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Khalil Ashawi- REUTERS
今こそ、シリアの人々の惨状を黙殺することは人道に対する最大の冒涜である
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/09/post-8507.php
2017年9月23日(土)11時50分 青山弘之(東京外国語大学教授) ニューズウィーク
<シリア内戦を終息させようとしている今、シリアの人々の惨状を黙殺し続けることは、欧米諸国のシリア内戦への干渉政策の根拠だったはずの人道に対する最大の冒涜である>
シリア政府への実質的屈服を意味する合意
取引は、アスタナ・プロセスと呼ばれる停戦協議と、イスラーム国に対する「テロとの戦い」という二つの枠組みのなかで繰り返された。
アスタナ・プロセスは、欧米諸国、サウジアラビア、カタールとともにアル=カーイダ系組織を含む反体制派に梃子入れしてきたトルコが、シリア政府を支援するロシアとイランに歩み寄ることでかたちを得た。
シリア軍によるアレッポ市東部完全制圧(2016年12月)を受け、この3カ国は2017年1月にカザフスタンの首都アスタナで高級事務レベル協議を開始、5月に開催されたアスタナ4会議で、緊張緩和地帯を設置することに合意した。
緊張緩和地帯は、係争地であったイドリブ県および周辺地域からなる北部(第1ゾーン)、ヒムス県北西部(第2ゾーン)、ダマスカス郊外県東グータ地方(第3ゾーン)、ダルアー、クナイトラ、スワイダーの3県にまたがる南西部(第4ゾーン)の4カ所からなり(地図1参照)、そこでのシリア軍と反体制派の戦闘停止、合同監視部隊による停戦監視、シリア政府支配地域を経由した人道支援、そしてイスラーム国、シャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)の殲滅が定められた。
シリア政府への実質的屈服を意味するこの合意に、シャーム解放委員会と共闘する反体制派は難色を示した。だが、ドナルド・トランプ米政権が、アル=カーイダ系組織と連携する組織への支援停止を決定したことで、彼らは梯子を外され、8月までにラフマーン軍団、イスラーム軍といった主要な武装集団が停戦を受諾した。
米国はまた、ヨルダンとともに、シリア南西部での緊張緩和地帯を設置することでロシアと合意、ロシア軍憲兵隊からなる停戦監視部隊が同地に展開することを許した。
一方、もう一つの有力アル=カーイダ系組織のシャーム自由人イスラーム運動は、イドリブ県でシャーム解放委員会との対立を深めて弱体化、アレッポ県北部でトルコの支援を受ける「家を守る者たち」作戦司令部(別称ハワール・キッリス作戦司令室、ユーフラテスの盾作戦司令室)に合流し、主敵をシリア政府から西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)に変えることで延命を図った。
地図1 勢力図(2017年5月)
出所:拙稿「欧米で報道されない「シリア空爆」に、アメリカの思惑が見える」Newsweek日本版、2017年5月27日、ロシア国防省HPをもとに筆者作成。
ロシア、トルコ、イランがイドリブ県を三つに分割することに合意
緊張緩和地帯設置がもっとも難航したのは、シャーム解放委員会が勢力を温存し、それ以外の反体制派と渾然一体化していたイドリブ県だった。だが、それも、9月14日と15日に開催されたアスナタ6会議で、ロシア、トルコ、イランが同地を三つのカテゴリに分割することに合意し決着した。
三つのカテゴリとは、(1)ロシア主導のもとでシャーム解放委員会を殲滅するとともに、それ以外の武装集団も同時に排除したうえで、非武装の文民機関がシリア政府と停戦し、自治を担う地域(第1地域)、(2)ロシアとトルコ両国の主導のもとでシャーム解放委員会を殲滅する地域(第2地域)、(3)トルコ軍の監督のもとで「家を守る者たち」作戦司令室がシャーム解放委員会を殲滅する地域(第3地域)、である(地図2を参照)。
シリア政府と反体制派の停戦プロセスは、反体制派をアル=カーイダの系譜を汲む「テロ組織」と「合法的な反体制派」に峻別することが最大の難関だった。だが、ロシア、トルコ、イラン(さらには米国)は、シャーム解放委員会とそれに与する組織・個人を「テロとの戦い」を通じて壊滅し、それ以外の武装組織をシリア政府と停戦させるという明確なコンセンサスに遂に達したのである。
地図2 勢力図(2017年9月21日現在)
出所:http://syria.liveuamap.com/、'Inab Balad, September 14, 2017をもとに筆者作成。
「テロとの戦い」からイランの脅威に対するイスラエルの安全保障に推移
一方、イスラーム国に対する「テロとの戦い」をめぐる取引は当初、イランの脅威に対するイスラエルの安全保障を確保するという別次元の問題として推移した。
