2018年11月27日 週刊ダイヤモンド編集部 「マンション価格暴落」は本当にある?不動産業界インサイダー地下座談会 by全国宅地建物取引ツイッタラー協会Photo:iStock/gettyimages 週刊ダイヤモンド2018年12月1日号は「相続・増税・暴落に克つ 一生モノの住み処選び」です。そこで、本特集では不動産業界の“ウラ”を知り尽くすプロたちが、今の不動産市況をどう見ているのかを座談会形式でお届けしています。巷では不動産市況の暴落が囁かれていますが、果たして本当に暴落するのでしょうか。本誌に掲載したプロたちの見方を、ダイヤモンド・オンラインで特別公開します。 拡大する ──まず、今年のマンション市場を振り返っていかがですか?
次郎丸哲戸(哲戸) この1年間、マーケットは思った以上に変化がなかったです。 2020年の東京オリンピックが近づいてきたから、何かあるかなと思ったんですけれど、割と凪の状態でしたね。建築費の高騰も落ち着いてきたようです。 かずお君 新築分譲マンションは、価格が全く下がっていないどころか、上がっているくらい。土地の仕入れは気合が入っているから、デベロッパーはそのときに描いたストーリーから外れた価格で物件を出せないでしょう。 東京23区の好立地なんて、メジャーセブン(大手7社)のデベ以外は買えていないですね。カタカナ系デベロッパーはほぼ見掛けません。 のらえもん(のら) 物件ごとに見れば、思ったほど動かない物件が、ちらほら出てきました。 (苦戦で知られる)「プラウドシティ大田六郷」(東京都大田区)や「ガーデンコート多摩センター」(同多摩市)はやっとゴールが見えたところ。東京東部でも「ブラントン蔵前」(同台東区)のように、駅距離1分なのに集客に超苦労する物件が出てきました。「プレミスト有明ガーデンズ」(同江東区)は驚異の低契約率で、ホームページ担当者の首が飛びました。 一方で、「ザ・タワー横浜北仲」(横浜市)など飛ぶように売れる物件も幾つかありますし、結局は値付け次第でしょう。 全宅ツイのグル(グル) 直近では、スルガ銀行などのように書類を偽造する、いわゆる「書き上げ系」(2種類の売買契約書を作り、銀行融資額をかさ上げする行為)の金融機関がお金を出していたような物件は下がっていますね。 どエンド君 そういう底辺の収益物件って、自己資金ゼロでも買えるからこそ値段が付いていた。その買い手が全くいなくなるだろうし、需給バランスが一気に崩れちゃうでしょう。 そこの物件価格が下がるのは当然ですけど、みんなが暮らすための実需のマンションは全く関係ないですよね。 はとようすけ(はと) そうですね。基本的に実需の住宅ローンはフルローンの方も多いので。ただ最近では、旧耐震基準の物件に、例えば三菱UFJ銀行なんかはあまり貸さなくなりました。 それでフラット35の利用者が増えたらしいです。他の都市銀行も三菱に追随したら、旧耐震は流動性が下がる可能性は十分にありますね。 巷に流れるマンション暴落説は 「根拠がない!!」 ──来年以降の市場はどうなりそうですか? のら 短期的に見れば、大手デベがみんな「住不スタイル」(住友不動産のように値下げをせず、長期間かけて売り続けること)になりつつあるので、あまり状況は変わらないかと。 中期的には、マクロ経済の調子次第ですが、今から開発を仕掛けている物件は、値下がりする要素がないです。値下がりしても最大で15%ほどじゃないでしょうか。あのリーマンショックでどれくらい下がりました? せいぜい10%ちょっとでした。 ──暴落説もささやかれています。 あくのふどうさん(あくの) 暴落説に関しては、何を根拠に言っているのか、分かりませんね。確かに言い続けていれば、いつかは当たるでしょうが(笑)。 新宿シュガーレス 暴落というくらいだから、3〜4割は下がらないと駄目でしょう。その前提で話をすると、「そもそもそんなことってあり得るの?」と思ってしまう。 グル どちらかといえば、投資用不動産が3割近く下がったイメージですね。実需は場所によりけりだと思います。立地が良い所なら、そこまで下がらないんじゃないかなあ。 はと 仮に実需の住宅ローンが組めなくなってしまえば、確かに暴落もあり得るでしょう。しかし、これまでそんなことはなかった。 暴落とまでは言わないですが、金利が上がり続けたら購入者の借りられる金額が下がるので、価格が下がる可能性はありますね。 のら 1割程度の下げならば、既に今でも売れていないマンションで、個別の値下げが始まっていますよ。 ──湾岸エリアなど、エリアによって限界説も出ています。 どエンド君 そう主張する人もいるけれど、価格レベルは下がらないと思います。 この前「地面師」が世間を騒がせましたが、その一味の一人が東京の有明と浅草にマンションを買っていたのを、不動産謄本で確認しました。それだけの不動産のプロ(笑)が、湾岸マンションを買うくらいですから。 哲戸 不動産サイトとかを見ても、湾岸部は流動性が高い。棟内の販売戸数が多いので価格が可視化されており、下手な株を買うよりよほど安定しているかも。 湾岸エリアの住人たちは不動産価格マニアが多いから、変な値段にはなりにくい。 ──高騰の要因の一つとして、用地の仕入れが困難になっています。 はと 用地を買えているのは、財閥系デベくらいじゃないですかね。 かずお君 そもそもカタカナ系デベには情報が入ってこないでしょう。分譲マンションの割合が減って、買い取り再販やホテル事業に転向するデベが多い気がします。 あくの 最近、土地の権利関係絡みでは東京都渋谷区の不動産会社の名前をよく聞きます。