大豆貿易に意外な事実、貿易戦争は米国の勝利が濃厚 中国は米国からの大豆輸入を減らせない 2018.7.18(水) 川島 博之 大豆を通して米中貿易戦争の行方を占うと?(写真はイメージ) 米国と中国の貿易戦争が激化している。それに関連して、大豆貿易について書いてみたい。 日本人は世界の食料事情について、農水省や農学部の先生から誤った情報を聞かされ続けてきた。彼らは、食料を輸出している国が干ばつなどによる不作や政治的な理由によって食料を輸出しなくなる事態を語っていた。日本は多くの食料を輸入している。食料を輸出している国が食料を輸出してくれなくなると飢えてしまう。だから、食料自給率を高めなければならない──。皆さんはこんな話を聞かされてきたはずだ。 輸入国が輸出国を恫喝している しかし、その延長上で今回の米中貿易戦争を理解することはできない。 図1に中国の大豆の自給率を示す。現在、中国は8000万トンを超える大豆を輸入しており、自給率は12%にまで低下している。わが国の食料自給率は約3割だから、個別品目とは言っても、中国の大豆自給率は極端に低い。 図1 中国の大豆自給率(データ:FAO) (* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53552) この低い自給率を中国は武器として使おうとしている。米国が中国の工業製品の関税をアップすると、中国はその報復として大豆に対する関税をアップすると言い出した。それは、「米国から大豆を買いません」というメッセージに他ならない。 これは農水省や農学部の先生がこれまで言って来たこととの真逆である。政治的理由で、輸入している国が輸出している国を恫喝しているのだ。 中国が買うから大豆の生産量が増えた 図2に世界の大豆貿易量を示す。21世紀に入って中国の大豆輸入量が急増している。現在、わが国の輸入量は300万トン程度に過ぎず、中国と比べると問題にならない水準になってしまった。日本が世界の食料を買いあさると言われた時代は、とっくの昔に終わっている。 図2 世界の大豆輸入量(単位:100万トン、データ:FAO) 中国は世界で取引される大豆の6割強を輸入している。その大豆は、油を搾るとともに、絞り粕を豚など家畜の飼料として使用している。 「中国が経済発展すると食肉の消費量が増える。人口の多い中国は食肉を生産するために大量の飼料を輸入するようになる。それは世界の穀物市場を混乱させる」 これは1995年にレスター・ブラウン氏がその著書『だれが中国を養うのか』の中で主張したことであり、覚えておられる方も多いと思う。 中国は飼料として用いるトウモロコシについてはほほ自給しているが、大豆についてはまさにレスター・ブラウン氏の予測は的中した。 しかし、問題はその次である。中国が大量に大豆を輸入するようになったことで、世界の大豆市場は混乱したのであろうか? 答えは明らかにノーである。中国が米国から輸入する大豆の関税をアップすると言い始めるまで、大豆貿易が話題なることなどなかった。 その理由が図3にある。 図3 世界の大豆輸出量(単位:100万トン、データ:FAO) これは世界の大豆生産量を示したものだ。21世紀に入って大豆の生産量が大きく伸びている。特にブラジルで増加している。そして、米国でも増加している。その理由は、中国が大量に買ってくれるからである。 世界には大量の食料生産余力が存在する。中国が「もっと買います」と言えば、米国やブラジルがその注文を受けてくれるのだ。 このことは、中国が米国を恫喝できる理由になっている。つまり、中国はブラジルからの輸入量を増やして、米国からの輸入量を減らすことができるというわけだ。 中国は大豆の輸入を減らせない この中国の戦術は成功するのであろうか。貿易戦争であるから、一方だけが被害を受けることはない。大豆の関税をアップさせれば、中国にも被害が出る。その被害を予測してみよう。 先ほど述べたように、中国はブラジルからの輸入量を増やしたいが、農作物であるからブラジルが急に生産量をアップさせることは難しい。