http://www.asyura2.com/17/senkyo219/msg/594.html
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上久保誠人のクリティカル・アナリティクス
【第149回】 2017年1月24日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部教授、立命館大学地域情報研究所所長]
日本はブロック化する世界で「超対米従属」に徹するべき
?ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。トランプ新大統領は、大統領就任式での演説で、「米国製品を買い、米労働者を雇って、米国を再び偉大な国にする」と宣言し、「アメリカ第一主義」を改めて強調した。就任式後には早速、医療保険制度改革(オバマケア)の改廃を支持する大統領令に署名した。「環太平洋経済連携協定(TPP)」からの離脱も宣言した。
?大統領選時から続く、トランプ氏の様々な「放言・暴言」だが、「大統領になれば変わる」という楽観論もあった。だが、「変わらないトランプ」に世界は戸惑うばかりである。
?この連載では、トランプ大統領の発言は素直に捉えるべきだと主張してきた。大統領の「孤立主義」で、世界の「ブロック化」の流れが加速すれば、日本は極東の一小国の座に没落する。楽観論は無意味だ。最悪の状況を想定してどうすべきかを考えるしかないのだ(第145回)。従って今回は、トランプ大統領の一挙手一投足に右往左往する議論から少し距離を置いて、「ブロック化」の核となると考えられる。米国、英国、ロシア、ドイツ、中国の5ヵ国の関係から、中長期的に「新しい世界」がどうなるか、そして日本はどうすべきかを考えてみたい。
日本企業は英国から撤退すべきではない
離脱交渉でEUは「泥船」だと露見する
?トランプ大統領就任直前の1月17日、英国ではテリーザ・メイ首相が、欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)に向けた計画について初めて説明し、域内でのモノとサービスと人の自由な移動を保証するEUの単一市場から離脱する「ハードブレグジット(強硬な離脱)」の方針を表明した。英国の目標は「移民政策や立法に関する主導権を取り戻すことにある」と言明し、「英国との懲罰的な協定を模索すべきではない。それは自らを害する破壊的な行為だ」と、EUを強く牽制した。
?メイ首相の「ハードブレグジット」宣言には、日本企業を含む外資系外国企業・金融機関に動揺が広がっている。だが、百戦錬磨の交渉上手である英国(第103回)が、最初からハードルを下げてEUとの交渉に臨むわけがない。想定の範囲内だ。
?筆者は、日本企業は英国から撤退すべきだと考えない。英国とEUが離脱交渉に入り、1〜2年が経過すれば、次第にEUが「泥船」であることがわかってくるからだ。今、日本企業が英国からの撤退を決めてしまったら、後悔することになる。
?EUは、ドイツだけは好調だが、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアなど経済的に困難な国々を域内に抱えている。しかも、EUは加盟国に対して財政赤字をGDP比の3%に抑える義務を課している。厳しい緊縮財政を強いられることで、景気悪化に対して、一国の政府の独立した判断で対策を打つことが事実上できない。
?経済対策の独立性・柔軟性を奪われたこれらの国では、失業に追い込まれた若い労働者が職を求めてドイツに移動している。それは、ドイツ経済を成長させる。しかし、ドイツ「独り勝ち」状態には、不平・不満が広がっている。
?また、EU域内では、極右政党への支持が高まり、「懐古主義的なナショナリズム」(第148回)が広がっている。5月に予定されるフランス大統領選では、マリーヌ・ルペン国民戦線党首が決選投票に残るだろう。大統領に当選する可能性もある。秋のドイツ総選挙でも、極右政党台頭の可能性が取りざたされ、投票結果によってはアンゲラ・メルケル首相の退陣があるかもしれない。「政治的な不安定性」は、EUの大きなリスクである。
