#市場では、いろいろな邪推が渦巻くものだが、現実が問題 外為フォーラムコラム2018年7月25日 / 11:35 / 15分前更新 コラム:日銀緩和修正へ「市場との対話」本格スタートか=尾河眞樹氏 尾河眞樹 ソニーフィナンシャルホールディングス 執行役員兼金融市場調査部長 5 分で読む [東京 25日] - 20日の一部報道によれば、日銀は30―31日の金融政策決定会合で、現行の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和における長期金利目標や、上場投資信託(ETF)買い入れ手法などの柔軟化を検討するという。 この報道が、日銀の金融政策の「正常化」を彷彿させたのか、同日の海外市場では円が急伸。ドル円は111円台前半まであっさりと下落した。もっともこれは、トランプ米大統領が米連邦準備理事会(FRB)の利上げを批判し、ドル高をけん制したことなども影響しているとみられる。 週明け23日のドル円相場は一時、110円台後半の安値を付けた。長期金利の急騰を受け、日銀は指定した利回りで金額に制限を設けずに国債を買い入れる「指し値オペ」を5カ月半ぶりに実施。0.11%での実行を通知し、10年物国債利回りの上昇に歯止めをかけた。 これにより、市場はほっと一息ついたようで、ドル円は111円台まで持ち直したが、金融政策決定会合を来週に控えて様子見となる中、上値は依然として重い。 <日銀が市場に一石を投じた訳> 日銀の黒田東彦総裁は22日、これらの報道に対し、出張中のアルゼンチンで「どういう根拠で報道しているかまったく知らない」と発言した。ただ、報道のソースが「関係筋」となっていたところを見る限り、発信元は日銀であることは間違いないだろう。 思えば昨年11月、同総裁がスイスで行った講演で「リバーサルレート」に言及してから、日銀の長短金利操作修正への地ならしは始まっていた。リバーサルレートとは、「金利を下げ過ぎると、預貸金利ざやの縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(リバース)する可能性がある」という考え方である。 今回の報道でも、「金融緩和策の長期化が避けられない情勢の中、金融仲介機能や市場機能の低下など副作用の強まりに配慮し、長短金利操作やETF買い入れの柔軟化が選択肢になるもよう」と報じられていた。あくまで趣旨は、金融緩和の長期化による副作用に配慮するためであり、今回の「柔軟化」は、金融政策の「正常化」ではないという主張のようだ。 いずれにせよ、長短金利操作による金融仲介機能への副作用は懸案事項であり、日銀は折に触れ修正を模索してきた。しかし、リバーサルレートの議論や、今年1月の「買い入れオペ減額」に対する市場の反応、特に円高への振れ幅が想定外に大きかったからか、その後日銀はこの議論を封印したかにみえた。 筆者は次回、長短金利操作の「柔軟化」ないしは「調整」の議論が持ち出されるとすれば、少なくともドル円が115円台に乗ってからだろうと予想していたので、思ったより早いタイミングだった。 昨年は、欧州中銀(ECB)の「正常化」に注目が集まる中、ユーロは対ドルで約15%上昇した。ドラギECB総裁が同年6月27日の講演で「デフレの力はリフレに置き換わった」と述べてからだと、今年2月にユーロドルが1.25ドル台の高値を付けるまでで、約12%の上昇である。 従って、これを単純にドル円に置き換えた場合、少なくとも115円台くらいには乗せていないと、昨年のユーロ同様、日銀の「正常化」が市場のテーマとなった場合には、円高の進行によりドル円が100円ちょうどを割り込むリスクも浮上する計算となる。 日銀がなぜこのタイミングで市場に一石を投じたかといえば、おそらく2点ほど要因は挙げられよう。 IMM通貨先物市場の投機筋による円ポジションをみると、円の売り越し(ショートポジション)は今年年初の段階で12.5万枚まで大きく膨らんでいた。日銀による1月9日の長期国債買い入れオペ減額をきっかけに、その後円高が進行したのは、こうした円ショートポジションの積み上がりによって、ポジション調整が起きたことが背景となった可能性は高い。 なぜなら、6月にかけてこの円ショートポジションは、ほぼゼロまで縮小したが、日銀は6月に3回も買い入れオペ減額に踏み切ったにもかかわらず、円相場の反応は鈍かった。