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治安維持法検挙者の記録:知る、たいせつさ 抗う、たいせつさ
http://www.asyura2.com/17/senkyo226/msg/138.html
投稿者 手紙 日時 2017 年 5 月 21 日 09:49:47: ycTIENrc3gkSo juiOhg
 

件名:治安維持法検挙者の記録
媒体:文生書院
出所:http://www.bunsei.co.jp/ja/2009-10-22-09-03-31/1459-tianiji.html
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治安維持法検挙者の記録


推薦文

『治安維持法検挙者の記録 ―特高に踏みにじられた人々 ―』の意義

渡辺 治(一橋大学名誉教授)

 
 本書は、長く東京大学社会科学研究所において図書館司書として職務に携われる傍ら、治安維持法関係の資料の収集、整理を続けられた小森恵(本名小黒義夫)氏が、長年月にわたり心血を注いで整理・編纂した、治安維持法被疑者、受刑者の人名別にその裁判関係等の資料の所在を掲示した記録であり、小森氏の、文字通りのライフワークである。 

 本書は、もともと、治安維持法等の資料の所在にくわしいという情報を得た、治安維持法等により弾圧された本人や縁者が、小森氏に対し自らがかかわった事件の経緯、判決の所在を問い合わせてきたことに答えようとの思いからはじめられた作業であった。

 小森氏は、生前この資料の作成補正に最後までこだわり、何度か私家版を出しその改訂に取り組み、その完成に努められたが、公刊を見ずして亡くなられた。本書は、すでに小森氏の生前から、コンピューターを通じてその作業に深く関わりその作業を助けてこられた西田雅昭氏の手で完成にこぎ着いたものである。西田氏の編で、極めて詳細かつ有益な解説、使い方の手引きを付けて、このたび、これまた生前から小森氏と深いつき合いのあった文生書院より幾多の困難を排して公刊されたものが、本書である。

 本書の推薦に入る前に、あらかじめ、筆者が推薦の筆を執るに至ったつながりに触れておきたい。実は、本書の推薦文は、筆者ではなく、2015年1月に亡くなられた、奥平康弘先生が書かれるのがふさわしかったからである。

 筆者は、1973年大学を卒業後東京大学社会科学研究所に学卒助手として入所以来、その研究のために小森氏より懇切なアドヴァイスをいただき、おつきあいをしてきたが、より深く関わる契機となったのは、奥平先生が主催する治安維持法の共同研究会に参加して以来のことであった。この研究会には小森氏も顔を出され、この研究成果の一端は、『季刊現代史 7号』(1976年)などに現れた。本誌に、私は「治安維持法の成立をめぐって」を書き、奥平先生が「治安維持法改正の歴史」を書かれたが、小森氏もそこに「治安維持法の運用者 司法関係の千余人」を発表された。私の助手論文も、天皇制国家下で治安維持法と並んで市民の思想や運動の抑圧に特異な役割を果たした大逆罪、不敬罪の研究であったが、その作成に際しても小森氏からはいろんなアドヴァイスをいただいた。

 治安維持法の研究会は、上下2巻で治安維持法の全体像を明らかにするという壮大な計画をもってすすめられていたが、ある経緯からその企画は断念され、その成果は、奥平康弘『治安維持法小史』(筑摩書房)という形で残されたに止まっている。奥平先生は最後まで『小史』ではなく、『正史』を書くことに意欲を持っておられた。

 筆者は、その後、研究を現代日本の政治に移してしまったが、奥平先生もまた小森氏も、それぞれにその後もこのテーマにこだわられて歩まれた。小森氏が、あの未完の共同研究の延長線上に本書を仕上げたことを想うと、感慨深いものがある。奥平先生も、本書がもっと早くにでていれば、自分の治安維持法研究にさぞかし便利であったものを、と、今ごろ墓場の中で地団駄を踏んでおられること間違いない。

 本書は、治安維持法の体験者その関係者が自らのあるいはその親の苦難の体験を追跡するための手がかりを提供するに止まらず、治安維持法を中心とする戦前、戦時期の治安体制の研究者、さらに、戦前期の学問、文化、宗教や平和運動に対する弾圧事件の研究者、戦前・戦時期社会運動の研究者にも大きな武器を提供するものである。

