者の医療給付費や加入者数などをもとに計算することになっている。そのために、一人でもがん治療などで突発的に高額な医療費が発生した場合には、納付金の額が実際にかかった額の十数倍に跳ね上がる可能性がある。また、加入者数の変動で納付金額が増減するため、単年度での収支均衡をとりにくく、保険者は安定的な組合運営をしにくいのである。
さらに、影を落としているのが、「団塊の世代」の問題だ。2015年には、全ての団塊の世代の人たちが前期高齢者になり、10年後に後期高齢者になるまでの間、大幅に前期高齢者の医療費が増大することが見込まれる。現在の制度では、前期高齢者の医療費には公費が投入されておらず、この増大分の医療費は全て納付金の増大として健保組合をはじめとする被用者保険の保険者、ひいてはその加入者に重くのしかかる。
目白大学生涯福祉研究科・客員教授の宮武剛氏
目白大学生涯福祉研究科・客員教授の宮武剛氏は、「被用者保険の成り立ちからいっても、地域保険である国保が現行の医療保険制度の基盤であることは間違いない。その屋台骨が揺らがぬように各保険者が能力に応じて負担するのはある意味仕方がないことだ。しかし、既に大きな負担を負っている被用者保険、とりわけ健保組合に今後10年間膨らみ続ける納付金の負担を強いることは、財政的にも難しいだろう。また、自分たちが支払った保険料の半分以上が、自分たち以外の人たちの医療費に使われるというのは、加入者の心情面での納得も得られない。団塊の世代が前期高齢者となるときには、時限措置の形であっても、公費を投入する必要がある」と話す。
>> 総報酬割拡大で健保組合、共済組合の負担は急増
一方、後期高齢者医療制度にも大きな課題がある。後期高齢者医療制度は前期高齢者医療の仕組みと異なり、全ての市区町村が加入する広域連合が運営する独立した医療保険制度だ。厚労省によれば、「高齢世代と若年世代の負担の明確化などを図る観点」で作られた。
そのため、後期高齢者医療給付費には公費が投入されている。その割合は、給付費の約5割。残りの約1割が高齢者の保険料で、約4割が現役世代の保険料からの“仕送り金”である「後期高齢者支援金(支援金)」だ。2014年度予算ベースの医療費の負担の内訳は図3の通り。約14兆4000億円のうちの6兆円を、支援金として国保と健保組合、協会けんぽ、共済組合の加入者である現役世代が分担して支えている。
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しかし、この支援金の分担に関わる算定方式を大幅に見直す案が、厚労相の諮問機関である社会保障審議会の医療保険部会で浮上している。
現在、支援金は、その3分の2を各保険者の「加入者数」に応じて決める加入者割、3分の1を加入者の「平均所得」に応じて決める総報酬割で分担している。これを2015年度から全て総報酬割によって分担する方向に改める方針が出てきたのだ。これにより、平均所得が高い企業の健保組合や共済組合では拠出金が大幅に増えることになる。健保連によれば、これにより健保組合の約6割の組合が負担増となるという。
総報酬割の導入で負担が増えるのは、健保組合と共済組合だ。その一方、平均所得が低い協会けんぽの負担は約2300億円減る。実は、これまで、加入者割による収入などの格差の是正などの観点から、協会けんぽには国庫補助が行われていたが、総報酬割によって補助していた約2300億円の国費が浮くことになる(図4)。その使い道に議論がわき上がっているのだ。
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国は、これを国保の赤字の穴埋めに使う方針だが、健保連などは、「高齢者医療費を社会全体で支えるという観点では総報酬割の導入はやむを得ないが、国民皆保険制度の礎を担う被用者保険が揺るがぬよう、浮いた分は現役世代の負担軽減に使うべき」と訴える。
宮武氏も、「被用者保険からの負担で浮いた国費を国保の財政再建に使うのは納得がいかない、という健保連の主張は理解できる」と言う。
企業への負担増が産業空洞化を招く
名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授の
澤野孝一朗氏
老人保健制度と医療費自己負担率などに詳しい名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授の澤野孝一朗氏も企業の活力を憂う。「そもそも、1990年代には、少子高齢化による医療保険制度の崩壊が予見されており、何らかの手を打つべきだった。しかし、今となっては、財政も逼迫し、高齢者医療費に充当できる“金の卵を産む鶏”は健保組合などからの前期高齢者納付金や後期高齢者支援金だけなのだろう。日本では、社会保障については企業から取って当たり前、取っても黙って支払うと考えているようだ。これでは、企業を成長させようとする意欲を削いでしまう」と澤野氏。
