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2018年12月21日 唐鎌大輔 :みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2019年の経済3つの「想定外シナリオ」最悪は米中完全決裂も
完全決裂も電撃和解もあり得るトランプ大統領と習近平主席 Photo:AP/AFLO
日米欧三極のテールリスク
毎年末、金融機関やシンクタンクから実現可能性の低そうなシナリオ(いわゆる「ブラックスワン」)に関する様々な予想が公表され耳目を集める。しかし、「可能性が低い」という一点だけにこだわると何でも言えてしまい、何より「面白ければいい」という方向に流れがちでもある。
本稿では、地域を日米欧に絞り、筆者が最も注目するものを1つずつ(計3つ)列挙してみたい。想定される発生確率は予想主体によって異なるものだから、これをブラックスワンと呼ぶかどうかは受け止める者次第だろう。
その意味で「ブラックスワンというには実現可能性が高そうだが、サブシナリオとしてメインシナリオの脇に置くには実現可能性が低い」という微妙な位置づけのリスク(いわゆる「グレースワン」)も存在する。「可能性が低そうなリスク」という意味では、包括的に「テールリスク」とまとめてしまった方が、誤解が少なそうだ。いずれにせよ、「〇〇ショック」と呼ばれるようなものは想定外の事象から勃発するのだから、師走に行う頭の体操としては有意義な試みと思われる。
結論から言えば、米国は「米中貿易戦争の完全停戦とその真逆のシナリオである完全決裂」、欧州は「欧州中央銀行(ECB)の量的緩和再開」、日本は「日銀の利上げ」に思索を巡らせてみたい。
米中貿易戦争、停戦と決裂の両極シナリオ
まず米国については、「米中貿易戦争の完全停戦とその真逆のシナリオである完全決裂」だ。恐らく2019年の世界経済も米中貿易戦争のすう勢に振り回される場面が多々あるだろう。
米中貿易戦争の先行きに関しては「緩やかな緊張状態が漫然と継続する」という予想が最も多そうであり、何事も自己都合のためのディール(取引)と割り切っていそうなトランプ大統領の腹づもりを踏まえれば、恐らくその見立ては正しい。「互いに生かさず殺さず」という状況を続けたいのだろう。そうした動きをメインシナリオとすれば、その停戦や決裂といった両極端なシナリオは金融市場にとっての想定外となる。
本稿執筆時点では12月1日の米中首脳会談で示された「米国から中国への90日猶予」が検討されている段階であり、事態は停戦に向かっているようにはみえるが、本当に解決に至ると思っている識者は決して多数派ではあるまい。そもそも保護主義を先鋭化させることで大統領の座を射止めたトランプ大統領が2020年の大統領選を前にその旗を降ろす理由はない。まして対中強硬姿勢はその象徴なのだからなおのこと、簡単に退かないだろう。
こうした認識に基づけば、「米中貿易戦争が完全停戦に至る」という蓋然(がいぜん)性は低いと考えられ、だからこそ、本当にそうなった場合(例えば追加関税の全撤回など)に至った場合の影響は小さくないと思われる。その際は事態の進展とともに下落基調を強めてきた人民元相場も反転に至る可能性があり、為替市場を主軸に金融市場の潮流が変化する契機となるかもしれない。
また、多くの国際機関や中央銀行の見通しも米中貿易戦争の悪影響ありきで成長率が下方修正されている現実があるので、完全停戦は2019年の世界経済の想定自体を大きく変え得る話でもある。その場合、米金利もドル相場も堅調を維持する可能性が高いだろう。
仮にトランプ大統領が米中貿易戦争を手打ちにするとすれば、そうせざるを得ないほど株価や実体経済が動揺している状況が考えられるが、この可能性は現時点でないとはいえまい。もっとも、その場合でもトランプ大統領は極力、米連邦準備理事会(FRB)の金融政策(利上げ)に責任を転嫁し、保護主義の温存を図る可能性はある。
中国を「為替操作国」認定なら米中完全決裂か
反対に、米中貿易戦争の緊迫化がエスカレートし、完全決裂に至る可能性も当然ある。この場合、起こり得る事態は多岐にわたる。関税対象品目の拡大、関税率の引き上げはその基本動作であるし、各種許認可を通じたアクションも考えられる。
