サマーズ元米財務長官:主要国は次の景気後退への備え不十分 Christopher Condon、Joao Lima 2018年6月19日 8:10 JST サマーズ氏はECBがポルトガルで開いたフォーラムで発言 景気悪化の影響、インフレ率上昇に伴うリスクをはるかに上回る サマーズ元米財務長官は18日、先進国による次のリセッション(景気後退) への備えは経済的にも政治的にも不十分だと警告し、中央銀行はインフレが多少過熱するのを阻止するためだけの利上げには慎重を期すべきだと述べた。 サマーズ氏は欧州中央銀行(ECB)がポルトガルのシントラで開いた会合で、「次の景気後退の影響はインフレ率が2%をやや上回ることに伴う悪影響よりはるかに大きい」と指摘した。 同氏は次のリセッションより前に金利が歴史的にみて通常の水準に戻る可能性は低いと述べ、中銀は不況への効果的な対策に必要となるレベルの力で対応することができなくなると指摘。新たな景気後退局面を迎えれば、先進国の多くで台頭しつつあるポピュリズムや保護主義の勢力を助長すると付け加えた。 原題:Summers Warns Biggest Economies Not Prepared for Next Downturn(抜粋)
企業の楽観はほぼ消えた、貿易摩擦巡り不透明感:アトランタ連銀総裁 Steve Matthews 2018年6月19日 4:20 JST • 「新たな投資をするには現在、ハードルがかなり高い」 • 企業家の間では「リスク回避」姿勢が支配的 米アトランタ連銀のボスティック総裁 Photographer: Cooper Neill/Bloomberg 米アトランタ連銀のボスティック総裁は米国による貿易障壁の構築で成長が妨げられるとの懸念を背景に、企業の楽観が後退したと指摘。景気見通しへのリスクが高まるとの見方を示した。 ボスティック総裁は18日、ジョージア州サバンナで講演し、「税制改革の成立を受けた企業の楽観を背景に、年初における私の成長見通しに対するリスク判断は明白な上向き傾斜だった」と発言。「私が連絡を取っている人々の間で、そうした楽観はほぼ完全に消え、代わりに貿易政策や関税を巡る懸念が台頭してきた。不透明感は著しく高まった」と述べた。 総裁は進行中の企業プロジェクトは続いているものの、「新たな投資をするには現在、ハードルがかなり高い」と付け加えた。 さらに「私が連絡を取っている人々の間では『リスク回避』の姿勢が支配的になっているようだ」とし、「それに応じて、私は自分の成長見通しに対するリスク判断を中立にシフトさせた」と続けた。 原題:Fed’s Bostic Says Business Optimism Fading Amid Trade Tensions(抜粋)
外為フォーラムコラム2018年6月19日 / 13:27 / 1時間前更新 コラム:利上げ路線継続に透けるパウエルFRBのご都合主義=上野泰也氏 上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト 4 分で読む
[東京 19日] - 6月中旬に数珠つなぎでスケジューリングされた米国・ユーロ圏・日本の金融政策決定会合が、市場の注目を集めた。 米連邦公開市場委員会(FOMC)は、市場の予想通り、0.25%追加利上げを全会一致で決定。フェデラルファンド(FF)翌日物レートの新たな誘導水準は1.75―2.0%で、片足が2%台に乗った。そろそろ「低金利」とは言いにくい水準になりつつある。 FOMC参加者による金利見通し(中央値)でFFレートの「長期」(中立金利)として示されたのは2.875%(誘導レンジに書き換えると2.75―3.0%)。実際のFFレートはそこまであと1%ポイント(0.25%利上げ4回分)に迫っている。 今回のFOMC声明文は、物価について、総合、コア(除く食品・エネルギー)ともに前年同月比で「2%に近づいた」と記し、5月の前回会合時と同じ表現を用いた。 そして、FOMC参加者による個人消費支出(PCE)価格指数・総合の見通し(中央値)は、前回(3月)から2018年と2019年が上方修正され、いずれも2.1%になった。2020年の見通しも同じ数字である。