その上で、「このまま現役世代の負担が増え続け、企業や労働者の努力の及ばないところで高齢者医療費を負担させられるようであれば、事業の拠点を海外に移す企業が出てこないとも限らない。企業にとって健康保険料は人件費コストの増加につながることから、産業の空洞化による国内雇用の減少、国際競争力の低下などを引き起こす可能性があり、日本経済へ与える影響も少なくない」と指摘する。
では、国民皆保険制度を持続可能にするためにはどうすればよいのだろうか。「教科書的には、医療給付を抑えてバランスのよい資金調達を図るということになるが、これも難しい面がある。例えば、高齢者の受診を抑制して医療給付を抑えようとしても、それができるのか、できたとしてやってよいのかという問題があるからだ」と澤野氏。
一方、宮武氏は「まずは、誰がどのように負担していくのか、また適正な医療費となるような医療システムの構築についても国民が議論をすることが重要だ。医療費の負担については、支払い能力のある高齢者は応分の支払いをしてもらう必要もある」と話す。現在、所得にもよるが、高齢者の医療費の自己負担は、69歳までが3割、70〜74歳までが2割、75歳以上が1割と定められている。これをどうしていくかも今後の課題だろう。
高齢者医療費の負担構造を見直し、現役世代の労働意欲を削ぐことのない負担の仕組みを作っていくためには、まず我々現役世代が制度について十分に理解し、声を出していくことが重要になるだろう。
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スペシャルレポート Vol.2
悲鳴を上げる現役世代:後編
健保組合の解散は「国庫負担増」と「医療費の削減・適正化手段の喪失」に直結
健康保険組合(健保組合)はこれまで特定健康診査(特定健診)やさまざまな独自の保健事業に積極的に取り組むことで加入者の疾病予防や健康増進を図り、医療費の削減や適正化に寄与してきた。しかし現行制度では、そうした"企業努力"が正当に評価されているとは言い難く、健保組合は多額の高齢者医療費の拠出を強いられ、健保組合の財政は急速に悪化。高齢者医療制度が創設された2008年以降、その累計赤字額は7年間で2兆7000億円を超える見通しだ。
体力の衰えた健保組合が一度解散すれば、健保組合の拠出は減り、国庫の負担増につながる。さらに、医療費の削減や適正化を図る担い手としての重要な役割も喪失することになる。健保組合の存続の可否は、単に加入者の利害にとどまらず、社会全体の問題として捉える必要がある。
今回は、健保組合の現状を紹介するとともに、国民皆保険制度における健保組合の存在意義をレポートする。
三菱電機健康保険組合は今年、長年7.8%で維持してきた保険料率を8.3%へ0.5ポイント引き上げることに踏み切った。「加速度的に悪化する財政に対応するための苦渋の決断だった」と同組合事務局長の大森義文氏は肩を落とす。
三菱電機健保組合は、三菱電機をはじめ130の事業所が加入し、被保険者約11万6800人、被扶養者約11万6600人と全国でも有数の規模を誇る(2014年3月末現在)。また後述するように、2002年より社員の健康づくりに関する積極的な取り組みを行うなど、独自の保健事業によって医療費の削減や適正化にも注力してきた。
それにもかかわらず、同組合の経常収支は、悪化の一途をたどった。2003〜2010年度まで黒字だった経常収支は、2008年に施行された高齢者医療制度により高齢者医療への拠出金が膨らんだことで2011年度には約7億円の赤字に転落。さらに2012年度には約30億円、2013年度には約60億円と、赤字額が激増した。
こうした状況を踏まえ、同組合は2012年には保険料率の引き上げを検討し始めたという。「当初は1年後の引き上げを目指していたが、本社、労働組合(労組)、関係会社など、関係各所に丁寧に説明を重ねる必要があり、実行までには2年を要した。保険料率を引き上げたからといって黒字に転換するわけではなく、今後も別途積立金を取り崩しながら運営することになる。計画では、別途積立金の額を支出のリスクと収入のリスクを勘案した適正な"基準額"になるまで5年をかけて減らしていくが、前年度の決算に応じてさらに保険料率を引き上げる可能性もある。このままの状態なら、来年度も保険料率を上げざるを得ないだろう」と大森氏は説明する。