自分たちで土地の権利をまとめた上で仕上げて、財閥系デベに卸したりしていますね。 用地取得競争が激化して、まとまった用地の売却の大半が入札になってくると、仕込みができなかったり、事業利益を圧迫したりします。すると、デベ側では時間はかかるものの並行して種地を押さえておいて、隣地を広げたり、立ち退きを扱う業者をスキーム上の下請けに組み込んで用地取得を進めたりしておくなど、自存自衛策に力を入れる傾向があるかもです。 ──消費増税の影響は? 哲戸 住宅関連については、結果的に見れば、消費増税後に住宅ローン減税の拡大とかエコポイントとかの減税政策が出てくるので、おそらく増税後に買った方が有利になるでしょう。 勢い余って、焦って買っちゃったらばかを見る感じじゃないかなと思います。 かずお君 リフォーム工事にはめちゃくちゃ影響が出るっていわれています。前回8%に上がったときは、駆け込み需要があった一方、増税直後はほとんどの業者さんが相当へこんだと聞いています。 ──値下がりを心待ちに買い控える人が増えています。 のら 結局、いつ値下がりするか分からないので、待つ戦略が正しいかどうかの答え合わせは、202X年になってみないと分からない。その間、自分も家族も待てば待つほど年を取るので、新居で家族と過ごせる時間はどんどん減っていきます。数年前から探しているのに決め切れず、今でも探している人は不幸でしかないですね。 どれだけのお金を住宅に支払えるのかから逆算して、どこかで「えいや」と決めてしまうしかないでしょう。 【全国宅地建物取引ツイッタラー協会】 ツイッター上で交流し合う不動産業界関係者により結成された団体。不動産業界の面白物件やニュースに登場した不動産などを集めた「クソ物件オブザイヤー」を毎年開催。ツイッターのトレンド入りを果たすほどに注目されている。 https://diamond.jp/articles/-/186641
兼グループCDO(チーフデジタルオフィサー)、 ライフネット生命保険株式会社 取締役会長,関 美和
「借金をレバレッジと呼べば、人は賢くなれる?」ハーバードのファイナンス最終講義 ハーバードでファイナンスを教える名物教授が、数字やグラフの代わりに文学や映画、歴史や哲学のレンズを通して、お金、金融、リスク、リターンなど、ファイナンスの基本原理と人間の幸福な生き方を教える。ファイナンスを、冷たくて人間味がなくてとっつきにくいと思っている人は多い。たいていの人は「ファイナンス」と聞くと小難しいエリートの学問で、日常生活には関係ないと感じてしまう。中には金融マンや金融業界を毛嫌いする人もいる。だが本来、ファイナンスは人間の本質に深く根付いたものだ。人生の営みそのものと言ってもいい。価値とリスクを将来にわたって見通すノウハウとしてのファイナンスは、そのまま人生に活かせる! ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生に贈られた歴史的名講義が書籍化!本連載では、待望の邦訳『明日を生きるための教養が身につくハーバードのファイナンスの授業』(ミヒル・A・デサイ ハーバード大学教授著 岩瀬大輔解説 関美和訳)から、エッセンスを抜粋して紹介する。 金融業界の人は、なぜレバレッジが好きなのか? 金融の人間は、レバレッジが大好きだ。レバレッジには多くの実利があるし、そのことについてはこれから話そうと思う。しかし、実質的なメリットとは別に、金融の人間が「レバレッジ」という言葉を使うと、「他人からおカネを借りること」と言うよりも、はるかに賢く聞こえる。 だが実際には、レバレッジとはおカネを借りることにほかならない。それなのに、金融の人間は「レバレッジ」の話になると、感情的になってしまうことがある。それにはもっともな理由がある。レバレッジのおかげで途方もない富が築かれ、また失われてきたからだ。そしてレバレッジを適正に管理することが、経済的な成功と失敗を大きく左右するからだ。 では、最も基本的な問いから始めよう。なぜ金融業界の人たちは、借金を「レバレッジ」と呼ぶのだろう?金融における多くのことと同じで、答えはみなさんが考えるより単純だ。 バールのような道具を想像すればわかるが、「てこ(レバー)」を使うと、自分が動かなくても物を動かすことができる。ある意味で、てこは魔法の道具だ。できそうにないことを実現してくれる。てこは自分の力を何倍にも増幅してくれるのだ。 アルキメデスは、「我に十分長いてこと支点を与えよ。されば地球をも動かさん」と言った。 学生も、家を買う人も、ビジネスマンも、おカネを借りる人たちの多くは、まさしくそれを望んでいる。たとえば、自宅を買いたい人の例を見てみよう。今あなたの手元に100ドルあるとしよう(ここに好きなだけゼロを加えてもらってかまわない。そのほうがワクワクするかもしれない)。レバレッジを効かせられないとしたら、どのくらい広い家を買うことができるだろう?家を買った後のバランスシートは、どのようなものになるだろう? おカネを借りられない場合、買えるのは100ドルの家だ。バランスシートの資産の部には100ドルの家、資本の部も100ドルの自己資本になる。ではここで、レバレッジを加えてみよう。つまり、家を買うときにおカネが借りられるということだ。話を単純にするため、家の価値の80%を借金で賄うことができるとしよう。すると500ドルの家が買える。その場合、バランスシートはまったく違ってくる。資産の部には500ドルの家、負債の部に400ドルの借金と100ドルの自己資本が残る。 