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ミャンマー「ロヒンギャ」問題の深層(田中宇の国際ニュース解説)
http://www.asyura2.com/17/kokusai21/msg/321.html
投稿者 HIMAZIN 日時 2017 年 11 月 29 日 23:19:48: OVGN3lMPHO62U SElNQVpJTg
 

http://tanakanews.com/171128myanmar.htm

ミャンマー「ロヒンギャ」問題の深層

2017年11月28日  田中 宇

 インド洋に面したミャンマーの西部、ラカイン州の北部に住む数十万人のイスラム教徒(ムスリム)の勢力、欧米日などのマスコミで「ロヒンギャ」という名称で報じられている人々は、ミャンマーにとって、まさに「まつろわぬ民」である。彼らが住むラカイン北部は、バングラディシュと長い国境を接しており、彼らは戦後ずっと、断続的に武装蜂起しながら、仏教徒の国であるミャンマーから分離し、ムスリムの国であるバングラディシュの一部になろうとし続け、失敗している。

 かつてこの地域は英国の植民地だったが、第二次大戦中に日本がやってきた。仏教徒の組織が日本を支持したのに対し、英国はラカイン(当時はアラカン)のムスリムたちに、日本を追い出したらムスリムの国として独立させてやると約束し、仏教徒とムスリムの戦いとなった。戦後独立したビルマ(今のミャンマー)は国民の9割が仏教徒だった。ムスリムは、ビルマでなくバングラディシュ(当時は東パキスタン)の一部になろうとしてパキスタン政府に掛け合ったが、内政干渉はしないと言って断られたため、独自に武装蜂起した。(Rohingya insurgency in Western Myanmar From Wikipedia)

 ビルマ政府は、自国から分離してバングラ編入したがるラカインのムスリムを敵とみなし、国籍を与えないできた。北ラカインのムスリムは、バングラディシュのベンガル語とは異なるロヒンギャ語を話し、昔からラカイン州に住んでおり、外国ではロヒンギャ人と呼ばれている。だが、ミャンマーの政府と世論は、バングラ編入を目指して戦いを挑み続けてきた彼らを、ミャンマー国内の少数民族とみなさずベンガル人の一部だと言い、「ロヒンギャ」という名称を使うことを嫌っている。(ミャンマー側の意向に気を使うのはここまでにして、以後はロヒンギャをカギカッコなしで使う)

 独立から最近までのミャンマーはずっと、中央政府と各地の少数民族との内戦の歴史であり、北ラカインのムスリムと政府軍の戦いは、それらの内戦の一つだった。だからミャンマー人は、これを一方的な虐殺でなく内戦、反乱軍との戦いだと言う。80年代にはアフガニスタンで米CIAに訓練されソ連軍と戦ったイスラム聖戦組織(のちのアルカイダ)が、北ラカインのムスリムの分離独立を支援するなど、内戦が断続的に続いてきた。パキスタン、サウジアラビア、信仰が過激化したインドネシアなど、イスラム世界の各地から支援された北ラカインのムスリムが、仏教徒のミャンマー政府に対し、イスラム世界の拡大のための戦い(聖戦)を挑み、ミャンマー政府軍から反撃・弾圧されてきたのがロヒンギャの歴史だ。('It's not genocide,' say Myanmar's hardline monks)

 ミャンマーは2015年の総選挙後、アウンサン・スーチーの政党NLD(国民民主連盟)と軍事政権が連立を組み始め、民主化が実現され始めた。それを待っていたかのように、16年10月と今年の8月、北ラカインのムスリムが、地元にいる政府の軍や警察に対して蜂起し、その後政府軍がムスリムを大弾圧し、60万人が難民化してバングラディシュに逃げ込む事態に発展した。昨年と今年のムスリムの蜂起を主導したのはARSA(アラカン・ロヒンギャ救世軍)という新たな組織で、彼らは従来の組織よりも相当巧妙だ。(Arakan Rohingya Salvation Army From Wikipedia)