12月には米国の要請を受けてカナダ当局が中国通信機器大手企業の幹部を拘束し、この報復に中国当局がカナダ人を拘束し返すという「事件」があったくらいだ。現実は想定を軽く超えてくる可能性がある。
しかし、米中貿易戦争が金融市場にとって最もシンボリックな形で緊張を極めるとしたら、やはり米財務省が半期に1度公表する「為替政策報告書」において中国が為替操作国認定を受ける展開と考える。為替操作国に認定された国は国際通貨基金(IMF)を通じて2国間協議を行い、以降、制裁関税が課される事態などに至る。この際、協議期間や制裁内容が詳細に規定されているわけではなく、現状でこれだけ追加関税を課していれば「大差ない」という見方もある。
とはいえ、やはり公式に相手国の通貨政策を批判する立場に軸足が移ることの意味は小さくないはずだ。為替操作国認定を経て米中貿易戦争の長期化・深刻化を予想する向きは増えるだろうし、ヘッドラインの持つインパクトを踏まえれば、企業や家計といった民間部門の消費・投資意欲が激しく損なわれる事態になりかねない。
ちなみに、IMFは米中貿易戦争の影響試算において、「米国が対中輸入全額および自動車・同部品に追加関税を課したことで、企業心理が悪化して投資が減少、金融市場にも負の影響が及ぶシナリオ(confidence shock シナリオ)」を「最悪のシナリオ」としているが、まさにそれが心配される話になる。為替政策報告書のような分かりやすいアクションは引き金になりやすい。
いずれにせよ、2019年も米中貿易戦争が世界経済および金融市場の帰すうを握っている面は否めず、これが両極端に振幅するシナリオは真っ先に警戒すべきである。
ECBの量的緩和再開シナリオ
次に欧州については何を挙げるべきか。英国のEU離脱(Brexit)方針の撤回、離脱合意なし(ノーディール)でのBrexit決行、イタリアのユーロ離脱(Italeave)をかけた国民投票実施、メルケル独首相とマクロン仏大統領の同時退陣など、相変わらず経済というよりも政治関連で想起されるシナリオが多そうだが、これらはそれなりに市場でささやかれているものだ。本欄であえて言及することはしない。
これら以外で注目度は高くないものの、完全に否定できない論点があるとすれば、やはりECBの政策運営の行方が金融市場の想定外の振幅につながる可能性だろう。より具体的には「ECBの量的緩和再開」という展開は可能性こそ低いものの、考える価値はあると考えている。
周知の通り、ECBは12月の政策理事会で2015年3月から続いてきた拡大資産購入プログラム(APP、いわゆるQE)を終了させた。だが、ドラギECB総裁自身もそう述べているように、APPというツール自体が消滅したわけではなく、有事に備えツールボックスの中に納められ、いつでも使用可能というステータスにある。だからといって舌の根も乾かぬ1年未満でAPPを再開することなどあり得ないと考える向きがほとんどだろう。だが、過去の経緯を見れば、ないとはいえない。
例えばAPPの変遷を振り返ると、2015年3月に月600億ユーロでスタートして以降、約1年後の2016年4月に800億ユーロに増額されたが、そこから1年後の2017年4月には600億ユーロに減額、その9か月後の2018年1月からは300億ユーロに、10月からは150億ユーロに再減額という増減をたどった経緯がある。事に及べば機動的に資産購入額の増減に踏み切る決断力は侮れないというのが、筆者がECBに対し抱く印象である。
現実問題としてユーロ圏を取り巻く政治・経済情勢は非常に悪く、ECBの強気の政策運営が「浮いている」という印象は否めない。いまだにリスクバランスを「均衡(balanced)」と評価している事実に関し、疑義を唱える向きは多い。
2017年から2018年にかけて、ECBは淡々とタカ派姿勢を貫いたものの、2018年最後の政策理事会における声明文では地政学や保護主義、新興国の脆弱性や市場のボラティリティーなどを理由に「リスクバランスは(今は均衡しているが)下方に向かっている(the balance of risks is moving to the downside)」との表現を加えた。この修正は2019年に待ち受ける厳しい未来への布石ではないだろうか。
