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高齢者の運転免許返上は平均寿命を短くする!?
和田秀樹 サバイバルのための思考法
専門外コメンテーターの印象論に感じる危険性
2017年1月17日(火)
和田 秀樹
昨年暮れからのニュースで気になることに、65歳以上の高齢者ドライバーによる交通事故報道がある。当たり前のことだが、超高齢社会というのは、高齢者の比率の多い社会ということである。毎年敬老の日にちなんで、総務省が高齢者の統計結果を発表しているが、2016年8月15日現在の高齢者数は3461万人で、人口に占める割合は27.3%となっている。
高齢者ドライバーによる運転事故は、ほかの年代と比べて本当に多いのか?(©PaylessImages-123RF)
高齢者の事故が増えたのは、単に高齢者比率が高まったから
高齢者の事故が増えたという場合、人口が増えた以上に事故の割合が増えたのでなければ、高齢者が危ないということにはならないだろう。もちろん高齢者の免許保有率は、現役世代よりは低い。2014年の統計では、免許総数8207万人に対して、1639万人。それでも全免許保有者の20%は高齢者となっている。今はもう少しその割合が高いだろう。
交通事故死者数が2016年はついに4000人を下回り、3904人になったとのことだが、高齢者のドライバーがその2割(約780人)であったとすれば、高齢ドライバーが現役世代より危険でなくても毎日2件以上は高齢者による死亡事故が起こってもおかしくない。
しかし、ニュースで「今日もまた高齢者による死亡事故が起きました」と報じ、「しかも2件続けて」ということになれば、おそらく見た人のほとんどは、「やはり高齢者の運転は危ない」と感じ、「免許を返上させるべきだ」という話になるだろう。もちろん、統計数字を見れば分かるように、それは素人による印象論だからと言っていい。
本来なら、ニュースの解説者やコメンテーターは、高齢者の割合が増えていることに伴って生じているのだと冷静な解説をすべきなのだが、日本では、特にテレビのコメンテーターと称する人が、そのまま「本当に怖いですね」と言ってしまうところがまさに異常としかいいようがない。
高齢者に免許返上を求めるなら、若者の免許取得年齢を引き上げるべき
警察庁は、免許保有者の年齢別の事故割合も発表している。平成27年の統計をみると、免許保有者10万人当たりの死亡事故割合は、65歳以上で5.84件、70歳以上で7.37件、75歳以上で10.53件だ。30〜39歳であれば3.41件なので確かに高い。
高齢者の死亡事故割合が多くなるのは、運転者本人が事故で死ぬ確率が高いという背景があるからだ。ただ、75歳以上の高齢ドライバーが1万人いたとして、9999人は死亡事故を起こしていないという見方もできる。それでも免許を返さないといけないのだろうか?