 本書がもつ大きな意義は、2つにまとめられる。

1つは、本書の記録を通して、治安維持法による極めて独特な、市民の自由に対する周到な抑圧の体系を知ることができるという点である。

 第1次世界大戦後、ロシア革命と、各国における共産主義運動の台頭、昂揚に危機感を抱いたアメリカをはじめとする先進資本主義諸国で、あいついで共産主義運動取り締まり立法が制定され、社会運動への弾圧が始まったが、治安維持法もそうした世界史的な流れの一翼として制定されたものであった。

 ところが、この治安維持法は、他国のそれと比較しても極めて独特の展開をみ、日本の社会運動に壊滅的打撃を与えただけでなく、1935年の日本共産党指導部の壊滅後も今度は非共産党系の運動、自由主義的運動さらには天皇とは異なる神を信奉する新興宗教団体などに発動され、国民の思想を萎縮させ、日本の戦時体制に国民を動員していく大きな梃子となったのである。

 本書では、各人の項目を見ただけでも、治安維持法により取り締まられた側から、この法の運用を知る手がかりを読み取ることができ、治安維持法のこうした独特の取り締まりの仕組みが浮かび上がってくる。

1つは、「目遂」とある、治安維持法の「目的遂行罪」の威力である。この点は西田氏も「検挙から判決まで」「治安維持法の適用」において、詳しく解説しているので、是非その箇所にあたられたい。

 目的遂行罪とは、治安維持法の1928年改正で第1条に登場した条項であった。25年法は、天皇制国家に刃を向ける共産党など政党を軸とした新しい革命運動を一網打尽にするため、共産党など「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシ」た結社のメンバーをただ組織のメンバーであると言うだけで検挙し重罰を科す法律として制定された。同法は、さっそく、28年3月15日に日本共産党に向けて発動されたが、当局の案に相違して、共産党員は、少数にとどまった。そこで、党員に止まらず共産党の周りにいる広範なシンパ層を、この法で広く網をかけて取り締まるために編み出されたのが、この目的遂行罪であった。この規定により、党員でなくとも党の「目的遂行ノ為ニスル行為」をなしたと認定されれば、捕まえ2年以上の懲役で問擬することができるようになった。この条項が法の取り締まり対象を一気に拡大したのである。文学運動、演劇から、資金のカンパに至るまで、「目遂」は拡大に次ぐ拡大で、広範なシンパ層さらには運動に同情する多くの著名な知識人や文化人に向けられ、市民たちの行動を大いに萎縮させた。これが治安維持法を悪名高からしめたのである。

 さらに、当局は、党の周りに蝟集すると判断した労働組合や文化団体そのものを、目的遂行団体=「外郭団体」とみなし、この団体に加入しただけで、「目遂」にあたるとして法を発動し、さらに「外郭団体」のメンバーでなくともそれを支援する行為を、党の「目遂」にあたるとして取り締まった。かくして、治安維持法は、同心円状に拡大して共産党をはるかに超えた広がりをもって政府に批判的な活動、人士を広く抑圧したのである。西田氏の作成した略語表(「略記一覧」)には、こうした党の外郭と見なされた団体がずらりと並んでいる。治安維持法違反に問われた多くの人物は、こうした「目遂」の網で弾圧されているのである。

 もう一つ、治安維持法が、諸外国の法に比べてはるかに猛威をふるう武器となったのが、取り締まり対象となった人々の思想を「転向」させる仕組みを開発したことである。

 欧米諸国の社会運動でも、ナチスの弾圧下で見られたように、決して転向は日本だけの現象ではなかったが、日本では、昭和初年からアジア・太平洋戦争に至る10数年の間に異常とも言える多数の市民の転向が起こり、その数の多さは欧米諸国とは比較にならなかった。この転向は、日本を侵略戦争にもっていくうえで、これまた大きな役割を果たした。思想の科学研究会が、『転向』全3巻、(平凡社)をもって、転向を日本社会の特質をなすものと見て共同研究の対象としたのは、それが戦前期日本の独特の思想現象だったからである。

 この転向政策は当初、共産党員を何度検挙してもまた刑を終われば運動に舞い戻るという悪循環をいかに断ち切るかという工夫から始まった。いくら重罰で威嚇しても思想を放棄させねばいつまでたっても繰り返す。そこで当局は、治安維持法の運用において、共産主義思想の転向を促す手口を開発したのである。

