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政府の「70歳まで雇用シナリオ」では高齢者も企業も幸せになれない
https://diamond.jp/articles/-/183286
2018.10.25 八代尚宏:昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現代ビジネス研究所長 ダイヤモンド・オンライン
継続雇用年齢をただ70歳に引き上げるだけでは、必ずしも高齢者の活用にはつながりません(写真はイメージです) Photo:PIXTA
継続雇用年齢「70歳に引き上げ」は、
効率性と公平性を欠いた仕組みの延長
政府は10月22日の未来投資会議で、「70歳までの就業機会確保」のための雇用改革案を打ち出した。働く高齢者を増やすことは人手不足や年金制度の安定化に不可欠だ。しかし、その手段として、企業が自発的に高齢者を雇用できるための規制改革ではなく、逆に雇用の義務付けという「規制強化」を用いている点に大きな問題がある。
第1に、現行の65歳までの継続雇用年齢の70歳への引き上げへの法改正である。これに対しては企業の人件費増が指摘されているが、むしろ正規・非正規社員間や、大企業と中小企業の労働者間の格差拡大という公平性の視点がより重要である。第2に、シニア層の中途・キャリア採用の拡大は、雇用の流動性を高めるという視点では望ましい。しかし、そのための具体的な政策はなく、単に大企業に中途採用比率の情報公開や協議会等で要請する等の「口先介入」で済ませるのでは不十分である。
本来の70歳雇用シナリオとは、なぜ企業が熟練労働者である高齢者を十分に活用できないのかについて分析し、次に、それを妨げている制度的な要因を取り除くことにある。こうした制度・規制の改革こそが、本来のアベノミクスの「第三の矢」であったはずだ。
現行の高年齢者雇用安定法では、定年退職者の65歳までの雇用を義務付けている。しかし、高齢者の仕事能力には大きな差があり、現役以上のスキルを持つ者もいる半面、職場のお荷物となっている場合も少なくない。定年退職直前よりも2〜3割減の給料は、前者には低すぎ、後者には高すぎる。何より定年後は1年契約等の非正規社員の扱いのため、有能な人材でも責任のあるポストには就けられないという無駄遣いが生じる。
どの職場でも仕事とのミスマッチの社員を抱えると、それだけ他の社員への仕事のしわ寄せが大きくなる。とくに給与の低い若手社員にとっては、高い給与に見合った仕事をしない中高齢社員の存在が、転職の契機となりやすい。これは同じ職場の非正社員や取引先の中小企業の社員にとっても不公正な仕組みである。こうした効率性と公平性に欠ける仕組みを、さらに70歳まで5年間も引き延ばそうとすることが、今回の政府の目論見である。
問題の最大要因は「60歳定年制」
同一労働同一賃金、解雇の金銭解決ルールが必要
日本の高齢者の活用を妨げる最大の要因は、大企業を中心とした60歳定年制である。多くの先進国では、同一業務でありながら年齢だけを理由とした解雇は、人種や性別によるものと同様に「年齢による差別」として原則禁止されている。しかし、日本では、年功賃金と定年時までの雇用保障という慣行が、年齢による差別を不可欠にする主因となっている。このため同一労働同一賃金の原則と、画一的な雇用保障の例外として解雇の金銭解決ルールの導入により、企業が安心して定年制を廃止し、貴重な高齢人材を活用できる環境を整備することが、本来の政府の責任となる。
今回の働き方改革法でも、同一労働同一賃金の原則は示されている。しかし、勤続年数が長ければ、それに見合った高い賃金でもいいという抜け穴が残された。また、企業の同一賃金についての説明義務も設けられたが、それは労働者が納得しない場合の措置はない。
やはり欧米企業のように、「同一業務の他の社員と比べて不利に扱われている」という社員からの訴えに対して、企業側に「差別をしていない」という立証責任を、人事資料等を用いて果たすことの義務付けが不可欠となる(参照:「働き方改革が目指す「同一労働同一賃金」はなぜ実現しないのか」)。これは公害対策基本法で、被害者の訴えに対して、工場側が公害を出していないという立証責任を負うことと同じ原則である。
もっとも、日本では企業内の訓練投資を円滑に行うために、ある程度の雇用保障・年功賃金が必要という論理もある。しかし、今後の長期的な低成長時代に、60歳まで頻繁な配置転換を通じた企業内訓練を漫然と続けることは、明らかな過剰投資である。遅くとも入社後20年以内に、それまで経験した業務の内で、もっとも自分に向いた職種を選び、それに見合った賃金を受け取る。そうすれば、企業にとっても60歳という一定の年齢で、画一的に解雇する必要性はなくなる。現行の雇用慣行を全面的に変えるのではなく、欧米の職種別の働き方と組み合わせることが、本来の働き方改革である。