PCE価格指数・コアの見通し(中央値)は、2018年が2.0%に上方修正され、2019年と2020年は前回と同じ2.1%だ。 こうした物価の公式シナリオは、下振れず、大きく上振れることもなしに、向こう3年間にわたって2%の物価目標がほぼ完璧に達成されるという、にわかには信じ難い姿になっている。 失業率はかなり低い水準まで下がっている。シナリオ通りの物価パスの実現に自信があるなら、物価安定と最大雇用という二重の責務を負っている米連邦準備理事会(FRB)は、大喜びで「勝利宣言」をしてもおかしくない。 <本来は利上げ休止で様子見が賢明> しかし、雇用統計の時間当たり賃金などを見ると、経済のグローバル化や情報技術(IT)革命の影響(デジタル化)といった構造的な要因が作用し続けている結果、米国の賃金(およびサービス分野の物価)の上昇は、基本的には抑制されたままである。 PCE価格指数・総合の前年同月比が3月・4月に目標水準である2.0%に到達したのは、昨年春の携帯電話料金引き下げの「裏」(反動)が統計上出てきたことや、原油価格の水準切り上げによるものである。少なくとも現時点では、持続性を伴った物価目標達成が実現しているとは言えない。 FRBの利上げ路線継続に対しては、イールドカーブのフラット化を通じて、米国債市場が「警告」を突き付けている。2年債と10年債のスプレッドは40ベーシスポイントを下回っており、この先も利上げが継続されるなら、逆イールド化は時間の問題である。 むろん、年金マネーなどによるイールドハント的色彩の濃い米30年債の根強い買い需要が存在するため、米国債イールドカーブの今般のブルフラット化には需給の要因も相応に寄与しているとみられる。だが、基本的にはやはり、リセッション警告シグナルの点灯が近づきつつあると考えるべきだろう。 逆イールドが出現すればリセッション入りが確実というような因果関係はない。だが、そのことにより市場参加者の心理が不安定化して株価急落や金融市場全体の動揺が引き起こされやすくなることを見逃すべきではあるまい。 FRBは利上げを止めて様子を見るべきだというブラード・セントルイス地区連銀総裁の見解に、筆者は賛成である。しかし現実には、6月のFOMCで追加利上げが決まり、ドットチャート(FF金利の予想分布)は上方シフト。年内あと2回の利上げがFOMCの中心シナリオになった。 FOMC後に記者会見したパウエルFRB議長は、強気一辺倒ではなく、「われわれは勝利宣言をするつもりはない」と述べた。最近のインフレ指標は心強いものの、これまで多くの年で物価が目標を下回ってきているためだという。 また、財政の拡張に伴う需要への刺激を相当前向きにとらえつつも、景気見通しにはかなりの不確実性があること、賃金の緩慢な伸びがやや不可解だと考えていること、米国の通商政策を巡る懸念が高まっているとの報告があることなどにも言及していた。 パウエル議長は、賃金がこの先加速するという確信を抱いているようには見えず、今後予想される逆イールドを無視し続けるほど強い自信を抱いているわけでもなさそうである。 <日銀は追加緩和を余儀なくされるか> 賃金・物価の今後について、パウエル議長は、「自信過剰」気味に本心から強気なのか、それとも多数派の意見に沿った追加利上げがFOMCで決まった後、上振れているPCE価格指数の数字を「ご都合主義」的に引き合いに出して根拠の1つにしているのか。 どちらが実態に近いのかは判然としない。だが、一種の結論ありきで金融政策の変更が決まり、その際にたまたま高めの数字になっていた物価指標も根拠の1つとして引き合いに出すというパターンは、年末の量的緩和停止を決定した6月14日の欧州中銀(ECB)理事会でも観察された。 ユーロ圏の統合ベース消費者物価指数(HICP)は、5月分が前年同月比プラス1.9%で、ECBの物価安定の定義に沿う数字ではある。ただし、これはエネルギー価格上昇によってかさ上げされた数字であり、持続性が伴っているとは到底言い難い。 物価動向のベースラインを示しているサービス分野では、価格上昇は均(なら)して見れば鈍いままである。また、ユーロ圏の購買担当者指数(PMI)は1―3月期に続いて、4月・5月も低下した。 