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IMFが公表した日本の財政「衝撃レポート」の中身を分析する それでも消費増税は必要ですか
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57978
2018.10.15 橋 洋一 経済学者 嘉悦大学教授 現代ビジネス
やっぱり日本のメディアは報じないが…
消費税増税の外堀がさらに埋められた。安倍総理は、15日の臨時閣議で、来年10月に予定している消費税率10%への引き上げに備えた対策を早急に講じるよう指示する。この臨時閣議は、首相が16日から訪欧するために開催されるもので、西日本豪雨や北海道地震の災害復旧費などを盛り込んだ平成30年度補正予算案が決定される。
消費増税の足音が近づいてきているが、前回の本コラム(「消費増税で国民に負担を強いる前に、政府がいますぐにやるべきこと こんな順番では納得できない」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57879)では、消費増税前に、政府保有株の売却などやるべきことがあると指摘した。
今回は、その続きの一つとして、IMF(国際通貨基金)が公表した重要なレポートを紹介しよう。先週も指摘したように、IMFは財務省出向職員が仕切っている側面もあり、単なる財務省の代弁としか言いようのないレポートもあるのだが、財務省の出向職員があまり手を出せないスタッフペーパーのなかには、いいものもあるのだ。
今回紹介するものはその類いである。それは、今月の公表された「IMF Fiscal Monitor, October 2018 Managing Public Wealth」(https://www.imf.org/en/Publications/FM/Issues/2018/10/04/fiscal-monitor-october-2018)である。
これは、各国の財政状況について、負債だけではなく資産にも注目して分析したものだ。このレポート、海外メディアの注目度は高い(たとえば https://jp.reuters.com/article/imf-g20-breakingviews-idJPKCN1ML0NF)が、日本のメディアではさっぱり取り上げられない。だからこそ、紹介する価値があるというものだ。
筆者が大蔵省時代に、政府のバランスシート作りに取り組んだ経緯は、前回のコラムでも少し触れたが、レポートを見る前に、その当時の世界の情勢も加えておこう。
筆者がバランスシートづくりに取り組んだのは、1990年代中頃であるが、その当時、アメリカなどでさえ、政府のバランスシート作りにはまったく手がついていなかった。その意味で、筆者はこの分野での先駆けであったことを自負している。
そこで、筆者がその考え方(企業と同じように、政府もバランスシートによって財政を評価するべきだということ)を諸外国の財政当局の担当者に話すと、興味津々であった。そのおかげで、アメリカなどのアングロサクソン系国家から、「そのバランスシート作りについて、日本のやり方を教えてほしい」という要望があり、かなりの数、海外出張に行った記憶がある。
さて、それを前提にIMFのレポートに話を戻そう。上記のIMF報告書の33ページのAnnex Table 1.2.3には、各国データの「availability」がある。要は、各国がこの「バランスシート」の考え方を導入した年代が分かるわけだ。
日本は他先進国とともに、一番早い2000− となっている。ここの記述はやや不正確であり、日本は1995− が正しいと思う。筆者の記憶では、日本が1995年ごろにバランスシートをつくり、他先進国はその後2年くらいでできあがったはずだ。
これには、ちょっとした理由がある。日本の政府バランスシートは1990年代中頃に作られ、世界最先端を行っていたのだが、その公表は封印されたのだ。
大蔵省はそれまで、バランスシートではなくその右側だけの負債だけを都合よく利用して財政危機を訴えてきたので、包括的なバランスシートが出来てしまうと、それまでの説明に矛盾が生じてしまうからだろう。大蔵省だからというわけではないだろうが、このバランスシートは「お蔵入り」と言われたことは覚えている。
その後、2000年代になって小泉政権が誕生すると、財務省内からも「そろそろ政府のバランスシートを公表したほうがいい」と言う声が上がり、そこに例の「埋蔵金論争」などもあったことから、結局バランスシートを公表するようになった。
それからは、財務省のホームページにはバランスシートが公表されている(https://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/index.htm)が、これについては財務省がマスコミにまともなレクチャーをしないから、ほとんど知られていない。債務の大きさだけを強調し、財政再建が必要だと主張するためだ。財務省も財務省だが、財務省からレクを受けないと記事が書けないマスコミも情けない。
いずれにしても、2000年代から各国でバランスシート作りが盛んになり、データも蓄積されてきたところなので、IMFでも各国のバランスシートについて分析できるようになったのだろう。
グラフをみれば一目瞭然
さて、当該のIMFレポートでは、主に一般政府(General Government)と公的部門(Public Sector)のバランスシートが分析されている。
一般政府とは中央政府(国)と地方政府を併せた概念である。一方の公的部門とは、中央銀行を含む公的機関を含めたものだ。
筆者は、これまで統合政府という概念でバランスシートを論じることが多かった。例えば、2015年12月28日「『日本の借金1000兆円』」はやっぱりウソでした〜それどころか…財政再建は実質完了してしまう!」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47156)などである。
