外為フォーラムコラム2018年8月10日 / 15:36 / 3時間前更新 コラム:日銀の枠組み強化でアベノミクスは「風前の灯火」=嶋津洋樹氏 嶋津洋樹 MCP チーフストラテジスト 5 分で読む[東京 10日] - 報道によると、9月の自民党総裁選では安倍晋三首相が優位な状況との見方が多い。筆者は国内政治に必ずしも詳しいわけではないが、古今東西、選挙は現職が有利で、経済が好調な場合はなおさらそうなりやすいという規則性を踏まえれば、特に異論を述べる根拠もない。 しかし、安倍首相がこれまで掲げてきたアベノミクスは瓦解の危機にあるのではないかと考えている。それは安倍政権が続いた場合でも、先行きには大きな不安があるということだ。 今さらであるが、アベノミクスは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という3つのマクロ経済政策(通称「3本の矢」)で成り立っている。この中でも「大胆な金融政策」は「第1の矢」と呼ばれる通り、アベノミクスの起点ともいえ、最も成果のあった政策と評価されている。 特に2013年4月に導入された「量的・質的金融緩和」(QQE)は、デフレ脱却に必要な「名目金利を引き下げる」と同時に「予想物価上昇率を引き上げる」ことで、実質金利を大幅に引き下げ、総需要を刺激することに成功した。 しかし、2014年4月の消費増税で状況が一変。というのも、QQEは「機動的な財政政策」と組み合わされることで「リフレレジーム」を形成していたからだ。そして、「機動的な財政政策」は少なくとも当初は「デフレ脱却をよりスムーズに実現するため、有効需要を創出」「持続的成長に貢献する分野に重点を置き、成長戦略へ橋渡し」という説明が象徴する通り、積極財政が念頭に置かれていた。 つまり、アベノミクスとは、デフレ脱却に向け、金融と財政を緩和させるというポリシーミックスを示したスローガンだったと評価できる。 こうした評価を前提とすれば、2014年4月の消費増税がデフレ脱却にとって大きな逆風となったことも理解できるだろう。日銀が2016年9月に行った「総括的な検証」でも示された通り、予想物価上昇率は消費増税後、原油価格の大幅な下落も重なって、伸びが頭打ちとなり、その後、鈍化へ転じた。 日銀は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」(2016年1月公表)と「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(2016年9月公表)で体制の立て直しを図ったが、前者は実施のタイミングやその前後の市場との対話のまずさがたたり、予想物価上昇率の引き上げに失敗。名目金利は大きく引き下げられたものの、実質金利を十分に引き下げることはできなかった。 長短金利操作付きの緩和策も、当初のポリシーミックスが反故(ほご)にされたことで、予想物価上昇率を十分に引き上げることはできなかったと考えられる。だが、原油価格の反発という追い風もあり、実質金利は低位で安定。それが総需要を刺激し、需給ギャップを縮小させることを通じて、実際の物価を引き上げ、最終的に予想物価上昇率を引き上げるという枠組みで、2%の物価安定の目標を目指すことになった。 長短金利操作のポイントは、長期金利をゼロ%程度に固定することで、政府が財政を積極化し、国債発行を増加させても、長期金利の上昇やそれに伴う円高の圧力を抑制するということだ。つまり、政府さえその気になれば、QQE当初と同様、予想物価上昇率が上昇することを期待して設計されていたと言える。 しかし、日銀が今年7月会合で決定した「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」は、以下説明する通り、こうした金融と財政を緩和させるポリシーミックスを事実上、否定する内容となっている。 <量的質的緩和の縮小・撤回宣言に等しい> まず、政策金利のフォワードガイダンスだ。雨宮正佳日銀副総裁は「カレンダーベースの約束ではない」と説明するが、2019年10月という日付を入れた以上、それが額面通りに受け入れられるとは考えにくい。 しかも、「消費税率引き上げ」という文言を盛り込んだことで、金融と財政の緩和というポリシーミックスを難しくするという「副作用」さえある。