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ミサイルは飛んでくる、か
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/080300105/p1.jpg
小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明
2017年8月4日(金)
小田嶋 隆
北朝鮮によるミサイル発射という事態に、どうやら私たちは慣れてしまったようだ。
少なくとも私は、かなり頑強な耐性を獲得している。
ニュースを見ても、驚かない。
毎度毎度、定期便が上空を通過するのを見上げているみたいな気持ちで、ニュースの画面を眺めている。
この数年で地震にビビらなくなった事情と似ていなくもない。
震度3までは、毛ほども動揺しない。
震度4でもまだまだ落ち着いている。
おそらく、そう遠くない将来、最終的な地震が襲ってくるのだとしても、私は、その時までそんなにあわてないのではないかと思う。
あたりまえの話だが、慣れるということと、危機が去るということは、同義ではない。
危機感が鈍麻しているのだとしたら、むしろ危機は深まっていると考えなければならない。
北朝鮮によるミサイル攻撃のリスクに関して言うなら、われわれが慣れれば慣れるほど、危険度は増している。
危険度が増している理由のひとつは、彼らが打ち上げている飛翔体が、単なる注意喚起のための花火ではなくて、確実なエスカレーションを含んだ実験だということの中にある。
とりわけ、飛距離が伸びている点が深刻だ。
なんでも、今回のブツは、アメリカ本土に到達する性能を有している可能性があるのだそうだが、ということになると、彼らのプレゼンテーションは、これまでとはひとつ次元の違う危険性を物語っているわけで、これは考えれば考えるほど、しみじみとヤバい。
個人的には、北朝鮮がいきなりわが国にミサイルを打ち込んでくるとは思っていない。
とはいえ、永遠にこの膠着状態が続くとも思えない。
当面、私が懸念しているのは、アメリカが過剰反応することだ。
トランプ大統領の昨今の言動を見るに、あながち杞憂とも思えない。
というのも、普通ならやりそうもないことをやらかすのが彼の持ち前であり、トランプさんの政治的な生命線は、何をやり出すのかを、政敵や専門家が読めないところにあるはずのものだからだ。
となると、過剰反応が過剰反応を呼んで、展開次第では、戦争が起こらないとも限らない。
そういうことが起こった場合、火の海になるのは、アメリカではなくて、北朝鮮ならびにその周辺国で、具体的には韓国と、もしかしたら日本ということになる。 これは、あまり考えたくないシナリオだが、だからこそ考えておかねばならない。
米共和党の重鎮、リンゼー・グラム上院議員がNBCテレビのニュースショーに出演して語ったところによれば、トランプ大統領は、グラム氏に
「北朝鮮がICBMによる米国攻撃を目指し続けるのであれば、北朝鮮と戦争になる」
と語ったのだそうだ(こちら)。
なかなかおそろしい発言だ。
が、本命のおそろしいコメントは、その後だ。
グラム氏によれば、大統領は、続けて
「北朝鮮(の核・ミサイル開発)を阻止するために戦争が起きるとすれば、現地(朝鮮半島)で起きる。何千人死んだとしても向こうで死ぬわけで、こちら(アメリカ)で死者は出ない」
と言っていたらしい。
なるほど。
トランプ大統領の立場に立ってみれば、自国民が死なないことがわかっている戦争であるなら、始めることをためらう理由はそんなにない、ということなのかもしれない。
もちろん、政治家によるこの種の発言は、はじめからブラフ(ハッタリ、脅し)を含んだものとして、割り引いて考えるべきなのあろうし、実際に戦争をするかどうかは別として、戦争の可能性を排除しない旨を明言しておくことが、外交上のアピールとして不可欠な手順なのですとかなんとか、過剰反応する素人の動揺っぷりに冷水を浴びせることが、そのスジの専門家の大切な仕事でもあるのだろう。
その文脈からすれば、北朝鮮のミサイル実験とて、大きな意味では、ブラフに過ぎない。
してみると、このお話は、はじめから最後まで茶番なのかもしれない。
とはいえ、歴史の教えるところによれば、茶番劇が戦争を招いた事例はさほど珍しくない。
