辞めるまで続くだろうhttp://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索) JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(日本時間の毎週火曜日朝発 行)もお読みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第765回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2018年4月13日、「13日の金曜日」の東部時間午後9時、トランプ大統領 は緊急会見を行って、シリアのアサド政権に対する攻撃命令を下したと発表しました。 1時間後の午後10時には、国防総省でマティス国防長官とジョセフ・ダンフォード 統合参謀本部議長(海兵隊)が会見し、攻撃は完了したとしています。 本稿の時点では、この攻撃に反発したロシアが安保理で攻撃への非難決議を行おう として、否決されたというニュースがありましたが、それ以上の動きはありません。 ちなみに、13日夜の会見については、トランプ大統領は「今後も続ける」ような言 い方をしていた一方で、マティス国防長官は「一回限り」としており、政権内に分裂 のあるような印象を与えていました。ですが、14日の時点では大統領からも「これ で終わり」という発言があり、分裂ということではないようです。 いずれにしても、奇妙な、そして異例づくめの「攻撃」でした。化学兵器の使用が 疑われ、それに対する懲罰ニュアンスの空爆が行われたということでは、2017年 4月にも同様の攻撃がありましたが、あの時点ではまだ「反アサド勢力」は抵抗を続 けていました。また、アメリカはシリア領内におけるクルド勢力の支援、少なくとも トルコ軍との間の「引き離し」は行っていました。また、ISISとの対決も続いて いたわけです。 ですが、その後、トランプのアメリカは「反アサド勢力」には特別な支援をしたわ けではありませんし(その中のアルカイダ系との区別ができないという理由で)、ま たクルド系に対しては徐々に「見放す」姿勢に転じています。ISISに関しては、 少なくともシリアでの拠点ラッカは陥落しました。そんな中、東グータ地区での反政 府勢力の組織的抵抗は終わっています。 ですから、今回の攻撃というのは、アメリカとしては「支援する勢力」もなければ 「ISISのように少なくとも交戦し敵対する勢力」もありません。従って、純粋に アサド政権に対する懲罰という意味しかありません。この点が、2017年4月の空 爆とは背景が異なります。また、2017年に関してはサリンの使用ということが、 かなり濃厚であったわけですが、今回は恐らくは塩素ガスの使用だろうという中での 攻撃となりました。 では、一体何のために大統領は攻撃命令を出したのでしょうか。表面的には化学兵 器を含む大量破壊兵器を「使わせない」ために、「使ったら懲罰する」という「レッ ドライン」を明確にするためという「大義」が掲げられています。また、このことは、 北朝鮮に対する「核武装を許さない」というメッセージにもなる、そのような好意的 解釈も全く出来ないというわけではありません。 ですが、その奥には2つの目的があると考えられます。 1つは、自分は「ロシアと癒着している」とか「ロシアに弱みを握られている」と いう疑惑の目を向けられ、実際に自分の政権の周辺や顧問弁護士、選対メンバーなど が特別検察官の捜査を受けているわけです。この点に関して、「それは違う」という ことを「自分はロシアと敵対できる」という行動によって証明したいという動機です。 もう1つは、仮にこの攻撃がなければ、恐らくこの週末にはメディアを通じてある 一つの言葉が「一人歩きを始める」可能性があったと思われます。その「一つの言葉」 を少なくとも、この週末の48時間は社会から封じるため、そのような不純な動機も 指摘できると思います。 その「一つの言葉」というのは「弾劾(インピーチメント)」という言葉です。 2017年1月の就任以来、いや2016年11月に大統領選に当選して以来、ト ランプ大統領という存在に対しては激しい反発がありました。支持率も終始50%を 切っており、40%前後で推移していますし、不支持という意思表明をした人の比率、 すなわち「不支持率」は50%を常に超えています。 また、ロシア疑惑から下半身の問題に至るまで、スキャンダルには事欠かないです し、政治的にもツイートを使った「過激なパフォーマンス」は常に批判を浴びていま す。特に、今回の唐突な通商保護政策の表明には、市場も反応して乱高下を喚起しま した。 