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働き方改革が不動産会社を滅ぼす?都心の巨大なビルもタワマンも「無用の長物」に?
https://biz-journal.jp/2018/08/post_24507.html
2018.08.23 文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役 Business Journal
働き方改革法案が国会を通過した。厚生労働省によれば、我が国は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働き方のニーズの多様化」などの状況に直面しているなか、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境をつくることが重要な課題だとしている。
このスローガン自体には特に問題はないはずだったのだが、具体策のなかでの裁量労働制の採用や時間外賃金の削減、長時間労働の是正などをめぐって、国会での説明データの誤りなどが発覚し、野党やメディアにつつきまわされ、なんとか法案成立に持ち込んだというのが実態だ。
この法案の中身とは別に、今不動産業界ではこの働き方改革に「戦々恐々」としているようだ。大手不動産会社の一角が「働き方改革」に逆行する対象として糾弾されたから「こんどはウチかも」といったような話ではない。「働き方改革」がどんどん進行していくと、不動産業界の勢力図が様変わりするのではないかという恐怖なのだ。
■なんとも豪華なコワーキング施設
最近都心部に続々竣工する新しいオフィスビルは、どれも航空母艦のような威容を誇る。今のところテナントの入居は順調のようだが、実は新しいビルを見学すると、内部にコワーキング施設を設けているビルが増えてきていることに気づく。
コワーキング施設と聞くと、多くの人はいろいろな会社が会議室や受付機能などを共用して働くシェアオフィスを思い浮かべるのではないだろうか。シェアオフィスを利用するのはスタートアップしたばかりの企業が主体だ。起業はとにかく金がかかる。これまでは1人や2人で起業すると、普通のオフィスは借りられず、マンションの部屋などを借りてオフィスとして使用するのが関の山だったが、このシェアオフィスを利用すれば何かと便利。しかも他の起業家とも情報交換ができビジネスにも役に立つというものだった。
ところが、最新鋭ビルに設置されるコワーキング施設は、これまでのシェアオフィスとはまったく様相が異なる施設だ。まず、オフィス家具やオフィス機器などが豪華すぎるのだ。そして利用料もめちゃくちゃ高い。広々したロビーや高価な家具が置かれた打ち合わせスペースはもとより、フリードリンクを飲みながらメールをチェックする、ちょっとした資料作成を行うような利用者の姿が目に付く。
運営するデベロッパーに聞くと、実は会員となっている企業にスタートアップ企業はほとんどなく、多くが大手企業だという。最近の大手企業は一人にひとつのデスクを与えて9時から5時まで座って勤務するような形態がどんどん減っているという。フリーアドレスといって、自分のデスクを持たずに好きな場所で仕事する。
オフィスの現場でのワークスタイルは今、劇的に変化しつつあるのだ。なかには全社員が出勤してくると全員が座る椅子がないなどという事態になる会社があるという。今話題の日本大学が、かつて学生全員がまじめに学校に授業を受けに来ると教室のスペースが足りないと揶揄されたのと同じだ。
大手企業がこのコワーキング施設を使う理由は、自らたくさんのオフィス床を借りずに社員を「放し飼い」にして外に出し、コワーキング施設に立ち寄って報告書や資料を作成させるためである。
また新規プロジェクトなどを立ち上げる時も社内にスペースは設けずに、コワーキング施設に数名の社員を放り込んで仕事させる。社内に部署をつくらなくても、コワーキング施設なら変幻自在だ。プロジェクトが思うようにできなかったとしても撤収は早い。オフィスを借りると、その費用は企業にとっては重たい固定費となる。ところがこれをコワーキング施設の会員となっているだけならば、その会費は変動費ということになる。そもそもフリーアドレスで社員一人にひとつの机を与えなければオフィススペースは大幅に削減できるし、「外出」した社員が使うスペースにコワーキング施設を充当すれば、その分は変動費として処理できる。まことに都合の良い施設といえるのだ。
■デベロッパーは内心ヒヤヒヤ