仮に現在予想が増え始めているように、2019年中にFRBが正常化プロセスの手を止めることになった場合、ECBの関心事は「利上げ着手や再投資停止のタイミング」ではなく、「APPを再稼働させるべきタイミング」になるだろう。少なくとも長期金利の騰勢に悩まされ続けているイタリア政府は現時点でもそれを望んでいるはずだ。政治・経済にまつわる基礎的条件の悪さを踏まえれば、APP再復活とともにECBの「あまりにも儚(はかな)い正常化プロセス」がクローズアップされるリスクは頭の片隅に置く必要があるだろう。
日銀は「空気を読める」か
最後に日本に関する「想定外」を検討して締めたい。当然、消費増税先送りや安倍政権の退陣(これに伴う黒田日銀総裁の退任)などに思索を巡らせる向きは多そうだが、やはり金融市場という目線からは日銀の政策運営を注視したい。具体的には、欧米の金融政策の強気姿勢がピークアウトするという声が多い中、日銀がワンテンポ遅れて明示的な正常化(端的には利上げ)に踏み切るリスクには目を向けておきたい。
本稿執筆時点の現状を整理すれば、ECBが資産購入を停止させることで、日米欧三極の中央銀行のバランスシート合計規模は2019年1月以降、前月比で減少する局面に足を踏み込むことが予想される(下図)。
日米欧中銀の総資産比較
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2019年はリーマンショック以降で欧米の金融政策が最もタカ派に振れている状態で迎える年と言って差し支えないだろう。だからこそ、米金利は上がり、ユーロ圏の金利も連れ高になりやすく、これに日銀も乗せられやすい(言い方を変えれば正常化に踏み切りやすい)市場環境が存在すると考えられる。
もちろん、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)が依然として前年比プラス1.0%程度での推移に収まっている以上、明示的な引き締めの大義は立ちにくいし、何より2019年10月に消費増税が控えている以上、それまでは慎重な政策運営しかできないというのがもっぱらのコンセンサスである(実際、日銀はそうしたフォワードガイダンスを提示済みだ)。
だが、マイナス金利が副作用を伴う「リバーサルレート」(過度の金利低下で金融仲介機能が阻害され、緩和効果が減退)であることはもはや市場参加者にとっては周知の事実であり、これを撤回すること自体、むしろ景気にポジティブな決断だと主張する道は残されている。日銀も同様の胸中である雰囲気は節々から感じる。
とはいえ、「理屈は正しくても、言い方やタイミングを間違えると強烈な不興を買う」というのは白川総裁時代を通じて日銀が痛烈に学んだことだろう。少なくとも「日銀が利上げを始めるタイミング」が「FRBが利上げを止めるタイミング」と重なる(もしくは近くなる)のは、先進国の中でもとりわけ為替相場に固執する日本経済(ひいては社会)において勇気が相当要る政策運営であり、可能性は非常に低いと考えるのが自然だ。
だが、中央銀行は時に市場の思惑を超えて正常化への拘泥を見せることがある。それがマイナス金利の撤回やイールドカーブ・コントロールにおける操作対象金利の短期化(10年から5年へ)といった分かりやすい形で現れる可能性は否めない。世界経済がピークを過ぎ、欧米中銀の政策運営が曲がり角を迎えそうという空気を読んだ上で慎重な政策運営を貫けるのか。そうとも限らない、というリスクが日銀については小さいながらもありそうだ。
*本稿は唐鎌大輔氏の個人的見解であり、同氏の所属機関とは無関係です。
https://diamond.jp/articles/-/189147
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2018年12月21日 上久保誠人 :立命館大学政策科学部教授
米国との「距離感」で国際秩序が決まる、新たな時代が始まった
北朝鮮もロシアも中国も中東も、米国との「距離感」が国際関係を決めている
北朝鮮もロシアも中国も中東も、米国との「距離感」が国際関係を決めている 写真:ユニフォトプレス
今回は、ドナルド・トランプ大統領の「米国第一主義(アメリカファースト)」を振り返る。2018年は、トランプ大統領の一挙手一投足に世界が振り回され続けた1年だった。そして、そこから見えてくるのは、米国が、従来の地政学的な枠組みでは説明できない、「新しい国際秩序」を着々と築いてきたということだ。
新しい国際秩序を考えるには
従来の地政学を超えた新たな理論が必要だ