死亡事故率が高いから免許を返せというのなら、16〜24歳は7.66件で70歳以上の高齢ドライバーより死亡事故を起こしているのだから、免許の取得年齢を25歳まで引き上げろというのでなければ、高齢者差別と言われても仕方ない。
死亡事故でない事故全体をみても、75歳以上で免許保有者10万人当たり768件で、100人に一人も起こしていないし、これは16〜24歳どころか、25〜29歳の人よりも低い数字だ。
インターネットを調べればすぐ分かる数字なのに、この程度の下調べもしないで、高いギャラをもらっている神経が私には信じられない。私もワイドショーのコメンテーターをやっていた時期があるが、事前にどのニュースをやるかは教えられるし、打ち合わせもある。本番までにスマホでだって調べられるだろう。
車を取り上げると就労率が下がり、平均寿命も低下する
こうした素人がコメンテーターを務めることで、我々プロ(私の場合は老年精神医学)にとって困るのは、75歳以上だって1万人に一人しか起こさない死亡事故に対して、この人たちから免許を取り上げた際に生じる悪影響を語る人がいないことだ。
高齢者から自動車の免許を取り上げると、多くの高齢者の認知機能にかなりの悪影響を及ぼしかねない。本当に認知症などになってしまった人であれば、デイサービスなどで外出できるが、そうでない場合、特に地方の高齢者は、自動車がないと外に出る手段がなくなってしまう。電車やバスが充実している大都市でも、80代以上の高齢者の場合、手押し車やカートでは電車やバスに乗りにくいという理由で、動かなくなる高齢者も多い。高齢者専門の精神科医の立場から言わせてもらうと、外出が減ることによる刺激のなさが認知機能を落としてしまうのだ。
家の前に車がある地方の高齢者のほうが、私の見るところ、外出の機会が多い。現実に、交通の便のいい大都市より地方のほうが、平均寿命が長い地域が多いのだ。
確かに環境の違いもあるが、意外に、平均寿命、特に男性の平均寿命との相関が高いのは、高齢者の就労率だ。沖縄などは高齢者の就労率が日本最下位のために、家事労働のある女性は平均寿命がトップクラス(それでも1位から陥落している)なのだが、男性のほうは日本の平均にも満たない。気候も食生活も、あるいは遺伝子も女性と大差がないはずなのに。
地方のほうが歩くから、山歩きをするから平均寿命が長いと考える人もいる。長野が長寿県にランクインした際に、そのような解釈がされた。しかし、軽自動車の普及で、高齢者が歩かなくなってからのほうが、むしろ平均寿命が延びしているし、順位も上げている。ちなみに長野は高齢者の就労率はトップである。
こうした理由から、高齢者には積極的に社会に参加してほしいのに、1万人に一人の死亡事故のために、免許を取り上げることで高齢者が家に引きこもりがちになる危険について論じられないのは残念なことだ。
運転が危険な認知症患者なら、そもそも車を動かせない
もう一つ、痛感するのは、素人のコメンテーターが高齢者の脳機能や認知機能についてさっぱり分かっていないということだ。認知症の人に運転させると危ないということが常識のように言われているが、例えば、果たして認知症になればアクセルとブレーキを間違えるのだろうか?
初期認知症では記憶障害が生じ、自動車でショッピングセンターに来たことを忘れて車を置いて帰ったという患者さんを私も診たことがあるが、ブレーキとアクセルが分からなくなるとすれば、相当重度な認知症である。そのレベルの認知症であれば、ウィンカーもハンドブレーキも、あるいはキーの操作でエンジンをかけることも分からなくなって、そもそも車を動かすことはほぼ不可能である。
ブレーキとアクセルを間違えるのは、恐らくパニックを起こすからだろう。高齢者のほうがパニックになりやすいという医学的根拠は現時点ではない(前頭葉機能が衰えるので、あり得ない話ではないが)。警察が免許を取り上げる口実に使う認知機能検査による運転能力の判断は、私のような老年精神医学のプロからみて、まず役に立たない。認知機能検査でパニックの起きやすさの予想はできないし、この検査で判定する能力が落ちていたところで、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなることはあり得ないからだ。
つまり、認知症=事故と短絡するのは医学的に妥当でないと私は考えるが、こうした見解が紹介される機会もほとんどないように思える。
ニュースの印象でなく確率論で制度を考えるべき
