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金融市場が「10月12日」に注目する理由 トルコリラ下落と通貨危機のリスク
https://president.jp/articles/-/26407
2018.10.10 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介 PRESIDENT Online
リラ下落を受けて「ドル化」が進むトルコ経済
トルコリラ安が続いている。対ドル相場の年初来下落率は一時約40%に達した。直近では下落には歯止めがかかっているが、いま市場は10月12日のトルコ政府の動きに注目している。
トルコ政府は米国人牧師を長期拘束しており、この日に解放するかどうかが決まるからだ。市場はエルドアン大統領が対米関係の改善を優先させ、牧師を解放するとみている。だが予想に反して解放されなかった場合、リラ相場はさらなる下落を余儀なくされる。それは世界的な通貨危機の引き金となる恐れがある。
日本人が聞きなれない経済現象のひとつに「ドル化」というものがある。自国通貨への信認が低い経済では、貯蓄や決済の手段としてドルやユーロ、円といった信用力の高い外国通貨が利用される。程度の差はあれ、新興国では一般的にこうした状況が生じている。日本でも外貨で資産を形成する人々が増えているが、まだ少数派だ。
通貨危機にさいなまれているトルコでは、近年このドル化が急速に進んでいる。経済全体に広まっているマネーの量をはかる指標として、貨幣供給量というものがある。最も定義が広い貨幣供給量に占める外貨預金の比率は、トルコの通貨リラの下落とパラレルな形で上昇していることが分かる。
モバイルバンキングが発達しているトルコでは、預金口座を通じて外貨や金を容易に購入できる。近年のリラ下落を受けて、預金者は資産を防衛するために、リラ建て預金を外貨や金建ての預金に変えてきた。その結果、リラの下落と歩調を合わせる形でドル化が進んでいるのである。
イスタンブールでは米ドルで何でも購入できる
トルコは過去にも高インフレや通貨危機を経験しており、人々のリラに対する信認はそもそも弱い。また1960年代からはドイツなど西欧に出稼ぎに出た労働者(ガストアルバイター)も多くなり、そうした人々からの送金もまた外貨で行われた。つまり、外貨に触れ合う機会は元から多かったと言える。
筆者は10月初旬、通貨危機の影響を調査すべく、トルコ経済の中心地イスタンブールを訪問した。食料品の購入で米ドルでの支払いを試みたが、問題なく利用できるとともに、市中のレートが反映された交換レートが提示された。人々が外貨の利用に慣れていることの証左と言えよう。
またイスタンブールのバザール「カパルチャルシュ」にあるプロ向けの両替交換所で話を聞いたところ、リラ安に伴うドルの需要が強過ぎて、取引そのものが停滞しているとのことだった。エルドアン大統領の支持者はその呼びかけに応じてドルを売った模様だが、大多数の人々は資産防衛のためにドルを買い、持ち続けているということだろう。
ドル化が進めば進むほど金融政策は効かなくなる
このように、トルコは資産防衛がしやすい環境にある。今般の通貨危機でも、多額の外貨預金の存在がリラ下落の悪影響の緩衝材として機能したと言えるだろう。一方で、ドル化の加速によって、別の深刻な問題が出てくる恐れがある。つまり、中央銀行による金融政策運営が難しくなるという看過できない問題だ。
中央銀行による金融政策は、通常、国内金利を通じて行われる。ドル化が進んでいる経済だと、金融を緩和するにせよ引き締めるにせよ、国内金利を通じた政策が効きにくくなる。ドルが利用されているため、経済活動が国内金利だけではなくドル金利にも依存するためだ。当然ドル化が進めば進むほど金融政策は効かなくなり、やがて機能不全に陥る。
国内通貨への信認が回復しない限り、ドル化を改善することはできない。リラへの信認を回復させるためには、エルドアン政権による経済運営が正常化する必要がある。しかしながらエルドアン政権による経済運営は正常化するどころか、ますます混乱の色を強めている。