市場が買い入れオペ減額の報道に慣れてきたことに加え、ポジション調整のきっかけとなる円ショートポジション自体がほとんどなかったことが背景だろう。 しかし、7月17日付のIMMポジションをみると、円ショートポジションは再び6万枚近くまで拡大している。これ以上放置すれば、円ショートポジションがさらに積み上がり、「長短金利操作の柔軟化」などをアナウンスすれば、一気にポジション調整が起こり、再び雪崩のように円高が進行するリスクもあった。 また、米中貿易戦争が袋小路に入りつつある中で、今度は為替がターゲットとなり、トランプ政権が「ドル安政策」を声高に訴えるようになれば、ドル円が急落する可能性もある。そうなってからでは、円高にさらに拍車をかけるリスクを伴う「長短金利操作の柔軟化」の議論はできなくなる可能性を考慮したのかもしれない。 これは筆者の深読みかもしれないが、いずれにせよ長短金利操作の柔軟化が可能と思われる期間が限定される中で、市場との対話を始めるのは「今がベスト」との考えが働いた可能性はある。 <実際の行動は今年10月から来年1月の間か> 実際、長短金利操作の柔軟化が行われるのはいつになるのだろうか。来年は10月に消費税率の引き上げが予定されており、これが近づけば近づくほど日銀としては動きづらくなるだろう。消費税率の引き上げ後は景気が悪化する可能性が高いが、近い時期に長短金利操作を柔軟化して円高や株安が進めば、その後の景気悪化は消費税ではなく日銀のせいにされかねない。 さらに、7月には参院選、4月には平成天皇の退位と次期天皇の即位、統一地方選挙などが予定されている。となれば、この近辺で市場にインパクトを与え得る長短金利操作の柔軟化は持ち出しにくい。 また、今年で言うと、9月には自民党総裁選を控えている。それらを考慮すれば、おそらく可能性の範囲としては、次回「展望レポート」が発表される今年10月から来年1月ごろまでの間ではないだろうか。それまでの間に、日銀は幾度か、それとなく「長短金利操作の柔軟化」の議論を持ち出し、市場の反応をみながら対応時期を模索するだろう。 市場は得てして、政策が変更されてから変動するのではなく、それを織り込んでいく中で期待によって変動する。しかし、最初はサプライズを伴うが、国債買い入れオペがそうだったように、何度か繰り返されるうちに市場に織り込まれていき、円高方向の反応も次第に薄れていくだろう。 なお、「長短金利操作の柔軟化」は「正常化」ではなく、「イールドカーブのスティープ化によって金融仲介機能を改善し、むしろ緩和の持続性を向上させる」のが目的なのであれば、市場参加者にとってより分かりやすいように、これまでの政策の検証を行った上で、正当な「正常化への条件」などを改めて示すことも一案ではないだろうか。 それによって条件のイメージが固まれば、ボラティリティーをある程度抑えられるかもしれない。日銀のコミュニケーション力が期待されるところである。 尾河眞樹氏(写真は筆者提供) *尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。
外為フォーラムコラム2018年7月24日 / 14:48 / 34分前更新 コラム:日銀がやってはいけないこと=木野内栄治氏 木野内栄治 大和証券 チーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト 4 分で読む
[東京 24日] - 日銀が7月30―31日の金融政策決定会合で、政策の微調整を行うとの観測報道が増えてきた。日銀は2019年度に物価目標が達成できると従前は展望していたが、足元では物価が伸び悩んでおり2019年度の物価目標達成は難しそうだ。 これまでも物価目標の達成時期はたびたび後ろ倒しになってきたが、今回は2年程度を念頭に置いた先送りは難しい。2年後の2020年度は消費増税の悪影響が強く、消費者物価は抑制されやすいからだ。実際、今月の内閣府による「中長期の経済財政に関する試算」でも、「物価上昇率が2%程度に達するのは2021年度」とされた。 今回、様子見を決め込むのも日銀としてはリスクがある。経済・物価情勢の展望(展望レポート)付きの10月30―31日の決定会合直前に日銀は金融システムレポートを公表しなければならず、客観的な評価を行うヒートマップ上で、金融機関の貸出態度判断に赤信号がともる可能性があるからだ。