日本は、統計数字よりニュースで法律が変わる、極めて感情的な国にみえる。飲酒死亡事故にしても、統計的には減り続けていたのに、福岡市の職員が起こしたセンセーショナルな事故がきっかけとなり、飲酒運転の厳罰化につながったという経緯がある。恐らくスマホ運転にしても、事故の数はかなり多いはずだが、ニュースの絵になるような事故が起こっていないから厳罰化されていないのだろう。あるいは、教育政策にしても学力低下や校内暴力の数という数字のデータより、ニュースになるような「いじめ自殺」(いじめが自殺の要因にはなり得るが、いじめだけが原因の自殺はまずないはずだ)の報道によって、教育政策が変わってしまう。
そもそもニュースというのは珍しいことだからニュースになるのに、その出来事が制度変更のきっかけになるのは理解しがたい。本当に対策をしなければいけないのは、高い確率で起こることだろう。
私が知りたいのは、むしろ自動車産業のプロの解説だ。実際、人口が高齢化しているのに交通死亡事故が減っているとすれば、その最大の要因は、自動車の性能の向上だろう。今の危険認識システムがどこまで進んでいるとか、自動運転がどの程度実用化しつつあるのかをきちんと解説してもらえれば、拙速に高齢者から免許を取り上げるより、その開発に期待するという考え方もあり得るはずだ。
いずれにせよ、高齢者の運転免許の問題については、客観的な統計データに基づき、高齢者の生活への影響を冷静に検討したうえで判断すべきだろう。
このコラムについて
和田秀樹 サバイバルのための思考法
国際化、高齢化が進み、ストレスフルな社会であなたはサバイバルできますか? 厳しい時代を生き抜くアイデアや仕事術、思考法などを幅広く伝授します。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/122600095/011300001/
無責任な「女子力」願望が強要する女性の社畜化
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
女性特有の視点、気遣い…そんなもんないワ!
2017年1月17日(火)
河合 薫
ここのところ女性社員を対象とした講演会やセミナー、懇談会、フィールド・インタビューが続いた。企業も、業種も、年齢も違う女性たちなのだが、彼女たちに共通していたことがひとつだけあり、少々困惑している。
いや、困惑ではない。
彼女たちの話を聞けば聞くほど、女なんだか男なんだか、オバさんなんだかオジさんなんだか“正体不明”になってしまった私は(苦笑)、彼女たちが気の毒になってしまったのだ。
その“共通していたこと”とは……、彼女たちが一様に「女性」という言葉で語られるテクストに抱いていた「憎悪」です。
これまでにもさまざまな角度から、“女性活躍”だの“女性が輝く社会”など、“女性”だけに特化したやり方の問題点を指摘してきた。
ところが、問題「点」と絞れないほど問題は複雑化していて、20代から40代、さらには50代に至るまで「画一化された女性活躍像」にプレッシャーを感じ、出口の見えない廻廊に迷い込んでいたのである。
たぶん…、周りの人たちには、彼女たちがナニに悩んでいるかはわからないと思う。
だって、絶対に口にしないから。
遠回しには言うかもしれない。でも、決して根っこを明かすことはない。
であるなら、なんで私に打ち明けたかのかって?
“モヤちょい”したからです。
はい、モヤちょいです。具体的な質問を、ちょいちょい投げかけることで、モヤモヤを引き出す方法が、“モヤちょい”であります。
実は昨年末、女性誌の編集者の方たちと飲んだときに、
「女性たちは『こんなこと思ってしまったり、モヤモヤしてていいんだろうか?』って考えちゃうんです。ブラックな自分が顔を出すことに、罪悪感を覚える。だから、上手くちょいちょい突ついてもらえて、やっと自分の気持ちが話せるんですよね。河合さんの連載(日経ウーマンオンライン「 河合薫の「女性のリアル人生相談」」)、ニケさんにちょいちょいするでしょ?だから面白いんです」
というようなことを言っていたのだ。
そこでモヤちょいを実際やってみたところ、「話を聞いてもらって、私のモヤモヤがやっとわかりました」と涙をポロポロ流す女性まで出てきてしまいまして。
男性にも是非、モヤちょいで明らかになった彼女たちのホンネを聞いてもらいたいと思った次第です。
テーマは「女性たちの心の叫び」。ただし、心の叫びは属性により多種多様。そこで今回は、その中の一つだけを取り上げ、その他は今後、さらに深化させてから紹介します。