 ARSAは、北ラカインのムスリムの村々と協力関係を作り、村人たちと一緒に、数百人規模で、自家製の粗末な武器を持って夜中に地元の警察や政府軍の拠点を襲撃、今年8月の場合、北ラカインの30か所で同時多発で襲撃を挙行した。驚いた政府軍は、これをムスリムの一斉蜂起とみなし、大規模な反攻を行った。村人らは、粗末な武器しか持っていないものの大人数で襲撃し、軍や警察の側が発砲したり、大げさな激しい反応をするように仕向けた。事件後、ARSAはインターネットのソシャルメディアを活用し、ミャンマー政府軍がムスリムを大弾圧、焼き討ち、虐殺、難民化させたことをイスラム世界に広く伝え、世界的なミャンマー非難運動を確立することに成功した。(Do Not Lose Sight of ARSA)

 バングラディシュの難民キャンプでは、ミャンマー軍がいかに残虐で極悪かを難民たちが語り、それがそのままアルジャジーラ、イラン国営メディアから米欧の権威あるマスコミや国際人権団体までの喧伝機関によって流布された。ARSAは、ミャンマー軍部を激怒させ、世界が人権侵害と非難する過大な弾圧をやるように仕向ける方法を知っていた。これまで熾烈な弾圧ばかりやってきたミャンマー軍部は、簡単に引っかかった。大弾圧後、軍部は、外国人を現場に入れないおなじみの政策をとり、難民の証言が誇張されていたとしても、それが事実として世界に定着してしまう自業自得に陥った。(ARSA: Who are the Arakan Rohingya Salvation Army?)

 くわえてARSAは、アラブの春や、ウクライナ政権転覆など米諜報界が黒幕だったカラー革命の際に行われた、ソシャルメディアを使った国際政治運動の扇動技能を身につけていた。米国ではマケイン上院議員ら軍産複合体の代理人たちが、ミャンマーを経済制裁する法案を米議会に提出している。軍産の意向に沿って、中東の独裁諸国の「極悪」さを誇張喧伝してきた欧米の国際人権団体も、ミャンマーをさかんに非難している。どれもこれも、間抜けなミャンマー軍部の自業自得であるとも言える。(Myanmar says U.S. official barred from Rohingya conflict zone)

▼軍産のカラー革命と似た手口

 しかし同時に感じられることは、このロヒンギャ問題が、軍産とその傘下の勢力がこれまで中東やウクライナなどで展開してきた、覇権戦略(世界支配)としての人権外交(経済制裁)、政権転覆、カラー革命などと手口が良く似ていることだ。ジョージ・ソロスの影もちらついている。その意味で、ミャンマー軍部は、(国際政治技能を磨いてこなかったことによる)自業自得であると同時に、軍産系勢力の国際謀略に引っ掛かった被害者(カモ)であると言える。ARSAがミャンマー軍部を挑発しなければ、60万人のロヒンギャ難民は発生しなかった。事件以前の10年以上、北ラカインは何とか安定していた。それをぶち壊すきっかけを作ったのは、軍部でなくARSAだ。(Soros and Hydrocarbons: What's Really Behind the Rohingya Crisis in Myanmar)

 これまで、軍産の謀略によって政権転覆されるのはイスラム諸国が多かったが、今回はイスラム世界が、軍産系の国際マスコミや人権団体と一緒になってミャンマーを非難している。異教徒がムスリムを弾圧する構図は、ムスリムの「義憤」のツボにはまる。アルカイダ(イスラム聖戦士)もかつて、ソ連=無神論者がアフガンのムスリムを弾圧しているという図式で、スンニ社会で支持された。シーア派のイランは、軍産から核武装の濡れ衣をかけられてひどい目にあってきたのに、今回はイラン政府系メディアが誰よりも声高にしつこくミャンマーを非難し続けている。先輩から受けた理不尽ないじめを、後輩に対してやる体育会の部員みたいだ(そのくせイランは、ミャンマー軍政の背後にいる中国のことは決して批判しない。お金もらってるからね)。(Arakan Rohingya Salvation Army From Wikipedia)

 ARSAの指導者(Ata Ullah)はアルカイダと関係ないと言われるが、パキスタン生まれ、サウジ育ちで、サウジでは弁が立つことを評価されてモスクにつとめ、多くの聖職者と知り合った。彼は戦闘の訓練も受けている。こうした環境下でイスラムの国際運動をやるとなれば、かならずアルカイダやISを生んだ米諜報界、サウジ王政の諜報筋とつながる。アルカイダやISはテロ肯定の軍事路線だが、アルカイダやISが下火になる昨今、テロを全否定しつつもっと巧妙な政権転覆、国際政治を揺れ動かす策をやるのがARSAのような新手の組織だと感じられる。(Who is Ata Ullah – the man at the heart of the Myanmar conflict?)