この連載では、従来の地政学を超えた「4D地政学」という新しい概念を打ち出してきた(本連載第155回)。
ニコラス・スパイクマン『Macedonian Academy of Sciences and Arts』より
従来の地政学では、米国は「New World(以下、新世界)」と呼ばれ、ヨーロッパからもアジアからも直接攻撃されない離れた位置にあることで、政治的・軍事的に圧倒的な優位性を持ってきた。だが、現在の国際社会は、これでは説明できなくなっている。なぜなら、ミサイル攻撃やサイバー攻撃の技術が飛躍的に向上し、米国を直接攻めようとする国家などが登場しているからだ。米国が「新世界」ではないことを説明する新しい枠組が必要となる。
端的な事例が、「北朝鮮のミサイル実験」だ(第186回)。北朝鮮がミサイル実験を着々と成功させて、本来どこからも攻撃されない「新世界」であるはずの米本土に届くICBMを完成させた。その結果、トランプ政権は、北朝鮮のミサイルを現実的な危機と認識し、初めてこの問題の解決に重い腰を上げざるを得なくなった。
©ダイヤモンド社 2018
そこで、「4D(四次元)地政学」を考えた。これまで地図という「平面」の上で「固定」された国家の位置関係から国際関係を考察してきた地政学に、「空間」という新たな分析の枠組を付け加える。そして、空間における国家間の位置関係は不変で固定的なものではなく、国家の持つ技術力の進歩によってグニャリと曲がって変化する「動的」なものだと考える。
「ワープ」を可能にする「ワームホール」のイメージ
北朝鮮に当てはめれば、米本土に届くICBMを完成させることによって、「平面」の上で「固定」された地図上では絶対に届くはずのない米国との距離を、「空間」をグニャリと曲げるイメージで、縮めることに成功したのだといえる。
それは、いわば曲がった「空間」をぶち抜いた「ワームホール(虫食い穴)」を通って距離を瞬時に縮める「ワープ」のイメージだ。だから、「4D(四次元)」の地政学なのだ。本稿はこの枠組みを使い、米国と北朝鮮、EU、中東、ロシア、中国との新たな関係を分析する。
「アメリカファースト」とは
何かを振り返る
この連載では、「アメリカファースト」とは何かを何度も説明してきた(第191回)。アメリカファーストの根底には、「シェール革命」という、主に米国で生産されるシェール石油・ガスによって、米国が2011年にロシアを上回り世界最大の産ガス国になり、2013年にはサウジアラビアを上回り、世界最大の産油国となったことによって起きた、米国内と国際社会の劇的な変化がある(第170回・P.4)。
エネルギー自給が可能になった米国は、「世界の警察官」を続けることに関心がなくなった。だから、世界から少しずつ撤退を始めているのである。そして、アメリカファーストは、実はトランプ大統領の登場以前に始まっていたことが重要だ。
対シリア内戦への軍事不介入声明発表以降、中東からの米軍撤退、将来の韓国からの米軍撤退(公表)、2020年から2026年の間に沖縄から海兵隊を含む全米軍撤退(非公式)、NATO(北大西洋条約機構)の閉鎖又は欧州中央軍への統合、中南米、アフリカ地域からの米軍撤退等は、バラク・オバマ大統領の時代に決められたものだからだ。「世界の警察官」を辞める「アメリカファースト」は、トランプ大統領の個人的な思い付きではなく米国内で党派を超えたコンセンサスなのだ(第145回)。
アメリカファーストと
北朝鮮の関係を読み解く
アメリカファーストと世界の関係を読み解いてみよう。まずは北朝鮮である(第184回)。
前述の通り、米国が動き出したのは、北朝鮮が米本土に届くICBMを完成させて、現実の危機と認識された時点だった。それまでは、どんなに同盟国である日本や韓国が北朝鮮のミサイルの脅威に晒されようとも、米国は動かなかった。
つまり、米国が動いたのは「世界の警察官」の役割を果たそうとしたのではなく、同盟国を守るためでもなかった。米国に対する脅威を除去するアメリカファーストのためだけだった。トランプ大統領の「ディール」は、実際には北朝鮮がICBMの発射台を破壊した時点で終わっていた。だから、その後の大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の米朝首脳会談で合意した「北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けた作業を行うと約束」には、「いつまでに、どのように実現するか」の具体策はなかったのだ。