いずれの場合も、価値の100ドルはあなたのもの(自己資本)だが、片方の場合には、はるかに広く、おそらく立派な家に住むことができる。多くの意味で、レバレッジのおかげで、本来なら住めないような家に住めることになる。 教育のための借金も同じだ。現在の収入と資産では学費を払えなくても、教育が将来のより高い収入とより良い人生につながる可能性は高い。だからそのチャンスを手に入れるために、おカネを借りる。今、手元にあるリソースでは手に入らないチャンスを手に入れたいという思いこそ、企業や起業家が資金調達を行う理由だ。資金調達によって、普段は手に入らないリソースを手に入れることにより、今手元にあるものだけを使うよりもはるかに大きなリターンが可能になる。 しかも、さらに良いことがある。レバレッジのおかげで本来なら手の届かないような家に住めるだけでなく、リターンも大幅に増える。たとえば、家の価格が10%値上がりしたとしよう。レバレッジがなければ、資産価値は10%上がるだけだ。自宅の価値は110ドルになり、資本も110ドルになる。しかし、レバレッジを使っていれば、あなたの富は50%も増加する。自宅の資産価値は550ドルになるが、ローン残高は400ドルのまま。だから自己資本が100ドルから150ドルに上がる。 金融の人間がなぜレバレッジが好きなのか、もうおわかりだろう。広い家に住めるうえに、リターンも増える。もちろん、住宅価格が上がるとは限らない。自宅の価格が20%下がったとしよう。その場合、レバレッジがなければ20%分、つまり20ドルを失う。もしレバレッジがあれば、100ドルの自己資本すべてを失う。レバレッジはどちらの方向にもリターンを増幅(縮小)させるのである。 https://diamond.jp/articles/-/186080 【第6回】 2018年11月27日 ふろむだ これからクリエイティブ・マーケと定量マーケの両方の能力を兼ね備えた人材が誕生するわけ 【対談】山口義宏×ふろむだ・3 この記事は、『マーケティングの仕事と年収のリアル』の著者・山口義宏氏と、『錯覚資産本』の著者・ふろむだ氏によるチャット対談をベースにしたものです。
プロローグで説明されたように、今回は、「これから台頭する人、落ちぶれる人の4つの条件」の2つ目、 (2)クリエイティブ・マーケと定量マーケの両方の能力を兼ね備え、それらを統合してマーケティング業務を行うマーケ人材が台頭する。 について詳細に解説します。 マーケの人材市場で起きている 2つの変化 ここからは具体的なマーケの人材市場での変化なので、私がごちゃごちゃと解説するより、そのままストレートにチャットの文面を読んでもらったほうが、わかりやすいし誤解も少ないだろう。
(以下、山口さんの発言の引用) ===================== 最近のマーケ人材市場で起きた変化の1つめとしては…… センスやクリエイティブを担っていた人材と、定量的な結果の把握に基づく投資の最適化を担っていた人材〜チーム〜会社は、かなり別れていたのですが、その両方がわかる〜できる人やチームのニーズが高まり、個人のスキルもその両方を担える方向に向かわざるをえないと思います。 その理由は、元々その両方がわかって統合的に判断〜実施できる人へのニーズは潜在的にあったのですが、双方をまともに実行するには、相当な訓練の時間蓄積が必要なため、両方を持つ人が少なく、一部のスーパープレイヤーに留まっていました。 しかし、「定量的な効果測定に基づく最適化ツール」と「顧客に提示して成果のでるクリエイティブ制作を示唆〜補助するツール」が急速に発展しており、それぞれ職人芸的な経験蓄積がなくても、80点の判断ができる素地はかなり高まってきています。 アドビのAI進化のプレゼンテーションを見ていると、単なる画像解析ではなく、プロのクリエイターの作業のプロセスや、その制作物の成果を紐づけて学習し、制作者により高度な制作と判断のリコメンドを出していくのがかなり近い未来に実現します。そうなると、クリエイターは深い経験蓄積がなくても、どういう作品を作れば、売れるものになるか? がわかるようになり、そのキャッチアップ速度はまさに知の高速道路そのものだと思います。 同様に、センスではなく定量分析に基づく最適化がメインの役割だったマーケターも、その定量的結果とクリエイティブの内容が紐付いて、ふろむださんの言葉でいう原因特定解像度が一気に上がり、クリエイティブのセンスとターゲット層とビジネス成果の因果関係を急速に学習していくはずです。 このような学習効率に関しては、私はInstagramをやっている素人を見ていると、どんどん写真が上手になっていくことで実感します。写真の構図、色変化のフィルター、そしてフォロワーの反応、インフルエンサーの投稿内容の研究や模倣によって、写真の素人だった人々が、急速にセミプロのような写真を撮り、全体のレベルは著しく上がっています。 このように双方の異なる役割を担っていたマーケター的な人々は、ツールの進化によって、圧倒的に学習効率が高まり、その役割は互いに越境〜連携していく、そして最後は1人の人が担う世界に近づくという仮説を持っています。 しかし、ここから先が変化の2つ目になるのですが…… 上記のような、AIによって最適化のリコメンド精度が上がれば上がるほど、マーケターのアウトプットは同質化していき、市場では差別性を失って、結局は埋もれるのでは? という懸念の仮説もあります。