?一方、「トランプ現象」と同一視されがちな英国の「EU離脱」だが、懸念された国民の「分断」は、実は起きていない。メイ政権は、「残留派」だが移民問題には最強硬派のメイ首相や、「離脱派」なれど規制緩和・外資導入・英連邦のネットワーク重視のボリスジョンソン外相など、「一筋縄ではいかない人物」の混成チームだ。
?一方、ナイジェル・ファラージ英国独立党党首が政界引退するなど、「強硬な離脱派」は表舞台から去った。離脱決定後に「Bregret(英国の後悔)」という言葉が生まれるなど、離脱は「やりすぎた」という空気が広がり、国民の対立は、次第に緩和している。英国の「政治的な安定性」は十分維持されているのだ(第135回・p4)。
?経済についても、離脱決定直後にポンドが暴落するなど不安視されたが、現在では安定している。そもそも、EU離脱を問う国民投票で敗れ、退陣したディビッド・キャメロン首相は、経済財政政策は成功し、高い評価を得ていた(第106回)。EU加盟国の中で、英国の経済状況は、常にトップクラスだ。
「EUの単一市場」から離脱することのデメリットが指摘されているが、「泥船」のEUと付き合うよりも、はるかに将来の成長が見込める経済圏を、英国は潜在的に持っている。「英連邦」54ヵ国のネットワークである。南アフリカ、ナイジェリア、オーストラリア、カナダなど資源大国、人材・ハイテク大国であるインド、現在最も成長している東南アジア、今後「世界の工場」となるアフリカ諸国の多くが参加するネットワークである。
?この連載で英連邦を取り上げた時は、まだその潜在力の高さを指摘するにとどまっていた(第134回)。しかし、メイ首相、ジョンソン外相らは、英連邦諸国への外遊を繰り返し、EU離脱に備えて、「経済圏」の再構築に動き始めている。
?昨年秋には、メイ首相がインドのモディ首相を訪問した。首脳会談でモディ首相は、EU離脱後の英国の移民政策の変化に懸念を表明した。「インドから英国の大学への多数の留学生の地位を、EUからの移民と同じと考えてもらっては困る」とメイ首相に強く訴えた。メイ首相は、「心配はいらない。善処する」と答えるしかなかった。また、メイ首相は今年に入り、英連邦の主要国であるオーストラリア、ニュージーランドなどと新たな通商交渉を開始する表明している。
?さらにスコットランド独立の懸念だが、EUとの離脱交渉が続く間に、その動きは消えるだろう。スコットランドは「連合王国」4国の一角であり、その中で広範な自治権を認められている。北海油田を持つスコットランドは、「盟主」であるイングランドよりも良好な経済状況を誇り、独自の福祉政策を展開している。
?しかし、スコットランドが単独でEUに加盟すれば、「連合王国の一角」という地位を失い、ただの一小国となってしまう。現在認められている自治権は制限され、画一的に緊縮財政を強いられ、福祉政策も制限される。経済状況の悪い国からの移民を引き受けなければならなくなる。スコットランドが単独でのEU加盟に、何のメリットもないと気づくのに、時間はかからないはずだ。
「生存圏」確保のために
ロシアとドイツは接近する
?この連載では、EUが世界の「ブロック化」の流れの中で、脆弱性があることを指摘してきた(第145回)。特に、「生存圏」を築くために重要な、「エネルギーの自給」について問題がある。EUは、ロシアからのガス・パイプラインへの依存度が高い。そのため、原子力や再生エネルギーを利用する「エネルギーの多角化」を進めてきた。
?しかし、フランスなどが推進する原子力は、福島第一原発事故後、展望が不透明になり、ドイツなどが積極的である再生エネルギーは、補助金依存の高コスト体質を変えられないままだ。このままでは、EUは「ブロック化」の流れの中で、没落するしかない。だが、それでもドイツに戦略がないわけではない。
?そもそも地政学的にみれば、EUとは、ドイツの「生存圏」のためにあるという見方が存在する。前述の、EU域内の緊縮財政の強制は、ドイツによる欧州諸国の経済的掌握という意味合いがある。そして、ドイツの移民政策によって、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャ、そしてフランスから若い労働者がドイツに移動し、ドイツ経済だけが独り勝ちする構図だ(エマニュエル・トッド、2016)。
