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破壊されたモスル市街(Martyn Aim/Getty Images)
ISの拠点陥落すれど、新たに生まれる“新首都”
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9996
2017年6月29日 佐々木伸 (星槎大学客員教授) WEDGE Infinity
過激派組織「イスラム国」(IS)のイラクの拠点、モスルの奪還が目前に迫ってきた。しかしモスルがイラク軍に制圧されても問題は解決したわけではない。急がれるのはモスルの治安の回復と破壊された市の再建だが、宗派対立や利権争いが待ち構えており、戦後処理を誤れば、ISの復活という悪夢が現実になりかねない。
■スンニ派との和解がカギ
イラクは一度、大きな失敗をしている。イラク戦争で侵攻した米軍がサダム・フセイン独裁政権を倒した後、国内は国際テロ組織アルカイダの蜂起で内乱状態に陥った。しかし2007年、米軍の増派とスンニ派部族勢力の協力でアルカイダをほぼ壊滅し、四散させた。このスンニ派部族勢力の協力は「アンバルの覚醒」と呼ばれ、過激派壊滅のモデルとまで言われた。
だが、独裁政権の後に政権を握った多数派のシーア派政権はそれまでの報復の意図もあって、石油収入を中心とした経済的な利権を独占し、スンニ派を政治の場や国家の意思決定から排除した。スンニ派に対する迫害も日常的に発生し、スンニ派地域と住民の政府に対する不満は高まっていった。
イラクの勢力は、南部を中心としたシーア派が人口の60%、中央部のスンニ派が20%、そして北部のクルド人が20%というのが概観。スンニ派だったフセイン政権時代には、少数派が多数派を牛耳っていたわけだが、逆に権力を握ったシーア派政権はスンニ派を追いやり、その怒りと不満を放置した。
ここに付け入ったのがスンニ派のISだ。ISはそもそも、アルカイダ系の過激派と、米軍に打倒されて行き場を失ったフセイン政権の軍人や情報機関出身者の合体組織だ。米軍に追い立てられた組織メンバーは隣国のシリアの砂漠地帯に逃れ、2014年にシリアからイラクに侵攻、モスルなどを占領した。
このISの電撃侵攻がうまくいった背景には、不満を強めていたスンニ派住民らが積極的に協力したという側面も大きい。シーア派政権がスンニ派を軽視せず、利権や政治を公平に分担していれば、恐らくはISの勢力拡大はこれほど成功してはいなかったろう。再び失敗を繰り返さないためには、権力と富をスンニ派といかに共有していくかがカギとなる。
モスルで生き残っているIS戦闘員は約350人。6月21日にはISのモスル占領の象徴的な場所とされる12世紀の「ヌーリ・モスク」を自ら爆破した。現在は旧市街地の1キロ四方に追い詰められ、住民5万人を“人間の盾”にして最後の抵抗を続けている。モスル奪還作戦が始まった昨年の10月には、5000人ほどの戦闘員がいたとされるが、ほとんどが自爆テロやイラク軍の攻撃と米軍の空爆で死亡した。
イラク軍は先週「数日以内に制圧する」としていたが、死を賭したIS側の抵抗で作戦完了にはもう少し手間取るかもしれない。しかし制圧は時間の問題であることに変わりはなく、イラクや米欧の関心は奪還後の治安の回復とモスルの再建に向けられている。
■山積する難題
大河チグリス川で分断される人口200万人のイラク第2の都市はこの8カ月間の戦闘でメチャメチャに破壊された。イラクがこうした市の再建の前にまず取り組まなければならないのは、今後の再建の方針や治安回復・維持の方針を決める「暫定評議会」の発足だ。
米国が治安回復で一番重要視している点がシーア派主体のイラク治安部隊に警察権限を与えないということだ。スンニ派の都市であるモスルの住民の中にはISに協力をしていたと疑われる多くの人たちがおり、イラク治安部隊が報復のため拷問や処刑を実行する懸念が強いからだ。
このため治安はスンニ派の警察部隊に担わせる方針だが、警察官の人選から始めなければならない。治安とともに焦眉の急は、地雷や仕掛け爆弾、不発弾など爆発物の処理だ。爆発物の処理が終わらなければ、市のインフラ、水、電気の復旧、がれきの撤去と道路の整備などもままならない。
モスルを脱出した住民約70万人の帰還も必要になるが、家を失った人たちも多く、そもそも帰還できるかどうかも分からない。このほか、食料支援、医療や健康問題の手当、病院の再開、教育や学校の開始などを早急に進めなければならない。
こうした再建には何十億ドルも必要と試算されており、イラク単独でまかなうのは無理で、当然国際的な援助が必要になってくる。日本を含めた西側先進国は1年ほど前からモスル以後に向けたスキームを議論してきており、日本にも相当の支援が求められるのは必至。本当に大変なのはこれからなのだ。
■砂漠への一時撤退
モスルを失った後、ISの戦いはどうなっていくのか。モスルはISにとって、イラク領内に残った唯一の大規模拠点だが、今後はイラクとシリアの国境地帯でのゲリラ活動に移り、時折バグダッドなどで自爆テロを敢行するといった作戦に変わっていくのは間違いあるまい。
この点に関しては、2016年8月に米空爆で殺害されたISの公式スポークスマン、ムハマド・アドナニがはからずも“予言”していた形になっていく公算が濃厚だ。アドナニは2007年の壊滅的な状況からISの前身である「イラクのイスラム国」がいかに蘇ったかを強調。
「領土の喪失は敗北を意味するものではない。砂漠に一時的に撤退し、再起を期す」などと述べ、いったんは後退しても再起できると戦闘員らを鼓舞していた。その後、ISのニューズレターもこの「一時的撤退」(インヒヤズ)という考えを宣伝してきた。
ISはシリアでも首都であるラッカで米支援のアラブ民主軍(SDF)と激戦を展開しているが、幹部らはラッカから南東約190キロのマヤディーンに移ったと見られ、同地が“新首都”になりつつある。マヤディーンを含むデイル・ゾール県が「一時撤退」後のISの新たな戦場ということだろう。
先細りになったISが今後、シリアのアルカイダ系過激派である旧ヌスラ戦線に身を寄せる可能性もあり、アサド政権軍やイラン支援のシーア派民兵軍団と、米支援の武装勢力によるIS壊滅に向けた「先陣争い」の混乱に乗じて生き残りを図っていくことになるだろう。
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