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日本共産党はなんとしてでも「野党共闘」を崩壊させるわけにはいかない(写真はイメージ)
前代未聞の党大会 共産党の置かれている状況とは? 「野党連合政権」を掲げるが前途は厳しい
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48937
2017.1.17 筆坂 秀世 JBpress
1月15日から4日間の日程で日本共産党の第27回党大会が静岡県・熱海で行われている。過去に外国の共産党代表が出席したことはあるが、日本の他の政党が出席したことはない。ところが今回の党大会には、民進党の安住淳代表代行、自由党の小沢一郎代表、社民党の吉田忠智党首が出席し、連帯の挨拶を述べた。
最終日の18日に採択される決議案には、こう述べられている。
「『日本共産党を除く』という『壁』が崩壊した。この『壁』は、1980年の『社公合意』(筆者注:社会党と公明党の合意)を契機につくられ、1990年代前半の『自民か、非自民か』というキャンペーン、2000年代の『二大政党の政権選択』というキャンペーンなど、形をさまざまに変えながら続き、自民党政治に対抗する野党勢力の大同団結の最大の障害になってきた。しかしいまや『壁』は過去のものとなり、日本共産党は、新しい対決構図の一方の極で、重要な役割を果たしている」
大会で志位委員長は、野党代表の出席に欣喜雀躍(きんきじゃくやく)しながら、この決議案の正しさを強調していた。
■「共産党を除く壁」は本当に崩壊したのか
だが、果たしてこれが本当に正しい分析なのであろうか。
確かに1980年の社公合意は、「日本共産党を排除する」ことを最大の目的にしたものであった。だがもともと日本共産党と日本社会党は、1960年代、70年代に地方政治の分野で共同して東京、京都、大阪などで革新自治体を作り上げた際も、国政段階での選挙協力にまで踏み込むことは一切なかった。絶えず激しい批判合戦を繰り返していたのが、社共両党だった。
その論争は、労働組合運動や原水爆禁止運動など幅広い分野に及んでいた。ここにつけ込まれて社会党と公明党による合意がなされたのである。その意味では、壁は共産党自身の唯我独尊的な態度が作り出してきたとも言える。
ましてや1990年代の「自民か、非自民か」という争いや、2000年代の「二大政党の政権選択」においても共産党排除が目的であったなどというのは、どこにも通用しない議論である。
「自民か、非自民か」というのは、自民党を抜け出した小沢一郎氏らが自民党政権を倒すために設定した対立軸であった。その結果、自民党を野党に転落させ、細川護熙政権を誕生させた。「二大政党の政権選択」も同様である。安倍、福田、麻生と続いた自民党政権に国民は、辟易していた。そこに民主党が「政権交代」を対立軸に掲げて鳩山由紀夫政権を誕生させたのである。
いずれの場合にも、政権交代、自民党を懲らしめたいという国民多数の声が反映していた。「共産党を除く」ことが主要な課題であったことなどまったくない。ただ共産党が埒外に置かれていたというだけのことである。
まったく無関係なことまで持ち出して、何でもかんでも「共産党を除く」という路線のせいにするのは、この間の共産党の低迷の真の要因を覆い隠し、他に責任を転嫁するものだと言わざるを得ない。
■「野党連合政権」という珍妙な表現の理由
党大会では、志位委員長が行った中央委員会報告で、「野党と市民が本気で共闘をすすめるなら、野党連合政権の問題は避けられないことを解き明かし、戦後の日本政治で初めて焦眉の課題として自民党政治を本格的に転換する野党連合政権をつくる可能性が生まれていると指摘。日本共産党としてありとあらゆる努力を傾ける決意を表明」(16日付「しんぶん赤旗」)したそうである。
「野党連合政権」などという珍妙な表現は初めて聞いた。連合政権を作ることに成功したなら、それらの政党は野党ではなく与党となる。「野党連合政権」という表現には相反する意味が含まれており、そもそもあり得ない表現である。
