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米・北朝鮮間で軍事衝突が起こり得る5つの理由
http://diamond.jp/articles/-/139494
2017.8.23 田中 均:日本総合研究所国際戦略研究所理事長
米朝の軍事衝突を否定できないのには5つの理由がある。
北朝鮮という国と米国という国の歴史的成り立ちに起因する面もあるが、同時に金正恩第一書記とトランプ大統領を取り巻く内外の環境に起因するところも大きい。
問題の根源は北朝鮮にあることは疑いの余地はないが、日本を含め東アジア地域にとって深刻な犠牲を強いる軍事衝突は何としても避けなければいけない。
このためには、北朝鮮への制裁措置を実効性のあるものとしつつ、主要国と現状認識を共有し、問題解決のための外交を始動させなければならない。
現在ほど米朝対決リスクが
高い時期はかつてない
米韓合同軍事演習も始まり、北朝鮮核・ミサイル問題を巡り再び緊迫を高めている。米朝間のやり取りは今後とも起伏があろうが、軍事衝突が起きる潜在的な危険は間違いなく存在している。
韓国の文大統領は8.15解放記念日(光復節)の演説で「朝鮮半島で二度と戦争があってはならない。誰も韓国の同意なく軍事行動を決定することはできない」と述べたが、日本も同じ立場にあるはずである。
軍事行動のコストは日本にとっては大き過ぎるし、もし軍事行動がとられれば、当然、日本にある米軍基地も巻き込まれるわけで、日米安保条約の事前協議の対象となる。
日本政府は弱腰ととられることを嫌うのか、「圧力が必要」「対話のための対話は意味がない」といった発言を前面に出し、真正面から交渉による解決を呼びかけるといったことはないように見受けられる。もちろん、圧力は緩めてはならないし、とりわけ中国は国連安保理で同意した制裁措置を厳格に実行していかなければならない。
しかし、同時に日本にとって大きな犠牲を伴う朝鮮半島の戦争があってよいはずはなく、日本の外交は問題の平和的解決に向けて傍観者ではなく当事者として機能しなければならない。
筆者は安保問題や経済問題で長年米国と交渉した経験を持ち、北朝鮮とも厳しい交渉を長い間続けた。その経験から考えると、現在ほど米朝対決のリスクが高い時期はない。米朝の計算違いによる軍事衝突の可能性は低くないからだ。
そのことを日本を含む関係国は理解しなければならない。「5つの理由」をあげたいと思う。
お互い理解していない
「米国の本質」と「北朝鮮の心理」
米朝間の軍事衝突が否定できない理由の一つは、北朝鮮が「米国の本質」を理解していないことだ。
米国は自国の安全が直接、脅かされていると認識した時はこれまでも、毅然とした対応をとってきた。日本軍の真珠湾攻撃が米国を太平洋戦争に駆り立てた。9.11同時多発テロは「ならず者国家は先制攻撃をもってでも撃つべし」といういわゆる「ネオコン」の主張に基づき、テロとの戦いやイラク戦争に米国を駆り立てた。
北朝鮮は米国に届く「核ミサイル」は攻撃されないための抑止力として自国の安全を担保するための最善の手段と考えているのかもしれないが、これは大きな間違いである。全く逆といってもよいかもしれない。北朝鮮が米国本土を射程に収めるICBM(大陸間弾道弾)を持ち、核弾頭の小型化に成功すれば、米国による北朝鮮攻撃の蓋然性は増すことを北朝鮮は知るべきだ。
米国本土が北朝鮮の核攻撃のターゲットになり得るという状況を米国が許容するはずもない。北朝鮮の核施設を取り除くための米国の攻撃は仮借ないものとなるだろう。グアム周辺に4発のミサイルを撃つという北朝鮮の計画が、かくも強いトランプ大統領の反発を引き起こしている背景である。
二つ目は、米国も「北朝鮮の心理」を理解していないことだ。
米国は唯一の超大国としての圧倒的力を背景に上から押さえつけるという態度をとりがちである。
これは日本も経験済みだ。日米経済関係が最も厳しかった80年代後半に数々の日米経済摩擦案件についての交渉を行ったときの常だったが、「米国の市場を閉められたくないのであれば日本の市場開放をしろ」と要求を突き付け、自国企業の輸出努力の欠如などは一切問わず、議会の制裁決議などを背景に日本に譲歩を迫った。
私は「脅迫の下で交渉はしない」と当時の通産省の幹部とともに交渉の場から引き揚げたことも多かった。しかし多くの場合に日本が妥協したのは米国に安全保障を依存する同盟国であったからである。
しかし北朝鮮や中国はそうではない。
北朝鮮は国際法に違反し、数々の安保理決議にも明白に違反し、核ミサイル開発を進めている訳であり、米国や日本が強硬な立場を貫くのは当然だろう。しかし、相手を締め上げて降参させることができればよいが、北朝鮮核問題の歴史はそれではうまくいかないことを示してきた。
また、現時点の最大の目的はいかにして大きな犠牲なく北朝鮮の核・ミサイルの脅威を取り除くかということにあり、問題の本質は「交渉による解決」を可能にできるかということだ。
北朝鮮は過去にロシア、中国、日本といった周辺大国に蹂躙されてきた歴史を持つ。強いもの、大きなもの、力による押しつけには強く反発をする。