そのために、すぐに全量をブラジル産に置き換えることはできない。また、北半球にある米国と南半球にあるブラジルでは大豆の収穫期が異なる。そのために、ブラジル産だけを輸入するとなれば、大豆を保存する倉庫を拡張しなければならない。それには費用がかかる。このような事情があるために、大豆の関税をアップしても米国からの輸入が止まることはないだろう。 ただし大豆は品薄になり、また関税を上げた分だけ中国の国内の大豆価格が上昇することになる。それは豚肉や鶏肉の価格に跳ね返る。 しかしながら、豚肉や鶏肉の価格上昇位を習近平政権は容認できない。それは、庶民が食料品の価格アップに敏感であるからだ。特に、豚肉は中国人の生活にとって欠かせないものであり、その価格がアップするとなれば庶民は政権に対して批判的になる。 そもそも今回の貿易戦争は、習近平が国内の政治的な事情を考えて「2035年に中国が米国を上回るような大国になる」と言い始めたたことがきっかけになった。情報統制が行われていると言っても、庶民はこの程度のことは理解している。 庶民は、豚肉の価格がアップすれば「習近平が余計なことを言ったために自分たちの生活が苦しくなった」と思う。これは習近平にとって最悪の事態である。 習近平はかなり無理をして独裁的な地位を維持している。しなくても良かった貿易戦争をトランプ政権と行う羽目になり、その結果として豚肉価格がアップしたとなれば、その失政を対立派閥(共産党青年団と江沢民派)に突かれることになろう。 そんな背景があるために、中国政府は関税をアップして、その差額を業者に補填すると言い出した。しかし、差額を補てんするために価格が上昇しないのであれば、豚肉の需要は減らない。その結果、これまでと同じ量の飼料が必要になるから、大豆の輸入量は変わらない。短期間にブラジルからの輸入量を増やすことは難しいから、今後2〜3年は米国から同程度の大豆を輸入することになる。 しかし、それでは武器にはならない。報復関税の対象として大豆が真っ先に上がったことから考えても、米中貿易戦争において中国が持つ武器は限られている。米国はその辺りを冷静に見極めて、貿易戦争を仕掛けたと思われる。 報復関税を政府が補てんするなどという“ドタバタ”を見れば、中国政府の慌てぶりがよく分かる。この辺りのことから考えても、米中貿易戦争は米国の勝利に終わると踏んでおいた方がよいだろう。
ついに「開戦」した米中貿易大戦の行方 米国は中国の台頭を許すのか 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
2018年7月18日(水) 福島 香織
米中貿易戦争が勃発した7月6日、株価を見つめる中国・北京の投資家たち(写真:AP/アフロ) 7月6日、米中貿易戦争が開戦した。中国内外の多くのメディアが「開戦」の文字を使った。つまり、これはもはや貿易摩擦とか不均衡是正といったレベルのものではなく、どちらかが勝って、どちらかが負けるまでの決着をつける「戦争」という認識だ。仕掛けたのは米国であり、中国は本心は望まぬ戦であるが、中国としても米国に対して妥協を見せるわけにはいかない事情があった。この戦いは、たとえば中国が貿易黒字をこれだけ減らせば終わり、だとか、米大統領選中間選挙までといった期限付きのものではなく、どちらかが音を上げるまで長引くであろう、というのが多くのアナリストたちの予測である。