 ARSAやその背後にいそうなイスラム世界の諜報筋と米国の軍産は、どんな目的でロヒンギャ問題を引き起こしたのか。ロシアの分析者は、3つの要因がありそうだと言っている。1つは、ラカイン州の沖合にある海底ガス田を中国が開発しているが、それを妨害しようとしている、という点だ。習近平の「一帯一路」戦略の一環として、中国企業が、ラカイン州から雲南省への石油ガスのパイプラインを建設している。中東から運んできた石油を、ラカイン州で陸揚げしてパイプラインで中国本土まで運ぶことで、海上輸送の隘路であるマラッカ海峡を通らずにすむ。軍産はイスラム世界を挑発してロヒンギャ問題を起こしてラカインを混乱させ、中国の勢力拡大を阻止したい。(China to take 70 per cent stake in strategic port in Myanmar: Official)(On Rohingya issue, China differs with West, backs Myanmar’s steps “to protect stability”)

 2つ目は、東南アジアのムスリムを悲惨な目にあわせることで、インドネシアやマレーシアのムスリムの義憤を扇動して過激化させ、サウジなどの保守的な信仰をやらせたい。サウジ王政は以前、こういう謀略が好きだった。だが今の権力者であるムハマンドサルマン皇太子(MbS)は、過激イスラムを放棄すると何度も宣言し、過激派の聖職者を何人も辞めさせた。最近の記事に書いたように、MbSはトランプに乗せられ、軍産のテロ戦争の一端を担ってきたサウジの過激イスラムをやめようとしている。MbSは馬鹿者だが、サウジはもう過激イスラムの扇動をしない。(Myanmar's Rohingya Crisis: George Soros, Oil, & Lessons For India)(サウジアラビアの自滅)

 3つ目は、ASEANの中でインドネシアやマレーシアと、ミャンマーとの関係を悪化させ、ASEANを分裂させたい、というもの。中国寄りになっているASEANに、軍産が意地悪をしたいのか??。ASEANは、内部分裂を回避するため、ロヒンギャ問題を話し合わないようにしている。分裂策は効かない。

 上記の3点を見て有力そうなのは、中国の台頭抑止策として、米軍産がイスラム世界を引っ掛けてロヒンギャ問題を起こしたという見方だ。だが、実際の展開を見ると、「国際社会」から非難されているミャンマー政府は、以前よりさらに中国しか頼る先がなくなり、ますます中国寄りになっている。ロヒンギャ問題は、ミャンマーを中国の傘下に押し込んでしまっている。中国の台頭は、抑止されるどころか、鼓舞されている。(The geopolitics of Rakhine)

▼ミャンマー軍部の人気を引き上げてしまったロヒンギャ問題

 ロヒンギャ問題に対し、ミャンマーの人々には、彼らなりの言い分がある。戦後の独立以来、国内各地の少数民族との内戦続きだったミャンマーでは、先進国が偉そうに言うような少数派への寛容を求めるのが困難だ。ロヒンギャ=国内の仲間でなく、ベンガル人=外国の敵なのだ、というミャンマーの世論は、今後もしばらくは変わらない。ベンガル人=ムスリム、ミャンマー人=仏教徒という図式の中で、世界がロヒンギャ=ムスリムの味方をするほど、ミャンマー人は仏教ナショナリズムを強く抱くようになる。(Myanmar’s Military, Political Leaders United Against Rohingya ‘Threat’)(Aung San Suu Kyi says 'terrorists' are misinforming world about Myanmar violence)

 ミャンマーの仏教政党(マバタ)は、ロヒンギャを弾圧した軍部を称賛し、義憤を感じているミャンマー人が、軍部と仏教政党への支持を強めている。ミャンマーの最大政党はスーチーのリベラル政党NLDで、仏教政党よりはるかに支持率が高いが、それでもNLDは仏教を敵視していないという言い訳に追われているし、スーチーは「ロヒンギャはテロリストだ」と発言している。スーチーのこの発言は「国際社会」を激怒させたが、すでに書いたように、ミャンマーの側から見れば、ロヒンギャのARSAは、やり方が巧妙・狡猾になったアルカイダである。(Misunderstanding Myanmar’s Ma Ba Tha)(Myanmar public dismisses Buddhist nationalism with a ballot)