それでも、ドラギECB総裁は記者会見で、「理事会は、これまでにインフレの持続的な調整に向け大幅な進展が見られたとの結論に達した」「長期インフレ期待が抑制される中、ユーロ圏経済の基調的な強さ、および金融緩和が引き続き潤沢な水準にあることは、インフレがわれわれの目標に向け引き続き持続的に収束し、純資産買い入れの段階的な縮小後も維持されると確信を持つ根拠となっている」と、景気・物価見通しで強気の姿勢を示した。 こうした米国やユーロ圏の中央銀行とは実に対照的なのが、日銀である。6月15日に出された金融政策決定会合終了後の対外公表文で、消費者物価(除く生鮮食品)前年比についての現状認識は、「1%程度」から「0%台後半」に下方修正された。なんとか追加緩和に追い込まれないようにし、「粘り強い」現状維持でしのごうとしている日銀は、明らかに守勢に回っている。 冒頭で述べたように、米国の利上げ局面は終盤だと考えられる。2019年前半にかけて米利上げ「打ち止め」が市場のコンセンサスになる時、ドル円相場は100円ラインを突破するだろう。そうなれば、日銀は「ヘリコプターマネー」的な外形の追加緩和という円高阻止策発動を余儀なくされるだろうと、筆者は引き続き予想している。 上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト(写真は筆者提供) *上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。 ビジネス2018年6月19日 / 19:37 / 33分前更新 IFO、独経済成長予測を下方修正 「ユーロ危機2.0」を予測 1 分で読む
[ベルリン 19日 ロイター] - ドイツのIFO経済研究所は19日、今年と来年のドイツの経済成長率予測を大幅に下方修正した。年初の経済成長が低迷したことや世界経済のリスクの高まりが背景。 今年と来年の予測はともに1.8%。従来予想はそれぞれ2.6%、2.1%だった。 IFOのエコノミスト、ティモ・ボルマーショイザー氏は「今年最初の数カ月の国内経済は予想より大幅に弱かった」と指摘。「世界経済のリスクが大幅に高まった」との見方を示した。 IFOは、ドイツ経済の拡大は続くが、拡大ペースは鈍ると指摘している。 ドイツでは、今年1─4月の鉱工業活動と輸出が低迷したことに加え、米国と欧州連合(EU)の貿易摩擦が経済の不透明要因となっている。 イタリアでポピュリズム(大衆迎合主義)政党による連立政権が発足したことも、ドイツ企業の間で不安視されている。 ボルマーショイザー氏は「ドイツ経済の下振れリスクは大幅に増している」とし「ドイツ経済の利点を大幅に上回る2つのリスクがある。イタリアと貿易戦争を通じたユーロ危機2.0だ」と指摘した。 ドイツ企業の間では、米中の貿易摩擦で、両国への輸出に依存する輸出業者にも悪影響が及ぶのではないかとの懸念も出ている。 ボルマーショイザー氏は「ドイツにも悪影響を及ぼす貿易戦争が起きる可能性は、春時点に比べ高まっている」と述べた。
ドラギ総裁:初回利上げ時期決定は辛抱強い姿勢で、政策調整緩やかに Piotr Skolimowski、Alessandro Speciale、Carolynn Look 2018年6月19日 18:46 JST 保護主義の脅威やボラティリティーの高まり、原油値上がりがリスク インフレが目標水準に達する時期がさらに遠のいた様子はない 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は19日、利上げ開始まで時間をかける考えを明らかにした。ECBは少なくとも2019年夏の終わりまで金利を据え置く方針を示している。
ドラギECB総裁(ポルトガル・シントラで)出典:欧州中央銀行 総裁はポルトガルのシントラでECBが開催した年次フォーラムで講演し、「初回利上げ時期の決定について辛抱強い姿勢を維持し、その後の政策調整は段階的に行う」と表明した。「短期金融市場で現在見られている金利の期間構造が示唆する超短期の金利動向は、おおむねこの原則を反映している」と付け加えた。
