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中岡 望 :東洋英和女学院大学客員教授
トランプ大統領がスティーブ・バノン首席戦略官を解任し、波紋が広がっている。8月18日にサラ・サンダース報道官が発表した短い声明は「ジョン・ケリー首席補佐官とバノン氏は、今日がスティーブの(ホワイトハウス)での最後の日になることで合意した」と、妙に持って回った表現になっていた。
バノン首席戦略官が辞表を提出したのは8月7日で、8月14日付で辞任すると書かれていた。だが、8月12日にはバージニア州シャーロッツビルで極右グループとこれに反対するグループの衝突が起こり、ホワイトハウスは対応に追われ、辞表の受理されるのが遅れた経緯があった。トランプ大統領は8月19日、ツイッターに「バノンに感謝したい。彼は不正直なヒラリー・クリントンに対抗して立候補した私の運動に参加してくれた。それは素晴らしいことだった。Thanks S」と、極めて素っ気ない文章を書いている。
バノン氏は大統領選挙での最大の立役者である。昨年8月、苦境に立っていたトランプ陣営の選挙責任者に就任し、ヒラリー・クリントン候補への徹底した個人攻撃を指揮して、勝利に導いた。バノン氏がいなければ、トランプ政権は誕生しなかったと言っても過言ではない。
4月のシリア攻撃から目立ち始めた亀裂
新政権では首席戦略官に就任、さらに国家安全保障会議の常任メンバーとして出席が認められるなど閣僚級の待遇を与えられた。強烈な個性を背景にホワイトハウスで特異な地位を築き、トランプ政権の最重要人物の一人になると目されていた。トランプ大統領の政策でも指導力を発揮した。
不法移民の取り締まり強化と強制送還、NAFTA(北米自由貿易協定)離脱もしくは見直しの実施、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの撤退、メキシコ国境での壁の建設、イスラム教国からの入国規制などの保護主義的で排外主義的な政策実施の背後にはバノン氏やスティーブン・ミラー大統領上席顧問などポピュリストを代表する人物がいた。
だが、4月6日にアメリカ軍がシリアへのミサイル攻撃を行なったころから、バノン氏と他のスタッフとの関係に亀裂が入り始めた。軍事介入に消極的なバノン氏と、人道上、攻撃が必要と主張するトランプ大統領の娘イヴァンカやその夫・ジャレッド・クシュナー大統領上席顧問とは意見が対立していた。
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さらに6月1日に地球温暖化対策の国際合意であるパリ協定をめぐって、バノン氏は離脱を主張。クシュナー上席顧問やゴールドマン・サックス証券出身のゲイリー・コーン国家経済会議委員長など"国際派"と呼ばれるグループは残留を主張していたため、対立が明らかになっていた。
こうした立場の違いを背景にホワイトハウス内の力関係に変化が見え始める。大統領選挙中はバノン氏とクシュナー上席顧問の関係は極めて良好で、叔父と甥の関係に似ているとさえ言われていたが、4月以降、両者の対立は抜き差しならないところまで進んでいった。メディアは繰り返し、バノン氏は辞任するか、解任されると憶測記事を流し始めた。
バノン氏と他のスタッフとの対立はさらに深まり、マクマスター国家安全保障担当補佐官との軋轢へと発展していく。海外への軍事介入に否定的なバノン氏と、アフガニスタンへの増派を主張するマクマスター補佐官の対立はスキャンダルの様相を呈した。極右メディアのマクマスター補佐官への批判は極めて過激であり、そうしたマクマスター批判グループの背後にはバノン氏の影があった。
バノン氏は「北朝鮮に対する軍事的な解決はない」と、ホワイトハウス内の強硬論を批判。一方、中国に対しては、貿易戦争を躊躇すべきではないと主張。中国との対立を回避すべきだとするコーン国家経済会議委員長やディナ・パウエル大統領補佐官など金融界出身の"国際派"と真正面から対立した。ホワイトハウスは次第に"国際派"に掌握されて、バノンは包囲されていった。
決定打になったバノン氏インタビュー記事
状況が一気に動き出したのは、ショーン・スパイサー報道官とラインス・プリーバス首席補佐官の更迭である。バノン氏は、この人事に反対した。トランプ大統領は7月28日にジョン・ケリー国土安全保障長官を後任に充てた。ケリー新首席補佐官の使命は、ホワイトハウスのガバナンスを立て直すことであった。トランプ大統領は、ホワイトハウス内からの相次ぐ情報リークに怒りを抱いており、情報リークの主犯はバノン氏ではないかと疑っていた。
この人事をきっかけにトランプ大統領はバノン氏の解任を考え始めた。トランプ大統領はケリー首席補佐官にバノンの評価を命じている。ケリー首席補佐官には、「バノン解任」という、いわば猫に鈴をつける役割が期待されていた。その頃から、ホワイトハウス内では、バノン氏は「解任されるのか」「されないのか」ではなく、もはや「いつ」「どのようにして」が議論されるようになった。いかにしてバノン氏の体面を維持しながらホワイトハウスから排除するかが検討されるようになり、その結果が、辞任発表声明の奇妙な文章になったわけだ。