?ドイツの「生存圏」確保の戦略は、西欧の中堅国に対してだけではなく、EUの東欧圏への拡大によって、東西冷戦終結後の20年間、一定以上の成功を収めていたといえる。この連載では、そのことを「冷戦終結による東欧、中央アジアの民主化で、ロシアは遥かベルリンまで続いていた旧ソ連時代の『衛星国』をなくしてしまったのだ。いまや東欧は民主主義政権の下で、『EUの工場』と呼ばれる経済発展を遂げているのである。ウクライナ分裂は、ロシアの勢力圏縮小という大きな流れの中で、かろうじて繰り出したカウンターパンチ程度でしかなかったということだ」と指摘してきた(第84回)。この「ロシアの敗北」は、裏返せば、「ドイツの勝利」である。
?もちろん、権威主義的で統制的なドイツのやり方が、行き過ぎだったのか、「移民」「緊縮財政」に対する怒りが沸騰し、ドイツの戦略は大きく揺らいでいるのが現状だ。そして、そんなドイツに接近しようとする大国が現れる。ドイツによって「負け犬」となったロシアである(第142回)。
?ロシアの地政学者であるアレクサンドル・ドゥーギンは、日本語の著書が翻訳されていないため、ほとんど日本では知られていない。しかし、その著書はソ連崩壊後のロシアで、初めて刊行された地政学専門書として、ロシアで大反響となったものである。
?ドゥーギンは、ドイツ地政学のカール・ハウスホーファーの理論を基に、「『ユーラシア帝国』が、大西洋主義の覇権に対抗して連携を呼びかける諸国は、ドイツ、イラン、そして日本である」と主張する。そして、「日独をロシア側に引き寄せるためには、両国に領土問題で譲歩すべき」だとして、「日米安保の破棄」を条件として、北方領土の返還を提案している(黒岩、2002)。
?現在のウラジーミル・プーチン政権の中東への積極的関与、日本への急接近と経済協力の進展、そしてプーチン大統領の「日露の信頼関係を阻害しているのは、日米安全保障条約」という意味の発言を見ると、ロシアの戦略は、ドゥーギン地政学と一致しているのは明らかだ。とすれば、ロシアが次にドイツに接近していくことになる。
?ロシアは、英国と長年にわたり、激しい対立関係にある(前連載第59回)。その英国がEUから離脱すれば、ロシアはドイツに接近するのを妨げる障害がなくなることにある。また、トランプ大統領とメルケル首相が激しい批判合戦を展開するなど、今後米国とドイツの関係も、悪化することが考えられる。プーチン大統領がこの好機を逃すわけがない。
?そしてロシアにとってドイツ、日本、イランと連携する目的は、英米「シーパワー」に奪われた東欧という勢力圏を奪い返すことはもちろんだが、それだけではない。「一帯一路」構想を掲げ、ユーラシア大陸に巨大経済圏を築こうとする中国に対する対抗の意味もある(第120回・p4)。
?一方のドイツだが、現在は「グローバリゼーションの最後の砦」というイメージだが、EU諸国に対する緊縮財政や移民政策を厳格に強いる姿勢からわかるように、元々権威主義的、統制主義的な国柄だ。実はロシアとは親和性があり、歴史的に見ても、近づいたり離れたりを繰り返す複雑な関係だ。米英との対立は、ドイツを一挙にロシアに接近させる可能性がある。ドイツが持ち前のしたたかさを発揮すれば、ロシアと中国を天秤にかけるような駆け引きをするかもしれない。
日本は当面「超対米従属」に徹し
大統領に何ができ何ができないか見極めるべきだ
?このロシアの戦略に対して、日本はどう対応すべきか。もちろん「日米同盟」と「北方領土」の取引などできるわけがない。一方で、軍事的・経済的に急拡大する中国への対抗として、経済関係に絞って、ロシアとの関係を強化するべきだ。そして、それはトランプ大統領の意向を確認しながら、進めるのが重要だ。プーチン大統領と良好な関係とされるトランプ大統領が、日露の経済協力を「やっていい」というなら、進めるというスタンスだ。
?そして、「ブロック化」に向かう国際社会の中で、日本はどう振る舞うべきか。端的にいえば、日米同盟を徹底的に固めることである。「超対米従属」に徹するべきだ。そこには、小難しい理屈は無用である。