ECBは先週、債券購入を今年末で終わらせる決定を発表したが、利上げは急がない姿勢を総裁発言があらためて示した。講演の中で総裁は、保護主義の脅威や市場ボラティリティーの高まり、原油値上がりなどユーロ圏経済が直面する一連のリスクを指摘した。 同時に、インフレ率がECBの目指す2%弱の水準に収れんすることに当局は自信を深めていると強調。「過去1年のインフレ収れんの道筋は安定していた。目標水準に達する時期がさらに遠のいた様子はない」と語った。 原題:Draghi Says ECB to Be Patient in Choosing Timing of First Hike(抜粋) 通貨ユーロ・ECB「政策正常化」の行方 利上げを阻む「4つのハードル」 上野泰也のエコノミック・ソナー 2018年6月19日(火) 上野 泰也 ポスト・ドラギの呼び声名高い、「タカ派」ドイツ連銀のバイトマン総裁(左)(写真:ロイター/アフロ)
証券化商品のバブル崩壊やギリシャなど周縁国の債務危機によって、ユーロ圏の経済・金融市場・金融システムが大きく揺さぶられる中で、ECB(欧州中央銀行)は量的緩和やマイナス金利といった非伝統的な金融政策を導入し、現在に至っている。 下限政策金利である中銀預金金利(預金ファシリティー金利)は▲0.4%。短期市場金利もマイナスになっている。このため、ユーロ圏の債券で日本の機関投資家が運用する場合の資金調達コスト(あるいは為替リスクをヘッジする際のコスト)はマイナスになっている(資金を借りると利息をもらえる状態ということ)。 「マイナス金利活用」が多い日本 ユーロ圏の代表的な債券であるドイツの10年物国債の利回りは1%を大きく下回るが、資金調達(ヘッジ)コスト部分でも利益が出るので、長短の金利差を得ることを狙った資金運用を行う場合、短期金利が利上げ継続で上昇してきている米国よりも、はるかに有利である。このため、ドイツ、フランスなどの国債を購入して運用している銀行や保険会社などが、日本ではかなり多い。 だが、ECBは金融政策の正常化に向けて、少しずつではあるが動いている。15年1月に導入された量的緩和(市場からの国債など金融資産の買い入れ)は、段階的に減額されてきており、今年の年末に停止されることが、6月14日の理事会で決定された。そこから一定のインターバル(おそらく半年程度)を置いた上で、ECBは政策金利引き上げに着手するとみられている。市場は19年半ば前後の利上げ開始を視野に入れて動いてきたが、6月の理事会でフォワードガイダンス(金融政策の先行きの運営方針)が示され、政策金利は「少なくとも19年夏まで現行水準で据え置く見通し」であるとされた。利上げは最速で19年9月だろう。 19年にはもう1つ、ECBの関連で非常に重要なイベントがある。総裁の交代である。10月31日に任期が満了するイタリア出身でハト派(金融緩和に前向きで金融引き締めに慎重な傾向の人物)のドラギ総裁の後任には、EU(欧州連合)の主要国による政治的駆け引きの経緯から考えて、タカ派(金融緩和に対する姿勢がハト派の逆)であるドイツ連銀のバイトマン総裁が就く可能性が高い。そのバイトマン総裁が先日、インタビューでタカ派の片鱗を見せた。 ドイツのメディアグループによるインタビュー内容をロイター通信が5月19日に転載したところによると、バイトマン総裁が、量的緩和は年内に終了するのが妥当であり、金融政策の正常化を不必要に先送りするべきではないとの見解を示しつつ、「ECBの最新の予測ではユーロ圏のインフレ率は20年に1.7%になる見込みだ」「私の見解では、この水準はわれわれの物価安定の定義と一致する」と述べた。 ECBによる物価安定の定義は、「2%未満だが2%に近い(below, but close to, 2%)」である。中期的に物価がこの水準に維持されるようにECBは努めている。上記の定義にあてはまる具体的な数字をECBは明示していないのだが、「1.7〜1.9%」を示しているという見方が、マーケットでは以前から一般的である。 したがって、3月時点のECBの経済予測で、20年のHICP(統合ベース消費者物価指数)の見通しが前年比+1.7%に据え置かれたことに関し、バイトマン総裁が、私見と断りつつも「物価安定の定義と一致する」と述べたこと自体に、さほど大きな違和感はない。 