さて、この戦争でどちらが勝つのか、どちらが負けるのか。あるいは、どういう決着の仕方が日本にとって好ましいのか。それを正しく判断するためには、この米中貿易戦争とは何なのか、その本質を知る必要がある。そして、おそらくはビジネスに軸足を置く人と、安全保障や政治に関心のある人とでは、その判断が違うかもしれない。 2018年3月22日、米大統領トランプは「中国による不公平な貿易・投資慣行」を抑制するため、通商拡大法232条に基づき鉄鋼、アルミニウムの輸入制限を行う大統領令に署名した。さらに4月3日USTRは、中国による知財権侵害を理由に通商法301条に基づいて中国からの輸入品に追加関税を賦課する品目リスト1300品目(最大600億ドル相当)を公表。これに対し、中国側も、豚肉やワインなどの農産物を中心に128品目の関税引き上げを実施。さらに4月4日に大豆、航空機など500億ドル規模の米国製品に25%の追加関税をかけるとし、全面的な米中貿易戦争の火ぶたが切られる、との予測が流れた。 だが、このときは2度にわたる米中通商協議を経て関税引き上げ合戦はひとまず保留という棚上げ合意が発表された。理由は比較的わかりやすく、6月12日にシンガポールで行われる米朝首脳会談という重要イベントを控えて、神経を使う交渉を先延ばしにしたかったのだろう。このときの合意で、誰も米中貿易戦争が回避できた、とは考えていない。 遅かれ早かれ米中の「戦争」はどこかで起きるとの予測はあった。そして米朝首脳会談が終わるや否、米国は、保留にしていた対中貿易戦争を仕掛けた、というわけだ。6月、中国から輸入する1102品目(500億ドル規模)に対する追加関税を決定し、7月6日、米国側は中国輸入品818品目340億ドル分にたいして関税を25%に引き上げた。これに対し、中国も即座に同規模の報復関税を実施。米国はさらに10日、中国からの輸入品2000億ドル規模の関税引き上げリストを発表。中国からの輸入品年間5000億ドルのおよそ半分に追加関税を課す構えとなった。 中国はこれに対して即座に報復関税をかけるという形にはならなかった。というのも米国からの輸入は1300億ドルほどなので、全部に報復関税をかけても、関税引き上げ合戦には勝てない。その代わり、中国に進出している米国企業に対する不買運動や規制・監視強化といった嫌がらせに出るのではという観測が流れている。また6月、マイクロン、サムソン、SKハイニックスの米韓3社に対してDRAM独禁法違反疑いで調査を開始したのも、報復の一つだろう。 いずれにしろ、中国習近平政権サイドも、北戴河会議の前であり、内政面でいろいろ変な噂が流れている最中であり、簡単に米国の圧力に屈するわけにはいかない事情がある。目下、双方とも通商協議の再開を目指して折衝中ともいわれるが、根本的な問題は、実は経済利益の問題だけではないので、途中でインターバル(棚上げ)があっても、簡単には決着しそうにない。 米国の狙いは「中国製造2025」の阻止 その根本的な問題とは、米国が中国の台頭を許すかどうか、という点である。 米CNBCなどが報じているが、この貿易戦争におけるトランプ政権の狙いは、米中貿易不均衡を是正するということだけではない。本当の狙いは、中国の経済覇権阻止、具体的にいえば、「中国製造2025」戦略をぶっ潰すことである、という。 「中国製造2025」とは2015年に打ち出された中国製造業発展にむけた10年のロードマップ。今世紀半ば(中国建国100周年の2049年)までに米国と並ぶ中国社会主義現代化強国の実現に必要なハイテク・素材産業のイノベーションとスマート化にフォーカスした戦略だ。 ターゲットとして掲げている具体的な産業が@半導体・次世代情報技術AAIB航空・宇宙C海洋設備・ハイテク船舶DEV・新エネルギー車E電力設備(原子力)F農業設備G高速鉄道・リニアH新素材Iバイオ医療の十大分野だ。この中で米国がとりわけ脅威を抱いているのは半導体および次世代情報技術であり、この貿易戦争の背後には、まずは中国に5Gで主導権をとらせない、という狙いがある、という見方がある。 この見方はまんざら間違っていないと私も思う。米中貿易戦争と並行して行われた大手通信機器メーカー中興(ZTE)に対する米製品の禁輸措置や、華為技術製品の米国市場締め出しの動きも、この文脈で理解されている。ZTEはこのまま追い詰められるかとみられたが13日、ZTEは米商務省が命じた10億ドルの罰金、4億ドルの委託金および米商務省選出の外部監視員の採用を受け入れて、制裁的禁輸が解除された。 しかしながら、米中貿易戦争の主戦場が半導体・情報技術分野であることに変化はなさそうだ。