?これまでのトランプ大統領の言動から言えることは、彼にとって「敵か味方か」が物事の判断基準であること、批判をされると、その内容にかかわらず「敵」とみなして攻撃的になることだ。就任前のツイッターでの「トヨタ批判」や、就任初日の「TPP撤退」など、日本にとっては戸惑うばかりだ。だが、これに対して「大統領に自由貿易の価値を理解してもらう」などと理屈を弄してはいけない。
?特に気を付けないといけないのは、自分は頭がいいと自覚する官僚が、例えば米国で自由貿易のルールを説明するなど、生真面目に発言してしまうことである。ロシア首脳会談前に、元官僚が「北方領土が返還されれば、米軍が駐留することは理論上あり得る」などと発言し、ロシア側を激怒させてしまったことを忘れてはいけない。理屈が正しくても、言っていいことと悪いことがある。不用意にトランプ大統領に正しいことを説明しようとして、安倍首相が「敵」とみなされたら、終わりである。
?もちろん、ずっと「超対米従属」を続けろと主張するわけではない。米国は、厳格な「三権分立」の国である。トランプ大統領が勝手に何かをやろう思いついても、司法や議会の壁が立ちはだかる。そもそも、大統領には法案提出権がない。「保護貿易」についての考え方は、共和党の多くの議員と真逆である。
?トランプ大統領は放言・暴言と言いたい放題だが、全て思い通りにできるわけではない。何ができて、何ができないのかを見極めてから、戦略を立てればいい。とりあえず「大統領就任最初の100日間」は超従属の姿勢で、様子見に徹したらいいということだ。
?ただし、2月に安倍首相が訪米するならば、トランプ政権に1つだけ強くアピールすべきことがある。それは、中国の南シナ海や尖閣近海での行動の違法性である。世界の「ブロック化」の流れの中で、日本の最大の懸念材料は、中国の軍事的拡大とトランプ大統領の「孤立主義」による日米安保体制の不安定化である。幸いなことに、トランプ政権の閣僚は、中国に対して強硬な姿勢を示している。今のうちに、安全保障における対中強硬策を固めさせることだ。
?中国は、海軍力における米国との実力差をよく理解している。米国が本気で出てきたら、中国は手を出せない。毎日のように中国の船が南シナ海や尖閣近海で展開するニュースが流れるのは、全く穏やかではないし、いつ中国が本格的に尖閣を取り戻そうとしてくるのか、不安で仕方がない。米国の圧倒的軍事力以外に中国を抑え込む方法はない。何度でも繰り返すが、このままでは日本は極東の一小国に孤立没落する危機にある。危機感を持った、なりふり構わない行動が求められる。
<参考文献>
?エマニュエル・トッド(2016)『問題は英国ではない、EUなのだ』(文春新書)
?黒岩幸子(2002)「書評:アレクサンドル・ドゥーギン『地政学の基礎?ロシアの地政学的未来/空間をもって志向する』」『総合政策』第4巻第1号、pp93-101
(立命館大学政策科学部教授?上久保誠人)
http://diamond.jp/articles/-/115285
TPP米、永久離脱 独公共放送「中国が喜ぶ」
毎日新聞2017年1月24日 東京夕刊
中国
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【ベルリン共同】ドイツの新聞やテレビは23日、トランプ米大統領が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱に関する大統領令に署名したことを大々的に報じた。公共放送ARD(電子版)は、アジア経済への影響力を増す中国を利する行為だとして「中国は喜んでいるはずだ」と指摘した。
フランクフルター・アルゲマイネ紙(電子版)は「トランプ氏が米国のTPP離脱を確定させた」との見出しを掲げた。
http://mainichi.jp/articles/20170124/dde/001/020/059000c
トランプ米大統領のTPP離脱表明、中国への「巨大な贈り物」に
Justin Sink、Toluse Olorunnipa
2017年1月24日 12:44 JST
米国離脱で生じる空白、中国は貿易自由化のけん引役目指す
中国は東アジア地域包括的経済連携を支持
トランプ米大統領が環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を正式表明したことで政治・経済の空白が生じるが、中国はそれを埋めるのに積極的だ。米国のTPP離脱は追い詰められている米製造業地域に恩恵を与える一方で、アジアにおける米国の威信を損なう。