では、“モヤちょい”第一弾をお聞きください。
「女性ならではの視点…なんて期待されても」
「私は今年、31歳です。会社には同年代の女性はたくさんいますけど、管理職の女性は少ないです。結婚はしたいですけど、彼氏はいません。河合さんはいろんな方をインタビューしているそうですが、他の会社の独身女性ってどうしてるんでしょうか?」
「どうしてるって、どういうことですか???」(河合)
「……私、仕事はずっと続けていきたいと思っていますし、普通に暮らせればいいんです。でも、私、普通じゃないみたいなんです」
「えっと……。普通じゃないというのは、どういうことなのか具体的に話してもらえますか?」(河合)
「女性は結婚して、子どもを産んで、それで働くのが普通なんです。私は結婚していないし、子どももいない。会社に居場所がない。そう感じることが度々あります」
「でも、まだ31歳ですよね?」(河合)
「はい。結婚したいとは思っていますけど、ものすごく結婚したいわけではないし、この先結婚できる保証もない。それに……周りの男性たちからは“女子力”を期待されますが、私にはこれといった女子力もありません」
「女子力……?女性らしく振る舞うことを期待されるってことですか?」(河合)
「いろいろです。女性ならではの視点、女性ならではの気づかい、女性ならではのコミュニケーション力です」
「そんなに期待されてもね。“女性ならでは”なんて言われても困りますよね(笑)」(河合)
「そうなんです。本当、困るんです。……私、バリキャリでもないので、上司からは何か楽しいことはないのか、ってしょっちゅう言われます。前向きに、楽しくないとダメなんでしょうか?」
「(笑)私なんて外ではこんなですけど、普段は家から出ることもなく、地味〜に暮らしてますよ〜」(河合)
「え、そうなんですか?毎日バリバリ生きてるんだと思ってました。あ、すみません(苦笑)。実は先日、一般職だった40歳の女性がいきなり管理職になりました。女性活躍の一環だそうです。
その女性が一般職だったときには、たまにランチに一緒に行ってたんですけど、今は行けなくなってしまいました。忙しくてランチをとる時間がないんだそうです。その人の上司も女性なんですけど、ものすごい“ハイスペック”な人で。結婚して子育てもして、それでうちの会社で初の女性部長なったんです。
彼女は部長から『後輩たちのロールモデルになりなさい』って言われているらしく、人が変わったように仕事しています」
育児休暇?時短勤務?そんなの独身女性には関係ない
「その人にも子どもがいるんですか?」(河合)
「中学生ですけどいます。会社は彼女のように子育てもし、一般職だった人でも管理職になれるというロールモデルを作って『女性が活躍する会社』をアピールしたいんです。
育児休暇や時短勤務を充実させることを、『女性の働きやすい職場』って言うんですよね?
でも、私のように独身で、活躍する気もないと全く関係ない話です。女性をひとくくりにしないで欲しい。独身者には何の恩恵もないわけですから。
男性の場合は、バリバリ出世を目指していく人もいれば、一生ヒラで終わる人もいます。結婚してない人だっているし、子どものいない人もいる。なのに、なぜ女性はひとくくりにされてしまうのでしょうか。元気に、明るく、おしゃれして、女性目線の意見を言って。子育ても仕事もがんばらないと、ダメダメ人間のように思われます」
「そうね〜。働け!って言われてんのか、子ども産めって言われてんのか、わけわからないですよね。産めや増やせやの時代に通じる脅迫的なモノがありますよね〜」(河合)
「このまえ、どうしても終らせなきゃいけない仕事があって、休日出勤したんですね。そしたら、たまたま上司も来ていて『そんなにがんばらなくていいのに』って言われてしまったんです。
私は別にがんばったわけでもなんでもなく、家にパソコンがなく会社でしかできないから出社しただけなんです。おそらく上司は休日に会社以外、行くとこないのか?っていう意味で言ったんだと思います」
「ごめんなさい。ちょっと理解できないんですけど……」(河合)
「会社なんか来てないで、彼氏見つけて結婚しろってことです。ストレートに言うとセクハラになるから言わないだけです。でも、周りには私のような生き方は理解されない。ひょっとすると休日出勤する心意気があるなら、普段からもっとバリバリやる気を見せろ、ってことなのかもしれません……」
以上です。
彼女の心の叫びをリアルに感じて欲しくて、実際のやりとりを出来る限りそのまま再現したのだが、わかっていただけただろうか?
