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日銀の金融緩和に見る行動経済学の「偽薬効果」と「埋没費用の呪縛」
https://diamond.jp/articles/-/176645
2018.8.7 大江英樹:経済コラムニスト ダイヤモンド・オンライン
日銀の決定会合を受けても、市場はあまり反応しなかった Photo:PIXTA
プラシーボ効果とサンクコストが
見えてくる日銀の金融政策
7月30日、31日の2日間にわたって日銀の金融政策決定会合が行われた。今回の会合は、これまでの方針を変更することが示唆されるのではないかという事前の観測もあったため注目を集めたが、大胆な政策転換はなく、株式・為替の市場も大きく反応することはなかった。
会合の内容についての詳細や、今後の金融・経済の見通しについては多くのエコノミストや評論家がコメントしているし、筆者は金融政策についての専門家ではないので、これに対する評価や特段のコメントは避けたいと思う。
ただ、2013年以降続いた大胆な金融緩和政策と、最近の政策の傾向を見ていると、心理学や行動経済学の面から非常に興味深いものが見えてくる。一つは「プラシーボ効果」、そしてもう一つが前回このコラム(「『元を取りたい』と思う気持ちは、かえって損を拡大しかねない」)でも取り上げた「サンクコスト」だ。
そこで今回は、日銀の金融政策を行動経済学の視点から考えてみよう。
株価の値上がりは
プラシーボ効果
プラシーボ効果というのは「偽薬効果」ともいわれる。病気の患者に本当の薬ではない、ただの栄養剤とか、極端な場合は小麦粉を与えても、心理的な効果で病気がよくなるというものだ。
なぜそうなるかのメカニズムは完全に解明されていないが、確かな効果があることは多くの実験で実証されている。久留米大学の塚崎公義教授は、以前から度々、日銀の政策によって株価が上がったのはこの「偽薬効果」だと指摘してきた。
筆者も塚崎教授の意見に同意する。金融緩和策の狙いをごく簡単に言うと、大胆な金融緩和を行えば世の中にお金が出回るはずだ、そうすれば景気がよくなり物価も株価も上がるというものである。ところが、実際には世の中にお金は回らず、物価も上がらず、株価だけは上がった。
なぜ、そうなったのか。普通に考えれば、世の中にお金が出回ることでその資金が株に向かうと考えるべきだが、実際にはそれほど世の中にお金は回らなかった。にもかかわらず株が上がったこと、それこそがプラシーボ効果なのだ。
株価というものは、市場に参加する投資家の“期待値”によって形成されるものだ。したがって、金融緩和によって景気がよくなるから株価も上がると信じる人が多く出てくると株価は上昇する。なぜなら、多くの人は景気がよくなると株が上がると考えているからだ。
ところが、実際は逆のことも多い。つまり景気がよくなるから株が上がるのではなく、株が上がるから景気がよくなるということである。「資産効果」は、その典型といっていいだろう。
もちろん、投資家の期待感だけで株価が上がっても、それが維持されるとは限らない。アベノミクスの初期においては、プラシーボ効果によって株価上昇が起きたことは事実だと思うが、それだけで株価上昇が続くほど市場は甘くない。確かな企業業績の向上という裏づけがあるからこそ、株価上昇は続いたのだといえよう。
では、なぜ金融緩和を実施しているにもかかわらず、世の中にお金が回らなくなったか。それは日銀が銀行から国債を買って銀行にお金を供給したにもかかわらず、そのお金が市中に出回ることなく、また日銀の当座預金勘定に戻るということが起きたからだ。
そこで銀行に対して、これ以上日銀への預け入れを増やさず、市中に資金供給を促すという目的で、2016年2月から実施されたのが「マイナス金利政策」である。しかしながら、銀行の貸し出しが増えないのは銀行だけに理由があるわけではなく、多くの企業が手元に資金を多く保有しているからだ。
マイナス金利政策は実効性のある政策だろうが、これには副作用も伴う。日銀も当然そのことは十分理解しており、実際に今回の金融政策決定会合においては、金融機関の収益低下や、国債市場の取引の減少といった副作用も配慮された内容になっていることがうかがえる。
政策転換につきまとう
サンクコストの呪縛
筆者は、そういった副作用の懸念はあるものの、大胆な政策転換も拙速には事を運べないという空気が今回の会合には見て取れると考える。そうした政策転換については常に「サンクコストの呪縛」がつきまとうからだ。
前回のコラムでも解説したが、サンクコストとは「埋没費用」ともいって、既に払ってしまったので、取り戻すことができない費用のことをいう。前回は「コンコルドの誤謬」という例を挙げてサンクコストについて解説したが、これはコンコルドに限らず、政策においても、企業や組織においても頻繁にみられる現象である。
例えば、泥沼化した日中戦争で、もし早い時期に撤退していたとしたら太平洋戦争は避けられたかもしれない。あるいは企業でも、コンサルタントを入れて始めたプロジェクトは、多額のコンサル料を支払ってしまっているがゆえに、効果がなさそうだと分かってもそのまま続けてしまっているというのはありがちな話だ。
筆者は、何となく日銀がこの「サンクコストの呪縛」に陥りはしないかということも懸念している。「ここまで緩和策を続けてきたのに、ここで止めてしまったら、今までの意味がなくなってしまう」という心理だ。
「さすがに一国の金融政策を考えるのに、そういうことはないだろう」と思われるかもしれない。しかしながら、国の重要な政策といえども人間が実行しているわけだから、案外こうした心理的な罠に陥ることはあり得る。特に組織で意思決定する時には、「同調圧力」だって起こりがちだ。そういうことが正しい意思決定を損なう例を、われわれはいくつも見てきた。
しかしながら、過ぎ去った過去を取り戻すことはできないのだから、サンクコストにとらわれることなく、状況の変化に応じて柔軟に政策は変更した方がいいと考えるべきだろう。
呪縛に陥ることなく軌道修正した
日銀の金融政策決定会合
もちろん金融政策の変更という重大な事項はアナウンスメント効果が大きいので、不用意に政策方針の変更を発表すれば大きな混乱を招く恐れがある。そういう意味で今回の会合では、サンクコストの呪縛に陥らないよう方針変更を前面に出さず、上手に軌道修正していこうという空気が見て取れるように思える。
世界では米中貿易戦争を始めとして、保護主義の空気が高まりつつある。そんな状況の中では、国内の景気をしっかり維持していくことは極めて重要だと言える。しかしながら景気には必ず大きな波があり、数年以内には大きな景気の減速は起こり得る懸念もある。
緩和策、超低金利策を続けていくと、仮にそのような大きな景気後退の動きが出てきた時に、金融政策では何も手を打てなくなってしまい、結果として次の不況は相当長引く可能性があり得るということも多くの識者が指摘していることである。
願わくば、政策におけるサンクコストの呪縛にとらわれることなく、必要とあれば適切な軌道修正をやってほしいものである。
(経済コラムニスト 大江英樹)
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