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MRJは“安定飛行”に進めるか、激変中の世界の競争環境を読む
http://diamond.jp/articles/-/165732
2018.4.3 新井美江子(週刊ダイヤモンド編集部)
三菱重工業が直面する、最大にして最難関の課題。それが、すでに5000億円という巨額の開発費を投じるMRJの“安定飛行”だ。連載最終回では、MRJ事業の収益化への道に横たわる難題について追う。 (「週刊ダイヤモンド」編集部 新井美江子)
2016年11月より、MRJは宮永俊一・三菱重工業社長の直轄事業になっている Photo:Bloomberg/Gettyimages
三菱重工業グループ戦略推進室戦略企画部──。この、宮永俊一・三菱重工社長の改革を円滑に遂行させるための究極のリスクヘッジ部隊が、昨年12月を境ににわかに騒がしくなっている。
航空機メーカー界の二大巨頭の一つである米ボーイングと、リージョナルジェット大手のブラジル・エンブラエルとの提携交渉が明らかになったからだ。エンブラエルは、三菱重工傘下の三菱航空機が開発する国産初のジェット旅客機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の最大のライバル機を開発している。
両社の提携次第では、MRJ事業の収益化への道筋が変わる。それだけに、戦略企画部は目下のところ、持てる情報と知恵をフル活用し、MRJ事業の今後の在り方について議論しているところだ。
三菱重工の技術力を生かし、自社、ひいては日本の収益の柱になる事業を確立する──。MRJの開発は、こうした壮大な夢を乗せて2008年にスタートした。だがスケジュールは遅れに遅れ、MRJの初号機納入の時期は当初の目標から実に5度、7年も後ろにずれ込んでいる(下図参照)。
宮永社長が「際立って難しい製品であることは間違いない」と言うように、民間機のゼロからの開発が一筋縄ではいかないことは紛れもない事実である。部品点数だけでも、MRJのそれは一般的な自動車の約30倍にも上るのだ。
しかし、理由はそればかりではない。MRJ事業には、三菱重工が直面している構造的な課題が凝縮されている。まず、過去の実績への過信と、グローバルで有利に戦うための交渉力不足があった。大損失を計上した大型客船を受注したときと同じである。
同様に、性能が高く技術的に優れているものを造ることは得意でも、安全性や製品へのニーズを追求する過程で起こる諸問題や設計変更への対処が不得手だった。
要は、プロジェクトマネジメント能力の欠如だ。機体を市場投入する際に必須の「型式証明」と呼ばれる“安全性に関するお墨付き”の取得にてこずってきたというのが、それを如実に表している。
現場でさみだれ式に発生する課題について、何から、どう手を付けるべきかなかなか判断を下せない。しかも、その現実を打破するためのてこ入れ策が甘いから、開発はどんどん遅れていく……。
この状況を前に宮永社長の堪忍袋の緒が切れたのが16年11月のことだった。MRJを自身の直轄事業とする荒療治に着手したのだ。
これを機に人員体制の抜本改革を断行。日本人社員に任せていてはいつまでたっても型式証明は取得できないと、外国人のエキスパートを大量採用し、要職に就けて開発を進める方向にかじを切った。
「何をすべきか分かっている外国人と直接やりとりできるようになったから、話が速く進むようになった」。型式証明の発行元となる国土交通省航空局のある関係者も、ほっと胸をなで下ろす。
事業開始から8年半。宮永社長主導でようやく課題の抽出や、それを解決する適切なプロジェクトチームの設置が可能となり、三菱航空機の組織が回り始めたわけだ。
競合の提携交渉は有害か無害か
宮永社長が気長に日本人社員のレベルアップを待っていられなかったのも無理はない。開発遅延により失った三菱重工の信用を取り戻すのは容易ではない。
開発費が5000億円に膨れ上がっている上に、MRJ最大の売りだったはずの「燃費性能の高さ」もかすんでしまった。MRJと同じ最新鋭のエンジンを搭載するエンブラエルのライバル機の投入時期が、MRJの投入時期の約1年後に迫ってしまったのだ。
さらに深刻なのは、気付けば世界の競争環境が激変しようとしていることだ。それが前述したボーイングとエンブラエルの提携交渉である(下図参照)。
現在、両社は民間機部門のみの共同出資会社の設立などを検討しているもようだが、両社の交渉スタートにはトリガーがあった。昨年10月にボーイングの永遠のライバルである欧州エアバスと、エンブラエルに並ぶリージョナルジェット大手のカナダ・ボンバルディアの接近が決定的となったことだ。
これが座席数100席未満のリージョナルジェットをめぐる蜜月なら、ボーイングも黙視したかもしれない。だが実際には、エアバスはボーイングの製品ラインアップと重複するボンバルディアの新型小型機「Cシリーズ」の事業会社への資本参加を決めた。
