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30代・年収2億円の中国人夫婦「残念な」東京旅行 日本の誇る「おもてなし」の弱点とは?
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/07/302-1.php
2018年7月6日(金)18時20分 劉 瀟瀟(三菱総合研究所 研究員)※東洋経済オンラインより転載 ニューズウィーク
銀座の「おもてなし」は富裕層にも行き届いている? Yuya Shino-REUTERS
観光産業の成功には、富裕層誘致が不可欠である。スイスでのスキーからオーストラリアの海でダイビング、フランスのワイン生産地巡りからアメリカでの豪邸購入まで、世界中の富豪が好きなところで好きなことを満喫している。日本もインバウンドにおいて、富裕層誘致を重視すべきと感じている。
筆者はインバウンド研究を始めてから、数十人の中国富裕層にインタビューや密着取材をしてきた。年収2000万円のプチ富裕層から中国でも有数の富豪一家、土豪(成金の富豪のこと)から教養もセンスも一流のエリートまで、さまざまな方々から日本観光で感じたホンネを伺っている。
最近感じているのは、富裕層の訪日観光満足度が下がっていることだ。
それはもちろん、リピートにより新鮮味が減ったことと、情報技術の発達や中国国内市場が日本とシンクロすることにより、わざわざ日本でしか買えない/体験できないことが減ったことに原因がある。
しかし、もっと本質的な理由は、おそらく、日本が「富裕層を心からもてなそうとする気がない」ことなのかもしれない。もちろん、すばらしい個別対応ができるところもある。だが、今回、中国人富裕層の典型的な東京旅行、特に「コト消費」の代表である「食」「移動」を通して、筆者が感じた課題を提示したい。
■新婚旅行気分を日本で味わった若年夫婦
先月密着取材した夫婦は、30代前半にして年収2億円の富裕層である。夫は弁護士事務所を開業後、投資ファンドを設立している。妻はモデルのような顔立ちとスタイルで、2人の子どもを育てる専業主婦だ。子どもがいなかった頃は欧米に年3〜4回旅行していたが、今は子どもがいるので、近場のアジア諸国がメインになった。
中でも、日本が大好きだ。子どもをUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)とTDL(東京ディズニーランド)に連れて行けば、気楽で楽しい旅行になるし、日本には親子連れを配慮した施設も多い。子育てに疲れ、時々ラブラブな恋愛の頃に戻りたいときは、子どもを阿姨(アーイー:お手伝いさん)に預け、気軽に2人で3泊の「模擬新婚旅行」ができるのは日本である。
今までの日本での主な観光行動は、絶景のホテル/旅館に泊まり、薬局やブランドショップで新商品を買い、着物体験し、たくさんのインスタ映えする写真を撮るのがメインだった。最近の趣味は、ミシュランガイドで星を獲得したレストラン・飲食店の食べ歩きと美術展・個展の鑑賞になった。
今回の3泊4日の東京旅行もそうだった。
子どもから解放され久々にデート気分で意気高揚。着いた翌日のランチは、中国で「天ぷらの神」とも呼ばれている老舗だ。その店は中国の有名人によって紹介され、中国の若者の中では非常に有名である。筆者は彼らから予約をお願いされ、電話をした。が、発音のアクセントで外国人とバレた瞬間、「ネット予約でお願いします」とすぐに電話を切られてしまった。
その冷たい態度が気になり、もしかしたら、外国人対応にちょっと問題があるかもと富豪妻に相談したところ、「ネットで予約できることだけでも便利だわ。きっとおいしいから大丈夫だよ」と喜んでくれた。確かに、単独の外国人の入店は禁止(1人の日本人......定義がよくわからないが日本人がいればOK)、外国人だけでは予約不可をうたっているほかの厳しいレストランに比べれば、まだいいほうだ。
■なぜミシュラン店が料理を「low level」と紹介するのか
当日、「日本人は遅刻が大嫌いだからね」とご夫婦は、予約時間の30分前に到着。席に案内され周囲を見てみると、カウンター10席の中、8席は20〜30代の訪日中国人であった。後2人は中高年層の日本人カップルであり、何かのお祝いのようだった。