そうなったとき、何が競争力となるのか? と考えると、ちょっと合理では説明できない、ファナティックな偏愛性では? という仮説があります。 私がよく考えるのは、日清食品のカップヌードルのCMです。あれだけ認知度も高く、市場シェアも高い商品になると、あれだけのCM投下量が商品の販売量をさらに押し上げるか? というと、そこまで甘くはなく、何かの合理を超えた判断や、カップヌードルという商品ブランドだけではなく、日清食品のコーポレートブランドを高めるような意図がなくては成り立たないとも感じます。 また、クリエイティブの内容も、いわゆる「他でウケているから」という判断ではなく、オーナーでもある安藤社長の個人的な価値観の発露にも感じられるような、尖ったメッセージやクリエイティブをひたすら発信しつづけています。 目先の販売量増加に対する費用対効果として正しいかはともなく、少なくとも日清食品やカップヌードルは、他の同業他社にはない強い感情的な絆を感じるファンが存在しているように見え、会社の採用にも寄与していると思います。小売のPB(プライベートブランド)が侵食してきている市場において、最後までメーカーのNB(ナショナルブランド)として生き残るのは、間違いなくカップヌードルのような好き嫌いわかれるけど強いファンがいるブランドです。そう考えると、長期戦略としては、カップヌードルの偏愛性ある個性の発信は非常に経済合理性のある話かもしれません。 また、ビジネスの規模は日清食品よりだいぶ小さいですが、クラフトビール「よなよなエール」のヤッホーブルーイングや、ECサイトである「北欧、暮らしの道具店」のクラシコムも同様で、いわゆる前例踏襲や他社ベンチマークではない施策を繰り返しているからこそ、コアなファンが生まれ、事業も成長しつづけているように見えます。 つまり、消費者が「ブランドの違い」を求め続ける限り、様々なAIによって施策の表現やコンテンツの全体レベルがあがっても同質化したとしたら、結局はAIリコメンドに沿っているだけでは事業のパフォーマンスもあがらず、最後の差別化は、人の思想やこだわりのような偏愛要素になるのではないか? という仮説です。 ダニエル・ピンクのハイ・コンセプトも似たような主張だったかもしれませんが、そのリアリティが高まってきているように感じます。それこそ、デジタル化によって、世の中のデザインツールやトレンド情報が出回った結果、いま、どのブランドもデザイン表現はオシャレで、むしろダサいブランドのほうが珍しい(笑)。ただ、それと市場の競争力は別の話で、なかなかクリエイティブが洗練されたからといって、モノが売れるわけではないのは、データをみているとはっきりしています。クリエイティブの評価が高くても、売れない商品は沢山あります。 ===================== 「90点、0点」の人より、 「80点、80点」の方が有利になる? これに対する、ふろむだのレスは、以下のようになる。 ===================== となると、マーケ専門職でメシを食っていこうと思っている人は、 ◆「クリエイティブ・マーケ」と「定量マーケ」の両方のスキルを、両方共80点にする。 ◆それらを統括してマネージメントするポジションをゲットして、そこで実績を積み上げる。 というのが、今後のよさげなキャリア戦略ですかね。 ただ、それが定番の勝ちパターンになってくると、そこもいずれコモディティ化する。 そうなると、相対的に、偏愛マーケの優位性が目立ってくる。 ただ、偏愛マーケは、ビジネスオーナー的立場とは相性がいいけど、マーケ専門職というポジションでは、なかなかやれる機会を得られないかもしれない。 個人的には、偏愛マーケが成功しているように見えるのは、生存者バイアスがかかっていないかと、気になります。 自分が偏愛的に入れ込んだものが、たまたま一部のユーザの心を掴んで、偏愛マーケが成立するのは、宝くじにあたっただけのようにも見えるのです。 クリエイティブ・マーケと定量マーケのスキルには、「汎用性」があります。 「汎用性」には、メリットとデメリットがあります。 メリットは、再現性があって、つぶしがきくことです。 デメリットはコモディティ化しやすいことです。 偏愛マーケのスキルには、クリエイティブ・マーケや定量マーケほどには「汎用性」がないのではないでしょうか。 そのため、コモディティ化しにくいというメリットがあります。 しかし、再現性がなく、つぶしがきかないというデメリットもあるのではないでしょうか。 ===================== ここで80点と言ったのは、0点を80点にするのにかかるコストと、80点を90点にするコストは、あんまり変わらなかったりするからだ。 収穫逓減の法則が働くためだ。 つまり、クリエイティブ・マーケか定量マーケのどちらか片方だけを90点にするコストと、両方を80点にするコストは、あまり変わらないということ。 だったら、「90点、0点」の人より、「80点、80点」の方が、強いんじゃないかと。 この80点の話は、「クリエイティブ・マーケ」や「定量マーケ」のような粒度の大きい話だけでなく、もっと粒度の小さい話にも適用されるのではないかという話もある。 (山口さん発言) ===================== 技術の進化と共に、GoogleやFacebookのようなプラットフォームの影響力が高まったことで、ある日突然に需要がなくなる仕事が増えていると感じます。それこそFacebookページは、タイムラインへの露出量を絞るとFacebookが判断した瞬間、重要度が下がり、そこの専門性への需要は死んでしまう。 