トランプvsエルドアン、リラ暴落をめぐる非難合戦 実は互いの陰謀論を裏づける大親友? 2018.8.20(月) Financial Times (英フィナンシャル・タイムズ紙 2018年8月17日付)トルコ通貨安、一服も反発の兆しなし 大統領は米を再度批判 トルコの首都アンカラの大統領府で開かれた第10回大使会議の昼食会で演説するレジェプ・タイップ・エルドアン大統領(2018年8月13日撮影)。(c)AFP PHOTO / TURKISH PRESIDENTIAL PRESS SERVICE / KAYHAN OZER〔AFPBB News〕 「我が国とトルコの関係は現時点では良くない!」 ドナルド・トランプ氏は8月第2週にツイッターにこう投稿した。だが実際のところ、少なくとも経済面においては、トランプ大統領はトルコの大統領の大親友だ。 トランプ氏はタイミングをバッチリとらえた。8月10日金曜日にトルコリラが暴落(これは誇張ではない――この日だけで16%も下落したのだから)している間に、突如、トルコから輸入される鉄鋼・アルミ製品の関税を2倍に引き上げると発表したのだ。 そのうえ、自身の特殊なロジックを用いて、これは「我々の非常に強いドルに対する」リラ安への具体的な対応策だと示唆した。 トランプ氏がリラ急落の口火を切ったわけではない。ただし、一時的に悪化させたことは確かだ。 そして重要なことに、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領がずっと欲しがっていた、まさにその口実を、トランプ氏は提供することになった。 トルコの問題は何年も前からくすぶっていた。外国資本への依存度が高く、インフレも率2ケタに達していたため、リラ防衛のために金利を引き上げることが繰り返し求められていた。 外貨を借りているトルコ国内の債務者を窮地に追い込むリラ暴落を防ぐためだ。 ところが、トルコの中央銀行は先月の金融政策決定会合でも利上げを行わなかった。多くの外国人投資家にとっては、これがとどめの一撃になった。 こうした状況に対し、エルドアン氏はナンセンスだと答えた。同氏は、高金利がインフレを引き起こすと以前から主張しており、自分の周りを「イエスマン」で固めている。 利上げを求める声はトルコをねじ伏せようとする外国の陰謀の一環だと語り、えたいの知れない「金利ロビー」なるものの存在をほのめかしている。正統派経済学など知るもんか、というわけだ。 本当のことを言えば、リラの災難はトルコが自ら作り出し、自ら悪化させたものだ。筆者は先日、休暇を取ってエーゲ海に出かけた際、現地の商店やバーから英ポンドでの支払いを尋常でないほど強く求められた。 「ほらね」。遊覧船の切符のセールスマンは、20ポンド札がぎっしり詰まった財布をチラリと見せて教えてくれた。「ためてるんだよ。月末まで取っておくと、その頃には価値が増えている」 地元の人たちが英ポンドをハードカレンシーと見なすとき、問題が起きていることが分かる。 (公平を期すために付け加えると、あのセールスマンはどんな外貨でも受け取っていただろう。筆者らの顔が青白かったから、英国人だとばれてしまっただけのことだ。遊覧船の旅はとても楽しかった) これまで、エルドアン氏の党の忠実な支持者でない人々は、同氏の非難合戦を笑い飛ばすことができた。 大統領周辺の理性ある人々は、特に6月の選挙の前までは、何かと人を罵るエルドアン氏の振る舞いからトゲを抜こうと奮闘していた。 金利は「すべての悪の母だ」と同氏が断言したときには、警戒している投資家が離れていかないように微笑み攻勢に出て、しばらくの間はうまくいった。 今では、そうした側近の一部が遠ざけられてしまっている。 そしてトランプ大統領のおかげで、エルドアン氏も「だから言ったじゃないか」と無理なく言えるようになっている。米国は確かに、倒れているエルドアン氏を蹴りつけようとしているからだ。 悲しいかな、おそらくそのために、エルドアン氏はますます自分のミスを認めようとしなくなるだろう。 急激なリラ安と戦うために、賢明だが痛みを伴う施策が講じられる可能性も低下してしまうだろう。必要な石油をほぼすべて輸入しているトルコ経済に大きな傷跡がついているにもかかわらず、だ。 エルドアン氏はすでに、相手と同じ手段で立ち向かっている。米国製電子製品の輸入禁止を求めたり、米国製の酒類、自動車、タバコにかかる関税を引き上げたりしている。 