おそらくみなさんは、「周りのこと気にし過ぎ」だの、「結婚なんてひょんなことからできる」だの、「婚活とかすればいいじゃん」とか、アレコレ思ったに違いない。
でもね、30になるとみんな悩むのですよ。かくいう私もそうだったから。
「お天気おねえさん」の頃、毎晩泣いていました
30代の頃は「私は何かの病気かもしれない」と、自分で自分のことが心配になるほど毎晩泣いていた(苦笑)。スッチーを辞め、久米宏さんの横で天気予報をやり、他人からみれば「絶好調じゃん」と思われていたのに、とにかく不安で。
子どもを絶対欲しいとも思わなかったかわりに、絶対欲しくないとも思わなかった。友人たちが子どもを産み、家庭を作っているのに、私は何をやっているんだろう?と。
私は「普通じゃない」と感じることも多かった。中学生のときに日本に帰ってきてから、「日本人の普通」に散々窮屈さを感じていたのに、何故か「女性の普通」にひっかかった。
矛盾する気持ちに折り合いを付けるために、「テレビに出てる人が普通だったらおもしろくない。誰も見ない。だから普通じゃなくていいんだ」と必死で思い込もうとしたり……。
なので、彼女が会社で居場所がないという気持ちも、なんとなくわかるのです。問題は、それが30代に限ったことじゃないってこと。
件の女性の話にも登場していたけど、「後輩のロールモデルなれ!」だの、「パイオニアになれ!」だの上から言われ、釈然としない思いを抱えていた40代もいたし、 “ハイスペック女性上司”の存在そのものが、プレッシャ—になっていた人もいた。
この辺りはまたいずれ詳しく取り上げるとして……。
とにかく彼女たちはみなさんが想像する以上に、
•女性=結婚、出産
•女性=女子力
•女性の活躍=管理職
•女性の働きやすい職場=育休・時短勤務の充実
•女性=休日はプライベートを充実させる
etc、etc……
といったキーワードで女性を語るテクストに辟易している。
「働く女性はこうに違いない」という見方が強くなってきていることに憤り、戸惑い、疲弊しているのだ。
「女性が働きやすい職場問題」や「女性活躍問題」はデリケートな部分もあり条件反射的に反応する人がいるので、念のため断っておくけど、私は女性たちに“風”が吹き始めたことはおおいに歓迎している。今進んでいる政策や取り組みを否定する気はさらさらない。
いかなる変化もすべての人に一様には起こらない。なので変化の途中で生じるしわよせが、一部の人(独身女性や男性)にいってしまうこともあるだろう。
なのでモヤモヤ自体はあって当然である。問題はモヤモヤの中身ではなく、「そんなこと思っちゃいけない」と罪悪感をいだき、「そんなこと考える自分はダメな人」と自己否定するほど、女性の画一化が暴力的に広がっていることだ。このままでは“吹きだまり”にはまる女性が量産される。
「みんな」の先に「女性」がいる
ワークライフバランス―。おそらくこの言葉を知らない人はいないはずだ。
生活と家庭の調和と略されるワークライフバランスの始まりは、いわゆる「女性の働きやすい職場」を目指したものだった。
1980年代、アメリカでは技術革新による産業構造の変化で、高度なスキルを持った女性たちが労働市場に求められるようになった。
もっと女性たちに働いて欲しい―、と女性を積極的に雇用し、育児と仕事を両立できるようにと保育サポートを中心に行う企業が増えていった。これらは「ワーク・ファミリー・バランス」や「ワーク・フレンドリー・プログラム」と呼ばれた。
ところが、この取り組みは思うようには広がらなかった。独身者や子どものいない女性、あるいは男性たちから「子育て女性だけが福祉を受けられるなんて、不公平だ」という不満が相次いでしまったのだ。