ですから、アメリカ人の、あるいはアメリカの世論の中には「大統領には早く辞め て欲しい」という気持ちはあるし、恐らくホンネの部分ではその声は50%を超えて いると思います。 そうではあるのですが、これまでは「大統領をクビにする」つまり「弾劾(インピ ーチメント)」という言葉がメディアで使われることは稀でした。誰もが思っている のに口には出さないという一種のタブー感があったのです。ただ、そのタブー感には 複雑な屈折があるというよりは、幾つかの思いが重なっていたように思います。 一つは、何と言っても合衆国大統領という存在の重みです。反対派にしてみれば 「大統領としては不適格」であり「認めたくない」存在という実感は確かかもしれま せんが、少なくとも過半数の票を獲得して、憲法の定めるところによって就任した大 統領を「取り除く」というのは「余程のこと」だという感覚はあったと思います。 また、過去の例との比較という問題もあるでしょう。大統領が実際に弾劾手続きに 乗せられて、最後まで行かなかったものの、途中で辞任に追い込まれた例としては、 1972年に発生し73年から74年にかけて本格的に発覚したウォーターゲート事 件があるわけです。 この時のニクソンに関して言えば、ドル防衛やベトナム和平、米中国交など大きな 政治的成果を挙げており、事件発覚前は圧倒的な大差で再選された大統領でした。そ の同一人物が「実は民主党本部に忍び込んで盗聴」するという「コソ泥のような行為 を指示」しており、それを「コソ泥レベルの」工作でもみ消そうとしていたこと、そ の過程で「信じられないような嘘」が露見するショック、「大統領にあるまじき」下 品な会話の録音発覚など、虚像と実像の間の巨大な落差が発生したわけです。そのイ ンパクトは激しいものがあり、最終的には与党共和党からも完全に見放された格好に なりましたし、世論の見方も厳しいことになりました。 更に新しいところでは、1998年に起きた「モニカ疑惑」問題があります。この 時のビル・クリントンの場合は、大統領執務室における不倫行為という、極めて「破 廉恥」な事件で告発を受けたわけですが、やはり「嘘をついていた」ということが問 題になっています。98年と言えば、グローバル経済における成功でアメリカ経済が 絶好調の時期であり、大統領への信頼も高かったのですが、その大統領が「恥ずかし いこと」をしており、しかも「堂々と偽証していた」ということのインパクトは大き なものがありました。 尚、弾劾の手続きとしては、ニクソンの場合は、(1)下院司法委員会での弾劾勧 告、(2)これを受けての下院本会議での決議による事実上の起訴、(3)下院決議 を受けての上院における弾劾裁判という3段階の中で(1)が成立した時点で辞任し ています。一方のクリントンの場合は、(1)だけでなく(2)も成立し、(3)の 段階で辛うじて「3分の2には達しない」結果となって弾劾を免れたのでした。 この2大事件と比較すると、現時点でのトランプ大統領の立ち位置は異なります。 まず、一つ一つのスキャンダルが小粒だということもありますが、それ以前に、根本 的な違いがあると言えます。それはニクソンやクリントンを追い詰めた「品格の崩壊」 と「虚偽の露見」という落差が構造的に「発生しにくい」ということです。 どういうことかと言いますと、支持派であろうが反対派であろうが、「ドナルド・ トランプ」には「品格」も「真実」も期待していないという大前提があるわけです。 勿論、反対派からすれば「品格がなく、虚偽を口にする」トランプというのは許し難 い存在であるわけですが、支持派からすれば「偉そうな高学歴の政財界要人」こそ自 分たちの敵であり、大統領の「品格のなさ」はそれ自体が正義という感覚があるわけ です。そこには、根深い国家の分裂という問題があり、その分裂を前提にすることで 「虚偽もまたもう一つの真実」という相対性と政治性が成立してしまっています。 いずれにしても、それを「是とするか非とするか」は別として、トランプという人 には「誰も品格を期待していない」し、同時にトランプの発言には「唯一の普遍的か つ本当の真実」というのも「誰も期待していない」のです。 ですから、いくらトランプの「品格」や「虚偽」を問題にしても、「多少のこと」 では世論はビクとも動かないわけであり、例えば「通商戦争」や「ロシア疑惑の深化」 更には「不倫もみ消し疑惑」などが大きな話題になる中でも、支持率は40%を大き くは割らないという構造があるわけです。 もう一つ、「弾劾」という言葉が憚られる理由としては、先ほどの3つの弾劾プロ セスを進めるには、大前提として(1)と(2)を成立させなくてはならないわけで すが、そのどちらも、下院の過半数が必要ということです。