これはすなわち、エルドアン氏と共生関係にあるトランプ氏も、米国企業を傷つけようとする陰謀が外国にあると指摘できることを意味している。 トルコ政府当局者はもう少し実際的で、8月15日水曜日には、外国の銀行によるリラの売りを実行・助長を制限する措置を講じた。 とはいえ、トルコリラを空売りしたいという投資家の気持ちがこれで完全に抑えられるわけではない。 リラを防衛できるか否かは、拘束中の米国人牧師を解放せよという米国の要求にトルコ政府がどう応えるかに大きく依存する。ただ、上記の措置によってリラは直近の安値から少し上昇している。 エルドアン氏は非難をかわす技のチャンピオンかもしれないが、そういう人物はほかにもいる。 イタリアのルイジ・ディマイオ副首相は先日、外国の勢力に対して次のように毒づいた。 「イタリア政府を攻撃するために市場を使おうと望む者がいるのであれば、そんなことで脅される我々ではないということを思い知らせてやらねばならない」 発足からまだ日が浅いイタリア連立政権が怒りの矛先を向けているのは、欧州連合(EU)や欧州中央銀行(ECB)などだ。 ギュンター・エッティンガー欧州委員(予算担当)は5月、イタリア人はポピュリストに投票するとどうなるかという教訓を市場から教わることになるだろうと発言し、謝罪を強いられた。 6月にはイタリア政府の側近たちが、イタリアに圧力をかけるためにECBが債券市場を「操作」していると非難した。こちらは完全な言いがかりではなかった。 ECBはその頃、市場からの債券買い入れにおいてイタリア債の割合を引き下げていたからだ。 その理由は退屈かつ技術的なものでしかなかったが、ECBをいじめっ子に仕立て上げたい向きにとっては、そんな細かい話はどうでもよかった。 米国の金利が上昇し、ECBの支援も縮小されるなか、リスク資産の市場を支えする基盤は不安定さを増している。今後は、弱い鎖に相当する部分が困難に直面することになるだろう。 自分以外の人を誰でも非難する人に注意の目を向けていなければならない。 By Katie Martin トルコ・リラ暴落を招いた“もう一つの暗闘”トルコ第2の国営銀行が米国史上最大の制裁破りに関与した?! 松富 かおり 2018年8月20日(月) トランプ大統領(左)とエルドアン大統領(右)事あるごとに対立する二人は何を話していたのか(写真:ロイター/アフロ) トルコの通貨「リラ」が暴落。年初に比べてすでに40%安となった。 5年前1リラは約55円、今年初めは30円、それが18円にまで落ちた(8月17日現在)。対ドルで見ると2013年には1ドル=約1.8リラだったが、13日には1ドル=7.2リラとなり最安値を更新。輸入する石油のリラ建ての価格などが大きく値上がりし、国内でさらなるインフレを招いている。 原因は、「アンドリュー・ブランソン牧師」をめぐる米国とトルコの確執とされる。トルコは同牧師が、2016年に起きたクーデター未遂事件を支援したとして拘束していた。トルコは同牧師を自宅軟禁に移したが、米国の態度は和らいでいない。だが実は、両国にはこの問題以上の懸案があり、ブランソン牧師の解放だけではリラ安に歯止めがかからない可能性が大きい。 トルコ第2の国営銀行に巨額罰金の懸念 最大の懸案は、トルコによる「イランへの経済制裁破り事件」だ。米国で今年5月、トルコで2番目に大きい国営銀行ハルクバンクの元副頭取が同容疑で禁固32カ月の実刑判決を受けた。ドナルド・トランプ大統領の政策は予測しにくいと言われるが、「イランは放置できない」ことははっきりしている。 この判決は、米国では昨年から注目されていた「ザラブ・ケース」に対するもの。トルコとイランの国籍を持つレザ・ザラブ容疑者が、トルコがイランから買った石油の代金をドルに替えてイランの口座に入れ直すのに同銀行が協力したとされる事件だ。イランは米国が科す金融制裁のためドルによる決済ができず、外貨準備高が減少し輸入代金を払うのが困難な状況にあった。 ザラブ容疑者は、そのスキームを明らかにすることで罪を軽くするという司法取引に同意した。証言によれば、ハルクバンクは、トルコがイランから買った石油の代金を同行内のイラン口座に入金すると、それをザラブ容疑者の口座に移す。ザラブ容疑者はそこから引き出した資金を使ってイスタンブールで金の延べ棒を買い、ジム用のバッグに詰め、飛行機でドバイに行く。そこで金をドバイの通貨に換え、さらにドルに換金。再びトルコに帰りイランがハルクバンクに持つ口座にドルを振り込むことを繰り返していた。 ザラブ容疑者の証言が真実ならば、この事件は1兆円をはるかに超える米国史上最大の制裁破りとなる。 