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中国がキャッシュレス社会を目指すのは百年早い
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/post-10949.php
2018年9月12日(水)19時23分 ルイ・チョン ニューズウィーク
アリペイと微信支付のQRコードがある店では現金を断られることもある(江蘇省南通の豚肉店)REUTERS
<シリコンバレーのビッグ5のように自らの技術で社会を変えたいと燃える電子決済大手と、格差拡大と成長鈍化を恐れる政府、理があるのはどちらか?>
スマートフォンによる決済が加速する中国の金融規制当局は、オンライン決済大手の勢力拡大に警戒感を抱いている。都市部では、中国最大のSNSアプリ「微信(ウィーチャット)」を利用した支払いが前提になっているため、店側は釣り銭を用意していないことも多く、現金での支払いを一切断る場合もある。
こうした状況から、国有銀行は対策を急いでいる。中国人民銀行(中央銀行)の安徽省支店は最近、この問題に取り組むための作業部会を開始した。同省の省都、合肥市の金融当局者ワン・ヤーチョウは、現金決済拒否は非常に悪い影響を及ぼす可能性があるため、徹底的に禁止する必要があるとコメントした。
ワンのような規制当局者が憂慮するのは当然だ。中国の都市における「キャッシュレス化」の広がりは、経済不安という根本的な問題をむき出しにする恐れがある。モバイル決済の普及によって、若者と高齢者、そして裕福な都市部の中産階級と経済発展に乗り遅れた者の差が広がっている。
地方自治体による間違ったモバイル決済戦略も問題だ。中国政府が経済改革推進のためにできるだけ多くの消費者を必要としているその時に、高齢者と貧困層を消費経済から締め出すことにもなりかねない。
■数字が裏付けるキャッシュレス化
政策の問題として議論されているのは、モバイル決済は中国の通貨である人民元の法的な代替物になりうるのか、という点だ。規制当局は「キャッシュレス都市」のような取り組みが、中国の人民元管理法に違反していないかどうかを調べている。この法律には、人民元を「中華人民共和国の法定通貨」と明確に定義する条項が含まれており、「中国の領土内では、組織または個人による取引を目的とした人民元の使用を廃止することはできない」としている。
同時に、統計上の数字はキャッシュレス取引の増加を示している。中国サイバースペース管理局が2017年1月に発表したデータによれば、モバイル決済プラットフォームに登録されているユーザー数は4億6900万人。16年に比べて31.2%増加した。
別の政府機関、中国インターネットネットワーク管理センターの調査でも、モバイル決済を利用する割合が2016年末から2017年末にかけて57.7%から67.5%に増加したという結果がでている。都会では、ブランド品を扱う高級店から町の屋台まで、あらゆる店のレジのそばにオンライン決済を独占する2大企業、支付宝(アリペイ)と微信支付(ウィーチャットペイ)のカラフルな支払い用バーコード「QRコード」のステッカーが貼られている。
こうした景気のいい数字に勢いづいて、キャッシュレス取引アプリ大手は、普及のためのイベントや地方自治体へのロビー活動を強化している。インターネット通販各社は2010年代初頭、11月11日の独身の日(独り者を示す1が4本並ぶ)に大々的なセールを行うといったショッピングイベントを始めた。
こうした新しいイベントはキャッシュレス決済をさらに普及させる。アリペイの親会社で電子商取引大手のアリババは、2017年8月に本社のある杭州市および武漢、福州、天津で「キャッシュレス都市ウィーク」というイベントを開催した。
騰訊(テンセント)の子会社ウィーチャットペイも後に続き、縁起のいい8月8日を「キャッシュレスの日」と名付け、同様のプロモーションを行った。だが武漢では中国人民銀行の支店から圧力を受けて、支払い方法は「消費者の選択を尊重する」と、キャンペーンの表現を変えた。
多くの都市で、キャッシュレス決済が当たり前になっており、物乞いや大道芸人も微信とアリペイの QRコードを使って小銭をねだる(与える方は、そのQRコードを自分のスマホで読み取り、金額等を入力すればいい)。だがこうした事例は、キャッシュレス化では解決できない格差を拡大させかねない。