つまり、何かのスペシフィックな技術や専門性に頼ったキャリア開発のリスクは高まり続けるのではないでしょうか(もちろん何の技術や専門性も持たないままにジェネラリストとしていきなり頭角を表すのも難しく、若いうちに1つの基盤をつくるうえで通る道として、専門性を持つことは今後も重要かもしれませんが……)。 そうなると将来が危ういのは、狭い領域のスペシフィックな専門性や技術です。当然、オペレーティブな判断や作業は真っ先に消滅するので、デジタル系の広告代理店のなかで、複雑性の低い判断と業務をやっている人、デザイン会社のなかでオペレーティブな作業をやっている人は、ある日、自動化によって、突然仕事がなくなるリスクは増えていきます。 ===================== 大きな樹をイメージしてほしい。 末端の枝葉の部分は、生え変わりが激しいため、せっかく葉っぱの部分で90点のスキルを蓄えても、ある日突然、その葉っぱが枯れ落ちてしまうかもしれない。 一方で、さまざまなスキルを統合してマーケ業務を遂行する、太い枝や木の幹にあたる部分は、生え変わる頻度が少ないので、そこは90点でも、95点でも、ガッツリスキルを蓄えても、投資が無駄になるリスクは低くなっていく。 この「太い枝」にあたるのが、(2)の「クリエイティブ・マーケと定量マーケの両方の能力を兼ね備え、それらを統合してマーケティング業務を行うマーケ」なのだ。 そして、「幹」にあたるのが、「経営」だ。 もちろん、「経営」はもはやマーケの仕事ではない。 しかし、幹に近いスキルほど、陳腐化リスクが少なく、スキルの投資先として優れていることには違いはない。 それが、(3)の「マーケティング業務だけの部分最適を行うのではなく、経営者のように、会社全体を把握し、全体最適のマーケティングを行う人材が台頭する」に繋がってくる。 (続) https://diamond.jp/articles/-/186377
10%への消費増税で気になる「マインドへの影響」 上野泰也のエコノミック・ソナー 「10兆円対策」はすれ違い? 2018年11月27日(火) 上野 泰也 安倍首相は消費税率を2019年10月1日に予定通り8%から10%に引き上げることを表明した。増税後の消費の冷え込みを防ぐため、19年度と20年度予算で臨時・特別の経済対策をとる方針も示し、全閣僚に策定を指示した。だが……。(写真=shutterstock) 11月8日、街角の景気実感を示す経済統計である景気ウオッチャー調査の10月分が、内閣府から発表された。現状判断DIは49.5(前月比+0.9ポイント)で、2カ月ぶりに上昇したものの、好不況の分岐点である50は10カ月連続で下回った。また、2〜3カ月先の景気見通しを示す先行き判断DIは50.6(同▲0.7ポイント)で、2カ月連続で悪化したものの、こちらは50よりも高い水準はなんとか維持した<図1>。 ■図1:景気ウォッチャー調査 現状判断DI、先行き判断DI (出所)内閣府 市場ではほとんど話題にならなかったのだが、エコノミストとして筆者が今回の景気ウオッチャー調査の内容で注目したのは、「消費税率を19年10月に10%へ引き上げる予定になっている」ということを10月15日の臨時閣議で安倍首相がアナウンスしたことによる、消費マインドへのネガティブな影響である。 景気ウオッチャーから寄せられた景気判断理由集には、増税前のコートなど冬物重衣料や高額品などの駆け込み需要に期待をする声がある一方で、予定されている消費増税が消費者のマインドに及ぼす(あるいはすでに及ぼしている)悪影響を指摘する声が、少なからずあった。以下で代表的なものをご紹介したい。 続々寄せられるネガティブコメント 【現状に関するコメント】 • 「2019年10月の消費税再増税がメディアに取り上げられるようになり、市場の購買マインドが低下している」(東京都)(その他小売[ショッピングセンター]) • 「2019年10月から開始される消費税の引き上げにより生活費が2%増加になることへの不安がある」(東海)(通信業) 【先行きに関するコメント】 • 「消費税増税の話題があるため、客が消費に対して前向きになれない。特に耐久消費財は辛抱して使うことが見込まれる」(北海道)(乗用車販売店) • 「どの業界でも景気が悪いという話しか聞かない。また、消費税の引き上げを来年に控えて、消費者の心中はざわついており、安心して買い物ができる状況ではない。そのため、年末からは厳しい状況になるとみている」(東北)(コンビニ) • 「最近の客は、低価格で納得がいく物を探していることと、来年10月から消費税が更に2%上がるという状況で、購買意欲は余り感じられず、今後も余り上がってこない。それどころか、これからますます下がってしまうのではないかと心配している」(南関東)(商店街) • 「店で客から『消費税は10%に上げるの』と言われ、『国で決めたことに従います』『もうこの店では買えないね』と嫌みを言われている。今から消費税再増税は厳しいと、プレッシャーを感じている」(南関東)(衣料品専門店) • 「消費税再増税がニュースになった途端、消費マインドに水を差す形になり、稼働が落ちている」(東京都)(都市型ホテル) • 「消費税再増税で客のマインドが下降する」(甲信越)(スーパー) • 「消費税の引き上げの政策は、確実に消費マインドを後退させる結果となることが予想される。