米国の外交政策の軸足を中東からアジアにシフトさせることを目指したオバマ前米大統領の試みに大打撃を与えるものでもある。
トランプ政権がTPP離脱によりアジアとの距離を置こうとする中、中国共産党指導部はグローバル化の取り組みを強化し、自由貿易の長所を擁護する姿勢を打ち出している。習近平国家主席は先週、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラムの年次総会で演説し、保護主義を「暗い部屋に閉じこもる」ことになぞらえ、中国が地域的な貿易協定の交渉を目指す考えを示した。
中国は16カ国による東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を支持しているが、米国は現時点で参加していない。習主席ら中国の指導者は米国のリーダーシップ不在の空白を埋め、トランプ大統領の保護主義に乗じ、伝統的に米国の同盟国であるフィリピンやマレーシアなどとの関係強化を図っている。
米通商代表部(USTR)で中国問題を担当した経歴を持つオルブライト・ストーンブリッジ・グループのバイスプレジデント、エリック・オルトバック氏は米国のTPP離脱の動きについて、「中国への巨大な贈り物だ。中国は今後、貿易自由化のけん引役として自国を売り込むことができるようになるからだ」と指摘した。
原題:Trump Withdrawal From Asia Trade Deal a Boon for China (Correct)(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-01-24/OK9HI06KLVR601
【社説】
トランプ氏TPP離脱、中国の勝利と日本の敗北
安倍首相に必要な「プランB」
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トランプ大統領はTPPから正式に離脱するための大統領令に署名。アジア太平洋地域の今後についてWSJ社説欄のエディター、ポール・ジゴーが解説(英語音声、英語字幕あり) Photo: EPA
2017 年 1 月 24 日 14:26 JST
ドナルド・トランプ米大統領は23日、12カ国が参加する環太平洋経済連携協定(TPP)から正式に離脱するための大統領令に署名し、公約の一つを果たした。ここまでは簡単だ。トランプ氏は今後、その行動がもたらす影響に対処しなければならない。米国の経済的な関与と中国の戦略的利益に対する新たな懸念が生じている。
バラク・オバマ前大統領が交渉にあたり署名したTPPは、大統領候補だったトランプ氏とヒラリー・クリントン氏がともに反対していたため、その存続が危ぶまれていた。オバマ氏は選挙後の「レームダック議会」での承認を望んでいたが、大統領としてあまりに長い間、貿易問題を無視してきたため、議会を説得する力はなかった。
オバマ氏は中国のソフトパワーに対抗する上でTPPが戦略的に重要だと主張した。それは正しい。だがTPPの経済的利益について一貫性のある主張をすることは決してなかったし、トランプ氏はTPPを政治的な攻撃対象にすることができた。参加各国の事情に合わせた特定の配慮が数多くあるため、TPPには欠陥がある。だが米シンクタンク、ケイトー研究所の貿易専門家は、米国にとっては経済的にプラスになるとみている。
TPPに対抗する中国の構想
今後はどうなるのか。トランプ氏は多国間の新たな貿易協定には関心を持っていない。だが、中国は違う。中国はTPPに対抗するため、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)構想を売り込んでおり、米国がTPPから手を引く様子を目の当たりにすれば、アジアの多くの国がこの連携に入ることになるだろう。マレーシアやフィリピン、タイはすでに米国から中国の方へ徐々に向きを変えつつある。他の国も西太平洋地域への米国の関与に疑いを持ち始めている。