つまり(1)の下院司法 委員会での勧告決議を通すためには、司法委員会の人数割りで過半数を抑えなくては なりませんが、そのためにも下院本会議での過半数が事実上必要になるわけです。 現時点では、共和党は下院の絶対的過半数を擁しています。定員435(欠員5) で、共和党が237、民主党が193ですから、その差は圧倒的です。そして、下院 の選挙区というのは、「現職有利」に地盤割がされており、これを逆転するのは困難 と言われていました。ですから、この2月頃までは、2018年11月の中間選挙に おける下院の「逆転」はほぼ不可能と言われていたのです。そうなると、民主党とし ては弾劾を口にしても「虚しい遠吠え」のようなものでした。そんな中で、「弾劾 (インピーチメント)」という言葉は事実上タブーになっていました。 ですが、どうも先週の半ばぐらいから、その風向きが変わってきたのを感じます。 その変化というのは、まだ微妙なものであり、決定的なターニングポイントは来て いないのかもしれません。ですが、同時に、3月までとは明らかに違う「政治的な景 色」になっているのもまた事実なのです。 例えばですが、先週4月20日の火曜日に、ホワイトハウスの定例記者会見で、C NNのエイプリル・ライアンという記者が「一連の混乱を受けて大統領が辞任する可 能性はあるか?」という質問をして、セラ・サンダース報道官が「馬鹿馬鹿しい質問」 と即座に「却下」したという事件がありました。この時は、漠然ではありますが「唐 突な質問」というニュアンスがまだあったのです。 ですが、その後、このライアン記者に「殺害予告」のような脅迫があり、ライアン 記者はそれをFBIに訴えという流れになったのですが、そのような中で「辞任する のか?」という質問には、何らかの意味が出て来ている、そんな感じもあるのです。 先週は、ミズーリ州の知事弾劾の可能性も話題になりました。ミズーリ州のグレイ テンズ知事(共和)は、「不倫相手に対して不倫の事実を後悔したらヌード写真をバ ラまく」という脅迫を行なった容疑で、この2月に起訴されています。ですが、グレ イテンズ知事は「これは政治的な魔女狩りだ」として一切を否認しています。 知事としては、トランプ大統領を真似て「居直り」を続ければ事実関係を「政治的 な敵味方の論理」にズラす事ができる、そんな計算のようなのですが、州議会の議員 たちはかなりカンカンになっており、共和党側からも「辞任しないのなら弾劾するし かない」という声が出ています。このグレイテンズ知事の「弾劾の可能性」という問 題が、先週は何度もニュースで取り上げられる中、それが「トランプ弾劾」の可能性 とダブって見え始めているという感触もあります。 そのように、空気が変わって来たのには、いくつか理由があります。一つは、何と 言っても連邦下院の選挙情勢の変化です。まず、3月13日に行われたペンシルベニ ア19区の補欠選挙で、あり得ないと言われた民主党の勝利が全米に衝撃を与える中 で、改めて選挙情勢の変化が浮き彫りになりました。 磐石と思われた下院における共和党の「過半数確保」がジリジリと崩壊しつつある のです。それは、共和党の票が民主党に流れ始めたということもありますが、共和党 下院議員の「不出馬ドミノ」が起きているということもあります。 極め付けは先週発表になった「ライアン下院議長の中間選挙不出馬」という宣言で す。家庭の事情というのが理由で、それはそれで根拠のない話でもないのですが、4 8歳の働き盛りの政治家が突如選挙に出ないというのは、相当なことです。議会共和 党のリーダーとして敗北の責任を取りたくない、自分の小さな政府論と「減税+軍拡」 に加担した事実に引き裂かれた、共和党内の左右対立をまとめ切れない、などの理由 が考えられますが、一番の原因はトランプ政権の気まぐれにこれ以上「振り回された くない」ということだと思います。 そんな中で、ロシア疑惑を捜査しているムラー特別検察官の動き、またこれに同調 して動いているFBIの捜査の動きも活発化しています。特に、先週からこの週末に かけて話題になっているのは、マイケル・コーエンというトランプの個人弁護士が司 直の手によって厳しい追及を受けているという問題です。 また、今週の火曜日、17日にはトランプがクビにした前FBI長官のジム・コミ ー氏の回顧録『より高きものへの忠誠』が発売になります。この本は、タイトルから して「大統領ではなく、より高いものとしての倫理や国家への忠誠を誓う」という極 めて挑発的なものですが、大統領への露骨なまでの批判に溢れた本として、評判にな っていました。シリアへの空爆は、この「コミー暴露本」のことが週末の話題になる のを「上書き」するという狙いもあるでしょう。 