「襟首をつかんでスゴんでみせてるだけで、どうせ本気でケンカをする気はないわけだ」
「双方とも、引っ込みがつかなくなってイキってみせてるだけだわな」
「まあ、アレだ。誰かが止めてくれるのを待ってるカタチだよ」
という観察が、まったくその通りなのだとしても、状況が一触即発であることもまた事実ではあるわけで、とすれば、何かの拍子で一方の拳が相手のカラダのどこかに触れてしまったがさいご、乱闘が始まるであろうことも、無視できない可能性として考慮のうちに入れておかなければならない。
私は、軍事情勢や軍事技術に明るい人間ではない。
国際政治に精通しているわけでもない。
ただ、金正恩氏の人物像と、トランプ氏の精神状態については、彼らが就任して以来、ずっと注意を払ってきたつもりでいる。
その点から考えて、この2カ月ほどのやりとりに、なんだか非常にいやな感じを抱いている次第なのだ。
以下、順を追って説明する。
交通事故は、二人の下手くそが出会わないと起こらないと言われている。
事故というものは、二人の稚拙な、ないしは不注意なドライバーが偶然同じ道の同じ場所を走っているからこそ発生するものであるわけで、道路を走るドライバーがヘタであっても愚かであっても、その下手くそが単独で下手くそである限りにおいて、典型的な自損事故はともかく、破滅的な事故はそうそう起こらない。
これはおそらく国際政治においても同じことで、無茶なリーダーや、愚かな指導者が国を動かしているのだとしても、単独では戦争は起こらない。
無思慮な政治家をトップに戴いている国の軍隊が、周辺国を刺激したり、威嚇しているのだとしても、周辺国の政治家がマトモな判断力を保持している限りにおいて、即座に戦争が勃発することはない。
短期的に見れば、身勝手な軍事的挑発を繰り返す国は、周辺国から譲歩を引き出すことができる。
というのも、軍事的な挑発や威嚇へのとりあえずの無難な対応は、外交上の譲歩以外に見つかりにくいものだからだ。
とはいえ、あたりまえの話だが、国際社会からの孤立と引き換えに入手した暫定的な譲歩が、長い目で見て、利益をもたらすはずもないわけで、とすると、孤立した国家は、最終的には、振り上げた拳を降ろして平伏するか、でなければ、さらなる挑発を繰り返しつつチキンレースを続行する以外に、有効な選択肢を喪失するに至る。
この段階で、その狂った軍事独裁国家による一方的な威嚇に対して、周辺国がどのように対処するべきであるのかについては、いつも議論が分かれる。
当面の平和を維持しつつ、軍事独裁国家の沈静化あるいは緩やかな自滅を待つシナリオを推奨する人々もいれば、ナチス・ドイツへの初期の宥和政策が失敗であったことの教訓を言い立てて、あくまでも、強硬な封じ込めを主張する人々もいる。
とはいえ、外交という枠組みで考えれば、制裁を課すにしても、話し合いに持ち込むにしても、周辺諸国がいきなり極端な結論に飛びつくことは考えにくい。なんとなれば、戦争は、すべてのメンバーにとって破滅的な過程を含む解決だからだ。
しかしながら、直接の紛争と遠い位置にいる第三国が介入するケースについては、戦争回避は、絶対の前提ではなくなる。
このことは、先に引用した
「戦争が起きるとすれば、現地で起きる。何千人死んだとしても向こうで死ぬわけで、こちらで死者は出ない」
というトランプ大統領のセリフが、これ以上ない雄弁さで物語っているところのものでもある。
つまるところ、リスクを負っていない者にとって、戦争は絶対に避けなければならない手段ではないのであって、考えてみれば、前の大戦が終わってからこっちの70年間ほど、アメリカが関わってきた戦争は、どれもこれも、自国とは遠くはなれた場所で起こる、遠い日の花火みたいな物語だったのかもしれないわけだ。
だからって、いくらなんでも戦争は起こらないだろうと考える人が大多数であろうことはわかっている。
私自身も、八割方大丈夫だとは思っている。
でも、残りの二割のところで、どうしても不安に思う気持ちを拭いきれないのは、トランプ大統領の精神状態が戦争に向かっているように思えるからだ。
この半月ほどの間に、トランプ大統領の足場は急速に危うくなっている。
まず先月末、目玉政策のひとつである、オバマケア廃止法案が上院で否決された。