実はこの表現にこそ、連合政権の難しさが端的に示されている。共産党は、かつては「革新連合政権」などと言っていた。分かりやすく言えば、左派連合政権と言ってよい。自民党保守政権に対し、ともかくも明確な対立軸を提示していたのである。だがソ連崩壊、冷戦の終結、日本社会党の事実上の消滅などによって、「革新勢力」などという言葉はすでに死語になっている。
ましてや大物保守政治家である小沢一郎氏が参加する政権が、“革新”政権であるわけもない。つまり、明確な旗印を立てるができないのが、今の野党連合だということである。
昨年の参院選の際には、「安保法制廃止」の一点での共同ということで野党の選挙協力が行われ、それなりの成功を収めた。解散・総選挙が今年になるのか、来年になるのかは不明だが、衆院選挙の場合には、政権選択の選挙にしなければならない。そうなれば幅広い政策での一致が必要となる。だがこの面で民進党と共産党が一致するのはそう簡単なことではない。
いまのところ一致しているのは、「反安倍」ということだけであり、政策的な中身がないのである。
共産党の志位委員長が、「安倍晋三政権を倒した後の政権構想を示す責任がある」と述べたのに対して、民進党の蓮舫代表は、「安倍政権を倒すことに一番力を注ぐ。そこから先の話は残念ながら考え方が違う」と冷たく言い放っている。要するに“政権を共にしない”というのが蓮舫代表なのである。これでは共通政策を掲げることもできない。この困難さがあるからこそ、「野党連合政権」という珍妙な命名になってしまったということである。
さらに付け加えるなら、共産党は「安倍暴走政権」という表現を定型句のように使っているが、国民に定着した言葉ではない。それどころか1月14日、15日に行われたJNNの世論調査では、安倍内閣の支持率は6%増え、67%にまで上昇している。政党別でも支持率が上昇しているのは自民党だけで、民進党、共産党も含め、他の政党はすべて低下している。こんな独りよがりでは、到底、政権につくことなどできないだろう。
■共産党は民進党に譲歩するはず
それでも衆議院選挙での野党間の選挙協力は、間違いなく行われるだろう。それは両党共に、選挙協力がプラスをもたらすからである。
ただ、参院選挙のように上手くいくかどうかは微妙である。
民進党と共産党の競合小選挙区は197ある。このうち共産党は15選挙区を必勝区と設定している。民進党は、参院選挙の時のように相互推薦はしないというのが現段階での方針のようである。しかし、だからといって民進党候補がいるところで共産党候補が立候補すれば、民進党候補が自民党候補に勝つことはほとんどの選挙区で不可能である。当然、共産党に候補者を降ろすよう求めてくるはずだ。
共産党が必勝区と設定しているのは、15選挙区だけである。逆に言えば、残りの選挙区は、民進党など他の野党に大胆に譲歩できるということである。
朝日新聞(1月16日付)に、「共産、共闘へソフト路線 自衛隊、独自の立場抑制/自己改革訴え 党大会」という見出しで、<綱領で将来の「解消」を明記している自衛隊も「独自の立場を持ち込まない」。さらに「国民の共産党に対する誤解や拒否感」を認め、「自己改革を進める」とした。>という記事が掲載されている。
この記事にあるように、共産党が野党共闘関係を絶対に壊したくない、続けたいと願っていることだけは間違いない。そのためには、最終的には民進党に大幅に譲歩することになるだろう。
共産党は今年で党創立95周年を迎える。他の政党と共闘して政権を目指すというのは、新しい方針でも何でもない。党創立以来の方針である。戦後も、社会党が存在していた時には、何度も共闘を呼びかけてきた。だが一度も実現したことはなかった。昨年の参院選が国政選挙での初めての選挙協力だったのである。これを絶対に手離したくない共産党が、民進党に大胆に譲歩することは間違いない。
もし野党共闘が崩壊すれば、共産党はまた自主孤立の道を歩むしかなくなってしまう。共産党にとって、党の命運がかかっているのが野党共闘なのである。
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