 ミャンマーは88年以来、独裁の軍事政権と、スーチーNLDの民主化勢力が、ずっと対立していた。ミャンマー人は軍部を嫌っていた。だが今、ロヒンギャ問題がおきたおかげで、ミャンマーの世論が一気に軍部を支持するようになり、軍部と連立政権を組むNLDも、仏教ナショナリズムの高揚に躊躇しつつ、この流れに乗るようになっている。(With Rohingya disenfranchised, NLD takes on nationalists in southern Rakhine)(Rakhine Unrest Pushes Buddhist Nationalists Closer to Army)

 スーチーは15年の選挙で圧勝したが、それまで独裁していた軍部に妨害され、大統領でなく外相にしかなれず、権力のかなりの部分を軍部が握り続けている。米軍産がロヒンギャ問題を起こさなかったら、スーチーのNLDが高い人気を維持し、不人気な軍部からしだいに権力を剥ぎとっていき、欧米が好む「民主化」が進んだだろう。だがロヒンギャ問題が起きたことで、軍部への国民の支持が高まり、NLDへの権力移管は進まず、事実上の軍事政権が続くことになった。(Despite Rohingya crisis, thousands march in support of military)(Rohingya crisis may be driving Aung San Suu Kyi closer to generals)

 そして今、米国の軍産のマケイン議員らが、ミャンマーを経済制裁せよと息巻いている。せっかくミャンマーが民主化しかけたのに、米国はミャンマーを敵視している。そして、米国が敵視するほど、中国がミャンマーに近づいてくる。中国にミャンマーを取られたくないインドも、対抗してミャンマーに近づき、ロヒンギャ問題でミャンマーを批判しないようにしている。中国やインドが仲良くしてくれる限り、ミャンマーは困らない。米国の制裁は全く効かない。それはすでに明らかだ。マケインらは、軍産のふりをした多極主義者、トランプの敵のふりをしたトランプの味方であると疑われる。(US sanctions not the solution to Rohingya crisis)(Why do China, India back Myanmar over the Rohingya crisis?)

 中国は先日、ロヒンギャ問題を解決するため、仲裁に入った。その直後、11月22日にミャンマーとバングラディシュの代表団が会い、中国が提案した3段階の解決策を開始することで合意した。合意を仲裁したのは中国なのに、なぜか国際マスコミの報道には、中国が仲裁したと一言も書いていないものが多い。(China proposes three-phase solution to Rakhine issue in Myanmar: FM)(Bangladesh-Myanmar talks begin amid high hopes of Rohingya repatriation)

 中国の仲裁案は、国連や「国際社会」の仲裁や監督を受けず、ミャンマーとバングラデシュだけで話し合って決めるのが良いというものだった。これは、国連や「国際社会」が、ミャンマーの言い分を全否定しているので、スーチーが中国に頼んでやってもらった方式だった。欧米マスコミは、国際社会の監督(=いちゃもんつけ)を拒否するのは許せない、という論調を喧伝している。米国務省もミャンマーに調査させろと要求した。スーチーは、かつて英諜報機関(軍産)と親しかったのに、軍産はちっともスーチーを大事にしない。スーチーはますます中国寄りになる。(Myanmar's Suu Kyi says ‘illegal immigrants spreading terrorism’)(Tillerson Calls for Independent Probe Into Myanmar’s Rohingya Crisis)

 ロヒンギャ問題の解決は、かなり難しい。ミャンマーの世論は、難民の帰国を歓迎していない。NLDの議員でさえ、ラカインのムスリムを収容所に入れてしまえと言っている。バングラデシュはムスリムの国だからロヒンギャのムスリム難民の定住を歓迎するかというと、全くそうでない。すでに人口が多いので、新たに何十万人も受け入れたくない。ロヒンギャは両国から厄介者扱いされている。両国は、2か月以内に難民の帰還を開始することで合意したが、うまくいくかどうか怪しい。この問題を何とか解決できると、東南アジア・南アジアでの中国の影響力がさらに強まる。(Myanmar signs deal with Bangladesh on Rohingya repatriation)
 

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コメント
 
1. 2017年11月30日 16:37:50 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[4483]