この法案否決は、上院で過半数を維持している共和党議員から造反者が出たことの結果であるだけに、ダメージは大きい。
政権内では、スパイサー報道官とプリーバス首席補佐官が辞任し、その彼らの反対を押し切って起用したスカラムッチ広報部長までもが就任10日で辞任に追い込まれている。10日で3人。ガバナンスは崩壊寸前と言って良い。
トランプ大統領の北朝鮮に対する挑発的な発言は、この状況で発された言葉だけに、余計に薄気味が悪い。
トランプはヤケを起こすのではなかろうか。
そう思うと、先の発言はさらにイヤな響きを帯びる。
もっとも、リーダーがイカれているのだとしても、それだけでは戦争は起こらない。
常識的に考えれば、世論がそのイカれたリーダーのイカれた政策を支持しない限り、国が戦争に踏み出すことはない。
その意味では、仮にトランプ氏個人が個人的にヤケを起こしたのだとしても、だからといって、ただちにアメリカが北朝鮮に対して先制攻撃を発動する事態は考えにくい。
ただ、こんなことを言うと、迷信深いと思われるかもしれないのだが、私は、リーダーの精神状態と国民の世論は、どこか深いところで連動するものだと考えている。
つまり、リーダーが情緒不安定に陥ると、それに呼応して、国民の中にも平静を失う人間が大量発生するということだ。
国民世論の中にある「気分」がそれにふさわしいリーダーを選ぶなりゆきと、リーダーが醸している「気分」が国民世論を誘導する流れの間には、神秘的な相互作用が介在している。ニワトリが先なのかタマゴが先なのかはともかくとして、両者は連動しつつ互いを鼓舞し、最終的に行き着く先に行き着くことになっている。
長い間サッカーを見ているファンは、サッカーチームが、戦術やシステムとは別に、監督の「パーソナリティー」や「気分」を体現する瞬間に何度も立ち会うことになる。
3-4-3と4-4-2がどうだとか、ポゼッションサッカーとリアクションサッカーがどうしたとか、そういう理屈や戦術とは別なところで、チームは、最終的に、監督の短気さや、ユーモアや、慎み深さや、体調を反映した動き方を獲得する。時にはリーダーがかかえている家庭の問題や、他チームからのオファーの噂が選手たちの走りっぷりに影響する。
というよりも、戦術以上のものを表現するのが優秀なチームというものなのであって、その「戦術以上のもの」とは、究極的には、監督個人の人格そのものに帰着せざるを得ないのだ。
で、このお話を通じて私が何を言おうとしているのかというと、チームがリーダーの個性を反映する傾向は、学校のクラスとか、会社とか、人間の組織には付き物で、国についてもある程度同じだということだ。つまり、一国の指導者の基本的なマナーは、その国の国民の当面の国民性として表現されることになるということなのだ。
いつだったか、メリル・ストリープという女優さんが、
「特権や権力、抵抗する力のすべてにおいて、自分が勝っている相手です。これを観たときに私の心は少し砕けてしまって、いまだに頭の中から追い出せない。映画の場面じゃなかったので。現実だったので。そしてこの、人に恥をかかせてやろうというこの本能を、発言力のある権力者が形にしてしまうと、それは全員の生活に浸透してしまいます。というのも、こういうことをしていいんだと、ある意味でほかの人にも許可を与えてしまうので。他人への侮辱は、さらなる侮辱を呼びます。暴力は暴力を扇動します。そして権力者が立場を利用して他人をいたぶると、それは私たち全員の敗北です」(引用元はこちら)
というスピーチをしたことがあった。
で、実際に、アメリカでは、トランプ大統領の就任以来、ヘイトクライムが目に見えて増えている。
これは、大変に示唆的な話だと思う。
似た話はわが国にもある。
以下のリンクは、兵庫県の私立名門校灘中学校・高校の校長が、同校で採用する歴史教科書をめぐって、現場に押し寄せた有形無形の「圧力」や「抗議」について書き記した文章だが、この場面で同校の事務局に寄せられた「国民世論」は、みごとなばかりに「政権」の個性を先読みしたカタチで噴出している(こちらから。リンク先はPDF)。
私は、政権が抗議運動を主導しているというストーリーの話をしているのではない。
そんなことをするまでもなく、権力のトップにある人間たちが抱いている「気分」を体現する世論は、おのずと形成される。