というのも、仮に政府が消費増税を先送りしたり、万全の態勢で臨み、景気への影響が回避されたりした場合、「きわめて低い長短金利の水準」は維持されないと解釈できるからだ。 同じことは、長短金利操作にも当てはまる。その肝は、経済・物価情勢などに応じて、金利を変動させないことにある。 例えば、政府が積極財政に踏み切り、国債が増発されても、金利は上昇せず、円高も抑制されるとすれば、その実体経済への効果は大きくなるだろう。国内のファンダメンタルズが改善し、潜在成長率の高まりに連動して均衡利子率が上昇する場合、実質長期金利が安定していれば、その分だけ金融緩和の効果が拡大する。 予想物価上昇率の上昇でも名目金利が固定されていれば、その分だけ実質金利が引き下げられ、総需要を刺激するだろう。さらに、海外景気の回復やそれを受けた海外金利の上昇は、円安を通じて、輸出やインバウンドの追い風となる。今回の決定はそうした効果を相殺する枠組みである。 資産買い入れ方針の柔軟化は、従来からのステルス・テーパリング(ひそかに行う量的緩和縮小)をさらに加速させ、QQEそのものの見直しに直結しかねない。そして、政策金利残高の見直しは、マイナス金利の縮小に他ならない。 つまり、今回の日銀の決定は、QQE以降の政策のすべてについて、縮小、撤回すると言っているのに等しい。日銀が物価安定の目標を達成するのはますます困難になったと言えるだろう。 <足元の市場は「嵐の前の静けさ」> 実際、市場参加者の予想物価上昇率を示す10年のブレーク・イーブン・インフレは7月30日の0.41%、5年先・5年インフレスワップは8月1日の0.56%を直近のピークとして、その後は急低下。8月9日時点で前者は0.16%、後者は0.41%と日本だけで大幅に低下した。その間、名目金利の水準も全体的に上昇しているため、実質金利も大幅に上昇したと考えられる。 今のところ、為替と株式への影響は限定的だ。しかし、内外投資家の多くは夏休み中で、日銀の今回の決定についても、腰を据えて分析するという段階には至っていない。足元の金融市場はまさに「嵐の前の静けさ」という印象である。 歴史を振り返ると、デフレ下の日銀は常に景気回復のピーク前後で金融政策の正常化に舵を切ってきた。今回も日銀短観の大企業製造業の業況判断DIが景気後退期にみられる2四半期連続で悪化。日本政策金融公庫の中小企業売上DIが2月をピークに水準を切り下げていること、売上見通しDIが2カ月連続で低下したことも景気の先行きに暗い影を落とす。これら以外でも、景気ウォッチャー調査や機械受注といった景気の先行きを示す典型的な経済指標が軒並み悪化している。 もちろん、こうした経済指標の悪化には直近で相次いだ異常気象や地震などの自然災害の影響も少なくない。10日発表された4―6月期実質国内総生産(GDP)1次速報値は前期比0.5%増と2四半期ぶりのプラス成長だった。しかし、月次の統計をみると、6月は鉱工業生産が前月比2.1%減と2カ月連続で低下。新設住宅着工戸数も前月比8.2%減と大幅に落ち込んだ。4―6月期のGDPは5月までの勢いを反映したにすぎない。 しかも、上述した通り、景気に敏感に反応する経済指標は足元で頭打ち感を鮮明にしている。たとえそれらの月次統計に特殊要因の影響が含まれていたとしても、景気の先行きを楽観する根拠とはならない。 むしろ筆者の経験では、特殊要因にこだわり過ぎたことで景気の先行き判断を誤ることの方が多い印象である(特殊要因をきっかけに景気が足踏みや後退局面に入ることも少なくない)。この筆者の見立てがうがったもので、景気の先行き見通しも全くの的外れとなることを祈らずにはいられない。 嶋津洋樹氏(写真は筆者提供) *嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社) 豪中銀:将来のある時点で利上げの可能性−四半期報告 Michael Heath 2018年8月10日 11:24 JST オーストラリア準備銀行(中央銀行)は10日、インフレ率が2020年末まで目標を下回って推移するとの見通しを示しつつも、将来のある時点で利上げが必要となる公算が大きいと指摘した。