この場合、筆者が考慮するのは中央政府と中央銀行だけにしているが、ネット資産(資産マイナス負債)に着目する限り、これはIMFレポートの「公的部門」とほぼ同じである。というのは、地方政府と中央銀行を除く「公的機関のネット資産」はほとんどゼロであるからだ。
中央銀行も、形式的にはネット資産はほぼゼロであるが、中央銀行の負債は実質的にはないので、実質的なネット資産が大きくなるので、統合政府ではそれをカウントしているわけだ。そこで、統合政府のバランスシートをみれば、ネット負債はほぼゼロ……つまりネット資産もゼロとなっている。
これらを踏まえた上で、IMFレポートを見てみよう。
2ページの図1.1では、比較可能な国の「公的部門バランスシート」でのネット資産対GDP比がでている。
それによれば、日本の公的部門のネット資産対GDP比はほぼゼロである。これは、筆者の主張と整合的だ。まあ、こんな話は誰が計算しても同じである。
ここから出てくる話は、「巨額な借金で利払いが大変になる」というが、それに見合う「巨額な資産」を持っていれば、その金利収入で借金の利払いは大変ではなくなる、という事実だ。このため、日銀の保有する国債への利払いは、本来であればそのまま国庫収入になるが、それを減少させる日銀の当座預金への付利を問題にしているわけだ(詳しくは先週の本コラムを見てほしい)。
ギリシャ、イタリアと比べても…
続いてIMFレポートでは、一般政府バランスシートでのネット資産対GDP比も分析している。7ページの図1.4である。
ここでも、日本は若干のマイナスであるが、ギリシャ、イタリアと比べるとそれほど悪くない。
IMFレポートでは、どのような財政運営をすると、ネット資産がどのように変化するか、という分析を行っている。例えば、単に赤字国債を発行するだけだと、ネット資産は減少するが、投資に回せばネット資産は減少しない。その投資が生きれば、ネット資産は増加する……といった具合だ。
この観点から論をさらに進めれば、先週の本コラムに書いたような「研究開発国債」という考え方は容認できるだろう。もっとも、今の財務省の経済音痴では、そのような新手は望むべくもないだろうが。
このほかにも、ネット資産は財政状況をみるのに使える。理論的には、ネット資産が限りなく減少すると(数学的な表現では、マイナス無限大に発散)財政破綻、ということになる。IMFレポートではそこまで書いていないが、35ページのAnnex Table 1.3.1.において、長期金利と一般政府でのネット資産との状況について、回帰分析を行っている。
その含意は、「ネット資産が少なくなると、長期金利が上昇する傾向がある」となっており、理論面でのネット資産と財政破綻の関係と整合的であることが示されている。
そこで、一般政府でのネット資産対GDP比とその国の信用度を表すCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)レートの関係の相関を調べてみた。
これをみるとかなりの相関があることが分かる。筆者はCDSのデータから、その国の破綻確率を計算し、例えば、日本は今後5年以内に破綻する確率は1%未満であるといっている。この話は、日本のネット資産がほぼゼロであることと整合的になっている。
こうした話は、本コラムでこれまでにも書いている。昨年来日したスティグリッツ教授が、経済財政諮問会議の場でも「日本の財政負債は大半が無効化されている(から財政破綻にはならない)」といっている。
そのとき、日本の増税学者は「スティグリッツが間違っている」と強気だった。これに対し、筆者はもしそうなら、スティグリッツに手紙を書き謝罪文をもらうべきだといった。いまだに、スティグリッツから謝罪文がきたという話は聞いていない。
すり替え、が始まった
財政破綻を訴え増税を主張する人たちは、それでもやはり消費増税を強行するのだろうか。IMFレポートをみれば、財政破綻というロジックが使えなくなったことは歴然なのに……。と思っていたら、増税派は「財政破綻を回避するために」という論法ではなく、「将来の年金など社会保障のために増税すべき」と、新しい言い方に変え始めている。これには失笑するほかない。
筆者は、社会保障の将来推計の専門家である。社会保障の将来像などを推計するのはそれほど難しくない。かつては、「財政問題のストック分析:将来世代の負担の観点から」(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/04030014.html)という論文も書いている。
今更「社会保障が重要」などという暢気なコメントを出すような人より、ずっと前からこの問題については考えている。
何より、社会保障財源として消費税を使うというのは、税理論や社会保険論から間違っている。大蔵省時代には、「消費税を社会保障目的税にしている国はない」と言い切っていたではないか。
そんなデタラメに、まだ財務省がしがみついているのかと思うと、心の底から残念で仕方ない。
社会保障財源なら、歳入庁を創設し、社会保険料徴収漏れをしっかりとカバーし、マイナンバーによる所得税補足の強化、マイナンバーによる金融所得の総合課税化(または高率分離課税)といった手段を採ることが、理論的にも実践的にも筋である。
それらを行わずに、社会保障の財源のために消費増税を、というのは邪道である。さらに、景気への悪影響も考えると、いまの時期に消費増税を行うというのは尋常ではない。
少々難解かもしれないが、ぜひともIMFレポートなどを読んで、「消費増税の是非についての認識を深めてほしい。
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