米国の貿易に対する姿勢の変化はすでに、まるで水をワインに変えるような奇跡をもたらした。中国の習近平国家主席が先週、国際経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で自由貿易の利点を訴えたのだ。問題は、中国は自国の輸出については自由貿易の利点を訴える半面、国内では別のことを実践する場合が多すぎることだ。
中国は輸入品に対して数多くの規制上の障壁を課す一方、国内の産業には補助金を出している。このため鉄鋼をはじめとするコモディティー(商品)では過剰生産が生じ、外国の生産者や労働者に打撃を与えている。また、コンピューターの半導体のような産業で「国内チャンピオン」を作るため、政治的施策を利用して外国の競合他社には制限を設けている。端的に言えば、中国は自由貿易と重商主義が入り交じったやり方を続けており、RCEPでも同じパターンを繰り返すつもりであるのは疑いの余地がない。
TPPはルールに基づいた貿易体制という、より良い欧米諸国モデルを広めていたことだろう。トランプ氏と側近らは米国の貿易政策の再交渉相手として中国を標的にしている。ただし対中国貿易の赤字を減らすということ以外、新政権の戦略や最終的な目標について詳細はほとんど不明だ。
皮肉なのは、TPPを手放さないほうがトランプ氏の交渉力は強くなっていたことだ。仮に中国が貿易に関する譲歩を拒否し、その結果として貿易戦争が起きれば、米国は部品や消費財の代替供給元としてTPP参加各国に頼ることができた。だが今や中国は、米国の貿易相手国に対してアジアの貿易協定構想をテコとして利用できるようになった。
新国務長官は早く東京訪問を
トランプ氏はとりわけ日本を安心させるための戦略が必要だ。安倍晋三首相は経済改革による迅速な成長に政権の命運を賭けている。TPPは、日本の反競争的なグループの解体に抵抗する政治勢力を打倒するための武器になるはずだった。安倍氏は今、プランB(次善策)を必要としている。
トランプ氏はTPPの骨組みを米日の二国間貿易協定の中に組み入れることを検討するのが賢明だろう。レックス・ティラーソン国務長官は就任後初の訪問先の一つに東京を入れなければならない。
***
TPP失敗がもたらすより大きな衝撃は、それが世界貿易のリーダーシップを取ってきた米国の後退を象徴していることだ。米国は国内産業保護のために関税を大幅に引き上げた「スムート・ホーリー法」の制定以後、過去90年近くにわたって、とりわけ第二次世界大戦後は世界の自由市場と自由貿易を守ってきた。米国民がすべて平等にその恩恵を受けたわけではないのは間違いないが、自由貿易という共通認識は高い成長率を記録した1980〜90年代を通して維持されてきた。成長が失速したオバマ時代にこの認識が瓦解した。
問題は、米国が独自の重商主義に後退した場合、その貿易の空白を何が埋めることになるのかだ。TPPの失敗は金融市場にはすでに織り込み済みであるため、経済的なショックは大きくない。そして恐らくトランプ政権は貿易に関する最悪の発言の一部から後退するだろう。
仮に貿易が近隣諸国を窮乏化させる自己中心的なゲームになり、国家の成功が単純な貿易黒字額で測られるようになれば、向こう数カ月のうちに経済的ダメージが顕在化するだろう。そうなれば、われわれはTPPの崩壊を分岐点として振り返り、後悔することになる。
トランプ新大統領特集
トランプ大統領を憲法違反で提訴 米市民団体
トランプ相場がこれ以上続かない理由とは
反トランプ女性行進、共通の目標なく
トランプ政権の通貨戦争、アジアの新たな不安材料に
トランプ大統領主導の通貨戦争がアジア諸国の新たな不安材料に浮上した
By WILLIAM PESEK
2017 年 1 月 24 日 18:09 JST
ドナルド・トランプ大統領率いる米国との貿易戦争を警戒しているアジア諸国に、予期せぬ不安材料が浮上した。ドル安政策だ。
トランプ大統領は就任前に行われたウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のインタビューで、「強すぎる」ドルが「われわれを殺している」と語った。ドル高はアジアの2大経済大国である中国と日本が共に頼りにしている政策だ。両国にとって自国通貨安は輸出競争力を高めるというメリットがある。