 まず転向政策は、思想転向するまでの長期の拘禁という形で行われた。西田氏の解説でも触れられているように、本書で注目されるのは、多くの被疑者、被告人の長期に渡る拘留の実態である。検挙された被疑者に対して、当初は関係する人間の名前を自白させるために猛烈な拷問が行われるが、その後長期に放っておかれ、その間特高、思想検事により、思想転向が勧められるのである。転向しなければいつまででも拘禁が続けられる、思想転向の有無で量刑が左右される。治安維持法の極めて、「弾力的な」刑期は思想転向の有無という、その一点で決められたのである。

 当局は、この転向政策を先の「目的遂行罪」による広範な人々への法の発動とセットで運用することにより、多くの知識人、学生の「転向」思想統制を遂行した。当局は、共産主義思想に関心を持ったり、研究会、読書会や文化運動に参加する学生や知識人を片端から検挙し、重罰で脅して思想転向を迫る。思想転向すれば、起訴を留保する、「留保処分」という日本独特の運用が開発された。転向を確保するため、あえて起訴猶予にせず「留保」にして社会にでても監視の下に置き、転向を持続させる。1936年には思想犯保護観察法で、こうした運用が正式の制度となった。

 こうして、広範な転向が起こった。当局は、当初はマルクス主義の思想は保持していても党活動、実践活動をしないことを転向の基準にしたが、35年以降になると、共産主義思想の放棄が、さらに後には「国体思想」への帰依が転向の証しとして求められたのである。転向した者は、沈黙するだけでは許されなくなり、積極的に戦争の片棒を担ぐことを強いられたのである。

 本書の第2の意義は、治安維持法が日本の社会運動や宗教、文学、文化活動に与えた破壊的な影響力を知ることができると言うことである。

 ここに登場する人名を見れば、戦前期から戦後にかけて、学問や文化運動の担い手、宗教家など驚くほど広範な人々が治安維持法における検挙、処刑の経験を持っていることがわかる。

 文学で言うと、たとえば、ここに登場する中野重治や佐多稲子(窪川いね)らは言うまでもなく、当時の有名作家であった山本有造や林芙美子らも、この人名リストには入っていないが、いずれも、党のメンバーにカンパをしたことを口実に、治安維持法の「目遂」で検挙されており、それは彼ら、彼女らの文学活動に小さくない刻印を押した。

 宗教運動では、出口王仁三郎をはじめ大本教の関係者が出てくる。またこの名簿からは漏れているが創価学会の初代会長(当時は創価教育学会)の牧口常三郎も治安維持法で検挙、起訴され、獄中で死去している。

 文化人類学者として著名な石田英一郎は、治安維持法の最初の発動事件である京都学連事件の被告であり、3・15事件でも検挙されていることが本書で確認できる。

 さらに、この資料からは、西田氏も指摘しているように、植民地の独立運動家が大量に治安維持法違反者として登場する。戦前期の朝鮮独立運動、台湾独立運動も治安維持法で取り締まられたのである。

 こうした治安維持法体験は戦後の運動にも大きな刻印を与えた。大本教や創価学会が今でも、「平和」ということに強い執着をもっているのは、そうした治安維持法体験の産物であるといえよう。

 以上のように、本書は戦前、戦時期の日本の治安体制と国民統制のメカニズムや、社会運動のありようを知るうえでのみならず、日本の転向や文化、文学運動をより深く探るうえで、はかりしれない宝庫である。

 本書の冒頭には西田氏による周到な解説と本書をどう使うかについての懇切な手引きもついている。本書が大いに使われることを期待する。


《著者略歴》

小森恵 こもりけい  (本名:小黒義夫 おぐろよしお)
1930年新潟県生まれ。筆名は東たいち、東まさる、小森、森川等、研究分野別に使い分けていた。専修大学法学部卒業後、東京大学社会科学研究所資料室に勤務。近・現代における日本の資料・雑誌の蒐集整理につとめる。1982年12月健康上の理由で退職。2014年10月死去。

《編著》

『社会運動・思想関係資料案内』(1986年、三一書房)、『昭和思想統制史資料』別巻上下・補巻「思想統制史研究必携」(1981年、東京生活社)、「帝国憲法下における社会・思想関係資料」(『みすず』2巻11号)、『特高月報総目次集』(1968年、参考文献懇談会)、『思想月報総目次集』(1972年、文生書院)、『法律新聞総目次集』(1975年、参考文献懇談会)、『行政裁判所判決録 訴名・事件・総目録』(1993年、文生書院)等。


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