さて、コワーキング施設はおかげさまで大人気のようだが、実はこの施設を設けてテナントの歓心を買おうとするデベロッパーも、その裏では内心ヒヤヒヤな思いをしているのだ。
情報通信機器の進化で近い将来、多くのビジネスパーソンにとっては、何も都心の事務所に出ていかなくとも自宅近くにコワーキング施設があればそこで仕事ができるようになる。会社とのやり取りは情報通信機器を通じて、そのほとんどがネット上で解決してしまうようになることが予想されているからだ。
ひところサテライトオフィスが構想されて自宅近くで働くことが推奨され、うまく普及しなかったが、コワーキング施設とサテライトオフィスは概念がまったく異なる施設だ。サテライトオフィスは郊外に住む社員たちのために新たにオフィスを借りて、そこに数名の社員だけを集めて仕事をさせるものにすぎなかった。サテライトオフィスで働く社員からみれば、自分たちだけが会社から疎外されているような被害者意識を持つことにつながった。会社側も固定費を節減したいためにチンケなオフィスを構えることが多く、結果的にはあまり普及していないのが実態だ。
いっぽうでこの豪華なコワーキング施設は、会員施設であるから、今後その立地は立川や武蔵小杉、船橋、大宮などといった多くのビジネスパーソンが暮らす街中に設置されるようになるだろう。コワーキング施設では他社の社員とも交流ができるし、完璧にそろえられた情報機器やサービスを存分に使うことで、会社とは常につながっていることができる。多くの社員が通勤をせずにこうした施設で働くのが当たり前となれば、何も混雑する通勤電車に乗って都心の会社に出向く必要もないということになるだろう。
そう考えるとデベロッパーにとっては「働き方改革」は夜も眠れぬ脅威に化けるのだ。都心に誰も通ってこなくなる。つまり都心に用意した巨大なオフィススペースが必要なくなるということを意味するのだ。使い道がなくなった航空母艦ビルが巨大なダンスパーティー会場になってしまうかもしれないのだ。
都心居住の掛け声のもとに、都心タワーマンションを販売してきたのに、都心のお高いマンションなどに人々が見向きもせずに、郊外の安い土地の上に自分の好きな家を建て始めるようになれば、もともとそんなに便利な土地でもなく、住環境も「いまいち」だった湾岸タワーマンションなど誰も見向きもしなくなるかもしれない。
■鉄道会社にとってはコペルニクス的大転換
これまで郊外から都心部に毎朝毎夕人々を運んでいた鉄道会社にとっては、コペルニクス的大転換となる。彼らが電車に乗らなくなってしまえば、通勤定期券という彼らの生命線である収入がなくなることを意味する。多額の費用をかけて都心まで複々線を開通させた小田急電鉄などにとっては信じがたい事態ともいえよう。
都心に通わなければ、これまで通勤に使っていた莫大な時間から多くの勤労者が解放される。余った時間を自分の暮らす街で過ごすようになると、これまでの会社に「通勤」するという視点からだけで「駅から徒歩何分」と利便性だけで選んでいた住宅の選択概念も大きく変化するかもしれない。
郊外の街が復活する可能性もある。子供を自然環境の豊かな郊外で育てたいというニーズはこうした時代でも根強いものがある。通勤がなくなれば、生活コストが高く、自然環境が乏しい都心に無理して家を求める必要はなく、安いコストでよい環境を買う人々が多数出てきてもおかしくはない。
■「通勤」という概念がなくなる日
不動産に対する価値観に、この働き方改革は大きな影響を与える可能性が高いのだ。そういえば、今や世界を代表する企業となった、グーグルやアマゾン、フェイスブックなどのガリバーカンパニーは、その多くがニューヨークのマンハッタンなどに本社を構えたりはしていない。
ひょっとすると平成の次の年号の時代に活躍する多くの会社が、環境の良い、人々が本当に働く幸せを感じ取ることができる豊かな就業環境が実現できる場所に社屋を構えることになるかもしれない。そしてその社屋に通うのは「通勤」という概念がなくなった社員たちであり、ほとんどが会社とは遠く離れた、それぞれが「私の好きな街」に暮らしていることになるのではないだろうか。
そのとき、平成まで大手を振っていた大手デベロッパーや鉄道会社は生き残っているのだろうか。「働き方改革、恐るべし」である。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)
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