貸出態度が過度に緩くなりつつある中、折あしく銀行の不適切な融資が表面化している。過度な金融緩和によって、不適切な融資実行に民間銀行を誘導した可能性があると日銀が自ら認めるかたちになりかねない。 こうしたテクニカルな状況から、7月の決定会合では3年以上持続できる政策の検討に追い込まれるだろう。足元では円高や貿易戦争への不安もあり、今回は政策の微調整までは至らないかもしれないが、「持続性のある金融政策パッケージを検討し、次の決定会合までに報告するよう執行部に指示した」などの文言が飛び出てきてもおかしくないと、筆者はみている。 <緩和効果減じる金融版リカーディアン均衡> 物価の伸び悩みは「負のヒステリシス(履歴効果)」の影響が大きいと筆者は思う。雇用のスラック(需給の緩み)だけでなく、企業設備のビンテージ(平均年齢)が長期化したことから、設備投資余地があり、その投資は賃金を抑制する効果も大きいだろう。 こうした負の履歴効果は金融危機を経験すると発生しやすい。通常、メインバンクは借り手企業の業績や資金の出納をモニタリングしながら必要な資金を融通し続けるのが業務で、借り手は利息さえ返済していれば安心して借金を続けることができた。 しかし、金融危機を経験すると、貸す側も借りる側も資金の貸借は永遠ではないとの認識が強まる。いずれ返済を求められるとなると、借り手は怖くて借入金を設備や研究開発などの有形無形の固定資産に振り向けにくい。 読者が「借りた金はいずれ返済するのが当然だ」と感じたら、それこそが負の履歴効果だ。多くの企業は常に負債を抱えているのだから、借金の返済を事実上繰り延べしてきていることになる。マクロ的にも企業部門は恒常的な借り入れ主体だったし、その時代にはメインバンクが借り手企業をモニタリングしながらしっかり支えてきたものだ。 借り入れを継続できると思えば、返済するのは主に支払い利息なので、借り入れ金額の増減の決定要因は金利水準になる。しかし、いずれ全額返済に迫られると思うと、借り手は流動資産の範囲に借り入れを抑制する傾向が強まる。金融危機の際などには資金繰り倒産が懸念されるからだ。このようなかたちでの履歴効果が強いと、低金利による景気刺激効果は強まりにくい。 貸し手から見れば、厳密なモニタリングに必要なコストをかけても貸し続けるインセンティブは、それに見合う高い受け取り利息になる。金融緩和で高い収益が見込めないなら、モニタリングコストをかけずに、当該企業の流動性資産の範囲で貸したいと思うだろう。 これらは、リカード=バローの財政中立命題(リカーディアン均衡)と似ている。財政刺激策の効果は、いずれ増税につながると思うと限定的となりやすい。金融緩和策の効果も、いずれ借金を返済すると思うと限定的となろう。 <必要なのは長期金利目標柔軟化ではない> こうした金融版リカーディアン均衡を避けるには、高圧経済政策のほかに貸借関係を永く続けられる仕組みが必要だ。金融庁は貸倒引当金の基準の柔軟化議論を今月から始めた。こうした金融規制の緩和は有効だろう。かつて米国で長期停滞論が指摘された1938年には金融規制の簡素化が行われ、貸し出し増加や不況脱出に寄与したとされる。 金融政策では時間軸効果を強調するのが有効かもしれない。借り手・貸し手双方が満足し得る均衡的な金利水準を、かなり長期間維持することにコミットする政策だ。質的・量的な面での異次元な緩和ではなく、期間的な面での異次元の緩和だと言える。 企業は安心して借り入れを起こせるならば、わずかな金利引き上げ幅は企業の期待収益率が改善した中で採算が見合うだろう。金融機関から見ても、引き続きモニタリングに大きなコストはかけられないが、持続性のある金融環境が約束されることはポジティブだろう。 こうして考えると、日銀はこの7月のタイミングで金融政策の微調整の検討に追い込まれる可能性が報じられているが、良い方向に調整が行われるかは疑わしい。マイナス金利はそのままに長期金利の目標方法が調整される可能性が報じられているからだ。 むしろ、10年債金利のペッグ感は維持しながら、貸し出しの多くが影響される短期金利をゼロに戻すのが良いのではないか。その分、イールドカーブは寝てしまうが、10年間ゼロ金利を維持するコミットメントになり得る。 実際、これまでに黒田日銀の政策と株式市場の反応を振り返ると、マイナス金利政策導入時には、銀行株を中心に株価は下落した。