そこで「いかなる人も恩恵を受けられるように」と、すべての従業員の私生活に配慮した制度やメニューが作られ、「ワークライフバランス」と呼ばれるようになる。
介護支援、従業員の私的な悩みに対処するカウンセリング、従業員の心身の健康に寄与するフィットネスセンターの開設、生涯学習などの支援などの施策を整備し、ワーキング・マザー以外の従業員も広く利用できるようにしたのである。
従業員の不満は改善したものの、実際にはワークライフバランスを取り入れたのは一部の企業のみ。あくまでも「福祉的な取り組み」であったために企業はできるだけコストをかけたくないと考え、働く人たちも「困っている人だけが利用するもの」と考え利用を躊躇した。ワークライフバランスは、風前の灯火と化したのである。
ところが米フォード財団の調査研究がきっかけとなり、再びワークライフバランスに注目が集まった。
「仕事の再設計」をすれば、会社が掲げる業務目標を達成しながら、従業員にも私生活を充実させるだけの時間の余裕をもたらすことができるとする報告書を、米フォード財団が1993年から3年間かけて行った調査研究をもとに発表したことで、いっきにワークライフバランスが広がったのだ。
ワークライフバランスとは「福祉政策」ではなく、企業の生産性を高めるもの。会社も従業員もウィンウィンになるような「仕事の再設計」が、ワークライフバランス。
ワークライフバランスが可能となるような「仕事のやり方」を考えるという視点が革新的で、人びとを魅了したのである。
「仕事の再設計」というトレーニングプログラムはチーム、個人、管理職、経営トップが一丸となって次の3段階を実行することにより、従業員のワークライフバランスを実現する。
(1)仕事と理想的な従業員像についての既存の価値観・規範を見直す。
(2)習慣的な仕事のやり方を見直す。
(3)仕事の効率と効果を向上させ、同時に仕事と私生活の共存をサポートするための変革を行う。
プログラムを完成させるには、従業員からの要望と企業からの要望を一つひとつ丁寧に組み合わせる作業が重要になる。実に手間のかかる作業だ。その作業はまるで「ジグソーパズルを行うのと同様である」と言われるほど、頭と労力を使う。
もし、本気で「女性の働きやすい職場」を目指すなら、仕事の再設計をやらなきゃダメ。今のように「ムード」や「福祉」でやっていたのでは、ウィンウィンならぬ、フヒ〜フヒ〜。女性たちは疲弊し、不満を蔓延させるばかりか、企業もいずれヘタっていく。
それに男性たちだって、女性たちと同じように、閉塞感を抱いているんじゃないだろうか。
「男性の場合は、バリバリ出世を目指していく人もいれば、一生ヒラで終わる人もいます」には笑ってしまったけど、男性は男性で、
「女性は結婚するっていう選択があるからいいよな」 と鬱屈する。
“ハイスペック上司”に辟易している男性もいるし、「そこそこ働いて、食べて生きていければいい」という人は圧倒的多数だ。社畜という言葉を彼らが多用するのも、ザ・昭和の仕事観への反発である。
企業が目指す“女性の働きやすい職場”が、“社畜を量産する職場”にならなぬよう、ムードではなく根本的な問いかけから始めないと……。
悩める40代~50代のためのメルマガ「デキる男は尻がイイ−河合薫の『社会の窓』」(毎週水曜日配信・月額500円初月無料!)を創刊しました!どんな質問でも絶対に回答するQ&A、健康社会学のSOC概念など、知と恥の情報満載です。
このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/011300087/?ST=print
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