米中経済戦争でどれだけ失業者が出るか…ある経済団体の怖い試算 危険な通商政策の行方 町田 徹経済ジャーナリスト プロフィール シェア35ツイートブックマーク1 世界に暗い影を落としている 「貿易戦争をしかけたのはアメリカだ。中国は国益や経済のグローバル化、世界の貿易体制を守るために反撃せざるを得ない」――。先週土曜日(6月16日)の未明、中国外務省の陸慷・報道局長はこう述べて、アメリカへの報復を宣言した。トランプ大統領が5月に掲げた中国の知的財産権侵害に対する制裁の凍結方針を撤回して、500億ドル(約5兆5000億円)分の中国からの輸入品(1102品目)に25%の追加関税を課すと発表した直後のことだ。 アメリカによる対中制裁は「通商法301条」に基づく措置だ。トランプ大統領は先週金曜日(6月15日)の声明で制裁の正当性を主張したが、実際には、この一方的な措置はWTO(世界貿易機関)ルール違反である。というのは、WTOの紛争処理手続きを経なければ、制裁や報復といった措置を取ってはならないことになっているからだ。 トランプ大統領がなりふり構わず引き起こす貿易戦争は、地球規模で際限なくエスカレートするリスクがあり、世界経済の先行きばかりか世界平和の維持にも暗い影を差している。 許しがたい行為、だが… トランプ大統領は15日の声明で、「中国との貿易は非常に長期にわたって不公正な状態が続いており、これ以上の持続可能性がない。例えば、中国はアメリカの知的財産や技術を奪うため、いくつもの不公正な手段を用いている」などと述べ、今年3月に発動した「通商拡大法232条」に基づく鉄鋼・アルミニウムの輸入制限に続いて、「通商法301条」に基づく一方的な制裁に踏み切ることを正当化した。 そのうえで、中国が巨額の補助金を注ぎ込んでハイテク産業を育成しようとしている「メイドインチャイナ2025」戦略計画を名指しでやり玉に挙げた。この計画を将来の中国経済の成長をけん引する一方で、アメリカ経済の成長を損なう新興先端技術産業の支配戦略だと決めつけて、関係する製品を今回の25%の追加関税の対象に加えると言い放った。 25%の追加関税の対象品目は、光ファイバーや計測機器、電子部品、電子部品の製造装置、化学素材、産業機械、産業ロボット、鉄道関連製品といったハイテク製品を狙い撃ちにしたものとなっている。トランプ政権は制裁を2段階に分けて実施する方針で、第1弾として7月6日に340億ドル分の制裁関税を発動し、残り160億ドル分の発動時期は今後検討するという。 ちなみに、今回の「通商法301条」に基づく中国への制裁は500億ドル規模と、今年3月に発動した「通商拡大法232条」に基づく鉄鋼・アルミニウムの輸入制限の約30億ドル(約3100億円)分と比べてはるかに規模が大きい。 中国が知的財産権をないがしろにしたり、現地企業への出資規制と絡めて外資系企業に理不尽な技術移転を強いていたことは許し難い行為だ。 しかし、だからといって、中国に貿易慣行の是正を図る狙いで構築してきたTPP(環太平洋経済連携協定)から一方的に離脱したうえ、中国だけでなく、日本、EU(欧州連合)、カナダ、メキシコといった同盟諸国にまで、WTOルールを無視して制裁を掲げるトランプ政権の立ち居振る舞いを国際社会が容認する道理はない。 どっちが悪いかと言えば… 二転三転 しかも、対中政策を巡って、ここまで、トランプ政権の姿勢が二転三転してきたことも周知の事実だ。ムニューシン財務長官と劉鶴副首相が、5月半ばにワシントンで開いた2回目の閣僚協議の際には「当面、制裁関税をお互いにかけない」ことで合意し、両閣僚がテレビカメラの前で「休戦」を発表した。 ところが、中国通信機器大手のZTEに対する制裁解除交渉を巡って、米議会や世論から交渉姿勢が弱腰だとの批判にさらされると、雲行きがおかしくなった。トランプ大統領が5月末、「6月15日までに制裁関税候補を公表する」と発言し、ちゃぶ台返しの挙に出たのだ。こうした姿勢は中国だけでなく各国のトランプ政権に対する不信感を増幅している。 中国政府が発表した報復策は、アメリカ産の大豆や牛肉、豚肉、マグロ、自動車、エネルギーなど659品目に25%の追加関税をかけるというものだ。 