消費税の引き上げには絶対反対である」(東海)(一般レストラン) • 「原材料価格は高値で推移し、加えて来年に控えた消費税の引き上げは、今後消費マインドを引き下げる影響の方が大きく、先行きも不安要素が多い」(東海)(食料品製造業) • 「住宅街にある店舗であり、高齢者が多数来店するが、年金制度や消費税の引き上げに対する不安を口にしている」(近畿)(コンビニ) • 「消費税の引き上げが具体的になってくると、必ず消費活動は冷え込む。さらに、現時点で消費の落ち込みへの対策として出てきている案に、使えそうなものがない」(近畿)(テーマパーク) • 「天候や気温に左右されやすいため、そこが安定すれば例年並みに動くと考えているが、消費税の引き上げの報道があったので客の購買意欲に悪影響が出る可能性を心配している」(四国)(衣料品専門店) マクロと現場の乖離 上記のような、いわば経済の「現場」から出てきているナマの声は、政策当局者やエコノミスト・経済評論家がマクロの数字を並べた上で「10%への消費税率の引き上げは大丈夫」と述べていることへの、反対意見になっているようにも思われる。 筆者は、14年4月に5%から8%へと消費税率が引き上げられた際に、駆け込み需要とその反動の大小ではなく、実質可処分所得の明確なシフトダウンを根拠にして、景気には下振れリスクが大きいことを主張した、数少ないエコノミストの1人である。 19年10月に予定される8%から10%への消費税率引き上げについて筆者は、「べき論」では引き上げにむろん賛成だが、投資家向けに予想する立場としては、内外経済・為替相場の状況にらみで安倍首相が再々延期を政治的に決断する可能性がまだ十分にあると、市場では少数派ではあるが、考えている(当コラム10月30日配信「首相はまだ『消費増税を最終判断』していない」ご参照)。 10%への消費増税が景気に及ぼす影響についても、軽減税率やポイント還元などの対策ゆえに大丈夫だと楽観視するのは、危険である。そう考える根拠は、以下の3点である。 景気への好材料が尽きる時期と増税時期が一致する可能性 1. 消費税率が10%という「初めて2ケタの数字になる」ことによる、消費支出抑制方向の心理的なインパクトが、高齢世帯・年金生活者を中心に小さくないと考えられること(上記で引用した景気ウオッチャーのコメント内容にも通じる話である)。 2. これまでに出てきている消費増税対策には「マクロでの数合わせ」的な面がある。実質可処分所得が広範に切り下がる一方で、そうした対策など(消費増税分の使途になっている幼児教育無償化を含む)のメリットを享受する人々の数はそう多くなく、消費増税対策などのかなりの部分は、いわば「すれ違い」的な状況になると考えられること。 3. 東京オリンピック前の建設関連を中心とする設備投資が一巡する時期と、米FRB(連邦準備制度理事会)が利上げをやめる場合に予想される大幅な円高・ドル安と、19年10月の10%への消費増税は、タイミングが一致する可能性があること。 ちなみに、再々延期がアナウンスされ得るタイミングは、@12月下旬に19年度当初予算案が閣議決定されるよりも前(国会で審議されている時に予算案を差し替えるのは基本的にタブーに近い)か、あるいはA19年3月下旬に同予算が参院本会議で可決成立した後、6月までの通常国会の残り会期中のおそらく前半(消費増税の部分をつなぎ国債的な赤字国債に入れ替えた19年度補正予算案を国会で通す時間が必要である)の2つだと、筆者はみている。 なお、ロイター通信は11月9日夕刻、「〔焦点〕消費増税で総合対策10兆円の構想浮上、国土強靱(きょうじん)化も盛り込み」と題した記事を配信した。 それには、「来年10月の消費増税で国内需要が落ち込むことを想定し、その回避を目的とした大規模な総合対策の検討が、政府部内で非公式に進んでいる」「複数の関係者によると、その規模は10兆円程度を目安とすべきとの意見も浮上。実質所得の目減り分5兆円台に加え、国土強靭化の対応や海外経済減速の影響対応もパッケージに取り込み、全体として内需の落ち込みに対応しようというスタンスが、政府内で固まりつつある」と書かれていた。 また、11月12日には経済財政諮問会議が開催され、民間議員から財政出動によるしっかりした需要喚起を提言した。 だが、そうした大型の対策が策定される場合でも、筆者が指摘した上記Aが当てはまる。 このコラムについて 上野泰也のエコノミック・ソナー 景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/112200167/ EUの圧勝。果実少ない英メイ政権の離脱交渉 ニュースを斬る 英議会が否決し、「合意なし離脱」という最悪シナリオは消えず 2018年11月27日(火) 大西 孝弘 英国とEUの歴史的な交渉がついに1つの節目を迎えた。 11月25日、欧州連合(EU)はブリュッセルで開いた緊急首脳会議で、英国の2つのEU離脱案を正式に承認した。一つは離脱の条件などを定めた「離脱協定案」で、もう一つは離脱後の通商など将来関係の枠組みを示す「政治宣言案」だ。 緊急首脳会議の前に報道陣向けに握手を交わしていた英国のメイ首相とEUのユンケル欧州委員長は、別々に記者会見に臨んだ。英国国旗の青色に近い色のスーツに身を包んだメイ首相は、「この合意の下に我々は輝かしい未来に進んでいく」と強調。EUのユンケル欧州委員長は「最善で唯一実現可能な合意だ」と語った。 2016年6月の英国の国民投票で、EU離脱が決まってから2年以上。離脱の19年3月29日まで残り4カ月と迫り、交渉期限を考えるとギリギリのタイミングだった。英国の議会の承認が得られれば、合意なしでEUから放り出される無秩序離脱は回避される。 EUのユンケル欧州委員長(右)と握手するメイ英首相(左)。緊急首脳会議の当日は、共同で会見を行わなかった(写真:写真:新華社/アフロ) 歴史的な合意とは裏腹に、英国内では批判が収まる気配がない。交渉という観点からみると、EUの主張が色濃く反映され、「EUの圧勝」(大和総研ロンドンリサーチセンター長の菅野泰夫氏)と言えるからだ。