もっとも、ハト派のドラギECB総裁が以前にこの1.7%という数字に関して述べたことと比べると、やはりバイトマン独連銀総裁はタカ派だという印象が強くなる。 ドラギ総裁は16年12月のECB理事会終了後の記者会見で、その当時の19年のHICP見通しだった前年比+1.7%は「2%未満だが2%に近い」に沿っているかと記者から質問された際に、「そうでもない(not really)」と返答。1.7%という物価上昇の見通しが成り立つだけでは不十分であり、粘り強く金融緩和を続ける必要があるというニュアンスを帯びた発言をした。 ただし1年後、17年12月の記者会見で同様の質問がぶつけられた際に、ドラギ総裁はダイレクトに答えるのを避けつつ、重要なのは持続的で持続可能なインフレ率に向けた中期的な収れんの足取りの強さだ、と説明していた。 仮に、バイトマン氏が下馬評通りECB総裁に就任する場合でも、ECB理事会内でタカ派が急に多数派を形成するわけではない。コンセンサスを得ようとする中で、あえてタカ派的な主張をトーンダウンせざるを得ない場面もあるだろう。また、物価の上昇に加速感が出ていない点など、経済の実態もむろん足かせになる。 近づくドラギ時代の終焉 それでも、19年に入ってからは、「ドラギ時代の終焉」が近づいているという意識を市場参加者が抱く場面は、増えやすくなると考えられる。ドイツやフランスなどユーロ圏の国債相場は、下落方向で揺さぶられやすくなるだろう。 また短期金融市場では、時間の経過とともに、19年9月ごろと現在みられている1回目の利上げをまたぐことになるターム物の金利が強含みとなり、資金調達(ヘッジ)コストが徐々に高くなると見込まれる。長短金利差を享受する狙いのユーロ圏の債券への投資には、今年の年末までは安心感がかなりあるものの、19年に入ってからは慎重なポジション運営に切り替える必要があろう。 では、ECBは19年以降、何回利上げできるのだろうか。将来の経済・金融情勢の展開次第で結論が変わってくる話であり、現時点で確定的なことは言えないが、総裁がタカ派のバイトマン独連銀総裁に交代したECBが頑張って利上げを続けても、マイナス金利から脱却する(現在▲0.4%の中銀預金金利がゼロ%になる)あたりまででおそらく精一杯ではないかと、筆者はみている。そう考える根拠は、以下の4つである。 (1)サービス価格の上昇力が明らかに弱いこと ユーロ圏のHICP総合は5月速報で前年同月比+1.9%に水準を切り上げ、表面的にはECBの物価安定の定義に合致した。だが、コア(除くエネルギー・食品・アルコール・タバコ)は同+1.1%止まりで、原油価格の上昇に依存した総合ベースの伸び率に持続性はない。 また、HICPのベースラインの動きを示すものとして筆者が毎月注視している「サービス」は、イースターの日付のずれというカレンダー要因による振れを伴いつつも、上昇力は弱いままである(今年1〜5月の前年同月比は+1.24%、+1.28%。+1.49%、+1.03%、+1.61%で、平均すると+1.33%にすぎない)。 (2)米FRB(連邦準備理事会)の利上げサイクルから大幅に遅れていること 米国の利上げ開始は15年12月であり、すでに利上げ局面入りしてから約2年半が経過している。これに対し、ECBは量的緩和をまだ停止しておらず、利上げは最速でも19年半ばとみられている。 米国で金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)の参加者の中には、政策金利であるFF(フェデラルファンド)レートの誘導水準が中立金利に到達して19年中に米国の利上げが停止する可能性に言及する人(ハーカー・フィラデルフィア連銀総裁)や、利上げは即時停止すべきだと主張する人(ブラード・セントルイス連銀総裁)もいる。利上げ観測が強まって為替市場でユーロの騰勢が強まると、それは利上げに等しい引き締め効果を景気・物価に及ぼす。 そして、近い将来に米国の利上げ局面が終了してしまうと(筆者はそのように予想している)、ECBの利上げがユーロを上昇させる、そしてそれがユーロ圏の物価を押し下げる可能性は、それだけ高くなる。