この理由は5Gが米国の国家安全・国防にかかわる中枢技術であり、国家主導の巨大市場と破格の安さで、この技術の標準化を中国に奪われるわけにはいかない、という事情がある。実は、中国はIT、IoT、フィンテック、AI分野で世界の先端を走っているように見えるが、こうした技術のコアな部分である半導体の自給率は20%程度(しかも韓国資本、米資本など外資)である。ほとんどが米製品を輸入している。だからZTEに対する米企業の禁輸措置によって、北米市場第四位のシェアを誇っていたZTEが破たん寸前に追い込まれたのだ。 ZTEの禁輸措置に焦った中国は純国産半導体メーカー3社(長江存儲科技、合肥長?、福建省晋華)の工場を年内にも稼働させようとしているが、半導体の専門家から言わせれば、競争力のある技術ではない。この3社のうち合肥長?は米マイクロンの台湾子会社からの従業員大量引き抜きによってDRAM技術を導入したといわれ、マイクロンサイドから機密盗用で訴えられているし、晋華もマイクロン台湾の社員から流れた技術を盗用したとしてマイクロンから訴えられている。 米国が貿易戦争を仕掛けなければ… 頼みの綱の清華大学傘系ハイテクコングロマリット紫光集団傘下の長江存儲も、マイクロンの買収に失敗したのち、行き詰まっている。結局のところはプロ技術者を一本釣りするか、大手半導体メーカーを買収するかしか中国の半導体国産化計画は実現しないのだが、その核心技術を握っている米トランプ政権は、中国に対して中国の知財権侵害に対する懲罰を名目に貿易戦争を仕掛け、かつてないレベルで技術流出に対しても警戒を強めている。 ただ、ZTE、華為は通信設備製造業においては世界シェアを牛耳る4社のうちの2社であり、破格の安価と中国13億市場という巨大を武器に5Gの主導的地位を奪う可能性は十分あった。もし、米国が貿易戦争を仕掛けなければ、巨大市場を支配する中国企業が、米国企業のもつ資本と技術を吸収して、半導体自給率100%の目標はいち早くかなったかもしれない。一方で、買収などによる他企業からの技術吸収ではなく、自前で技術者を育てるとなると、最速で見積もってもあと20年の時間はかかる、という指摘もある。 かりに5Gの国際規格標準化が中国主導で行われたとすると、インターネットによって米国が通信覇権を確立したように、今度は中国が通信覇権を奪うことになる。5Gは情報産業から金融、IoTを通じて人々の生活までも支配する可能性がある。米国のインターネットと同様、5Gも軍事情報技術の核を為すという意味でも、国家安全に直結する技術だ。トランプ政権は米国安全保障戦略で中国を名指しで「米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」と仮想敵国扱いしているのだから、中国の情報通信覇権の野望は阻止せねばならない。 中国がまだ国産半導体を製造できない今のうちに、中国の野望を完膚なきまでに叩き潰さなければならない、とトランプ政権は考えているのではないだろうか。これは、トランプ政権、特にトランプの側近として発言力が強まっているナヴァロやライトハザーら対中強硬派の考えに沿った動きであるとみられる。もちろん、共和党も一枚岩ではなく、産業界にはこの貿易戦争への反対の声は強い。また、いくら米国の方が経済規模が大きく、最終的には貿易戦争を勝ち抜く公算があったとしても、相手が千の血を流せばこちらも八百の血を流すことになる。 中国の近代史は血を流しっぱなしであったので、中国人自身は米国人より痛みに耐性があると考えれば、意外に中国の方が強い可能性もある。一方、中間選挙まで、といった短期的な戦略ではなく、中国が米国と並び立とうという覇権の野望をくじくのが目的であると考えると、トランプ政権が二期目を継続すれば、この戦いは半導体や5Gにとどまらないかもしれない。 米国としては、世界で唯一無二の国際秩序の頂点に立つ国家として、八百の血を流しても、中国の台頭を抑え込まねばならない戦、ということになる。