>中国 米朝が対話と交渉をかなり、しらじらしいが ロシアの意図は明確 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/040400028/101100039/ プーチン大統領が披露した「北朝鮮の核の実態」 解析ロシア ロシアが核交渉で主導権を発揮する可能性は低い 2017年10月13日(金) 池田 元博 プーチン大統領が北朝鮮の核問題で、世界を驚かす発言をした。北朝鮮が2000年の段階で、すでに「核保有」を認めていたというのだ。もはや対話による解決策しか道はないと大統領は説くが、今になって昔話を明かした真意は何か。 2001年に北朝鮮の?正?総書記と会談するロシアのプーチン大統領(写真=AP/アフロ) 10月初め、モスクワとサンクトペテルブルクで「ロシアのエネルギー週間」と称する国際フォーラムが開かれた。内外約400社のエネルギー企業幹部や専門家などが集まり、モスクワでの全体総会にはプーチン大統領も参加した。 ロシアのクレムリン・ウォッチャーたちも、まさかこの総会で大統領が北朝鮮に関する重大発言をするとはだれも想像していなかったはずだ。 総会の議題は「世界成長のためのエネルギー」。大統領の冒頭演説も当然ながら、エネルギーに関する話に終始した。続く質疑応答もロシアと石油輸出国機構(OPEC)の減産合意など、始めはエネルギー問題に焦点が当てられていた。 ただ、途中から議論がエネルギー政策に密接に関わる中東問題に移り、ついには国際情勢の一環として、北朝鮮の核問題と米朝間で続く威嚇の応酬というホットな話題に至った。 北朝鮮問題についてプーチン大統領はまず、互いに挑発を控え、米朝、北朝鮮と地域の関係国が直接対話を通じて、互いに受け入れ可能な解決策を見いだしていくしか方法がないと主張。他の方策はすべて袋小路に陥り、危険ですらあるとし、北朝鮮への経済制裁の強化にも反対する立場を示した。 北朝鮮情勢が緊迫して以降、大統領がこれまで何度も繰り返してきた主張だった。ただし、この日は加えて突然、以下のような昔話を明かしたのだ。 「たぶん2001年だったと思うが、日本訪問の途中に北朝鮮に立ち寄り、今の指導者の父親(金正日総書記=当時)に会った。彼はその時、原子爆弾をすでに保有していると私に語った。彼はさらに、かなり単純な大砲でソウルを簡単に射程に入れることができると言っていた」 北朝鮮は当時から常に制裁を受けていたにもかかわらず、核開発をやめなかった。それどころか、現在では水素爆弾も持ち、5000kmも飛ぶ核弾頭搭載用のミサイルまで持つようになった。果たして制裁強化が核問題の解決を促す方策と言えるのか――。 要は制裁強化や軍事的な威嚇ではなく、対話による解決を目指すしかない。プーチン大統領はこうした自らの主張の正しさを裏付けるため、これまで伏せてきた昔話を明かしたともいえる。 かつて世界はプーチン氏が明かした北朝鮮情報にクギ付け ちなみに北朝鮮が米国に非公式に「核兵器の保有」を通告したのは2003年、「自衛のために核兵器を製造した」と公式に宣言したのは2005年のことだった。大統領の話が事実とすれば、北朝鮮はそれよりかなり以前に「核保有」の実態を明かしていたことになる。 ただし、「たぶん2001年」というのはプーチン大統領の記憶違いで、日本訪問の途中に北朝鮮に立ち寄ったのは2000年7月のことだ。では当時、大統領はなぜ北朝鮮に立ち寄ったのか。 今でこそ老練な政治指導者として世界に知られるプーチン大統領だが、2000年当時はその年の5月に大統領ポストに初めてついたばかり。国際的な知名度も極めて低かった。7月の「日本訪問」は沖縄での主要国(G8)首脳会合への出席が目的で、先進国クラブでの外交デビューの場だった。 そこに手ぶらで乗り込んでも、自らをアピールできない。そこで北朝鮮を事前に訪問し、北朝鮮問題で議論の主導権を握ろうと考えたようだ。当時は米朝が1994年に結んだ枠組み合意(ジュネーブ合意)がまだ有効だったものの、北朝鮮が1998年に長距離弾道ミサイル「テポドン1号」を発射するなど緊迫した状況が続いていたからだ。 プーチン大統領の狙いは見事に当たった。沖縄でのG8首脳会合では実際、各国首脳がこぞって大統領のほやほやの訪朝報告に熱心に耳を傾けた。とりわけ、金正日総書記が外国によるロケット打ち上げ支援を条件に、弾道ミサイルの発射実験を凍結する用意があると語ったとするプーチン大統領の報告は世界の関心を集めた。 大統領は自らの訪朝経験も踏まえ、この時から「北朝鮮を封じ込めるのではなく、窓を開かなければ何も始まらない」などと対話の必要性を各国首脳に訴えかけていた。 それから17年の月日が流れ、北朝鮮の核・ミサイル問題は当時とは比較にならないほど深刻になってしまった。プーチン大統領にしてみれば、17年前の自らの主張を国際社会がもう少し真剣に受け止めていれば、事態はそれほど深刻にならなかったとの思いもあろう。 同時に、昔話を明かしたことで、北朝鮮の核・ミサイル問題解決に意欲を示した当時の記憶がよみがえってきたのかもしれない。