最大の懸案は、北アイルランドの国境管理と関税の扱いだ。もともと英国とEUは英領北アイルランドとEU加盟のアイルランドについて、厳重な国境管理を設けないことで合意しているが、その具体策がまとまっていなかった。 まず離脱協定案では、20年末までの移行期間を設け、その間は従来と同じ単一市場に残留する。その間に合同委員会を設置し、20年7月1日までに移行期間を延長するか否かを決定する。また、20年末までに国境管理の解決策が見いだせなければ、英国全体をEUとの単一の関税領域に残すバックストップ(安全策)を採用した。 英国はEUから離脱したにもかかわらず、EUのルールに従い続けるうえに、EUのルール作りには参加できず、EU以外の国と自由に貿易協定を結べない。そのため、強硬離脱派からは「半永久的にEUに従い続ける」との強烈な反発の声が強まっている。また、協定案では実質的に国境問題や関税の扱いを先送りしたため、「何の解決にもなっていない」と幅広い層からの反発を招いている。 さらに英国は、EUを離脱する手切れ金として390億ポンド(5兆6500億円)程度を支払う見込みだ。大衆紙サンはEUへの手切れ金を強調し、メイ首相を売国奴のように描いている。メイ政権への批判は収まる気配がない。 EUからすると当面、英国との関税の問題が回避される上にEUのルールを適用させることができ、多額の手切れ金を確保できる。英国に有利な離脱となれば、EUから離脱のドミノが起きる恐れがあったため面目を保ったと言える。 トヨタ自動車の幹部もメイ首相を後押し 逆風下を突き進むメイ首相の支えになっているのが、ビジネス界の支援だ。 11月19日、英主要経済団体の英産業連盟(CBI)が開催した年次総会では、議会などとは異なるメイ首相の姿があった。午前11時頃、ロンドンのインターコンチネンタルホテルの大ホールに現れると、1500人ほど集まった会場は拍手に包まれた。壇上に進む姿はいつものようにやや猫背だったが、離脱協定案の意義を語る際には堂々と背筋を伸ばしていた。 「この協定案は英国にとっていいものだ。私たちのビジネスが必要とする関税なしの貿易を協定で実現する。ジャストインタイムのサプライチェーンをサポートし、すべての部品が国境を越えて流れることができる」 ビジネス界の支援を感じて、メイ首相は上機嫌に見えた。冗談を交えながら、多くの聴衆の中から質問者を指名し、質問に丁寧に答えた。 CBIのキャロリン・フェアバーン事務局長は「首相は、企業と政府が協力してより公正で競争力のある英国を築くための扉を開いた」と、メイ首相のリーダーシップをたたえた。 CBIの年次カンファレンスで講演するメイ英首相。いつもより上機嫌に見えた 会場で欧州トヨタのマネージングディレクターであるアンソニー・ウォーカー氏に話を聞いた。「今日のメイ首相の講演は非常に良かった。離脱協定案をぜひ進めてほしい。合意なし離脱という最悪の事態を避けられるし、税関の問題も当面はなさそうだ」。
この1カ月前にロンドンの事務所で話を聞いた際には、ウォーカー氏は沈痛な面持ちだった。「部品の在庫を4時間分しか持たず、1日当たり50台のトラックが英国の国境を通過して工場に部品を納めている。無秩序離脱となった場合は部品の流れが滞り、生産停止を余儀なくされる」と説明。その時とは対照的に、CBIの会場では目の前の霧が晴れたような表情だった。 年次総会に参加していた鉄道向けグリースなどを扱うRS Clare社のマネージングディレクターのポール・ヴァン氏は、こう言う。「当社の売上高のうち海外売上高は85%、EUには50%ほど。メイ首相が海外のFTA(自由貿易協定)を進めてくれるなら、ビジネスチャンスが広がる。とりあえずは今の離脱協定案を進めてもらうしかないよね」 11月22日に開催された在英日本大使館の説明会で、鶴岡公二駐英大使は集まった日本企業の面々に冷静な対応を促した。鶴岡大使は外務省で環太平洋経済連携協定(TPP)交渉団の事務方トップである首席交渉官を務め、交渉をまとめた実績がある。「どうなるかは誰も分からない。ただ個人的な予想を言うと、ノーディールでEUとの関係が全く変わってしまうとは思っていない。最悪の事態に備えるのは大事だが、現時点で具体的に大きな行動を取るのは適切ではない」と語った。 メイ首相の懐刀が辞任し、ポンドは急落 時間切れが危ぶまれた英国のEU離脱交渉は、11月14日から一気に動き出した。 同日、メイ英首相はEU離脱の協定案が内閣に承認されたと発表。同日夜には首相官邸前に現れ、交渉の進展を宣言した。「英交渉担当者の何千時間にもわたる厳しい交渉の成果だ。離脱案は交渉可能な最善のものである」 だが、一夜明けると状況が一変する。ラーブEU離脱担当相やマクベイ雇用・年金相など4人の閣僚が協定案に反発し、辞任した。メイ首相は「内閣の総意として決めた」と語っていたが、英メディアによると閣議では閣僚が激しく対立し、約30人のうちおよそ10人が協定案に反対したという。 政権与党の保守党内でも、強硬離脱派を中心に大きな批判が巻き起こる。ジョンソン前外相が「EUの属国になる案だ」と糾弾するなど、不満が噴出した。