ユーロの値動きを、ECBは今後も神経質に注視するだろう。 (3)イタリア情勢という「火種」があること ユーロ圏ひいては世界全体の金融市場を揺るがしかねないリスク要因が、イタリアでこのほど発足した、ポピュリスト政党「五つ星運動」と右派「同盟」の連立政権である。この政権が掲げる財政拡張路線は、財政規律を重視する欧州通貨統合の基本理念と正面からぶつかり合う。 そうした政治的対立の中で、ユーロ圏からの事実上の離脱をイタリアが「ディール」の材料に用いる可能性も排除できない。この「リスクオフ」の材料が金融市場を大きく揺り動かす場合には、金融政策の正常化を目指すECBの動きは、停止せざるを得ないだろう。 (4)ユーロ圏の景気指標減速が4〜6月期に入っても続いていること ユーロ圏の製造業PMI(購買担当者指数)は、今年に入ってから5カ月連続で低下している。サービスのPMIも、2月から4カ月連続で低下しており、動きが非常によくない。1〜3月期の実質GDP(国内総生産)で確認されたユーロ圏の景気減速は一過性のものだという見方がなお支配的である。だが、5月にかけて上記指標の低下が続いていることで、ユーロ圏の景気回復の持続性に疑念が生じている。景気がもたつけば、利上げは難しくなる。 最後に、国際経済におけるユーロの地位は上がっているのか下がっているのかを、外貨準備の内訳から見ておきたい。結論から言えば、ユーロはどうやら「永遠の二番手」になりそうである。マーケットの世界に筆者が足を踏み入れた30年前も現在も、市場ではごく少数だが、「米ドル暴落(没落)説」を唱える向きがある。だが、IMF(国際通貨基金)が集計している世界の外貨準備の通貨別比率を見ると、「米ドル1強」にはまったくと言ってよいほど変わりがないことが確認される。 3月30日にIMFが公表した17年10〜12月期の外貨準備通貨別比率(通貨別内訳が判明している額に占めるシェア)は、@米ドル 62.70%、Aユーロ 20.15%、B日本円 4.89%、C英ポンド 4.54%、Dカナダドル 2.02%、Eオーストラリアドル 1.80%、F中国人民元 1.23%、Gスイスフラン 0.18%。これら以外の通貨が2.50%である<図1・図2>。 ■図1・図2: 世界各国の外貨準備 通貨別比率(通貨別内訳が判明している部分についてのシェア) 注:豪ドル・加ドルの個別集計データは12年10-12月期以降のみ、中国人民元については16年10-12月期以降のみ、データベースに記載 (出所)IMF やはり米ドルは強い 外貨準備に組み入れる動きが今年の初めにかけて目立ったのが中国人民元である。ドイツ連銀のドンブレト理事は今年1月15日、人民元の外貨準備組み入れを同行が決めたことを明らかにした。これより前、ECBが17年6月に5億ユーロ相当の米ドルを人民元に換えた。 ベルギーやスロバキアなど、欧州の他の国でも動きがある。また、今年5月の米トランプ政権によるイラン核合意離脱表明時には、中国がイランに原油輸入の人民元建て決済を要求する可能性が報じられた(ロイター)。だが、中国は人民元の対ドル相場を支えるために資本規制を実施するなど、取引自由化に逆行する動きも近年見せている。米ドルの地位を脅かす存在になる可能性は、現状小さい。 ユーロは、通貨統合発足当初は、米ドルに並ぶ基軸通貨に将来なる可能性があるかに思われた。だが、ギリシャに端を発した債務危機、財政面などの統合の遅れ、そして最近の南欧の政治情勢緊迫(イタリア、スペイン)に鑑みると、米ドルに並び立つ展望は全く開けていないと言わざるを得ない。全体の20%前後の維持で精一杯だろう。 日本円や英ポンドについては、あえて詳しく説明するまでもないだろう。 トランプ大統領という型破りの政治家が他の国々を困惑させているが、米ドルが基軸通貨として抜きん出た存在である時間帯は、この先も長い間続きそうである。 このコラムについて 上野泰也のエコノミック・ソナー 景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。
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