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バノン氏は、マクマスター安全保障担当補佐官などから、シャーロッツビル事件でトランプ大統領がネオナチを擁護するかのような発言を行ったことに対する責任を問われた。
解任の最後の一押しとなったのが、8月16日のリベラル派の雑誌『アメリカン・プロスペクト』(The American Prospect)に掲載された記事であった。バノンは同誌の編集者ロバート・カットナー氏に電話し、対中国政策や対北朝鮮について議論し、前述のような考え方を述べた。さらにカットナー氏は、記事の中でバノン氏が敵対する同僚を批判したことを明らかにした。この記事で、それまで微妙に保たれていた均衡が一気に崩れた。
バノン氏が果たした役割は、単にトランプ大統領を選挙で勝利に導いたことにとどまらない。バノン氏は白人至上主義者、ポピュリズム(大衆迎合主義)思想の指導者として知られている。トランプ大統領は自らをポピュリストの大統領と称しているが、そうした理論的な枠組みをトランプ大統領に与え、選挙で白人労働者をトランプ陣営に取り込む論拠を提供したのはバノン氏であった。
トランプ大統領が掲げたポピュリスト的な選挙公約はバノン氏がその政策を紙に書き、自分の執務室の壁に貼り、トランプ大統領にその実現を迫っていた。だが、そうした一連の政策は国際派の抵抗で骨抜きにされつつある。
バノン氏は「公約実現」へ圧力をかける
バノン氏は極めてユニークな経歴を持つ。バージニア州ノーフォークの労働者階級出身である。バージニア工科大学を卒業し、海軍大尉として中東に派遣された。その時の経験から強烈な反イスラム主義者になる。その後、ハーバード大学ビジネススクールを卒業。ゴールドマン・サックスのM&A部門で働き、さらにハリウッドで投資会社を設立している。そして"オルト・ライト"といわれる極右思想の指導者になり、ブライトバート・ニュース(Breitbart News Network)の経営者になり、極右思想の普及に努めている。
バノン氏はエスタブリッシュメントを批判する右派ポピュリストを代表する論者である。トランプ大統領も共和党のエスタブリッシュメントに対抗するアウトサイダーとして大統領選挙を戦った。いわば共通の敵を持っていたことが、二人を結びつけた。だが、トランプ大統領はバノンを切り捨てた。では、これからトランプ大統領は何を目指していくのだろうか。
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バノン氏は辞任が発表された日の夕方、ブライトバート・ニュースの編集会議の席に座り、会議を取り仕切っていた。ホワイトハウスを去ったバノン氏は"野に放たれた野獣"になるかもしれない。バノンを知る人は、「ホワイトハウスの外にいるほうがバノン氏の影響力は強まる」と語る。ブライトバート・ニュースを中心に今まで以上に激しい論陣を展開するかもしれない。
バノン氏はホワイトハウスを去るに際して「何か混乱があるようだから、明らかにしておく。自分はホワイトハウスを去り、トランプ大統領のために議会やメディア、大企業といった敵と闘うつもりだ」、「私は外部からトランプ大統領の政策実現のためにもっと効果的に働くことができると思う。それを阻止する者がいれば、私たちは闘う」と語っている。その発言には解釈が必要だろう。すなわち、バノンはホワイトハウスの外からトランプ大統領に圧力を掛けると、語っているのである。トランプ大統領にポピュリストの選挙公約の実施を求めていくことになるだろう。
トランプ大統領の迷走はまだ続くのか
フォックス・ニュースのアンカーマンのサンドラ・スミスは「大統領が間違っていると判断したら、バノンは大統領を容赦なく攻撃するために影響力を行使するだろう」と語っている。元ブライトバードの記者のカート・バーデラは「バノンは解放された気持ちだと思う。彼はホワイトハウスに残っている国際派に最大限の打撃を与えるためにブライトバート・ニュースを公然と使うだろう」と語っている。
バノン氏の攻撃対象になるのは、マクマスター国家安全保障担当補佐官、パウエル大統領補佐官、コーン国家経済会議委員長、クシュナー上席顧問、トランプ大統領の娘・イヴァンカなど"国際派"のグループである。ブライトバート・ニュースの担当者が国際派グループを"熱核兵器(thermonuclear)"で攻撃すると過激な発言をしていることが伝えられた。
「バノン解任」は物語の終わりではない。バノンという理論的な柱を失ったトランプ大統領の迷走はさらに激しくなるだろう。共和党のエスタブリッシュメントの影響力が強まってくるのは間違いない。ポピュリストを標榜するトランプ大統領は、それに抵抗するのだろうか。あるいは飲み込まれてしまうのだろうか。
http://toyokeizai.net/articles/-/185219
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