健康保険組合連合会(健保連)によれば、2014年度に保険料率を引き上げた健保組合は全組合の約3割(図1)。平均保険料率は約8.8%で前年度より0.2ポイント増える見込みだ(2014年度予算早期集計)。保険料率が10%以上の健保組合も、2014年度には251組合へと急増している(図2)。高齢者医療費の拠出金が急増する一方で、景気低迷により従業員の給与や賞与は伸び悩み、保険料収入が減る健保組合がほとんどだ(図3)。その結果、経常収支は高齢者医療制度が創設された2008年以降は赤字が続き、その累計額は約2兆7300億円に膨らんだ。
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三菱電機健保組合の財政悪化の主な原因も高齢者医療に関わる拠出金の増大だ。同組合の2013年度の保険料収入に占める保険給付費の割合は約70%。一方、「前期高齢者納付金」と「後期高齢者支援金」を合わせた高齢者医療への拠出金は34.5%だった。拠出金の額は増え続けており、前期高齢者納付金は前年度比十数%、後期高齢者支援金は数%アップしているという。「現在、前期高齢者納付金には公費が投入されていないが、今後ますます健保組合のその負担は大きくなる。今後はここに公費を投入もしてもらえればよいのだが」と大森氏は切望する。
(注)健保組合の拠出金の全国平均は約42%で、三菱電機健保組合の拠出金の比率は低いように見えるが、これは同組合が「特例退職被保険者制度」を取っているからだ。特例退職被保険者制度では、61歳以上75歳未満の要件を満たす人を被保険者とする。このため被保険者全体に占める前期高齢者(65〜74歳の高齢者)の割合が高くなり、その結果拠出する前期高齢者納付金が少なくなる。もちろん、組合員として抱える前期高齢者の医療費は、保険給付費として支出している。
今の健保組合にできるのは"企業努力"による医療費の削減
財政悪化の中、三菱電機健保組合が取り組んでいるのが、組合員の医療費削減と医療費の適正化に関わる事業だ。
なかでも、健保組合が会社や労組と一体となって取り組んでいるのが、2002年に始めた社員の生活習慣改善を促し健康寿命を伸ばすための「三菱電機グループヘルスプラン21(MHP21)」である。これは、社員にできるだけ早い時期から食生活や嗜好などの生活習慣を見直し、QOL(生活の質)の向上を図ってもらうことで、従業員への安全配慮、労働生産性の向上、医療費の削減を達成しようというものだ。MHP21では、保険給付費の20%を占めていた歯科関連の医療費削減のために「歯の手入れ」を、生活習慣病予防のために「適正体重の維持」や「運動の習慣化」を、疾病予防のために「禁煙」を、メンタルヘルス予防のために「ストレス対処能力の向上」を重点項目として定め、それぞれに定量的な目標を設定し成果を確認している。
実際、MHP21の取り組みにより、2001年度には40%だった喫煙者率は、2011年度には27.5%に減少。運動習慣者の割合は11.7%から16.2%へ、歯の手入れをする人の割合は13.3%から20.5%へと改善したという。こうした社員の行動変容は保険給付費の削減にもつながった。「2001年度から2010年度までの累計で約70億4000万円の医療費の削減ができた計算になる。今後も、国が推し進める特定健康診査(特定健診)・特定保健指導の積極的な推進はもちろんのこと、MHP21の取り組みもさらに強化する考えだ」と大森氏。
また、医療費の適正化に関わる事業として、診療報酬明細書の点検強化、ジェネリック医薬品の利用促進(写真)、正しい受診指導による柔道整復師療養費の削減などを行っていくという。加えて、昨年度からは糖尿病の重症化防止策にも力を入れている。
さらに、「今後は医療費、健診の結果、MHP21による生活習慣の改善結果の3つのデータを突き合わせて重点項目を絞り込み、費用対効果の高い取り組みを進めたい」と大森氏は展望する。
>> 医療費の適正化やモラルハザードの防止など
健保組合のメリットは大きい
三菱電機健保組合の事例で見てきたように、健保組合はさまざまな工夫を凝らし、多岐にわたる保健事業により、医療費の削減に寄与してきた。特定健診(いわゆるメタボ健診)一つとってみても、健保組合の実施率の高さは目を見張る。厚生労働省の統計によれば、2011年の特定健診の健保組合の実施率は69.2%で、共済組合(72.4%)とともに、国民健康保険(国保)(32.7%)や全国健康保険協会(協会けんぽ)(36.9%)の約2倍の実施率になっている。
関西大学名誉教授の一圓光彌氏
健保組合のメリットはこればかりでない。医療保険制度に詳しい関西大学名誉教授の一圓光彌氏は、「健康保険の大きな利点は、給付費の増加が組合員の保険料に影響するため、モラルハザードを防ぎやすいことだ」と話す。さらに、企業への帰属意識から「保険料を払っているから、使えるだけの医療費を使わなければ損」といった考えを持つ人が少なくなるという。