発端となったのは、イラン革命防衛隊が支援するアフガン人民兵やレバノンのヒズブッラーなどからなる「外国人シーア派民兵」のタンフ国境通行所(ヒムス県南東部)方面への5月の進軍だった。通行所一帯を2016年から不法に占拠し、軍事拠点化していた米国は、「自衛権を発動する」として強く反発、「外国人シーア派民兵」の拠点や車列を爆撃し、この地域に接近しないようイランに警告した。だが、「外国人シーア派民兵」とシリア軍は、タンフ国境通行所を迂回して東進を続け、6月半ばにはイラク国境に到達、イラク領側から西進した人民動員隊と対面を果たした。
これにより、イランは、テヘランからバグダード、ダマスカスを経てベイルートに至る陸上路を確保し、イスラエルの危機感を煽った。
また、ダイル・ザウル県南西部への進攻を模索していた米国およびその支援を受ける「ハマード浄化のために我らは馬具を備え」作戦司令室(別称「土地は我らのものだ」作戦司令室、自由シリア軍砂漠諸派)の進軍を阻止し、同地でのイスラーム国に対する「テロとの戦い」の主導権を奪った。
しかし、イランは、米国を一方的に出し抜いた訳ではなかった。米国は前述のシリア南西部での緊張緩和地帯設置をロシアと合意するにあたって、イスラエルに配慮し、ゴラン高原およびヨルダン国境から40キロ以内の地域への「外国人シーア派民兵」の駐留を禁じるよう求め、イランにこれを認めさせたのである。
なお、イスラエルは、イランがシリア国内でミサイルの開発製造を行っているとの批判を繰り返し、9月7日にはシリア軍基地2カ所(ハマー県ハシャイフ・ガドバーン村の野営キャンプと科学研究センター)への越境爆撃を敢行した。
ロシアと米国による「支配地域の交換」という取引
こうしたなか、ロシア軍の航空支援を受けるシリア軍は、ハマー県東部、ヒムス県東部、ラッカ県南西部でイスラーム国に対する掃討作戦を継続し、支配地域を拡大、9月5日にダイル・ザウル市に到達し、3年以上にわたってイスラーム国の包囲を受け孤立していた同市の解囲に成功した。
この戦果もまた、ロシアと米国による「支配地域の交換」という取引の産物だった。その具体的な内容は公式に発表されていないが、ダイル・ザウル県でのイスラーム国に対する「テロとの戦い」への有志連合の参加をめぐる取引だったと推察される。
そのことを裏付けるかのように、米国の支援を受けた西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛部隊(YPG)主体のシリア民主軍は9月9日、ダイル・ザウル軍事評議会の主導のもとに「ユーフラテスの嵐」作戦を開始し、ハサカ県とダイル・ザウル県の県境から1日に50キロ以上も南下し、ユーフラテス川左岸の工業地区に到達した。また、これと前後して、「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室に所属する武装集団が、米国の正式の要請を受け、ヨルダン領内に撤退した。
ダイル・ザウル県では、ロシアと米国がこれまで以上に連携を強めている。9月16日以降、ロシア軍は、有志連合が制空権を制していたユーフラテス川左岸への空爆を開始、シリア軍も同地に渡河し、支配地域を拡大していった。空爆はイスラーム国だけでなく、シリア民主軍の拠点も標的となったが、米国は「ロシア軍との衝突回避に専念する」としてこれを黙認した。
疲弊し、荒廃したシリア国内の人々の生活をどう再建するのか
ロシア、トルコ、イラン、米国の一連の取引を見て明らかなのは、これらの国が、シリア政府を秩序回復の主軸に据えてシリア内戦を終息させようとしているという事実だ。むろん、今後も、イスラーム国やシャーム解放委員会の殲滅方法、反体制派やロジャヴァの処遇をめぐって、意見の相違や衝突が生じるだろう。だが、それらはもはや本質的な対立ではない。
シリア内戦の主要な争点は、6年半におよぶ武力紛争と経済制裁によって疲弊し、荒廃したシリア国内の人々の生活をどう再建するのか、そして難民・避難民をどう帰国(ないしは第三国定住)させるのかといった問題に移行している。
「体制崩壊は時間の問題」と主張してきた欧米諸国やその同盟国は、シリア復興が重要だとしながらも、バッシャール・アサド政権が存続する限り、制裁解除や復興支援は行わないという姿勢をとり続けている。だが、より厳密に言うと、「アラブの春」当初の近視眼的な予測に基づくこの言葉と、自らが現場で是認している現実の不整合をどう調整するかに腐心しているというのが実情だろう。
この不整合を解消するもっとも安易な方途は、おそらくはシリアへの忘却を誘うことだろう。アレッポ市解放以降、欧米諸国のメディアでシリアに関する報道が激減した現状は、そのためにはきわめて都合が良い。
だが、こうした姿勢に終始し、シリアの人々の惨状を黙殺し続けることが、欧米諸国のシリア内戦への干渉政策の根拠だったはずの人道に対する最大の冒涜であることは、誰の目からも明らかだ。
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