臨時国会では、外国人労働者を「特定技能」として受け入れる入管難民法案の審議が始まった。政府は来年(2019年)4月から施行するために、12月10日の会期末までに成立させる方針だが、受け入れる規模がはっきりせず、対象業種も法案には書かれていないので野党が反発し、予定通り成立するかどうかは見通せない。
安倍政権がこんな拙速に法案を出したのは、来年の統一地方選挙と参議院選挙の対策だろう。特に地方の中小企業から「人手不足を埋めるために外国人労働者がほしい」という陳情が増え、財界も移民の受け入れ拡大を求めてきた。しかし外国人労働者を増やしたら人手不足は解消し、日本経済は成長するのだろうか。
人手不足の原因は人口減少ではない
こういう話でいつも出てくるのは「日本の人口は減っているので、移民を増やさないと人手不足が解消しない」という話だ。確かに日本の生産年齢人口は毎年1%近く減っているが、労働市場が機能していれば人手不足の企業の賃金が上がり、労働力の余っている企業から労働者が移動する。ところが日本では労働市場が機能しない。
図1は1960年代以降の失業率を縦軸に、欠員率(人手不足)を横軸にとったものだ。高度成長期の失業率は1%台(右下)だったが、1990年代のバブル崩壊後に失業率が上がって左上に移行した。
普通は、景気が回復すると失業率が下がって欠員率が上がるが、そのうち欠員が減る2000年代のようなサイクルを描く。だが、2010年代には、欠員率がほぼ単調に上がっている。今の完全失業率は2.5%で、労働市場は需要超過になっているが、人手不足は続いている。欠員率が失業率を上回る現象は世界に類をみない。
労働需給は、業種ごとに大きく違う。建設・流通・飲食・宿泊・介護では求人倍率が高いが、一般事務は人手が余っている。このように労働市場のミスマッチが続いていることが、人手不足の本質的な原因である。こういう問題は10年もたてばなおるものだが、日本でいつまでもミスマッチが続く原因は何だろうか。
ホテルは人手不足だが旅館は過剰雇用
たとえば今回の法案で重視されている宿泊業をみてみよう。政府は「観光立国」の目玉として、宿泊業で今後10年に2万〜2万2000人の「特定技能」労働者を受け入れる方針を示したが、それは問題の解決にならない。
宿泊業の免許を得て営業している業者には旅館とホテルと簡易宿泊があり、図2のように旅館の施設数は2000年から35%減ったが、まだホテルの4倍以上ある。ところが室数では2009年に逆転し、今はホテルのほうが多い。客室稼働率はシティホテルの80%に対して、旅館は38%である。
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ホテルの79%は大企業(資本金5000万円以上)だが、旅館では大企業は13%しかない。一概にはいえないが、旅館を古い中小企業、ホテルを新しい大企業と考えると、業界の新陳代謝が遅れ、経営効率の悪い中小企業が残っている。業界全体では人手不足だが、旅館にはかなり余剰人員が残っているものと思われる。
このように労働生産性が低いことが、日本の中小企業に共通の問題だ。宿泊業界は賃金が低く、離職率が高いことでも知られている。本来はホテルが旅館を買収して従業員がホテルに移ればいいのだが、日本では企業買収が困難で従業員もいやがる。雇用規制が強く参入規制も強いので、人手不足のホテルと稼働率の低い旅館が併存する。
こういうミスマッチの原因になっている古い産業構造を残したまま、日本人の離職者を外国人労働者で埋めると、低収益・低賃金の旅館が延命され、3K(きつい・汚い・危険)職場の低賃金労働者が外国人に置き換わるだけだ。
社会保障はグローバル化できない
私は移民に反対しているのではない。日本の移民比率は1.6%で、アメリカの14.5%やEU諸国の10〜15%よりはるかに低い。グローバル化の中で、この比率が高まることは避けられないだろう。
朝鮮半島の有事の際には、難民を受け入れる必要もあるかもしれない。そういう国際貢献としての移民は受け入れる必要がある。人類として考えると、最貧層の人々が数億人いる世界で移民を受け入れることは、開発援助より効果的だ。
しかし日本国民として考えたとき、移民を受け入れるのは、そのメリットがコストを上回る場合に限ることが合理的だ。メリットは人口が増えてGDP(国内総生産)が増えることだが、コストは日本社会の同質性が失われることだろう。
大事なのは一人当たりGDPである。単純労働者を増やしても、古い産業構造を温存したままでは労働生産性は上がらず、一人当たりGDPも上がらない。むしろ都市のスラム化が進んで社会不安が広がる、というのがヨーロッパの教訓である。その失敗を繰り返さないように、移民の社会的コストを慎重に評価する必要がある。
社会保障も維持できなくなるおそれがある。「特定技能1号」労働者は5年以内の滞在で家族の帯同も認めないが、社会保険料は負担しなければならない。若い労働者が増えると、年金負担は緩和できるが、外国人労働者(と雇用する企業)は自分のもらえない年金の保険料を負担するだろうか。
レベルの高い日本の医療保険は、悪用されるおそれが強い。国会では本国の家族に対する医療給付が問題になったが、今でも短期滞在で国民健康保険に加入し、高額医療を3割負担で受ける外国人留学生が問題になっている。
ミルトン・フリードマンは「自由な移民は福祉国家と両立しない」と述べた。移民を入れると社会保障にただ乗りする人が増えるからだ。国家が国民を保護し、国民がそのコストを負担する社会保障は、人生が国内で完結しないグローバル時代には適していない。
移民の受け入れは日本社会の大きな転換点であり、後戻りのできない選択である。トランプ大統領のようにそれを逆転させようとすると大混乱になる。そういう状況になる前に制度的な手当を尽くして議論すべきだ。1カ月足らずの審議でドタバタと決めるような問題ではない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54686
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