もちろん、トランプが急に、米中二国が並び立つ世界を理想とすると言い出す可能性もゼロではないが、そうなった時は、日本は中華秩序圏に飲み込まれるやもしれない。 中国が見誤った対米戦略 こういう事態を招いた、責任の一端は習近平の対米戦略を見誤ったことにあるといえる。オバマ政権の初期が中国に対して非常に融和的であったことから、習近平政権が米国をみくびった結果、ケ小平が続けてきた「韜光養晦」戦略を捨て、今世紀半ばには一流の軍隊を持つ中国の特色ある現代社会主義強国として米国と並び立ち、しのぐ国家になるとの野望を隠さなくなった。このことが米国の対中警戒感を一気に上昇させ、トランプ政権の対中強硬路線を勢いづけることになった。 今、北戴河会議(8月、避暑地の北戴河で行われる共産党中央幹部・長老らによる非公式会議)を前に、米中貿易戦争の責任を王滬寧が取らされて失脚するといった説や長老らによる政治局拡大会議招集要求(習近平路線の誤りを修正させ、集団指導体制に戻すため)が出ているといった噂が出ているのは、その噂の真偽はともかく、党内でも習近平路線の過ちを追及し、修正を求める声が潜在的に少なくない、政権の足元は習近平の独裁化まい進とは裏腹に揺らいでいる、ということは言えるかもしれない。 だから、この貿易戦争がどういう決着にいたるかによっては、独裁者習近平が率いる中国の特色ある現代社会主義強国が世界の半分を支配する世の中になるかもしれないし、世界最大の社会主義国家の終焉の引き金になるかもしれない。国際秩序の天下分け目の大戦と思えば、日本人としては経済の悪影響を懸念したり漁夫の利を期待するだけでは足りない、別の視点で補いながら、その行方と対処法を探る必要があろう。 この戦争でどちらが勝つのか、どちらが負けるのか。 【新刊】習近平王朝の危険な野望 ―毛沢東・ケ小平を凌駕しようとする独裁者
2017年10月に行われた中国共産党大会。政治局常務委員の7人“チャイナセブン”が発表されたが、新指導部入りが噂された陳敏爾、胡春華の名前はなかった。期待の若手ホープたちはなぜ漏れたのか。また、反腐敗キャンペーンで習近平の右腕として辣腕をふるった王岐山が外れたのはなぜか。ますます独裁の色を強める習近平の、日本と世界にとって危険な野望を明らかにする。 さくら舎 2018年1月18日刊 このコラムについて 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。
市場は米中貿易摩擦より、米金利の上昇を注視 先行きが読みにくい空模様、休むも相場
市場は「晴れ、ときどき台風」 2018年7月18日(水) 居林 通 米中貿易摩擦が激化の様相ですが、それを見越したかのように株価が下がっています。 居林:はい。 そこで、当コラムの読者ならば気になると思うのですが、これは、「安倍退陣=アベグジット台風は市場を脅かすか?」でおっしゃっていた、「政治イベント(=一過性)」なんでしょうか、それとも「金融イベント(=経済危機を招きかねず、長期間影響を引きずる)」なんでしょうか。 居林:さて、どうなんでしょう。 おや、珍しく迷っていますか? 居林:お聞きになりたいのはこういうことですよね、いつものグラフを見てみましょう。 12カ月先の業績予想と株価の推移 株価は業績の関数である、という視点から見れば、かなり「割安」になっているように見えます。 居林:予めお断りしておくと、マーケットは物理法則が通用する世界ではないので、綾(あや)はあります。収益機会のすべてを取ることはできません。今年のドタバタを見ていると特にそう思います。 その上で、昨日(7月5日)の日経平均の終値は2万1546円、どうしますかということですね。さきほど触れていただいた記事のときに「買い」だと申し上げた(3月23日金曜日からの下げ相場)ときは、2万617円でした。 ディシジョンツリーを書いてみる あと1000円ありますね。そこまで下げれば? 居林:私なら買います。しかし、現状はとっても微妙なラインで、売り買いの結論はどっちとも言えません。