今後は、「米国には決して届かない短距離・中距離の核ミサイルが日本に向けてズラリと並んだ状態でとりあえずの問題解決とする」(第166回)という状況が出現し、韓国、中国、ロシアがなし崩しに北朝鮮への経済協力を始めるという、日本にとっては最悪なものとなる可能性が高い。
アメリカファーストと
ロシアの関係を読み解く
次に、ロシアについて考える。元々、トランプ大統領は米大統領選で「ロシアとの関係改善の必要性」を訴えていた。しかし、当選後には大統領の親ロシア姿勢の背景には、ロシアとの「不適切な関係」があると指摘されるようになった。
米大統領選でトランプ候補(当時)を勝利させるために、ロシアがサイバー攻撃やSNSを使った世論工作、選挙干渉を行ったとささやかれるようになった。また、トランプ候補がロシアに対して「対ロ制裁緩和の密約」「FBIに対する捜査妨害」それに「テロ関連情報の機密漏洩」を行ったとの疑惑が浮上した。
政権発足直後の2017年2月に、いきなりマイケル・フリン大統領補佐官がこの問題に関連して辞任せざるを得なくなった。ジェフ・セッションズ司法長官、トランプの娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問、大統領の長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏、トランプの選挙対策本部長だったポール・マナフォート氏などが次々と、「不適切なロシアとの接触」で追及された。「ロシアゲート事件」は、トランプ政権において最も深刻な「爆弾」の一つとなってきた。
トランプ大統領は、次第にロシアとの関係に慎重にならざるを得なくなった。今年7月にようやく行われた米露首脳会談で、プーチン露大統領がロシアゲート事件への関与を明確に否定し、トランプ大統領も受け入れる場面はあったが、米国内で激しい批判が起きたことで、トランプ大統領はそれを撤回せざるを得なくなった。8月、トランプ大統領は米議会が成立させた「対ロ制裁強化法」に署名をさせられた。
米露関係も「4D地政学」で読み解ける。トランプ大統領のロシアに対する「本音」は別としても、サイバー攻撃やSNSによる選挙干渉など、ロシアが米国内を直接攻撃してきたことが、アメリカファーストの米国にとって、絶対に容認できないこととなっているのだ。ロシアは、隙の多い御しやすそうな人物を米国大統領に当選させることに成功し、うまく操ろうとして、調子に乗りすぎたのだ。米国内に手を突っ込もうとして距離を縮めすぎたことで、ロシアは米国の逆鱗に触れたといえる。米露関係は極めて厳しい状況にあり、まさに「史上最悪」であるといえる。
アメリカファーストと
中国の関係を読み解く
同様に、アメリカファーストの米国内に手を出したために、米国の逆鱗に触れたのが中国である。トランプ大統領は、中国に対して、ほとんど言いがかりでしかない「貿易戦争」を仕掛けた(第191回・P.2)。6月に、米国が中国製品に25%の追加関税を課す方針を発表したのを皮切りに、米国と中国が互いの製品に追加関税をかける「報復合戦」となった。
だが、米中貿易戦争は、次第にハイテク分野で追い上げる中国に対する米国の対抗策ではないかという視点が浮上してきた。11月には中国から、中国が米中の貿易不均衡を是正するための142項目の行動計画リストが米国に提示され、トランプ大統領が「完成度が高い」と評価した。貿易戦争自体については、米中ともに激化を回避するために、お互いに歩み寄ったのである。
しかし、その直後に新たな「事件」が起こった。中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟(モンワンチョウ)・副会長兼最高財務責任者が、米国の依頼を受けたカナダ当局に逮捕されたのだ。カナダ・米国は孟氏の逮捕理由を明らかにせず、中国が強く反発した。米中の歩み寄りのムードは一変してしまった。
米国と中国は、12月1日より90日間を期限に通商協議を始めている。焦点は、中国による知的財産侵害である。米国は、中国がサイバー攻撃などで奪ってきた知財を基に、米国の経済・軍事面の覇権を奪おうとしているという疑念を持ってきた。