>この問題を何とか解決できると、東南アジア・南アジアでの中国の影響力がさらに強まる

全然、触れられてないが

実際、中国のパイプライン開発が問題の発端でもあるし

アジアの覇権国を目指すのだから、この程度の問題が処理できなくてはどうにもならない

ま。日本は中国に任せておけばいい

https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20170906-00075414/
ロヒンギャ問題でミャンマー政府をかばう中国:日本にとっての宿題とは
六辻彰二 | 国際政治学者 9/6(水) 9:21

北京で会談するアウン・サン・スー・チー氏と習近平氏(2017.5.17)(写真:ロイター/アフロ)
 ミャンマーでロヒンギャの武装集団と治安部隊の衝突が深刻化するなか、9月5日に国連はロヒンギャ難民約12万5000人が隣国バングラデシュに流入したと発表。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2012年から今年初旬までに国外に逃れていたロヒンギャ難民は約16万8000人にのぼります。そのため、この約10日間で発生した難民を含めると、ロヒンギャ難民は少なくとも既に約30万人にのぼるとみられます。
ロヒンギャ問題とは何か:民主化後のミャンマーで変わったこと、変わらないこと
 この状況を受けて、ロヒンギャを迫害するミャンマー政府への批判が噴出。8月30日、ミャンマーをかつて植民地として支配していた英国は、国連の安全保障理事会でロヒンギャ問題を議論することを提案しました。
 ロヒンギャのほとんどがムスリムであることから、イスラーム圏でもこの問題への関心は高く、9月3日にサウジアラビアの国連代表はミャンマー政府を非難する声明を発表。タリバンに銃撃されながらも女性の教育の重要性を訴えてノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララ・ユスフザイ氏も、ミャンマーの民主化運動を率い、同じくノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チー氏の不作為に疑問を呈しています。
 ところが、そのなかでミャンマー政府を擁護する数少ない国の一つに中国があげられます。今年3月、国連安保理でミャンマー軍の行動に対する非難声明を出すことが議論された際、中国はロシアとともにこれに反対。その後も、中国政府は安保理でのミャンマー批判をブロックし続けてきました。
中国政府の基本原則
 中国によるミャンマーの擁護は、その国際関係の大原則にあります。中国政府が何より強調するのは「主権尊重」、「内政不干渉」の原理です。この論理に従えば「ロヒンギャ問題はミャンマーの『国内問題』であり、外国が口出しすべきことでない」となります。
 付け加えると、中国の主張によれば「植民地時代、確かな主権がなかったことで中国人の人権が外国人によって侵害されたのだから、人権を守るためには主権が優先されるべき」となります。
 この論理を前面に押し出すことで、中国は国際的に批判される国の政府とも友好関係を結び、時には安保理常任理事国としてこれらの政府をかばってきました。白人の土地・財産を黒人政権が一方的に接収しているジンバブエ、アサド政権による民間人への空爆が続くシリアなどは、その代表例です。
 ミャンマーの場合も、1988年にクーデタで軍事政権が発足すると、欧米諸国はこれを批判して経済制裁を実施しましたが、中国はこれとの関係を維持し続けた歴史があります。その意味では、「一貫性がある」という言い方もできるでしょう。
「第二のダルフール」
 その一方で、「内政不干渉」の原理を盾に、中国が自国の利益の拡大を目指すことも珍しくありません。ダルフール紛争は、その典型です。
 スーダンのダルフール地方では、2003年からアラブ系民兵によるアフリカ系住民への襲撃や虐殺、略奪が横行し始めました。アラブ系民兵はスーダン政府の支援を受けているとみられるため、欧米諸国はこれへの制裁を実施。2008年に国連はダルフール紛争を「世界最悪の人道危機」と呼び、バシール大統領は現職大統領として初めて国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されるに至りました。
 ところが、そのなかでスーダンへの経済進出を加速させた筆頭が中国でした。欧米諸国が経済制裁を敷くなか、中国企業はスーダンでの油田開発で大きなシェアを握り、中国政府からの開発協力で橋や道路の整備も進みました。つまり、中国はダルフール問題を「スーダンの国内問題」と捉え、欧米諸国と一線を画すことで、大きな利益をあげたのです。
 ただし、中国政府が「内政不干渉」で自らを正当化しようとも、ダルフール紛争が中国に対する「人権・人道を顧みない国」、「自国の利益のためなら何でもする国」というイメージを国際的に流布させる契機になったこと自体は否定できません。2008年の北京五輪で、聖火リレーが各地で妨害された一つの要因には、ダルフール紛争がありました。
 こうしてみたとき、ロヒンギャ問題は中国にとって「第二のダルフール」になる可能性が大きいといえます。中国はミャンマー政府やスー・チー氏をかばう一方、同国で大きな利益をあげているからです。
ミャンマーにおける中国
 図1は、ミャンマーの貿易額を示しています。ここから見て取れるように、欧米諸国が経済制裁を敷いた1980年代末からミャンマーの貿易に占める中国の割合は急増しましたが、その後停滞。しかし、ミャンマーの輸入に占める中国の割合は2000年代前半から、輸出におけるそれは2000年代末から、それぞれ上昇しています。