もう一度買いのタイミングが近づいている気もしますが、確信は持てない。先ほどおっしゃった、米中の貿易摩擦を政治イベントだと捉えるか、それとも経済イベントなのかによって判断は分かれます。私も正直悩んでいるので、すぱっと申し上げることができないんです。 なるほど。 居林:こういう錯綜した状況は、投資ではよくあることで、そんな場合の私のおすすめはディシジョンツリーを書いてみることです。 居林さんのディシジョンツリー これは分かりやすい。 居林:自分が今、何について悩んでいて、それがどのツリーの中にあるのか、を、常に意識できるので、雰囲気に流されてパニックにならずに済みます。コツとしては、3階層くらいにしておくことでしょうか。 で、いま、まさにツリーの中の★印のところにいるわけですね。 居林:はい。なぜ判断が難しいかもこれを見ると分かっていただけると思います。 ええと? 居林:ツリーの最初の分かれ道である「12カ月先の企業業績の方向」が、今年に入ってから、「低下を予想」のほうに動いたからです。 バカみたいな質問ですが、相場全体が低下していくと、なぜ判断が難しくなるのですか。 居林:投資は「上値がなくて下値がある」状態で行うべきで、それがなければ運と度胸になってしまうからです。投資にはさまざまな方法論があり、私は「業績予想に対して割安」な株を買う派ですが、もし、今後業績予想がさらに下がっていくなら、今は「割安」と見えても、そうではなくなってしまう。要するに、予想が外れたときのバッファ(=下値がある)がほしいんです。悪いことが起きてもそれほど下がらない。上値があって下値がないのが最高だ、と。 これ以上は下がらなくて、上がる方は青天井。それはそうですね。というか、当然ですね。 居林:都合良すぎるように聞こえますよね(笑)。でも、極力そういう状況を見つけ、近づけていくのが投資家の当然の考え方だと思います。 なるほど、そうなると下げ相場を予測する中での投資は、これまた当たり前ですが難しい。 居林:ええ、現状は下値があるかないかが見えにくいし、底が見えないので腰が引けるわけです。うかつに「割安だから」と飛び込みにくい。 そこでディシジョンツリーを見直すと、なるほど。「割安」だと判断した先に、その理由が「一時的要因」、つまり政治イベントなのか、あるいは「構造的要因」、経済イベントなのかの判断が控えている。 居林:そうです。先ほども振れた3月の相場は、安倍政権のぐらつきへの不安が生んだ政治イベントによるものでしたので、「低下を予想」→「割安」→「一時的要因」→「短期買い」だと判断できました。 3月に短期買いに転じ、5月に中立へ判断をシフトしたのが前回の記事でした。最初におっしゃったように、そこから相場は下げていますが、追いかける必要はあるのか? 今回は「短期買い」に移動するかどうか、がテーマになるわけですが、一時的か、構造的かの判断がとても難しい。 メディアは貿易摩擦激化を注視しているが…… なるほど、でしたら、売りか買いかではなく、読者の方々のために、居林さんの目から見えているいまの状況を、そのまま語っていただけませんか。 居林:そうですね、「見えている」と言われたところに引っかけるなら、現状、メディアが見ているのはトランプ米大統領のことを見て、書いていると思います。より正確に言えば、彼が引き起こしている米中貿易摩擦ですね。 そうですね。それが世界経済に与える影響を恐れている。 居林:では、世界の投資家は何を見ているのか。 居林:外国人投資家は、日本市場で年初来7.1兆円を売り越しています。これは、貿易問題で日本企業の収益が大変なことになる、と見ているからでしょうか。私は自他共に認める、日本の企業の「収益構造」に対する悲観論者です。2019年3月期の純利益は前年比で4%の減益だと見ています。おそらく現在の市場のコンセンサスは一桁真ん中あたりのプラス成長を予想しているでしょうから、かなり弱気な企業業績予想ということになります。 その私ですら、貿易摩擦がエスカレートしても、営業利益ベースであと1兆円くらい減る“だけ”、6%のマイナス程度で収まる、くらいに見ております。 