私が拉致被害者や核・ミサイル開発の問題で、北朝鮮との一年に及ぶ水面下の交渉で心がけてきたのもこの点だ。相手を脅すよりも信頼関係をつくることが交渉妥結の早道である。北朝鮮の米国に対する反発は異常なほど強いことは米国も理解するべきだ。
国内に「強さ」示すことが必要な金書記
シナリオ実現の実働部隊欠くトランプ大統領
三つ目の理由は、金正恩第一書記にとり「強さ」を示すことが国内的に必須なことだ。
北朝鮮は完璧な情報のコントロールを行うとともに、恐怖政治により国民の不満を抑え続けてきた。だが金日成から金正日、金正恩と三代続くに従い、カリスマ性は薄くなり、強権に依存する度合いも強くなってきた。
いまだ指導者の地位に就いて日も浅く、十分な統治経験のない若き指導者として国内の権力基盤を固めるため自分の「強さ」を示すことに躍起となっている。核・ミサイル・対米関係・対中関係・対日関係で「強さ」を見せることが国内対策として必須と映っているのだろう。この点を顧みず国際社会が強気一辺倒で進むと、思わぬ北朝鮮の反応を引き起こす可能性がある。
四つ目は、トランプ大統領にとり国内的困難と対外関係は密接に関係することだ。
トランプ大統領は就任以来、公約実現のため行動を始めたが、政策意図表明はともかく、現実にオバマケアの改廃や予算の裏付けを得て所得減税・インフラ投資を実現に導くには至っていない。それどころか議会やメディアとの対立、さらにはホワイトハウス内部の抗争も深刻だ。
北朝鮮問題についても「軍事的オプションを排除せず強さをデモンストレーションし、中国の北朝鮮への圧力強化を図る事により北朝鮮が交渉に出てこざるを得なくする」というシナリオがスムースに動かない。
この大きな原因の一つは、シナリオを実現する準備や根回しを行う国務省幹部などの実働部隊を欠いていることにある。
また最近では大統領の人種差別問題への発言に対するへの批判も高まっており、「ロシアゲート」を巡る特別検察官の捜査結果次第では、トランプ大統領が窮地に立たされることも容易に想像し得る。このままいけば、振り上げたこぶしを、本当に下ろさざるを得なくなるといった状況が出てくる怖れを排除することはできない。
五つ目の理由は「ツイート」と「大本営発表」の“齟齬”がお互いの計算違いを引き起こすことだ。
北朝鮮は完璧に情報をコントロールし、「大本営発表」を日常的に行い得る国だ。
その時の必要性が、「北朝鮮核ミサイルの輝かしき進展」であれば、事実かどうかは別に、すべての対外発表や宣伝は巧みに演出される。
一方で、米国の今の対外的発表ぶりは整合性を欠き、トランプ大統領の「ツイート」は感情の赴くままといった面も目立ち、慎重に練られた発表とは考えられない。他方、マティス国防長官やティラーソン国務長官が柔軟路線をとり、役割分担をしている気配もある。
しかし北朝鮮の目から見れば、民主主義国の微妙なチェックアンドバランスの動きを理解せず、トランプ大統領のツイートに絶対的な意味を与えてしまう可能性も存在する。
このように米朝とも必ずしも真実を語っていないにもかかわらず、もし水面下でチャネルが存在しなければ、双方が相手の対外発表を文字通り受け止め、計算違いが生まれる危険性がある。
では、無用な計算違いや偶発的要因に基づく軍事衝突を避け、交渉に道筋を開くためにはどうすれば良いのだろうか。
最も必要なのは関係国の認識の共有だ。
このままいけば、上に述べたような理由で、誰も望まない軍事衝突に至る蓋然性が高まることについての認識の共有である。
さらに具体的な交渉条件などの設定に向けて行動する前に、少なくとも米国・中国・韓国・日本の四ヵ国が、水面下で対北朝鮮アプローチについて徹底的な協議をする必要がある。日本もこれまでの北朝鮮との接触に基づいて、有益な意見を述べることができるはずだ。
まず米中韓日で認識共有が重要
本格的な協議交渉は6ヵ国に戻れ
その際に留意すべきは、これまでとは脅威のレベルが圧倒的に上がっていることであり、一方では、少なくともこの四ヵ国間には共通の前提ができつつあることだ。
即ち、米国のティラーソン国務長官が述べた北朝鮮の核放棄に対応する「四つのNO」は中国も含めた四ヵ国の共通認識となり得る。
北朝鮮の体制変換を求めない、政権の崩壊を企図しない、朝鮮半島の統一を加速する意図はない、米国が38度線を越えて軍を派遣する口実を求めないという四つの点である。
このような共通認識がまず四ヵ国で確立されれば、北朝鮮との交渉を本格化させることは可能だろう。北朝鮮を意味のある交渉に引き出すための中国の役割も重要だ。もちろんこのような認識に基づき交渉を行い、究極的に北朝鮮の核放棄を実現するのは長い道のりだろう。
当初のきっかけは米朝の直接的な話し合いであったとしてもかまわないのではないか。
しかし本格的な協議交渉は、北朝鮮とロシアを加えた「6ヵ国協議」に戻ることが好ましい。朝鮮半島の平和と安定に直接的な関わり合いを持つ6ヵ国の参加は、合意の安定性を担保するうえで不可欠だからだ。
(日本総合研究所国際戦略研究所理事長 田中 均)
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