米ニューヨークの裁判所は、ザラブ容疑者がこのスキームを実行するため賄賂を渡した相手、日時、どの通貨で渡したかまで詳しく明らかにした証言には信ぴょう性があるとし、ハルクバンクの副頭取に実刑判決を下した。 この事件には、ハルクバンクの頭取も絡んでいたとされる。元副頭取への量刑が非常に軽かったため、この後さらに発展があると予測される。ハルクバンクに巨額の罰金が科せられる可能性が大きい。そうなれば、トルコの銀行システム全体に大きな打撃を与え、すでに景気の腰折れが見られるトルコ経済にとって致命的になると予想される。 さらに、収賄側として現在のトルコの与党・公正発展党で経済大臣を務めた人物などが関わっていたとされる。従来なら、どこかの時点で米国との間で外交的な解決が図られたと考えられるが、今のトランプ政権が応じるかはわからない。 トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領が昨年5月に訪米した際、トランプ大統領はブランソン牧師の釈放を3回も要求している。それが、いま再び大問題として浮上したのは、ザラブ・ケースで最初の判決が下され、先の展望が見えてきたからではないか。 次ページ「ムスリム同胞団への支援は許さない」 ザラブ容疑者による汚職事件はトルコ国内では実は2013年に表面化している。同容疑者は一時逮捕され資産も没収された。しかし、エルドアン首相(当時)は「ザラブ氏は金の取引業者で福祉家でもある」とし、資産没収を取り消した。エルドアン氏は、数百人の警察、検察官の配置換えや解雇と、3人の閣僚の辞任、大規模な内閣改造を行うことで、政権を揺るがしたこの汚職事件をなんとか収めた。 だが、国民は、この事件を今でも覚えている。今後、米国がハルクバンクなどに巨額の罰金を科す可能性が消えない限り、トルコ国民や、事情通の外国投資家がトルコリラを買い戻すとは予想しにくい。 トルコは貯蓄率が低く外資に依存しており、通貨危機が長引けばトルコの経済全体に悪影響が拡がる。さらに、万一、トルコに融資している欧州の金融システムに影響が及べば、債務危機から立ち直ったばかりのスペインや、銀行システムに弱さの残るイタリアは大きなダメージを受ける。すでにリラ安につれてユーロ安も起こっている。 ムスリム同胞団への支援は許さない トランプ大統領が取り組む中東政策においてもう一つ明確なのは「ムスリム同胞団は許さない」という点だ。ムスリム同胞団が率いる政府を倒して2013年に政権についたエジプトのアブデルファタハ・シシ大統領が昨年4月ホワイトハウスを訪問した際に、トランプ大統領が大歓迎したことからもそれがわかる。一方、後に述べるように、対ムスリム同胞団でも、トルコのエルドアン大統領はトランプ大統領と対立する。5月に訪米したエルドアン大統領に対するトランプ氏の態度は冷たかった。 サウジアラビアなどが昨年6月カタール断交に踏み切った時、トランプ大統領は「早速、中東歴訪の成果が出た」とツイートしている。サウジなどが断交前にカタールに要求した柱は「イランとの親密な関係を止める」「他国の政権批判をする衛星放送アル・ジャジーラを閉鎖する」「テロ組織の支援を止める」だった。このテロ組織とはムスリム同胞団を指す。 以前からムスリム同胞団に肩入れしていたトルコはこの時、「カタールを守る」として5000人の兵士をすぐにカタールに増派し、食料の空輸も始めた。 イスラエル寄りのトランプ大統領は、イスラエルの長年の敵であるパレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを敵視している。この組織は「ムスリム同胞団」のパレスチナ支部を起源とする。エルドアン大統領はこのハマスも支援している。2010年には、建材などの支援物資と約700人の支援活動家を載せた支援船団を派遣した。 このことからも、トランプ政権が「ザラブ・ケース」を、ハルクバンク元副頭取への“甘い”実刑だけで終わらせるとは考えにくい。 振り上げた拳は下ろせない 一方、「欧米と戦う強い大統領」を演じてきたエルドアン大統領も、振り上げた拳を簡単には下ろせない。 彼は「ストリート・ファイター型」の政治家で、敵を激しく攻撃する「強い大統領」として支持を固めてきた。国内では、反米、反欧州感情を煽る言動を繰り返す。トルコの閣僚が政治集会を開くのを禁じたドイツやオランダの首脳に対し「まるでナチスのようだ」と非難を浴びせたのは記憶に新しい。 