大変な額ですが。 居林:はい、大変な額です。一方で去年、米国の法人税減税による影響で、日本企業は我々の推定で純利益がが1.9兆円膨らみました。これも巨額ですが、一時的な影響、としては「ありえる数字」です。日本経済新聞によれば、金融を除く日本の上場企業の2018年3月期の売上高は約560兆円、純利益は約29兆円です(参考記事:こちら)。1兆〜2兆円の営業利益変動は、企業収益が振れる中では動いてもおかしくない金額といえます。ですので、貿易摩擦の影響は「それほど大きくない」というのが私の見方です。 ならば、投資家の目は何を見ているのでしょうか。 居林:表面上はトランプ米大統領が保護貿易政策に出て、世界のあちこちで株価が下がっている。投資家はそれをいわば「一層目」として、「二層目」「三層目」を見ています。 二層目とは。 米金利の上昇が、新興国からお金を吸い上げている 居林:二層目は「米金利上昇」です。これは基本的にはいいことのはずです。米国の景気がいいから、金利が上がっている、というか、リーマン・ショック対策として進めてきた量的緩和の正常化が進んでいる(参考:こちら)。 ところが、これは皮肉にも新興国からお金を吸い上げることに繋がっています。新興国の通貨はドルにペッグしていますから、ドルの金利が高くなればそちらにお金が向くのは当然です。自国通貨よりも強い通貨の金利が上がるのですから。 米国の政策金利は、2015年12月に9年半振りに引き上げて以来段階的に上昇して、先月、6月13日に政策金利を1.75〜2.00%まで上げました。それまではドル預金するより新興国に投資、預金したほうが収益を得やすかったけれど、米国の金利が上昇するなら、これまで新興国に向かっていたお金がドルに向く。 居林:先進国、というか米国の好景気の副作用といえます。 理屈は分かりましたが、具体的にはどこにその作用が働いていますか? 居林:まず新興国の株価指数を見れば分かります。トランプ米大統領が貿易問題を言い出したのは今年の4月以降ですが、新興国の指数はすでに1月から崩れ始めている。先進国指数(黄色)は横ばいです。この差分は、政策的に上げられた米国金利に吸い上げられている。 ううむ。 居林:より踏み込んで言いますと、新興国と漠然と言うよりも、中国です。ここが決定的なポイントです。米国との貿易摩擦にさらされ、金利高にさらされ、中国からお金が出ていこうとしている。 居林:今、中国はその流れを感じ、止めようとしています。16年2月に「サブプライム的な金融商品」である理財商品への信用不安が高まったことがありましたが、去年末でこの残高が400兆円が500兆円まで膨らみ、その後、新しいルールが策定されたり、撤回されたりしています。このような、理財商品の流動性が失われる可能性が表面化してくるなど、いろいろなことが重なって、中国に向いていた投資マネーが米国に吸い寄せられており、マーケットを不安視させているわけです。 一層目のトランプ米大統領の貿易政策と並んで大切なのは、二層目の、中でも、中国が理財商品にどういう手を打ってくるか、です。お金がなくなっていく状況下で、流動性の消失が起これば金融危機に直結。我々の中国チームは、政府主導による潤沢な資金供給が行われて乗り切るだろう、と見ていますが。 ちょっと待ってください。米国が政策金利を引き上げればこういうこと、つまり、新興国に向いていた資金の逆流が起きることくらい、当然、世界の金融関係者は熟知しているはずですよね。なのにこんなことになってしまうものですか? 居林:約10年間(金利の引き上げを)やっていないことによって、経験知が失われていたことはあるでしょう。もうひとつは、経済が好調で失業率も低いのに、トランプ大統領が必要ない財政政策のアクセルを思い切り踏んだ(インフラ投資による内需拡大、減税策)ことですね。こうなると、国内景気の加熱を避けるためにFRBは金利を上げざるを得ません。 それでは、やっぱりこの事態はトランプさんの責任じゃないでしょうか。 