 2011年に軍事政権は体制転換を決定。これを受けて欧米諸国も経済制裁を解除し、日本を含む西側諸国の投資などが相次いでいますが、それでもミャンマーの貿易額に占める中国の割合は30パーセントを越え、最大の貿易相手国です。
 このうちミャンマーの輸出について触れると、中国がミャンマー政府との間で天然ガスのパイプライン建設に合意したのは2008年。2013年には天然ガスの輸入が始まり、この前後から中国のミャンマーからの輸入額は急増し始めました。
 さらに2017年4月には、ミャンマーのメイド諸島から中国本土に伸びる石油パイプラインも完成。これにより、中東やアフリカからタンカーで運ばれた石油が、よりスムーズに中国に輸送されるとみられます。
 これと並行して、中国はミャンマーで大規模なダム開発なども進めてきました。1997年にはサルウィン河に2200万キロワットを発電できる7つのダムを建設するプロジェクトに関して当時の軍事政権と合意。しかし、このダム建設に自然環境や現地住民の住環境への悪影響があるという反対を受け、ミャンマー軍が少数民族の鎮圧に乗り出しました。
 こうして、ロヒンギャ難民への国際的な関心が高まるなか、中国は一貫してミャンマー政府を擁護する一方で経済的な利益をあげてきたのです。ダルフール紛争での批判を受け、当時の国家主席だった胡錦涛氏は周辺国での開発協力を増やし、不安定な地域情勢を背景に国連PKOへの参加を増やすなど、「貢献」を前面に押し出すことで、国際的な批判を和らげようとしました。しかし、習近平氏のもとで中国政府はより周囲との軋轢を躊躇しない傾向を強めており、ロヒンギャ問題でも譲る気配はみえません。
 この背景のもと、民主化運動のヒロインとして一時は西側諸国で持ち上げられたスー・チー氏を中国が擁護し、結果的にロヒンギャ問題への対応が遅れるというねじれが生まれているといえるでしょう。
日本政府にとってのロヒンギャ問題
 その一方で、人道危機が深刻化するミャンマーへの対応は、日本にとっても他人事ではありません。
 中国政府ほど大声でないにせよ、日本政府も「主権尊重」、「内政不干渉」を大方針としており、実際に欧米諸国が経済制裁を敷いていた間もミャンマーと僅かながらも貿易を続け、開発協力を提供していました。
 今回のロヒンギャ問題に関しても、8月上旬に岸外務副大臣が訪問した際にミャンマー政府との間で話題になったとは確認されません。それでいて岸副大臣は(「中国の封じ込め」を念頭に)民主主義や法の支配の重要性を強調しています。また、8月末からの衝突に関しても、日本外務省からは「ミャンマー軍への攻撃」を非難し、「早期の治安回復」を求める声明しか出されていません。つまり、ロヒンギャ問題に関して、日本政府はほぼ完全にミャンマー政府の側に立っているといえるでしょう。
 念のために言えば、ロヒンギャが「ただの被害者」ではなく、ミャンマー軍への攻撃をしている勢力があることも確かです。また、バングラデシュなどの難民キャンプでは、アル・カイダや「イスラーム国(IS)」が戦闘員をリクルートしている懸念もあります。
 さらに、日本にとってもミャンマーは「東南アジア最後のフロンティア」として経済的な関心が高く、それが相手国政府との関係を重視させたとしても、不思議ではありません。そして、「人権重視」を叫ぶ欧米諸国に、自分たちと関係の深い国における人権侵害には口を閉ざしがちな「二重基準(ダブルスタンダード)」がある(例えばサウジアラビアなど)ことも疑いありません。
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 とはいえ、その一方で、ミャンマーの治安部隊や過激派仏教僧、さらに一般ビルマ人がロヒンギャを迫害していることもまた確かです。これに関連して、ミャンマー政府はラカイン州でロヒンギャの保護にあたっているNGOなどを「テロリストを支援する者」として規制し、自らに批判的なBBCなど海外メディアに検閲を行っています。