豪中銀は四半期報告で全般的に楽観的な景気判断を示し、平均を上回る経済成長や失業率の漸進的な低下に伴って、賃金・インフレ率の伸びが加速するとの予想を据え置いた。 主な予想 18年の国内総生産(GDP)伸び率見通しを平均3.25%と、5月の3%から上方修正 20年末時点の失業率を5%、消費者物価指数(CPI)は全体、コア指数とも2.25%と予想 豪中銀は「経済が予想通り展開し続ければ、ある時点で利上げが適切となる公算が大きい。だが、改善が漸進的である点を踏まえると、短期的にはオフィシャル・キャッシュレートを調整する強い論拠は見当たらない」とコメントした。 原題:RBA Says Rate Hike Likely at Some Point Despite Below-Target CPI(抜粋)
外為フォーラムコラム2018年8月10日 / 11:21 / 2時間前更新 コラム:国債発行増を察知か、日銀政策修正の本音=木野内栄治氏 木野内栄治 大和証券 チーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト 4 分で読む [東京 10日] - 日銀は金融政策の持続性の強化を目指した。確かに、上場投資信託(ETF)の買い入れ銘柄変更に関しては一定の目的が果たされたと思うが、わずかだ。さらに、その他の政策微調整に関しては、政策の持続性が十分強化されたとは思えない。 むしろ、その後の国債買い入れオペの経緯をみると、資産購入の弾力化が本音で、財政ファイナンスの疑義を回避する準備だった可能性があると筆者は考える。 まずは財政刺激策の実施を日銀が嗅ぎ取っている可能性に備えたいし、その先にはフォワードガイダンスの修正に至るシナリオにも留意したい。以下、細かく説明しよう。 <ETF購入策の持続性も不十分> すでに旧聞に属するが、日銀は7月31日、「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」と名付けた政策変更を発表した。タイトルにある「強力な」ものの「強化」とはリダンダント(冗長)な感じが否めないが、文章が下手なのではなく、文章を分かりにくくする意向が潜んでいるとみるべきだ。 実際、政策タイトルは「金融緩和の強化」ではなく「継続の強化」だし、フォワードガイダンスで長短金利の水準を維持する想定なのは「消費税率引き上げの影響」を確認するまでではなく「当分の間」だ。政策意図を分かりにくくする意向が強く、別の何らかの本音が潜んでいる可能性がある。 そして、「継続の強化」の中身も分かりにくい。確かにETF購入策の変更に関しては、継続性が強化された。発行株数の少ないファーストリテイリング株については、従来の買い入れ方針では来年6月には浮動株が枯渇することが懸念されていたが、今回の政策微調整では浮動株を買い尽くしてしまう期限を先延ばしできた。 しかし、それでも2020年2月ごろに延命された程度にすぎず、物価目標が達成できない見込みの時期にETF購入政策の持続性を失う可能性が高い。今回の持続性強化の準備は不十分で、本音が別にある可能性があろう。 <10月の金融システムレポートに要注意> 政策微調整にはETF購入額の柔軟化も盛り込まれた。黒田東彦日銀総裁会見のニュアンスからは、年末に帳尻合わせのように6兆円に積み上げるようなことはしないとの趣旨だろう。 ただ、買い入れ柔軟化の目的は、「資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う」ためとした。そこで証券分析におけるリスクプレミアム(=期待成長率+1/予想PER−リスクフリーレート)はETF購入開始時から改善していないと、総裁会見で記者が切り込んでいた。正しい指摘だと思う。ところが、総裁はETFの買い入れを倍増した時は、いろいろな指標でリスクプレミアムが高まっていたと答えた。 そこで日銀が公表している株価についての評価手法をみると、金融システムレポートに収録されるヒートマップがある。移動平均のようなトレンドを求め、そこからの一定の乖離の中に収まるのが、据わりが良いとの見方だ。なるほどこれなら総裁が言うように株式のプレミアムは改善している。そして、現在はレンジ上限が近いので、いずれETF購入額の抜本的な減額などがあり得る。これが潜んでいる本音の1つかもしれない。 