そして、ファーウェイはその疑惑のど真ん中にいる企業なのである。米国は、中国共産党や中国軍とファーウェイの深い関係を疑い、ファーウェイが米国の通信ネットワークへの侵入などを通じて安保を脅かす可能性があるとの見方を強めてきたのだ。
米中の激しい対立も、突き詰めると「4D地政学」で読み解ける。中国が、ハイテク企業を使って米国との距離を縮めることで、米国内に直接危害を加えられる能力を持っていると疑われたことで、米国から厳しい攻撃を挑まれることになってしまったといえる。
アメリカファーストで
米国との距離が遠くなった国々(1):韓国
逆に、アメリカファーストによって、米国との距離が広がり、米国から関心を持たれなくなった国々もある。まず、韓国である。トランプ大統領は、米朝首脳会談後に在韓米軍について、「コスト削減になる」と将来的な撤退を示唆した。前述のように、北朝鮮が米国を直接攻撃できる能力を持つことがないならば、北朝鮮と直接対峙する同盟国・韓国の防衛には関心がないということだ。
「在韓米軍」の撤退は、韓国が中国の影響下に入ることを意味し、北朝鮮主導の南北統一の始まりの可能性がある。北朝鮮よりも圧倒的に優位な経済力を持ち、自由民主主義が確立した先進国である韓国が、最貧国で独裁国家の北朝鮮の支配下に入ることはありえないと人は言うかもしれない。
しかし、明らかに「左翼」で「北朝鮮寄り」の文大統領にとっては、それは何の抵抗もないどころか、大歓迎かもしれない。そして、米国は在韓米軍の撤退と共に、それを容認する可能性がある(第186回・P.3)。
アメリカファーストで
米国との距離が遠くなった国々(2):中東諸国
次に中東諸国である。トランプ大統領は、エルサレムをイスラエルの首都として正式に承認すると宣言した(第173回)。これに対して、イスラム圏から欧州まで、国際社会から「中東和平を遠のかせる暴挙」であると一斉に批判が起こったが、大統領はどこ吹く風であった。
また、トランプ大統領は「イラン核合意」から一方的に離脱を宣言し、8月7日、自動車や貴金属の取引停止という対イラン経済制裁を再発動した。欧州やロシア、中国は、現行の「核合意」の枠組みを維持しようとしているが、トランプ大統領の強硬姿勢で困難な情勢だ。
イランは、オバマ米政権によって進められた2015年の「核合意」後に、2ケタの経済成長を実現していた。だが、トランプ政権による制裁の再発動で通貨安に拍車がかかり、経済が急激に悪化している。イラン国内では、「強硬派」が勢力を増している。また、イランと、イスラエル、サウジアラビアなどの対立が激化している。
「シェール革命」で中東の石油が必要なくなりつつある米国は、アラブに気を遣う必要がなくなった。トランプ大統領の「宣言」で「中東和平が遠のいた」と世界中から批判されているが、そもそも米国は中東和平に関心がなくなったということだ。
米国が取り組む、さまざまな国との
「適切な距離感」の再構築
本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されます。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)
繰り返すが、トランプ大統領のアメリカファーストによって、国際社会で起こっていることは、米国がどこからも攻撃されることがない「新世界」であることを前提とした、従来の地政学では解けないものである。
ミサイル攻撃やサイバー攻撃などの技術力の進歩によって、空間をグニャリと曲げて米国との距離を縮めて、直接攻撃することが可能になる時代となった。そして、米国とそれぞれの国との「距離感」で国際関係が決まる、新たな世界が始まったのではないだろうか。
アメリカファーストを掲げる米国が、さまざまな国に揺さぶりをかけているのは、端的に言えば、米国がさまざまな国々との間の「適切な距離感」を再構築する取り組みである。そして、その取り組みの中で、日米関係は優先順位が低かった。
しかし、米国が中国、ロシアなどとの「適切な距離感」を確立した後には、日本の順番がやってくる。その時、米国と日本との距離が縮まるのか、遠のくのかは、来年の大きな課題となるのかもしれない。
(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
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