メイ首相は合意なし離脱を避けるためには、EUに大幅に譲歩したという見方が大勢を占める。 メイ首相の懐刀としてEUとの交渉を担ってきたラーブ前離脱相の辞任は、政権の最大の痛手だろう。ラーブ氏は、「規制や法律について英国は発言権がない体制に押し込まれ、そこから抜け出す仕組みがない状態に陥る」と指摘した。11月15日、ラーブ氏の辞任が伝わった直後には、対ドルで英ポンドが大きく下落した。 メイ首相の不信任投票の動きも こうした迷走劇の中で、メイ首相の不信任投票を探る動きが強まっている。強硬離脱派のリースモグ議員は不信任投票を求める書簡を保守党に提出した。保守党の規約では、48人の議員の書簡が集まれば、不信任投票が実施される仕組みになっており、その可能性が高まっている。英メディアのデイリーメールは11月16日、首相官邸にハゲタカが集まるイラストを掲載した。 だが、11月23日までに不信任投票を求める人数は48人に達しなかった。メイ首相に不満を漏らす保守党の議員は多いものの、ここで保守党が分裂すると、EUと離脱交渉をまとめるのが難しい上に、総選挙になって労働党に政権を取られる恐れがあるからだ。 また保守党の規約では、不信任が否決された場合は、その後1年間は不信任投票ができなくなることも、投票の呼びかけを止まらせたようだ。メイ首相は英国政治の微妙なパワーバランスを利用して、不信任投票を逃れた。 国益とは何かを巡って、英国の政治と世論の分断は深まっている メイ首相は11月25日の緊急EUサミットで離脱協定の合意を取り付け、難路を乗り切ったように見えるが、これから最大の難関が待ち受ける。英国議会の承認だ。
英下院で過半数の賛成を得るのは難しい状況だ。保守党は議会下院で過半数に届かず、北アイルランドが地盤の民主統一党(DUP)と閣外協力でギリギリ過半数に達している。 だが、DUPは協定案について、「英国の分断を招く恐れがある」と批判し、賛成しない構えだ。保守党の強硬離脱派とDUPが協定案に反対しているため、過半数に達するためには野党の労働党議員を取り込む必要がある。北アイルランドと英国本土の扱いが異なる点がEU残留派の反発も招いており、過半数の獲得は難しい状況だ。 世論調査会社ORBによると、メイ政権のEU離脱交渉を支持する人の割合が足元で27%、不支持が73%となっている。一時は支持する人の方が多かったものの、今や不支持が支持を大きく上回っている。世論が議員の投票に影響を及ぼすことを考えれば、なおさら過半数の獲得は難しいように見える。 ビジネス界にも強硬離脱派がいる 最大の支持基盤のはずのビジネス界からも、離脱案には疑問の声が上がる。11月23日には表面的には協定案を支持しているCBIの幹部が、実はメイ政権の合意案を評価していないメールが、英メディアにすっぱ抜かれた。ビジネス界にしてもEUの規制に縛られ続け、果実が少ないとの見方がある。EUの規制を離れられれば、もっと柔軟にビジネスができると公言する経営者もいる。 その代表格が英国を代表する家電メーカーであるダイソンの創業者ジェームズ・ダイソン氏だ。ダイソン氏はもとより強硬離脱派で鳴らしていた。EUには不可解な規制があり、それに従うことはビジネスの足かせになるという考えからだ。 ロンドンにあるダイソンの店舗。英国でも人気だ 11月にその主張を裏付けるような判決があった。EU第一審裁判所は、コード付き掃除機向けのエネルギーラベル制度に対するダイソン社の主張を支持し、現行のコード付き掃除機向けエネルギーラベルを無効とする判決を下した。
どういうことか。EUはもともとコード付き掃除機をダストが溜まっていない状態で稼働させ、その吸引力や消費電力を測定し、エネルギーラベルを付与していた。しかし、実際にはダストが溜まっている状態で掃除機を使うのが一般的であり、ダイソンの掃除機はこの状態で他社の掃除機よりエネルギー効率が高いにもかかわらず、現行のエネルギーラベル制度には反映されていなかった。裁判所はこうした点を評価した。 ダイソンは「ダイソンが特許を有するサイクロンを甚だしく不当に扱ってきた。これによって利益を得ていたのが、欧州委員会の高官に働きかけてきた主要メーカーだ」との声明を出した。 このようにダイソン氏は、EUの官僚的な規制に対して異議を唱えており、離脱を明言してきたのだ。依然としてEUで販売する際にはその規制に従わなければならないが、離脱をすれば少なくとも英国ではその必要がなくなる。 日経ビジネス11月12日号の時事深層「Brexitに商機見いだす日本企業」で触れたように、明確なルールを作った上で離脱し、厳格な関税手続きが採用された方が、ITシステムや物流網の構築などでビジネスチャンスが生まれると考える企業もある。 メイ政権はEUからの合意なし離脱を回避する道筋は作ったものの、離脱に伴う懸案事項を軒並み先送りした。 今後も様々なシナリオがあり得る。英下院がEUと合意した離脱協定案を承認しないことや、メイ首相の不信任決議が可決されること。解散総選挙になり、労働党政権が誕生することもある。英国内で意見対立が先鋭化し、もめればもめるほどEU離脱の条件の選択肢は狭まり、交渉は不利になっていく。今回のメイ首相がもたらした合意は、それをよく表している。 このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/112600903/
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