また、「運営を企業が行うことで、"企業努力"として効率的な運営を考えることができるのも大きい。自治的な保険者であるからこそ、無駄を省くとともに、独自の保健事業による医療費の削減や適正化を図ることもできる。安全配慮のため被用者本人と企業が一丸となって健康維持や病気・事故の予防に努める効果がある。健保組合の活動が円満な労使関係を築く一助となり、労働生産性の向上が図れることもメリットといえるだろう」と一圓氏は説明する。
実際、こうした健保組合のメリットは医療費の適正化にもつながっている。「1人当たりの医療費を保険者ごとに計算したところ、健保組合を1とすると、2010年には協会けんぽが1.06、国保が1.24だった。時代とともに高齢者の医療費の割合が高まり、医療費の適正化が重要な課題となるが、健保組合はどの年代でも医療費の適正化の成果が大きい。健保組合が多くの予算を保健事業に割いて疾病予防に努めてきたことが大きく寄与している」と一圓氏(表)。
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保険者の"企業努力"が報われる
リスク構造調整型の医療保険制度を
では、現行の医療保険は、こうした健保組合の利点を生かせるものになっているのだろうか。
歴史を遡って制度の特徴を見ると、1983年に発足した老人保健制度では、それまで国庫から出ていた国保や各被用者保険の制度間の財政調整を被用者保険の保険料でまかなうことになり、健保組合はこの財政調整のために多額の拠出金を支払って、皆保険制度を支えてきた。「老人保健制度における高齢者医療費の拠出では、各保険者は、実際に加入する高齢者の割合を問わずに、全体平均と同じ割合の高齢者が加入しているとみなして算定された拠出金を支出する仕組みだった。高齢者の加入割合が全体平均よりも低い被用者保険の拠出金の規模は大きくなるが、保険者が行う保健事業などで老人医療費の適正化を図ることができれば、その成果が老人医療費の拠出金の引き下げに反映されるため、各保険者の"企業努力"が生かされる仕組みでもあった」と一圓氏は一定の評価をする。
しかし、1990年代に入ると少子高齢化が進み、被用者保険が国庫を支えるというモデルは崩れていった。「このモデルの維持は、被用者数や賃金の増大で健保組合を大きくし続け、他の保険者を支えることが必須条件だったからだ。しかし、このモデルが崩壊した現在でも国からは健保組合による下支えへの要求は続いている」(一圓氏)。
さらに、2008年に施行された後期高齢者医療制度では、75歳以上の高齢者の医療保険を独立させた。そのため、健保組合などの保険者は後期高齢者の医療に対して直接適正化を図るすべはない。「最大の問題点は、医療費が最も大きいところを、健康づくりの担い手と切り離してしまったところだ。それでは、健保組合ばかりでなく、保健事業などに力を入れている市町村(国保の保険者)も、やる気をそがれ、被保険者のモラルハザードの問題も浮上する」と一圓氏は指摘する。
一圓氏は、過重な負担を負った健保組合の行く末を憂慮する。2008年に高齢者医療費の負担増に耐えかね、西濃運輸健保組合が解散した。これによりに西濃運輸の被保険者は協会けんぽに移ることになったが、そのことで新たに協会けんぽに支払われることになった国庫負担は年間約16億円と推計されている。「このように、健保組合や共済組合に支援金や納付金を負担させて国庫負担を抑えるやり方は、健保組合の解散を招くことにもつながり、ひいては国庫負担増として跳ね返る。しかも、それは、医療の適正化を進めるための要ともなる健康増進や予防事業などを行う経営主体を失うことにもなる」と一圓氏。
では、社会資源としての健保組合のメリットを生かすためには、どのような制度が考えられるのだろうか。一圓氏は、「保険者の経営努力が自らの保険料負担の軽減に結び付く形がいい。それにはリスク構造調整の考え方が必要だ」という。リスク構造調整とは、標準的な所得に応じた保険料を全ての被保険者から徴収し、その財源で年齢構成などの医療費リスクに応じて各保険者に医療給付費を支払うものだ。この制度の場合、医療費がその予算を超えた場合にはその被保険者が保険料を追加して支払い、逆に医療費が少なくて済めば保険料率を下げてその成果を被保険者に還元することができる。
「自分たちの努力が保険料率につながる仕組みをつくることが、皆保険制度を維持するための鍵となる」と一圓氏は話す。
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