2018年9月25日、トルコのエルドアン大統領(右)と握手し会談に臨む安倍晋三首相(アメリカ・ニューヨーク)(写真=AA/時事通信フォト)
選挙に勝つために「バラマキ」に走る可能性が高い
例えばエルドアン政権は9月4日、トルコの輸出業者に対して、取引先から支払われる輸出代金が外貨の場合、最低でもその80%を国内の銀行に売却してリラに両替させることを義務付けた。半年間の時限措置ではあるものの、輸出業者に強制的な両替を課すことで、リラを買い支えさせようとしたのである。
ただ材料や部品などの輸入依存度が高い製造業の場合、輸入品の決済には当然外貨が用いられる。したがって、取引先から外貨で支払われた輸出代金をリラに両替しても、輸入代金を支払うために再度外貨に両替しなければならず、いたずらにコストが膨らむ事態をもたらしている。
トルコは来年3月に統一地方選挙を控えている。政権の信任が問われるこの選挙に、エルドアン大統領率いる公正発展党(AKP)は何が何でも勝利しなければならない。
そのため、エルドアン政権はバラマキ色の強い政策を年末にかけて打ち出してくるのではないかという観測が高まっている。特に景気悪化を受け資金繰りに窮する中小・零細企業(その多くがエルドアン大統領の支持者層)に対して、何らかの支援策が採られる可能性が出てきている。
インフレはさらに加速し、景気は一段の悪化へ
ただこうした措置は、本来なら淘汰されるべきゾンビ企業の延命につながり、経済の新陳代謝が悪化する。また政府による信用保証といったスキームが採用されれば財政の悪化につながるし、日本の金融円滑化法の様な措置が実施されれば銀行の財務体質が悪化して金融不安の深刻化を呼び起こしかねない。
それでもエルドアン大統領が選挙での勝利を優先してバラマキ色が強い政策を実施するなら、リラ相場は下落を余儀なくされる。リラが暴落した8月10日に記録した1ドル7リラをさらに下回る展開も十分予想される。そうなればインフレはさらに加速し、景気は一段の悪化を余儀なくされるだろう。
エルドアン政権は、地方選と通貨安のバランスを見つつ、中小・零細企業に対する何らかの支援策を採ってくると考えられる。そのバランスがどのように振れるかで、リラが先行き一段安に向かうか、あるいは上昇まで至らずとも落ち着きを取り戻すかが決まると言えよう。
残念ながら、エルドアン政権による経済運営が早期に正常化する展望は描きにくい。そうした中で、リラが上昇に転じたとしても一時的であり、結局はリラ安に歯止めがかかることはないだろう。むしろリラがもう一段安を目指すシナリオを想定しておく方が、現実的と言える。
相場や景気に楽観的な見方は禁物
リラが再び暴落すれば、通貨安の波が新興国を襲うだろう。既に危機的であるアルゼンチンに加えて、南アフリカ、ロシア、ブラジルなどが通貨危機に陥るかもしれない。インドネシアのような一見関係がない東南アジア諸国の通貨も下落が進むはずだ。前回のトルコリラ急落時にも生じた通貨危機の波が、再び生じる可能性が高い。
激しさを増すばかりの米中の貿易紛争や英国の欧州連合(EU)からの離脱協議の不調を受けて、世界の金融市場は緊張感を高めている。こうした中、新興国で通貨危機の波が生じれば、世界的な株価の暴落につながるはずだ。それが深刻であればあるほど、日本を含めた世界各国の景気は悪化を余儀なくされる。
日本では、心地良い水準にあるドル円レートや高値圏にある株価を受けて、相場や景気に楽観的な見方が支配的だ。しかしながら、欧州や新興国ではさえない株価や通貨を受けて、次の金融危機に対する警戒感が着実に高まっている。備えあれば憂いなし、過度な楽観は禁物である。
土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
(写真=AA/時事通信フォト)
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