この出資により「座席数100席超の品ぞろえを拡充できるエアバスに対抗し、ボーイングはエンブラエルとの提携に動いている」(水谷久和・三菱航空機社長)。これが三菱重工側の見立てだ。つまり、機体単価も客筋も違う座席数100席未満のMRJへの影響は考えにくいのだという。
しかし、この言葉を額面通りに受け取るわけにはいかない。三菱重工社内にも三菱航空機社内にも、「MRJの早期収益化のためには、将来的にはより大型の機体(座席数100席超)の開発を目指す必要がある」(三菱重工関係者)という共通認識が根強くあるからだ。
そして100席超への参入の最短ルートこそボーイングとの提携締結なのだ。ボーイング向けの開発・製造を請け負うOEMメーカーとして成長戦略を描けるからだ。
ある航空業界関係者によれば、「エンブラエルの飛行機は設計が古いが、MRJの設計は最新だから、ボーイングは共同開発するなら三菱航空機と組んだ方が技術的には得なはずだ」という。
ならばMRJを引っ提げてボーイングに横恋慕すればいいはずだが、ここで立ちはだかるのが開発遅れだ。「ボーイングにアピールしようにも、型式証明も取れていない『幻の飛行機』では交渉のテーブルにすら着きようがない」(三菱重工幹部)。
この最悪の乱気流をどう乗り切るか。いまや航空機産業を所管する経済産業省をも巻き込み、せっせと対応策が練られている。
一縷の望みはスコープクローズ
むろん、新興国での需要増加を見据えれば、ボーイングとエンブラエルとの提携範囲がリージョナルジェットにまで及ぶ恐れも捨て切れない。そうなれば、将来のボーイングとの提携可能性が低くなるだけではなく、MRJのビジネス自体が劣勢に立たされてしまう。
ただ、両社の提携範囲が限定的なものにとどまれば、MRJが勝利する余地はある。MRJとそのライバル機であるエンブラエルの「E175-E2」には、どちらも一長一短があるからだ。
MRJは前述の通り、搭載エンジンの相対的なメリットが薄れてもなお、燃費性能に優位性がある。対するE175-E2は、古い設計の機体にエンジンだけ最新鋭のものを搭載しているにすぎない半面、エンブラエル自体にリージョナルジェットの量産実績があり、絶大な安心感がある。
一縷の望みがあるとすれば「スコープクローズ」。米国における大手航空会社とパイロット組合の労使協定に盛り込まれた条項だ。
リージョナルジェットを運航する航空会社は、大手航空会社から受託運航することも多い。そのためリージョナルジェットには大手航空会社のパイロットの職を奪わぬよう座席数や重量に制限が設けられているのだが、この緩和が遅れている。このままだと、90席クラスの「MRJ90」とE175-E2は米国での運航が難しくなる。
幸いなことに、三菱航空機は70席クラスの「MRJ70」も開発中だ。これに対抗する機体の開発予定がないエンブラエルはすでに、「重量オーバーのまま座席数だけ減らして折り合いをつける方向で、パイロット組合と交渉を始めている」(別の三菱重工幹部)というものの、交渉が決裂した場合はMRJが一気に優勢となる。
総合商社かトヨタか 資本増強の有力候補
MRJがエンブラエルよりも優位に立てるかどうか。MRJの競争力の有無は、三菱航空機の資本政策にも影響する。開発費がかさむ三菱航空機は17年3月期時点で510億円の債務超過に陥っており、資金の手当てが不可欠なのだ。
型式証明を取得できたところで、MRJにはまだまだ金が掛かる。カスタマーサポート体制を確立する必要もあれば、新型機に付きもののトラブルにも対応していかなければならない。「事によると数千億円必要。さすがに全てのリスクを三菱重工一社で負うことはできない」(前出の三菱重工幹部)。
三菱航空機の株主の中では、三菱商事などの商社はMRJが優勢ならば一枚かんでおこうと色気を出す公算が大きい。
未来を見据えれば、トヨタ自動車による増資もあり得る。「空飛ぶタクシーじゃないですが、陸と空のモビリティーは今後大きく変わると思いますから。そのときがチャンスだと思っているんですよ」。宮永社長がこう語るように、MRJの開発ノウハウは未来のモビリティー開発に役立ち得るのだ。
MRJは、三菱重工が今後の成長戦略を描けるかどうかの試金石となる事業だ。MRJが難局を乗り切り、安定的な収益源となるためには、三つの力の合わせ技が求められる。多段階にわたるサプライヤーをまとめ上げる統率力。大規模プロジェクトを工程ごとに管理するマネジメント能力。そして、世界のトップ企業や政府・当局と渡り合える交渉力である。
これらは三菱重工の大問題である火力発電事業や商船事業はもちろん、その他の全事業のグローバル競争力をも決める。世界で戦い抜けるよう、組織を抜本的に改革する。宮永社長による改革の最終目標は道半ばだ。三つの力を磨き、内弁慶体質を返上できるか。宮永社長の最後の戦いが始まった。
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