2年前に起きたクーデター未遂事件の首謀者を米国に住むギュレン師(イスラム教の指導者で、イスラムと他の宗教や文化との融合を説いてきた)と断定。米国に対して、同師の身柄送還を何度も求めている。これに対して米国は「十分な証拠が示されていない」と拒否してきた。 米国に向けたトルコの鉄鋼輸出は昨年11億ドルで、メキシコやロシアに次ぐ6位。日本を上回る。これに他国に対する税率の2倍となる50%の関税をかけられたらたまらない。それでも同大統領は8月12日、トルコ国内向けの演説で「米国が取る措置は政治的陰謀であり降伏はしない」と発言。トルコの閣僚が米国内に保有する資産を米国が凍結したのに対し、「トルコ国内にある米閣僚の資産を凍結する」と応じている。 外交を用いて穏便に処理することを良しとしない二人の「強い大統領」の確執が世界に及ぼす影響は小さくない。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は8月13日、「トルコ経済が不安定となることで得をする者はいない」「ドイツはトルコの繁栄を望んでいる。それはドイツにとっての利益である」と発言した。これは、NATO加盟国同士の争いに欧州が巻き込まれないよう願う悲痛な訴えだ。 松富 かおり ジャーナリスト・キャスター 元駐トルコ公使夫人 1959年生まれ。1983年、東京大学を卒業し、TBSに入社。「筑紫哲也 ニュース23」などでキャスターを務める。外交官と結婚。ビクトリア大学で国際関係学の修士号を取得。駐トルコ公使、駐イスラエル大使、駐ポーランド大使の夫人として外交活動をサポート。2013年からジャーナリスト活動を本格的に再開。 2018年8月20日 居林 通 :UBS証券ウェルス・マネジメント本部ジャパンエクイティリサーチヘッド 市場に混在する強弱の材料 それぞれの動向に目配りを 今の金融市場ではプラス(強)とマイナス(弱)の材料が綱引きをしている。前回の本欄では二つの論点を述べた。一つは株価水準から見て、今は次の投資チャンスを待つ時期である点、もう一つは、米国の金利上昇が新興国から資金を吸い上げることが通商問題に隠れた本質的な問題である点だ。 現在も、次のエントリーポイントを待つ姿勢は変わっていない。昨年まで株価が好調だった銘柄群に売りが出ているが、企業業績の伸び率は低下しており、業績好調銘柄は概していまだに割高で取引されているとみる。通商問題とその裏にある新興国経済へのインパクトを見極める必要があろう。 米中の通商問題は米国が7月6日に340億ドル分、8月23日に160億ドル分、中国からの輸入品に対する関税を引き上げたことだ。これに対して、中国も同額分の米国からの輸入品に対して関税を引き上げるとしている。 8月10日にトランプ米大統領がトルコに対して鉄鋼・アルミニウムの関税を2倍に引き上げたことで、トルコ・リラ以外の新興国通貨にも下落の動きが波及した。 拡大画像表示 米国経済は法人税引き下げ、石油価格上昇、保護貿易による輸入品の価格上昇と、国内インフレで金利上昇が続く可能性が高い。米国金利が上昇すると、ドル高になり、新興国企業・政府は外貨建ての借り入れ分が自国通貨建てで大きくなり、自国の金利が上昇する。 この点は新興国にとって「意図せざる流動性抑制」だと前回述べた。これに米国・トルコ間の政治問題も加わった格好で不透明感が増している。 一方で好材料もある。中国政府は7月末の政治局会議で景気重視にかじを切ることを決めた。預金準備率引き下げや地方政府の財政拡大を認めるなどの内需拡大政策を取るものとみられる。2016年前半の中国景気が腰折れしかかったときには、この政策で持ち直した。中国企業の業績は堅調で株価トレンドと大きく乖離している(上図参照)。よって、中国の株価がここで下げ止まれば世界的な株価停滞を抜け出せる可能性が高い。 国内に目を向けると4〜6月期の決算の姿がほぼ見えてきた。ここでもプラスとマイナスの材料が混在している。プラス材料は企業収益が予想より好調で、純利益が前年同期比で7〜8%程度の伸びとなったこと。マイナス材料は、この伸び率は徐々に低下しており、10〜12月期にはマイナス圏に入るとみられる点だ(下図参照)。 海外投資家が買いに戻ってくるためには、通商問題の企業収益へのマイナスがどの程度なのかが明らかにならなければいけない。プラスとマイナスの両方に注意しながら投資タイミングを待ちたい。
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