 ロヒンギャの一部がテロに加担しているとはいえ、このようなミャンマー政府・軍による「国家テロ」が問題視されているなか、「民主主義と法の支配を共有している」と相手に述べることは、外交辞令であるとしても、控え目にいったとしてもバランスを欠いたものと言わざるを得ないでしょう。
日本にとっての宿題
 多くの日本人は、日本が西側先進国の一国であることを疑いません。しかし、少なくとも人権や民主主義といった側面において、日本と欧米諸国の間には大きなギャップがあります。
 先述のように、日本政府は「主権尊重」、「内政不干渉」を大方針としてきました。それはミャンマー軍事政権との関係だけではありません。例えばアパルトヘイト(人種隔離政策)体制下の南アフリカが国連によって経済制裁の対象となったとき、最後まで同国と貿易を続けたことで、日本は1988年にアフリカ諸国から国連総会において名指しで批判される事態を招きました。現代でも、欧米諸国が経済制裁の対象としているジンバブエやスーダンの政府代表は、日本政府と支障なく公式の会見をもっています。
 相手国の「国内問題」に口を出さない態度は、控え目といえるかもしれません。しかし、それは結果的に、相手国にある不公正を見過ごすものでもあります。
 さらに、「内政不干渉」を盾に、相手がどんな政府でもそれとのみ関係を築くことは、その政府が転覆しないという前提に立つもので、民主主義の観点からだけでなく、危機管理という意味でも問題です。その指導者が失脚した時、それとのみ強い関係をもっていた「前歴」がプラスに作用することはありません。
日本の開発援助と外交に関する4つの論点(4)「ジョーカー・日本の開発協力は外交力に限界がある」
 のみならず、それは日本政府が求める「国際的なリーダーシップ」に繋がるのかも疑問です。「人権侵害」を叫ぶ欧米諸国や、それと国連安保理で拒否権さえ用いて対立する中国は、それぞれに欠陥がありながらも、少なくとも相手国における存在感は大きくなります。しかし、日本政府は欧米諸国と一線を画しながらも、それを批判することは皆無です。現状において、ミャンマー政府にとって日本政府は「毒」にはならないでしょうが、「薬」にもなりません。
 相手国政府の立場のみをおもんばかりながら、一方で最終的には「西側先進国」としての立場を優先させて欧米諸国と歩調を合わせるというどっちつかずの方針は、かねてからの日本政府の宿題だったといえます。ロヒンギャ問題と中国の行動は、期せずしてこれを提起しているといえるでしょう。


六辻彰二国際政治学者

博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、米中関係から食糧問題、宗教対立に至るまで、分野にとらわれず、国際情勢を幅広く、深く、分かりやすく解説します。
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http://j.people.com.cn/n3/2017/0520/c94476-9218314.html
中国‐ミャンマーパイプライン経由で原油が中国へ
【中日対訳】
人民網日本語版 2017年05月20日13:13

瑞麗市の石油天然ガス輸送ステーションの様子
今月19日、中国‐ミャンマー石油パイプラインを通じて運ばれた原油が、雲南省瑞麗市を通って中国国内に到着した。到着した原油は一日約50キロメートルのペースで内陸部に運ばれ、650キロメートル前後の長旅を経て、最終的に同省安寧市の中国石油雲南石化の精錬工場に運び込まれる。これは「一帯一路」(the belt and road)イニシアティブを受けてミャンマーで行われる先駆的プロジェクト・中国‐ミャンマー石油天然ガスパイプラインプロジェクトの一環であり、今年4月に稼働がスタートした。国内外あわせた稼働中のパイプラインの長さは1420キロメートルに及ぶ。(編集KS)
「人民網日本語版」2017年5月20日


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