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トランプ政権のご都合主義―米国政界を揺るがす「機密メモ」で省かれたこと
https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2018/02/post-8.php
2018年02月12日(月)10時30分 六辻彰二 塗り替わる世界秩序 ニューズウィーク
民主党が作成したメモの公開は「安全保障上の懸念」から拒絶したトランプ Jonathan Ernst~REUTERS
2月10日、ホワイトハウスは民主党が提出した連邦捜査局(FBI)の活動に関する報告書を公開しないと発表。これは日本ではあまり関心を集めていませんが、「ロシア疑惑」の解明だけでなく、米国の自由と民主主義をも左右するだけに、米国政界を揺るがすものになっています。
ヌネス・メモで明らかになったこと
今回の出来事の端緒は、2月2日に公開された、共和党のデビン・ヌネス議員を委員長とする米国議会下院の情報特別委員会がまとめた2016年大統領選挙に関する報告書、通称「ヌネス・メモ」にあります。
この文書はもともと政府活動に対する議会の監視の一環として作成された長大なもので、本来は機密扱いでしたが、情報特別委員会がその内容を4ページにまとめ、トランプ大統領の承認を経て公開されたのです。
ヌネス・メモでは、主に以下の各点が指摘されています。
・FBIが外国情報監視法(FISA)に基づき、大統領選挙中の2016年10月21日から1年間にわたって、ロシア政府関係者と接触していたページ氏を監視・盗聴していた。
・FBIとその上部組織である司法省は、証拠や信憑性の高い情報のないままFISAの令状を発行し、3度更新した。
・この際、当時から現在まで司法省副長官を務めるロッド・ローゼンスタイン氏や、FBIのアンドリュー・マケイブ副長官(当時)は承認の署名をした。
・「ロシア疑惑」の発端となった、英国海外情報部(MI6)の元職員クリストファー・スティール氏の「スティール文書」は、民主党クリントン陣営からの資金で作成された。スティール氏はFBIのためにも働いていた。
・さらに、スティール氏は勝手にメディアに「スティール文書」の内容をリークした。
以上からは、「オバマ政権のもとで政府機関が偏見と党派的な利害に基づき、外国の諜報機関に繋がる人間からの情報を頼りに、権力を濫用していた。トランプ氏やページ氏はその被害者である」という主旨が読み取れます。実際、ヌネス・メモ公開の直後、トランプ大統領はツイッターで「この文書がトランプの潔白を完全に証明した。共謀も妨害もなかった」と投稿し、「ロシア疑惑」に関する自らの潔白を強調しています。
ヌネス・メモで触れられていないこと
その一方で、ヌネス・メモでは幾つか重要なポイントが触れられないままです。
第一に、「スティール文書」の内容そのもの、つまり「大統領選挙でトランプ陣営がロシア政府関係者と繋がっていた」という疑惑に関しては、明確に否定されていません。仮に当時の司法省・FBI関係者が政治的に偏っていたとしても、それによってトランプ氏の潔白が証明されるわけではありません。
第二に、その良し悪しはともかく、司法省やFBIが常に慎重な判断に基づいてFISAの令状を発行・更新しているとは限らないことです。
英国BBCによると、1978年に導入されたFISAの更新システムでは、その対象となった約3万5000人のうち更新が却下されたのは12人にとどまります。つまり、もともとFBIや司法省が権力を濫用しがちであることに触れない「ヌネス・メモ」は、いかにもページ氏のケースが特別なことのように読めます。
第三に、選挙期間中にトランプ氏の身辺を調査していたのが、民主党系だけでないことです。ヌネス・メモでは、クリントン陣営がトランプ陣営とロシアの関係を探るため、2016年4月にワシントンの調査会社ヒュージョンGPSと契約し、同社がスティール氏を雇用したことが報告されています。
しかし、それ以前、ヒュージョンGPSは保守系ニュースサイト、ワシントン・フリー・ビーコンとの契約でトランプ陣営の調査を行っていたのです。この契約はトランプ氏が共和党大統領候補の座を得たことで打ち切られました。この経緯に言及せず、ヒュージョンGPSとスティール氏のみに照準を当てることは、読む者に「民主党の党派的な不正」のみを印象づけることになります。
第四に、ヌネス・メモでは「大統領選挙期間中のFBIの活動」に焦点があてられていますが、厳密にはFBIの監視・盗聴はページ氏がトランプ陣営を離れた後に行われたものです。
FBIは2016年8月末までにページ氏に特別な関心をもつに至っていたとみられます。ページ氏は9月26日にトランプ氏の外交顧問を辞任。ところが、先述のように、FBIがページ氏に対するFISAの令状を発行したのは、10月21日のことです。これもヌネス・メモでは触れられておらず、読む者に「トランプ陣営に対するFBIの監視・盗聴」という印象を与えかねないものです。
ご都合主義が脅かすもの
こうしてみたとき、ヌネス・メモは文脈を無視して事実の断片を公表することで、トランプ氏に都合のよいストーリーを読む者に印象づけるものといわざるを得ません。「オバマ政権や政府機関の権力濫用」を強調することは、トランプ氏や共和党にとって「ロシア疑惑」に煙幕を張る効果があります。
これに加えて、ヌネス・メモはトランプ大統領に、この文書で名指しされている人物のうち、オバマ政権に引き続きトランプ政権でポストを得ている者を解任する大義を提供するものといえます。とりわけ、ローゼンスタイン司法副長官は、「ロシア疑惑」を操作しているロバート・ムラー特別検察官の直属の上司にあたります。つまり、ヌネス・メモを理由にローゼンスタイン副長官が解任されれば、トランプ氏はその後任を任命することになり、新たな副長官によってムラー氏の捜査は大きく影響されかねません。
これに鑑みれば、司法省やFBIがヌネス・メモの内容を事前に確認できなかったことも、公表後にその内容が不正確と批判したことも、不思議ではありません。この背景のもと、やはりヌネス・メモを批判する民主党は、元の報告書の内容をより詳しく10ページにわたって記した新たなメモを作成して2月5日にトランプ大統領に提出。冒頭で触れた文書はこの民主党のメモで、トランプ氏は5日以内にその内容を公表するかを決定することになっていたのです。
ところが、ホワイトハウスは最終的に2月10日、「安全保障上の懸念」から民主党のメモの公開を拒絶。それ以上の詳しい説明を避けました。
政治的な決定がどのようにして行われたかを「知る権利」は、自由や民主主義にとって欠かせないものになっています。しかし、それが権力をもつ者によって都合よく使われる場合、情報が何も示されないのと同じくらい問題といえます。どちらも有権者の正確な判断を阻む点では同じだからです。ヌネス・メモの内容とその前後の対応は、「ロシア疑惑」の解明を遠のかせかねないだけでなく、米国の自由と民主主義を侵食するトランプ政権の「ご都合主義」を際立たせたといえるでしょう。
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