現在進んでいる「特別検察官+FBI」の捜査というのは、一時期のロシアと経済 的に癒着した側近の告発という段階を超えて、大統領本人に迫ろうとしています。そ のストーリーは、どうやら次のような流れのようです。 まず「大統領は多くの女性と不倫し、そのことを顧問弁護士のコーエンなどが金や 恐喝で口封じしてきた」ことを確実に立証しようとしています。その一方で、「20 13年にロシアでも売春婦を大勢呼んだり破廉恥な行為を行っており、その映像など をロシア当局に押さえられて脅迫を受けている」ということの立証作業も続いている ようです。 ですが最大の問題は、大統領の積極的支持派は、トランプの「女性に対するだらし なさ」にしても「手段を選ばない豪快な生き方」にしても、「アンチ・エスタブリッ シュメント」の象徴として「だからこそ庶民の味方」的な屈折した支持を与えている という問題です。ですから、捜査側としては反対派だけでなく、少なくとも中間派の 世論に対しては「大統領はやはりひどい人物だった、裏切られた」と思われるような 暴露をしなくてはならないわけです。 その意味で、捜査は徹底を極め、いよいよ佳境を迎えているわけですが、反対にそ のような捜査の対象となっているトランプの側としては、「政治的な陰謀」とか「魔 女狩り」だという非常に強い反発になるわけです。一部の報道によれば、その反発が 「ムラー特別検察官を何とかして解雇したい」という執念になっている、そのために はムラー氏の任命権者であるロッド・ローゼンスタイン司法副長官を辞めさせたいと いう意向が見え隠れしていると言われています。 仮にローゼンスタインを辞めさせて、トランプ派の代理なり後任を立てることがで きれば、ムラー特別検察官の解雇ができるというわけです。(セッションズ司法長官 は、自分は選挙運動に関与しており利害関係があるので、特別検察官の任命権者であ ることを回避しています) ですが、まさにウォーターゲートの際のニクソンがそうであったように、この「特 別検察官の解雇」というのは、自分を含めた行政府を捜査する存在の「独立性」を否 定する行為になります。つまり、合衆国大統領が憲法による行政府への牽制を否定す る、つまり憲政の危機を到来させる行為に他なりません。ニクソンはその禁じ手に走 ることで、自滅して行きましたが、トランプの場合も同様であると言われています。 そのローゼンスタインに関する人事問題も、この週末には極めてホットな話題にな っていました。そして、大統領としては、TVニュースや新聞、ネット、そして人々 の口を通じてこの「ローゼンスタイン問題」が語られるのも、大いに嫌がっていたに 違いありません。 ちなみに、ローゼンスタイン氏自身は、司法省の倫理委員会に出頭して、「自分が ムラーの任命権者であることに、法的な利害対立関係のないこと」を証明しようと動 いたようです。ということは、万が一自分が解雇された場合に、それ自体が憲政の危 機になるように、厳重な予防線を張ったという理解が可能です。 いずれにしても、この週末、本来であれば「ライアン不出馬=下院過半数喪失の可 能性」「顧問弁護士への捜査=トランプの不倫口封じ問題進展」「コミー回顧録出版 =ローゼンスタイン解雇問題=憲政の危機」という3点セットが、ニュースメディア には溢れるはずでした。 そして、そのことは「弾劾(インピーチメント)」という言葉を一気にタブーから 解き放つことになったかもしれません。残念ですが、それを避けるというのが、今回 シリア空爆へ踏み切った最大の動機であると思われます。そして、仮にそうであれば、 そのこと自体がこの政権が既に末期的状況を呈してきたことを示しています。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ消えたか〜オ ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュ ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名 門大学の合格基準』『「反米」日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア メリカ 共和党のアメリカ』など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュ ラーを務める。 近著は『予言するアメリカ 事件と映画にみる超大国の未来』(朝日新書) http://mag.jmm.co.jp/39/13/300/148670
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