当社の計算では、9月末で東証株価指数(TOPIX)が1952ポイント程度まで上昇しているとレンジ上限に達するので、10月の金融システムレポートには注意しなければならないだろう。 <その他の政策変更は持続性の強化にならず> その他の政策微調整に関しては、持続性の強化とは程遠い。マイナス0.1%の金利が適用される政策金利残高を事前の10兆円から5兆円に半減したが、これで金融機関部門の負担は年間50億円減少したにすぎない。 また、長期金利の操作目標をプラスマイナス0.1%程度からプラスマイナス0.2%程度に拡大した。しかし、金融機関の運用コストはもっと高く、債券運用などの利ざやが0.1%改善したとしても受取利息の増加は数百億円レベルだろう。 しかも、日銀は8月2日の午後に、臨時異例の国債買い入れオペ(公開市場操作)を実施し、長期金利の上昇を抑え込んだ。金融機関の収益の向上はほとんど期待できないのが現状で、金融機関の体力を維持する効果はかなり小さい。 以上、金融仲介機能を持続する強化策としては不十分だと判断される。 むしろ「資産の弾力的な買い入れ」の方が本音だった可能性があると思う。上記のようにオペを予定日以外に実施するのは初めてだという。しかも、「原則オファーしない」とわざわざ公表文に注釈を入れていた新規国債の発行入札日当日のオファーだった。政府が国債発行をする当日に日銀が買いオペを実施すると、財政ファイナンスとの疑義が発生しかねない。 実際、今回買い入れ対象から当日の新発10年物国債351回債は含まれていなかったが、ぎりぎりまで弾力化を進めたオペだったと思う。 <リフレ派政策委員の今後を縛る合意か> 今回このように資産購入を弾力化した目的は何だろう。将来、政府が財政出動に踏み切り国債発行が増加する際にも、国債の日銀引き受けとの疑義を受けずに、かつ長期金利をある程度安定させる手法を模索している可能性があると筆者は感じる。 政府と日銀の間で密約があるわけではないだろうが、日銀は政府の財政政策の方向をより正確に把握することが可能な立場にもある。消費税増税の実施後には政府は景気対策を講じる公算で、今年8月の概算要求の締め切りに合わせて、補正予算の議論も出てくるなどと日銀は察知している可能性がある。 国債発行が増加した場合、長期金利の上昇を許容する幅を今回作った。発行増加額がそのまま日銀国債買い入れの増加額と等しくならないためのバッファーとみることができる。同時に国債入札日にオファーしない原則は、当該新発国債だけであると市場に認知させた。今後、国債入札の不調や市場金利を抑え込む効果があるだろう。 今回、財政ファイナンスとの疑義が生じないための政策調整だったなら、リフレ派の若田部昌澄副総裁が了承した理由も納得がいくし、実際、金融政策の持続性は意味のある強化がなされたことになる。行動は言葉よりも雄弁に語るという。日銀同様に投資家も財政刺激策の実施に備えたい。 その後は、金融システムレポート次第では、「資産価格のプレミアムへの働きかけを適切にする」とされたETF購入政策の抜本的な変更や、「消費税率の引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性」が財政出動で払拭(ふっしょく)される見込みとなればフォワードガイダンスの調整もあり得る。このように今回の本音は、リフレ派の政策委員の今後を縛る合意を得たことにあるのかもしれない。 木野内栄治氏(写真は筆者提供) *木野内栄治氏は、大和証券投資戦略部のチーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に大和証券に入社。大和総研などを経て現職。各種アナリストランキングにおいて、2004年から11年連続となる直近まで、市場分析部門などで第1位を獲得。平成24年度高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。現在、景気循環学会の理事も務める。 *本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。 (編集:麻生祐司)
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