金融サービスへのアクセス度を調査した2017年の「グローバル・フィンデックス・データベース」(世界銀行)によれば、中国では農村部の約2億人が銀行を利用できず、正規の金融システムから締め出された状態にあるという。
■ネット難民は支払い不能に
キャッシュレス決済システムではその設計上、まず銀行口座の登録が必要で、その後にモバイル決済のプラットフォームに接続される。金融機関に口座がなければ支払いはできない。
世銀傘下の研究機関「貧困層支援諮問機関(CGAP)」による2017年の報告書によると、農村部に住む中国人の70%近くがインターネットと縁がなく、特別な事情がなければ、モバイル決済の利用に必要なスマートフォンと銀行口座を手に入れることはできない。
こうしたデジタルプラットフォームが基本的な決済手段となるなら、中国は、銀行を利用できずにいる国民に金融サービスを提供するという、たいへんな難題に直面することになる。
国内のキャッシュッレス決済をいかにして全国民に利用可能にするかという問題は、政策関係者の間で活発に議論されている。
北京の大衆紙「新京報」は2017年に論説で、地方の共同体や個人の意見を聞かずに支払いをキャッシュレス化することにまつわるリスクを指摘した。これまで現金しか使われていない地域で、人々を金融システムから締め出せば、農機具や種子など農業に必要な買い物もできなくなる。
規制当局者や金融アナリストはこうした格差を憂慮しているが、アリババとテンセントは、キャッシュレス化をさらに日常的なものにする決意を固めている。中国企業は、自社製品を社会的に価値のあるものとして売り込むシリコンバレー企業の戦略や表現を真似ているのだ。
地方では、両社ともに資源を投入し、農村におけるモバイルバンキングの市場シェアを獲得しようとしている。ショッピングサイト淘宝網(タオパオ)と組んで収益を伸ばしたアリババは、中国農村部に電子商取引サービスセンターを建設するために、2014年から2019年末にかけて100億人民元を投じる予定だ。一方、テンセントは、出稼ぎ労働者を地方にいる家族に結びつける微信の使い方をアピールして、より多くのモバイル決済ユーザーを取り込もうとしている。
高齢者層も、キャッシュレス化促進キャンペーンの重要な対象だ。高齢ユーザーはモバイル機器の操作の習得に苦労する傾向があるため、アリババは子供たちが親や高齢者にアプリの使用を勧めることを、「親孝行」として奨励している。高齢ユーザーによるアリペイの利用を加速させるための最近の販促キャンペーンでは、モバイル決済の設定解説の導入に、子供が親に宛てた心のこもった手紙をもした真似した紹介文が使われた。
アリババとテンセントは、より多くのユーザーに奉仕する、という高尚な企業理念を打ち出すかもしれない。だが両社にとって、都市部のユーザーが両社のアプリで決済を行っている限り、アクセス格差は大きな問題ではない。
モバイル取引はいまだに大きく成長を続けている。だから低所得層や、テクノロジーにも銀行にも縁のないユーザーが参加しにくくても、両社にとってたいした損失にはならない。
だが中国人民銀行の支店にとっては、そうはいかない。消費支出と人民元の循環が減少すれば、各州の経済統計の数字が悪化し、最終的に国全体の経済の成長に悪影響を及ぼす。
中国企業のニーズと政府目標が衝突するときには、政府は勝つ傾向がある。それでも、キャッシュレス決済サービス企業は、投資とテクノロジーの魅力に突き動かされて、大儲けのチャンスをつかもうと努力し続けるだろう。
中国の個人、企業、地域はどうすれば、何もかもがキャッシュレスになる社会の到来に適応できるのか。それは、急成長する不平等なデジタル経済における生き残りを左右するだろう。
中国が国民に参加の機会を広げないままキャッシュレス化を進めれば、最終的には国内の経済的な不平等をさらに悪化させる可能性がある。そして大企業が繁栄する一方で、農村地域の人々は不満をいだいたまま置き去りにされるかもしれない。
From Foreign Policy Magazine
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