上場投資信託(ETF)購入倍増策や長短金利操作政策導入時に、株価は底入れ上昇で反応した。ネガティブな市場評価の政策を維持し、ポジティブな政策を修正すると、市場の好反応は期待しにくい。 今回、各種報道が一斉に流されたことで、筆者は市場の反応を見定める1週間が始まったと思うが、日銀が正しく政策を微調整してくれることを期待したい。 木野内栄治氏(写真は筆者提供) *木野内栄治氏は、大和証券投資戦略部のチーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に大和証券に入社。大和総研などを経て現職。各種アナリストランキングにおいて、2004年から11年連続となる直近まで、市場分析部門などで第1位を獲得。平成24年度高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。現在、景気循環学会の理事も務める。 *本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
外為フォーラムコラム2018年7月25日 / 17:20 / 2時間前更新 コラム:トランプ砲より重いドル円下落要因=井上哲也氏 井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員 5 分で読む
[東京 25日] - ドル円相場に関しては、過去のトラウマもあって夏には円高に振れやすいという「季節性」が意識されることが多い。市場では今年も、これまでの円安傾向の「潮目」が変わる可能性が意識され始めている。 まず、トランプ米大統領が19日のインタビューで、米連邦準備理事会(FRB)による利上げを「喜ばしくない」と明示的に批判したことで、米国市場では金融政策の「正常化」が影響を受けるのではないかとの懸念もみられる。しかし実際には、第2四半期入り後は景気拡大ペースが加速し、物価上昇もむしろ明確になっている。それだけに、FRBが利上げペースを鈍化させることは考え難いし、米国市場もそうした姿勢に支持を与えているようにみえる。 ただし、FRBの金融政策に関しては、こうした政治環境よりもファンダメンタルな面から注目すべき点が浮上してきている。 第1にイールドカーブのフラット化が持つ意味合いである。中短期ゾーンの金利が当面の景気や物価とそれを映じた利上げの展望によって上昇してきたのは自然な動きだ。フラット化の本質は長期ゾーンの金利上昇が鈍い点にある。 その理由に関しては、国債管理政策やFRBによる大量の国債保有といった技術的要因が指摘される一方、米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨をみても、長期のインフレ率や経済成長率に関する期待の停滞といったファンダメンタルな要因を疑う見方も強い。後者が正しいとすれば、政策金利の中立水準も想定より低くなり、従ってFRBによる利上げは3%に達する以前に止まることになる。 第2にFRBのバランスシートの規模に関する見通しの変化だ。パウエルFRB議長が18日の下院の議会証言で認めたように、銀行券や当座預金に対する需要は想定より強いようだ。 FRBは、保有している米国債や住宅ローン担保証券の償還に対して再投資を抑制することで資産側からバランスシートの削減を進めているが、負債への需要が予想外に強いようだと、資産の削減にはより早期に歯止めがかかることになる。 パウエル議長はバランスシートの規模に関する具体的なめどは示さなかったが、こうした発言を行う以上は内部でさまざまな推計を行っている可能性は高い。米国市場では、FRBのバランスシート規模は3兆ドル台の後半(つまりピーク比1兆ドルにはるかに及ばない削減)で落ち着くとの見方も示されている。 これら双方の要素は、米長短金利の今後の上昇余地は少ないという推論を導くことになり、為替との関係ではドル安材料として意識されることになる。 <日本の金融政策も円高方向の材料に> 日銀の金融政策に関してはトランプ大統領のドル安政策に対する懸念がみられる。実際、11月の中間選挙も意識しつつ実現を目指した貿易赤字の削減は、主な貿易相手国による抵抗だけでなく、自ら具現化した減税によって国内景気拡大が加速することによって困難となる。 