英語メニュー、お茶、おしぼりを出すと店員はすぐに消えた。メニューには「おまかせ」と「ランチ」(値段が少し安め)がある。妻は「夜は赤坂のミシュランレストランで懐石料理をいただくし、天ぷらは揚げ物で苦手なので軽めにしたいな」と言い、店員に、英語でどちらの量が少ないかと聞いたところ、店員は、「The normal one is high level, the lunch menu's level is very low.」と何回も言う。同行者全員この店員の「low level」という言葉に愕然とした。
万が一英語が不得意な店員さんで誤解したらよくないと思い、念のため同席した私が日本語で富豪妻と同じ質問をしたが、店員はどちらの量が少ないかについてはまったく答えず、「ランチメニューの質は、おまかせと全然違う」としか言わなかった。
結局、比較という意味でこの夫婦は1つずつ頼んで食べ比べたが、「舌が肥えていないせいかもしれないが、おまかせの食材の形がちょっときれいな気がする程度、味は変わらない」というのが2人の共通した感想だった。実際、カウンターからも見えるので同じ食材を使っていたのも分かるのだ。
「単に少なめに食べたいのに、なぜレベルが低いコースを食べないといけないかな」と落ち込む妻を慰めるために、「ビジネスだからやはり高いコースを売りたかったのだろう」と夫が優しくフォローした。この2つのコースの金額差は3000円。お酒代を含めた2人で消費した5万円に比べたら、気にもならないどうでもいい金額だ。
その夜の赤坂での懐石料理、翌日は中国人の中で伝説にもなっている銀座のすし店、ともに、予約だけでかなり苦労した。お店は外国人からの予約を受け付けないので、仕方なくアプリを使い、数万円の手数料を払い、やっと予約できた。この予約はどこかの会社が接待枠としてキープしていたのを転売したものだそうで、キャンセルだけはさせないぞという雰囲気が満々だった。
予約時間の2時間前から、15分ごとに「今どこですか?」「絶対遅刻しないでください」「1分でも遅刻したら、予約保証金1元も返金しないからね(通常は一部が支払いに充当される)」のような連絡が仲介業者から絶え間なく来ていた。「直接予約できないし、仲介業者に依頼したらこんな感じになるし、日本人って本当にまじめですね。私たちはやはり信頼されてないね」と苦笑していた。でも、楽しみにしていたお店だったので、それなりに楽しめ、写真もいっぱい友達にシェアした。
この3店に行けたら、しばらく職場でもママ友でも自慢できる話になるようだった。なお、後者の2店も、お客はほとんど外国人だった。
■富裕層向け商売の本質を忘れていないか
どちらのお店も、おそらく、日本企業の接待でさえめったに使えない高級店で、今はインバウンドで来日した顧客で支えられているのではないかと推測できる。英語の表現力が足りず「low level」と言ってしまったり、またはどうせ外国人は繊細でないから「食材が全然違う」とごまかしたり、あるいは、今までドタキャンされ本当に困ったから仲介業者に頼んでずっとリマインド連絡をしてもらおうと思ったのかもしれない。
しかし、このような外国人対応の簡略化、ノーショウ対策がよくできたとしても、高い料金を払う訪日富裕層の本当のニーズを満たしてはいないだろう。
富裕層向け商売の本質を忘れているような気がする。それは、訪日富裕層がここでしか味わえない美味を味わい、その美味と値段に相応のサービスを享受すること。お店側は、外国人にも日本人にも、最高の料理やサービスを提供することにより、高額な売り上げ、リピート、口コミの拡散を獲得することだろう。
つまり、広告しなくても来るという盛況さから離れ、真剣に対応を考える必要がある。メニューの説明方法の標準化や電子化、コンシェルジュ・銀行との提携、紹介制の導入など、もう一歩頑張れば、高級店らしいおもてなしを提供できるのではないだろうか。
もう1つの課題は、「移動」である。
50代以上の訪日中国人富裕層だと、メンツを重視し無理をしてでも、友人を紹介してもらい、旅行中は運転手に24時間待機してもらうのだろうが、若者世代の訪日中国人富裕層だと、頼まれた友人も迷惑だし待ってもらうのも申し訳ないので、おカネで解決しようと考える。
この若者富裕層夫婦も、これまでは来日時「中国語が通じるハイヤー」を利用していたが、無許可だったらしく、最近の「白タク」への取締り強化で、使えなくなった。そこで、タクシーに乗ることにした。
「Uberは日本では規制の影響でなかなか浸透しないですね。理由はよくわからないが、日本は、本当に、独特の文化ですね」とご夫婦は感慨深く言いながら、「2人の大人ならいいですが、子どもを連れて来るとき、荷物も多いし子どもの面倒もあり、一回一回タクシーを拾うのが無理かもしれません。ハイヤーだったら中国語のわからない運転手とどうやってコミュニケーションを取ったらいいのかな」と真剣に悩んでいた。