シニアの中途採用拡大に欠けている
「部局別採用」という視点
今回、新たに登場したものが中途採用市場の拡大という政策目標である。この目標自体はともかく、なぜ企業が、特にシニア層で中途採用に消極的かという要因分析を欠いている。本来、「新卒一括採用か中途採用か」の対立軸よりも、「人事部採用か部局別採用か」の方が、はるかに重要である。未熟練の新卒採用者に比べて、特定分野での専門的能力をもつシニア層の採用は、そのキャリアを評価できる部局の責任者による採用がミスマッチを防ぐ上で必要となる。
しかし、この場合、仮にそのキャリアを生かせる業務がなくなった場合に、雇用関係がどうなるかについて明確なルールはなく、紛争が生じやすい。これを防ぐためには、「職務・地域限定正社員」という新たな働き方のルールが必要だが、これに対して労働界の反対は根強く、法改正は先送りされている。
新卒一括採用者が企業内で配置転換を繰り返し、どの部局でも通用するジェネラリストに育成されるという、過去の高い経済成長期に成立した雇用慣行は限界に近付いている。そうした働き方も少数のコア社員には必要かもしれないが、大多数の社員は特定の職種の専門職で、より良い条件の企業に中途採用されるような流動性の高い労働市場が必要となる。企業に対してキャリア採用を増やせというだけでなく、それを実現できるための法制度を整備することが政府の基本的な責任である。
「解雇の金銭補償ルール」の策定で
透明かつ公正な労働紛争は解決できる
「日本の解雇規制は厳し過ぎ、その緩和が必要」という誤解がある。現実には、労働基準法に定められている解雇規制は、特殊な場合を除き、30日分の賃金である解雇手当のみで、それさえ支払えば、事実上、解雇自由の世界である。
また、労働契約法には、企業は解雇権を持つものの、それを濫用してはならないという「解雇権濫用法理」が示されている。しかし、この判例法の原則を単にコピーしただけの規定では裁判に訴えなければ解雇権濫用の有無が示されず、裁判の費用を賄えない労働者にとっての有効な救済手段となっていない。
解雇の金銭解決のルール導入に対して、「カネさえ払えば解雇できる」という批判は誤りである。第1に、裁判の代わりとなる労働審判や労働局のあっせんでは、すでに金銭解決が紛争解決手段として用いられており、それがなぜ裁判ではダメなのか。問題は解決金の水準であり、それがとくに中小企業等では低すぎることにある。
第2に、裁判で解雇無効判決が出た場合にも、多くの場合、元の職場への復帰ではなく金銭補償による和解で解決されており、すでに多くの解雇紛争はカネで解決されている。
それでは、なぜ、あえて欧州並みの金銭解決ルールが必要なのか。それは紛争解決の手段の差により、金銭補償額に大きな差があるためだ。厚生労働省「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」の資料では、訴訟の費用がもっとも低い労働局あっせんでの補償額は、平均して35万円に過ぎないが、裁判での和解では400万円と大きな差が生じている。
仮に欧州並みに解雇の金銭補償ルールが策定されれば、労働審判やあっせんの補償金も、それを基準にして定められることも可能となろう。「カネさえ払えば解雇が可能」と批判する論者は、裁判に訴えられない多くの労働者が十分な補償金も受け取れずに解雇されている現状をどう考えているのだろうか。
出所)厚生労働省「第12回透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」
少なくとも70歳までの雇用機会の拡大は、高齢者の所得面だけでなく、年金財政健全化のためにも必要である(参照:「安倍3選後が年金改革「最後のチャンス」、日本の対応は遅すぎる」)。しかし、そのための手段として、政府が長年求められている制度や規制の改革を怠り、その代わりに企業に対して高齢者やキャリア採用に関する規制を強化することは、過去の産業政策と同じ手法であり、日本経済の活性化をむしろ損なうものでしかない。
(昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現代ビジネス研究所長 八代尚宏)
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