エネルギー問題を話し合う国際会合という場違いな席ではあったものの、大統領は続けて、北朝鮮問題では「中ロのイニシアチブによる工程表がある」と言明。中ロの提案というのが気に入らなければ、それを忘れて別に命名しても構わないとし、「(北朝鮮の核)問題を解決する共同行動の方策を共に仕上げようではないか」と力説したのだ。 北朝鮮との対話で主導権を握ろうと画策 大統領が指摘した工程表とは2017年7月、中国の習近平国家主席が訪ロした際に発表した北朝鮮問題に関する「共同声明」のことだ。声明は「対立の激化をもたらすあらゆる発言、行動に反対」するとし、対話による核問題の平和的な解決を主張。具体策として、北朝鮮は核・ミサイル開発を凍結、米国と韓国は合同軍事演習を凍結するよう提案した。さらに米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の在韓米軍への配備を即時中止するよう求めていた。 ともに自国の安全保障を脅かすと懸念するTHAAD配備の撤回を求めたこともあって、中ロの提案は国際社会では重視されていない。ただ、9月末に北朝鮮外務省の崔善姫(チェ・ソンヒ)北米局長がロシアを訪問するなど、ここにきてロ朝間の接触が目立つようになっている。今回のプーチン大統領の発言も臆測を呼び、一部にはロシアが北朝鮮との対話のイニシアチブを握るべく画策しているのではないかとの見方まで浮上してきた。 例えばロシア極東のウラジオストクを拠点に国際情勢を分析するビクトル・ラーリン歴史・考古・民俗学研究所長は「北朝鮮の核・ミサイル開発は対話によって止めるしか方策がない。対話と妥協によって核放棄を説得していかなければならない」と指摘。対話のひとつの枠組みとして北朝鮮と国境を接する国々、つまり北朝鮮と韓国、中国、ロシアによる4カ国協議を挙げ、プーチン大統領がキーパーソンとして旗振り役を務める可能性があるとみる。 確かにプーチン政権は近年、外交的なイニシアチブを発揮することで「大国ロシアの復活」を国民に誇示してきた。シリアへの軍事介入はその典型例だが、シリア和平の仲介はさしたる成果を上げていない。トランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長による威嚇の応酬もあって、北朝鮮の核問題は世界の大きな懸念要因だ。仮にこの問題の解決に向けてロシアが主導権を発揮すれば、国際的な注目が集まるのは間違いないわけだ。 ただし、「明白な結果や勝算が見込めない限り、プーチン大統領は決して動かない」とラーリン所長は付け加えてもいる。最大の問題はやはり、北朝鮮に対するロシアの影響力がどこまであるかだろう。 当のプーチン大統領は9月初め、中国のアモイで開かれたBRICS首脳会議後の記者会見でこんな発言をしている。「我々(ロシアと北朝鮮)の貿易額はほとんどゼロだ。石油や石油製品の輸出量は四半期で4万トンに過ぎない。ロシアは国際市場に4億トン以上の石油・石油製品を輸出しているので、四半期で4万トンというのはゼロに等しいわけだ」。北朝鮮に対する経済制裁がいかに無意味かを説明する中で、ロ朝間の経済交流の実情に触れたわけだが、いみじくも影響力の薄さを露呈したことになる。 韓国の大韓貿易投資振興公社(KOTRA)によると、北朝鮮の2016年の国別対外貿易額は中国が圧倒的で全体の92.5%を占めている。2位はロシアだが、その比率はわずか1.2%に過ぎない。 北朝鮮の国別の対外貿易額(2016年) 出所=KOTRA(大韓貿易投資振興公社) 順位 国名 貿易額 (100万ドル) 全貿易額に占める比率 (%) 1 中国 6056.0 92.5 2 ロシア 76.9 1.2 3 インド 59.0 0.9 4 タイ 49.7 0.8 5 フィリピン 45.0 0.7 6 パキスタン 25.7 0.4 7 ルクセンブルク 14.9 0.2 ロシアは極東を中心に北朝鮮の出稼ぎ労働者も受け入れてきたが、総数は「およそ3万人程度」(プーチン大統領)という。しかも大統領は、石油関連製品の輸出削減や北朝鮮人労働者への新たな就労許可の禁止などを盛り込んだ国連安全保障理事会の追加制裁決議を「完全に順守する」と公約している。 こうした現実を勘案すれば、プーチン大統領の意思はともあれ、北朝鮮との交渉でロシアがイニシアチブを発揮する公算は小さいと予測せざるを得ないようだ。 このコラムについて
解析ロシア 世界で今、もっとも影響力のある政治家は誰か。米フォーブス誌の評価もさることながら、真っ先に浮かぶのはやはりプーチン大統領だろう。2000年に大統領に就任して以降、「プーチンのロシア」は大きな存在感を内外に示している。だが、その権威主義的な体制ゆえに、ロシアの実態は逆に見えにくくなったとの指摘もある。日本経済新聞の編集委員がロシアにまつわる様々な出来事を大胆に深読みし、解析していく。
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