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貧困が奪う、子どもの学び 安倍政権5年目の今、考えたい 無償化に改憲必要ない(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20170713/dde/012/040/007000c
学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題を巡り、前川喜平・前文部科学事務次官が「行政がゆがめられた」と告発したことなどにより、前川さんが取り組んできた子どもの貧困問題もクローズアップされた。その足跡をたどると、安倍政権5年目の子どもたちの現状が浮き彫りになる。【鈴木美穂】
NPO法人キッズドア(東京都中央区)が都内を中心に52カ所で運営している無料学習会には、低所得層の小中学生ら約1400人が通う。「おなかすいちゃった。何か食べるものない?」。そう訴える子どものために、各会場におやつなどを置く。朝食も昼食も取らずに、通ってくる子どもがいるためだ。
理事長の渡辺由美子さんが説明する。「この学習会に通うのは一人親、特に母子家庭の子どもが多く、年収120万円で3人暮らしの家庭もあります。収入の多くはアパート代に消え、食費の工面も大変。女性の賃金単価が低い現状では、二つ三つとパートを掛け持ちせざるを得ず、子どもに目を配るのが物理的に難しいのが実情です」。このNPOでは、学習支援の費用は寄付金や行政の委託金で賄い、子どもは身一つで通える。
そんな無料学習会の一つで、中野区で開かれている「みらい塾」を土曜日に訪ねると、小学4年〜中学3年の12人が学んでいた。先生役は20〜60代のボランティア12人。職業は大学生や会社員、公務員などさまざまで、生徒の横に座り約2時間、マンツーマンで指導していた。
「ここまで分かる?」「うん」。教室のあちこちから、熱心なやりとりが聞こえる。中3の男子生徒を教えていた男性(62)によると、この生徒の数学、国語は小学生レベル、英語はアルファベットのつづりがおぼつかない。両親は経済的に困窮しており、塾に通わせることができないという。「なんとか高校に入れる学力と、生きる力を身につけてほしい」と男性は言う。
前川さんも次官退職後、このNPOの別の教室でボランティアをしていた。渡辺さんのブログによると、前川さんは素性を明かさず、一般の学生や社会人と同じように申し込み、教えていた。「加計学園」問題の発覚後は「迷惑をかけるから」と指導を中断している。
渡辺さんは「日本は世界と比べ、教育にお金がかかる。十分な教育が受けられない子は進学や就職で不利を被り、将来の道が閉ざされてしまう。この『貧困の連鎖』を断ち切る第一歩は、教育格差をなくすこと」と語る。特に、義務教育から高校へのステップが重要なのだという。
厚生労働省が6月に発表した国民生活基礎調査によると、標準的な収入の半分に満たない家庭で暮らす子ども(17歳以下)の相対的貧困率(2015年時点)は13・9%。前回(12年時点)より2・4ポイント改善したとはいえ、7人に1人が貧困状態にある。経済協力開発機構(OECD)が14年にまとめた加盟国など36カ国の平均は13・3%で、日本はそれより劣る。また、OECDが昨年9月に公表した13年の国内総生産(GDP)に占める公教育支出の割合も3・2%と、OECD平均の4・5%を下回っている。
貧困と学力の「密接な関係」については、多くの専門家が繰り返し、指摘してきた。
尾木ママこと教育評論家で法政大特任教授の尾木直樹さんは「この問題の本質は、子どもに一切責任がないという点。親の年収によって塾にかける費用も変わり、それが大学進学率にも影響する。貧富の差は学力格差に直結している。しかも本来学校教育で完結すべきことを、今は塾が補完していて格差は広がる一方です。こんな国家ってないわ」と憤る。
一方、貧困の変化に着目するのは、前川さんの4年先輩の元文科官僚で京都造形芸術大教授の寺脇研さんだ。「初等中等教育に長く携わってきた前川さんが本来は答えるべきですが、(加計問題で渦中にいる)こういう状況なので」と前置きした上で、こう語る。「社会全体が貧しかった時代と異なり、豊かになった現代では、点在する貧困層がより格差を実感させられる。現代の子どもの貧困問題は、貧しい家庭の子を救うという発想ではなく、あらゆる子どもに学ぶ権利、生きる権利を保障する取り組みだと理解すべきです」
では、不登校や貧困などさまざまな事情を抱えた子どもたちの受け皿にもなり得る、公的な学びの場は、どのような状況なのだろう。
全国8都府県に31校ある「夜間中学」や「夜間学級」は、戦後の混乱期、家の手伝いや働きに出て、昼間の学校に通えなかった生徒の学び直しの場として生まれた。時代が変わり、15年以降は既卒者や不登校などで昼間に通えない現役中学生にも門戸を開いた。昨年12月には「教育機会確保法」が成立し、夜間中学設置を後押しする流れもできた。文科省は現在「1都道府県1校以上」の目標を掲げる。前川さんは文科省在職時、これらの制度改革を進めてきた。
東京都江戸川区の区立小松川第二中学校夜間学級を訪ねると、10〜70代の生徒52人のうち、ネパールや中国など外国語を母語とする生徒が9割に上っていた。1時間目は午後5時40分に始まり、全4時間(各40分)の授業がある。横澤広美校長は「国籍や年齢に幅があり、多様な価値観の中で学べる環境は、生徒にとってプラスになっています。また、さまざまな事情を抱える生徒の多様な学びの場となっています」と話す。だが、課題もある。例えば同校では、養護教諭は年間50日しか配置されておらず、不在の時に生徒がケガをした場合、十分に対応しきれていない。給食費も同校は無償だが、実費としている自治体もあり、対応に差が生じているのが実情だ。
では、子どもの貧困と格差が深刻なこの国をどうすれば変えることができるのか。
憲法改正を目指す安倍晋三首相は、教育無償化規定を憲法に新設する意向を示している。これに対し、前出の寺脇さんは「10年3月、当時の民主党の鳩山由紀夫政権下で成立した高校無償化法は、公立高校の授業料を無償にし、私立や国立高校に同等額を支援する法ですが、野党時代の自民党はこれに反対しました。それが今度は改憲してまで教育無償化? 一体どの口が言うのでしょうか。改憲目的の、口先だけの言葉としか思えない。無償化に改憲が必要ないことは、民主党政権で実証済みです」と断じる。尾木さんも「教育が憲法改正のために政治利用されかねない。教育無償化の前にやるべきことはたくさんあります。子どもの学力格差、幸せ格差を生む貧困問題の解消が先でしょう」と力説する。
憲法改正のスローガンを掲げるその前に、子どもたちが今、直面している厳しい現実に光を当てるべきではないか。
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