居林:そうとも言えますが、もうすこし落ち着いて考えてみれば、そもそも各国の中央銀行がかくも共同歩調を取ること自体が異常事態で、リーマンショック対策ということで歩調を合わせてきた時期が、ついに終わった、とも言えます。 景気対策のヒーローたちは、それぞれバラバラに星に帰り始めている(「ヒーローは、そろそろ帰してあげましょう」)。 ヒーローにくっついて、マネーも帰っていく? 居林:3人揃って退場すると思っていたのですが、米国が独りだけさっさと帰って、もうひとり、欧州も「帰る」と宣言し、ひとり日本だけが「まだまだやるぞ」と言っているわけですね。でも、遅かれ早かれこうなる話ではあり、トランプ大統領がそのきっかけを作った、と考えた方が正しいのではないでしょうか。 「だったら、ヒーローの帰った星に投資しよう」と米国にお金が流れ込み始めたと。 居林:そんな感じかもしれませんね。 ヒーローの帰還ということは、セーフティネットが薄くなることでもありますよね。 居林:そう。中銀の存在感が薄れるにつれて、金融政策の役目がいかに大きかったかが分かってくる。そこに、芥川龍之介じゃないですが「ぼんやりとした不安」が生まれます。そこらへんからが「第三層」です。 リーマンショックの10年目に、ずっと中銀によって続いてきた景気の同一性がばらけた。リーマンショックが生み出した「幻影」が崩れ、本当の姿が見えてきた。米国は地力があった。「じゃあ、みんな米国債に逃げるよね。中国は大変だ、日本はどうなんだろう。お金が入ってこなくなるのかも」というのが、投資家、とくに外国人投資家の見方だと思います。これを見て下さい。 2018年の世界の株式パフォーマンス (単位%、現地通貨建てベース) 米国ナスダックが一人勝ち、中国本土の株価指数、CSI300のひとりぼろ負けですね。 居林:中国は「バブルは発生させたくないし、理財商品の信用不安が爆発しては困る」という難しい舵取りを迫られていて、対応策が見えるまではお金が逃げる一方です。とはいえ、ナスダックも結局はIT系プラットフォーマーが支える市場ですから、欧州の規制などの影響が心配され、不安なし、とも言えません。まずは中国ですけれど、万一中国とナスダックの両方が崩れたら、今年の市場はまずいことになります。 トランプさんに蹴飛ばされてヒーローが帰ってしまって、気がついたら右も左もリスクだらけ、そうなると、リスクオフの動きとして、金利がまともにつく安全資産、米国債にお金が逃げていく。 個人投資家なら「休むも相場」か 居林:ということで、いくつもの不安を抱えた投資家の心理を反映するように、昨日急落、今日急騰と、市場の先行きはたいへん読みにくいです。個人投資家の皆様は、「休むも相場」という格言に従われるのも一策でしょう。これは、機関投資家にはできないことですから。 あっ、悲観論を投げて終わるようなコラムは嫌いでして、なにか居林さんの目から見て、日本に投資マネーが戻ってくるような方策ってないんでしょうか。 居林:そういうことでしたら、安倍首相がこの状況をひっくり返すには、「未来投資戦略2018」を実行することだと思いますよ。2018年6月に閣議決定されたもので、全文を読むのが大変ならば17ページにまとまった素案(こちら)からでも。これは名文だと思います。日本の課題を直視し、「こうやれば逆転の目がある」と提案しています。これが半分でも実行されると良いのですが……これからアベノミクス、いや日本の経済政策の正念場だと思います。 このコラムについて 市場は「晴れ、ときどき台風」 いわゆる「アナリスト」や「経済評論家」ではなく、「実際に売買の現場にいる人」が書く、市場の動きと未来予測です。筆者はUBS証券ウェルス・マネジメント本部日本株リサーチヘッドの居林通さん。そのときそのときの相場の動きと、金融市場全体に通底する考え方の両面から、「パニックに流されず、パニックを利用する」手法を学んでいきましょう。
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