この夫婦を銀座シックス(GINZA SIX)やアップルストアに案内した後、とある銀座の居酒屋へ行った。GUCCIのTシャツにエルメスのサンダル、ピンクのエルメスバーキンは店内でとても目立ったが、酔っていた日本人サラリーマンにあふれた「日本の日常」に興味津々の2人だった。「日本のドラマみたい」とクスクス笑った。
■あまりにもぞんざいな扱いを受けてしまった2人
店を出たのが、22時。大手町にある超一流Aホテルに泊まっていると聞き、「地下鉄ならすぐですよ」と話したら、妻が「私は一度東京の地下鉄に乗ってみたいのだが、旦那が公共交通機関を嫌で......」。
あ、そうでした! 中国では、おカネがない人がバスや地下鉄に乗るという意識があることを忘れていました〔中国人観光客が「白タク」に乗りたがる理由(2017年12月28日配信)〕。
銀座のタクシー乗り場がわからず、タクシーを拾おうとしたら、3人のタクシーの運転手さんに違うタクシー乗り場を指さされ、なかなか乗せてくれなかった。
その後も、「Aホテルか、近い」と文句を言い、去って行ったタクシー、ホテルの名刺を渡したら「知らん」と言い行ってしまったタクシーに遭遇したりして、15分後、ようやく大手町まで乗せてくれるタクシーを見つけることができ、見送ることができた。
ホテルに到着したというメールをもらったが、その最後には「日本は秩序がよくて本当にすばらしいが、最近外国人が嫌われているようなので、劉さんもお気をつけて」と書いてあった。日本のドラマとアニメが好きで日本料理に目がなく、かつ消費リミットがない若者富裕層が、何でこんな寂しい気持ちになったのだろう。
銀座にあったタクシー乗り場の案内。こういった看板も確かにあるが、外国人にはわかりにくい(筆者撮影)
おそらく、日本社会全体が中流中心になっており、富裕層に不慣れなところが多く、外国人富裕層の移動事情もよく理解できていないためだろう。
外国人にわかる夜の銀座のタクシー乗り場の案内、外国語が通じるタクシーの増加、多言語タクシーアプリの普及化、またホテルと連携した移動サービスなどで、「いらっしゃい訪日客」という意識があることをちゃんと伝える必要があるだろう。
夫婦が帰国するとき、「またいらっしゃってください」とあいさつしたら、「はい、また来ます」と明るく返事をもらった。
レストランもタクシーの件もあって半信半疑に「本当ですか?」と投げかけてみたが、「はい、また来ます。次は築地で本当に新鮮なおすしとウニ丼を食べたいし、エルメスがいつも東京で買えたので、また買いに行きたいです」と妻が言った。
■「また来ます...」発言の真意
「お店も厳しいし、移動もいろいろ大変みたいですが......」とさらに掘り下げようとしたら、「だって、日本は厳しいってみんな知っているよ。自分が欲しいものがあるからまた遊びに行きます」と。
なるほど。日本が外国人観光客に厳しいことは、よく知られていることだった! リピーターの増加や「恐ろしい」口コミの拡散スピードで特に富裕層の間で広まっているようだ。
実際、その夫婦の紹介でほかの訪日富裕層の方にもインタビューしたが、みんな淡々としたいこと(買い物、観光、スキーなど)を済ませて帰国した。それはつまり、日本の自慢の「おもてなし」に期待をしなくなったということだ。築地はおもてなしというより観光地+新鮮さで有名なので一度行ってみたい。エルメスのバーキンや超高級時計を買えるかどうかは「運」が必要なので、たまたま東京での「運」がよかったのでまた買いに行きたいと思う。
相変わらずの高い消費額だが、いつの間にか他国と差別化できる「温かい人情」「friendly city」などの要素が彼らの口から語られる感想に入らなくなっている。
物流がどんどん発達しており、いつか築地鮮度の食材が中国でも食べられるだろうし、運がいいところはほかにもあるはず。富裕層の誘致には、値段相応、かつ唯一無二の体験の提供が不可欠であり、それがいつの間にか消えている感じがした。
東京オリンピック・パラリンピックまであと2年、観光立国の正念場になる時期だと、いま一度、訪日中国人富裕層に提供すべきものを再検討すべきなのではないかと思う。
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