米連邦準備制度理事会(FRB)のジャネット・イエレン議長が18日に述べたように、FRB幹部は今後の利上げペースを「年に数回」と予想している。トランプ大統領は大規模な減税・財政出動を公約に掲げ、企業が海外でため込んでいる利益を米国に還流するよう求めてきた。これらが実現すれば、それに応じて債券利回りの上昇が加速するのはほぼ間違いない。その結果、各国との金利差が大きくなれば、ドルの価値を下げようという大統領の試みは難しくなる。
もっとも、現在はドル高抑制に動きやすい環境にある。世界最大の経済大国である米国の需要喚起を狙ったトランプ大統領の戦略が成功すれば世界中にとってプラスとなる上、ドル安をきっかけに、経済発展を妨げる非生産的な「通貨安信仰」をアジア諸国が捨てる可能性もある。しかも、アジアからの投資流出はそれほど大きくないと見込まれる(1997年にアジア諸国で起きた資本流出はドル高が一因だった)。
1997年のアジア通貨危機から20年を迎える今年は、アジア諸国が通貨安信仰を捨てることができるかが特に注目だ。当時はFRBの積極的な利上げやドル高がアジア諸国に打撃をもたらした。あの頃のインドネシアや韓国、タイは、積み上がった債務と安定性にも透明性にも欠けた金融システムのため非常に脆弱(ぜいじゃく)だった。政策当局がこうした問題の多くを改善したおかげで、08年にリーマンショック、さらに13年に「テーパリングかんしゃく」に見舞われながらも、アジア諸国は20年前のような最悪の事態を回避できた。ただ、脆弱性の改善と同じくらい重要な仕事がまだ残っている。それは自らの首を絞める輸出依存からの脱却だ。
その典型例が日本だ。日本政府は12年以降、経済構造や金融に関して大規模な改革を進めると豪語しているが、安倍晋三首相は日本銀行の円安誘導に頼っている。中国では、習近平国家主席が壮大な改革計画を打ち出したが、結局は信用拡大政策に戻っただけで、今では元安誘導も再開している。こうした政治的な視野の狭さは、韓国やシンガポール、ベトナムの指導者にも言える。国内の技術革新を促し、サービス産業を育成することで、製造業中心のオールドエコノミー産業から移行していく必要性が彼らには分からないのだ。
ドルが急落すれば、当初は大混乱に見舞われ、債券や株式、ひいては世界中の経済見通しに影響が及ぶだろう。だが、それに背中を押される形でアジア諸国の政策当局が20年前に宣言した悪循環の打開に取り組み始めれば、起業ブームが訪れ、大企業も中小企業も雇用を創出し富を生み出せるかもしれない。
とはいえ、トランプ大統領は政策を慎重に進める必要がある。世界のシステムから米国が抜ければ誰の利益にもならない。今後10年間で10兆ドルの新規借り入れを承認したばかりの米議会にとっては特にそうだ。ドルの信認が低下すれば、輸出競争力の向上という恩恵よりも、借り入れコストの上昇という代償の方が大きいだろう。中国製品に45%の関税を課すという公約についても同じことが言えよう。しかも、為替市場は大統領のツイッター発言で乱高下するリスクを常にはらんでいる。
言うまでもないが、トランプ大統領は過去の大統領が公言しなかった考えを公の場で発言しているだけかもしれない。ジャック・ルー氏はオバマ政権の2人目の財務長官に就任した13年1月、歴代財務長官と同じウソをつき、「強いドル」を支持すると述べた。低成長に苦しみ金利が極端に低い状況では、自国通貨が急上昇するのを喜ぶ人などいない。海外から雇用を取り戻すという公約を果たそうとしている大統領がドル安に価値を見いだすのは理解できる。
大統領が国連や北大西洋条約機構(NATO)といった国際組織の見直しや環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明しているが、だからと言って中国がすぐに世界の舞台で米国に代わる存在になれるわけではない。中国政府は、世界の経済・環境・人権問題の原因ではなく解決策となる必要がある。その第一歩は、経済成長の拡大を通じて、共産党幹部だけでなく近隣諸国を豊かにすることだ。
ドル安政策には賛否両論がある。だが、中国や日本をはじめとするアジア諸国が成長源の多様化にいつまでも取り組もうとしない状況に終止符を打てるなら、悪いことばかりではなさそうだ。
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