対象額はアメリカによる制裁と同額の約500億ドル分で、やはり7月6日に第1弾として約340億ドル分(対象545品目)を発動する。この中で、アメリカ産の大豆はその輸出先の6割を中国が占めており、アメリカの農家にとって大きな打撃になるとみられている。第2段階になると、原油、天然ガス、石炭などのエネルギー関連製品のほか、エチレンなど化学物質や医療器具が含まれる。 トランプ大統領の一方的な制裁を掲げてアメリカの貿易赤字削減を相手国に迫る外交姿勢は、とどまるところを知らない。 これまでの経緯を見ても、今年3月には、「通商拡大法232条」に基づいて、日本や中国、ロシア産の鉄鋼とアルミニウムに対する輸入制限を発動し、中国とロシアがすかさず報復に踏み切った。煮え切らないが、日本もWTO提訴を検討している。 同じ鉄鋼とアルミニウムの輸入制限の猶予措置を打ち切られたEU(欧州連合)やカナダ、メキシコも対抗上、報復関税を7月から実施する決定をくだした。 加えて今回、アメリカの「通商法301条」に基づく措置をきっかけに中国との間で新たな制裁合戦が勃発したことで、世界1、2位の経済大国同士の「貿易戦争」が泥沼の様相を呈してきた。 懸念されるのは、トランプ大統領がここへきて、「中国が報復措置に出れば、さらに追加関税を課す」と圧力をかけ、同政権が、さらに制裁関税を1000億ドル分積み増す検討に入ったとされていることだ。米商務省の貿易統計によると、2017年のアメリカの対中貿易赤字は3756億ドル(約41兆円)と全体の半分近くを占めているが、中国からの輸入が5055億ドルに達するのに対し、中国への輸出は1299」億ドルしかない。 予想される失業者の数は… 貿易戦争で失業者60万人 もし、トランプ政権がこれまで2回の制裁に加えて1000億ドル規模の制裁をすると、中国には同等の報復関税をかけるだけのアメリカからの輸入がなく、別の形の報復策を講じざるを得ない事態に直面する懸念があるのだ。 残念なことに、アメリカ政府は、「通商法301条」に基づく制裁に中国が報復した場合の追加制裁措置だけでなく、日本やEUの主要輸出品である自動車を「通商拡大法232条」に基づく新たな輸入制限の対象とすることや、中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)への制裁、中国企業による対米投資の制限措置導入などの検討も進めていると報じられている。 トランプ氏が今年11月に迫った中間選挙だけでなく、早くも2020年の大統領選挙を視野に入れて再選を目指して、自身の支持基盤にアピールする外交姿勢をとっているとすれば、こうした通商政策はいずれ実現する可能性がある。 トランプ政権の中国への新たな制裁実施が伝えられた15日のアメリカ株式市場は、中国の報復措置の発表前にもかかわらず、貿易戦争の泥沼化を懸念して、一時、ダウ工業株30種平均の下げ幅が前日比で280ドル(1%)を超える場面もあった。 OECD(経済協力開発機構)は米、欧、中の関税引き上げで貿易コストが1割上昇すれば、世界のGDPが1.4%下振れするとの予測を公表した。 アメリカの経済団体には、米、欧、中による貿易戦争がアメリカで60万人を超す失業者を生むとの非公式の試算もあるという。 トランプ大統領の指名でFEB(連邦準備理事会)議長に就いたパウエル氏でさえ、今年2回目の利上げを決めた先週水曜日(6月13日)のFOMC(連邦公開市場委員会)後の記者会見で、「今のところ貿易政策による数字上の影響はみられないが、FOMC内にはその不安が高まっているとの声があった」とトランプ政権の強硬な通商政策に対してストレートに懸念を表明したという。 大恐慌が第2次世界大戦勃発の遠因になったように、経済や通商の混乱は国家間の軋轢を生み易い。我々は、中間選挙に向けてアメリカの有権者に危機感の共有を働き掛けていく必要がありそうだ。 ラジオNIKKEI第1(オンデマンド配信あり)で、4月から町田徹さんのニュース番組が週2回に増枠です!
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