そうした中、トランプ大統領は今回の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を前に不満の矛先を再びドル高へ向けた。しかし、少なくともこれまでの標的は中国と欧州であり、インフレ率が極めて低い日本は皮肉なことに金融緩和の必要性を強く正当化し得る状況にある。 ただし、日本の金融政策に関しても、こうした外部環境よりも、むしろ国内のファンダメンタルズの面で注目すべき変化が現れ始めている。 第1に超低金利環境が金融仲介に与える影響に対して懸念が強まっている。日銀の分析によれば、地域銀行(地方銀行と第二地方銀行)の2017年度決算では、貸出利ざやの縮小に歯止めがかからず、有価証券関連の利益で何とか補う状況にある。 むろん、こうした収益性の弱さは、経費構造やビジネスモデル、地元経済といった構造的な問題に起因する面がむしろ大きいが、平時にもかかわらずコアビジネスの収益に不安が生じる事態は異例だ。地域銀行は地元の企業や家計と幅広い取引関係を有するだけに、今後の展開によっては地方経済にシステミックなストレスを与える可能性もある。 第2に次の景気後退への対応力確保の重要性が高まっている。日銀がこれまでの展望レポートで示唆しているように、消費税率の引き上げや設備投資の循環といった国内要因だけに着目しても、2019年度の後半からは景気拡大ペースの鈍化が見込まれる。 リーマン・ショックの際に金融システムが盤石だったにもかかわらず、日本の経済成長が大きく落ち込んだ理由の1つは、政策対応余力の乏しさにあった。それだけに、次の景気後退への対応力を確保することは重要である。 もちろん、足元の物価をみればFRBのように政策金利で「のりしろ」を確保することは現実的でないが、日銀にとっても資産買い入れの面では工夫の余地も残る。 これら双方ともに、日銀は状況をみながらイールドカーブ・コントロールの目標水準や資産買い入れのペースといった政策変数を調整する可能性があるとの推論を導くことになり、為替との関係では円高方向の材料として意識されることになる。 <悪い話ではないドル高の微修正> 市場の関心はトランプ大統領による派手な発言に向かいがちだが、日米双方においてその背後で浮上してきた要因は金融政策に関わるファンダメンタルな性格のものである。 それらは政治要因のように急展開する可能性は低いとしても、中間選挙の終了とともに沈静化するといった類いのものでもなく、持続的な影響を与えることが予想される。 一方で、ドル円相場の「潮目」がドル安・円高方向に変化しても、市場も政策当局も冷静に対応すべき理由が存在する。まずは、現在の円相場の水準は実質実効レートでみて2016年初や2014年末ごろと同じであり中長期的にも十分低い水準にある。 ドル円相場だけに着目しても、現在の水準は、例えば内閣府のアンケート調査が示唆する事業法人の採算レート(100円前後)と比べても相応の「バッファー」を持っている。 また、円高になれば輸入物価の下落を通じて国内インフレを抑制する効果を持つこと自体は否定できないが、そのことが2014年秋のようにインフレ期待の安定に大きな脅威になることも考え難い。なぜなら、国内景気は当時より堅調であり、世界経済の安定が前提ではあるが、原油を含む商品価格が大きく下落することも考えにくいからである。 さらに言えば、ドル円だけでなくユーロドルなども含めたドル高に若干の修正が生じることは、新興国通貨の下落に対する圧力を多少なりとも緩和することも期待される。過去の経験則によれば、国際金融システムの安定に関する懸念が生じたケースでこそ加速的な円高が生じやすいだけに、新興国通貨に対する見方が落ち着くことは円相場にとっても決して悪い話ではない。 冒頭にみたドル円相場の夏の「季節性」も、日本の投資家や企業によるリパトリ(資金の本国還流)や利益確定に関する思惑に海外の短期投資家が乗じた面が強かった印象を受ける。いずれにしても、ドル円相場の安定にとっては、国内のプレーヤーによる冷静な対応が鍵となるわけである。 井上哲也氏(写真は筆者提供) *井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。 *本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
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