これを「忖度」と呼ぶのか、「お先棒」と呼ぶのかは一概には言えない。
むしろ、そうした漠たる世論を代表する実体として政権が樹立されたというふうに考えれば、これはこれで民主主義のあるべき姿だということもできる。
トランプ大統領は、このあたりで何か一発派手な花火を上げる必要性を感じ始めているかもしれない。
彼を支持するアメリカ人の中にも、その華々しく心躍る未知への冒険を待望する気持ちが醸されている可能性がある。
ただ、われわれは、当事者だ。
私たちは、花火の見物席に座っている人間たちではない。どちらかといえば、打ち上げ花火の落下の現場に近い場所で暮らしている。
とすれば、トランプ氏に、ひとまず平常心を取り戻してもらうのが、われわれにとっての当面の最善手ということになる。
うちの国のリーダーが、二人のイカれつつあるリーダーの仲介役をつとめられれば素晴らしい。
あるいは雨天中止を祈る。
(文・イラスト/小田嶋 隆)
「話さなくても雰囲気で、この記者は朝日、この人は日経、と分かるよ」
と、ある企業のトップの方に言われたのを思い出しました。
当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。
このコラムについて
小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明
「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/080300105
破局に向かうベネズエラ:国際社会はどう対処すべきか
2017.8.4(金) The Economist
1米国で出てきた「もう韓国を助けるな」の声
[古森 義久]2017.4.19
2米国から恐れられた日本のIT技術、AIの死角に着目
[伊東 乾]2017.8.4
3「タイで優雅な年金生活」の夢が破綻、大惨事も
[末永 恵]2017.6.30
4加計選定「一点の曇りもない」証言を報道しないNHK
[森 清勇]2017.8.4
5原油市場に現れた2つの地政学リスク
[藤 和彦]2017.8.4
6タダでも中国には行きません 深刻な学生の中国離れ
[姫田 小夏]2017.5.2
7やる気がない、欲がない若手社員との付き合い方
[藤田 耕司]2017.8.4
8爆買い客が中国に持ち帰った最も貴重なお土産とは?
[姫田 小夏]2016.12.13
9派閥均衡の内閣改造は安倍首相の「敗北宣言」
[池田 信夫]2017.8.4
10無断欠勤し放題、それでも仕事が回る工場の秘密
[HONZ]2017.8.1
ランキング一覧
(英エコノミスト誌 2017年7月29日号)
ベネズエラ制憲議会選、大統領が勝利宣言 衝突の死者10人に
ベネズエラの首都カラカスで、制憲議会選挙に抗議して警察署に放火した反政府デモ隊(2017年7月30日撮影)。(c)AFP/JUAN BARRETO〔AFPBB News〕
制裁は、国ではなく政権幹部個人に的を絞るべきだ。
ベネズエラは原油の埋蔵量がサウジアラビアより多いと主張しているが、その国民は飢えに苦しんでいる。驚くべきことに、国民の93%は必要な食料を買う経済的余裕がないと言い、4人のうち3人はこの1年の間に体重が減ったと話している。
この悲劇をもたらした政権は、貧しき人々への愛を公言している。だが、その幹部たちは多額の公金を着服している。ベネズエラは今や中南米で統治が最もお粗末で、最も汚職がはびこる国になってしまった。
ベネズエラは、民主主義がなぜ重要なのかを教えてくれる教科書のような国だ。たちの悪い政府に捕まった国民には、ろくでなしを追い出す権力を持たせる必要がある。だからこそ、ニコラス・マドゥロ大統領は、ベネズエラにわずかに残った民主主義の息の根を止めることにあれほど熱心なのだろう。
直前に気が変わることがなければ、マドゥロ氏は7月30日、自分に都合のいいメンバーで構成された制憲議会を作るためにイカサマ選挙を実施することになっていた*1。国民からは支持されていない自らの国家社会主義政権を永続させることがその目的だ。
制憲議会が発足すれば、野党勢力が現在支配する国会(議会)の権力は完全に破壊され、来年実施予定の大統領選挙――もし自由かつ公正に行われれば、マドゥロ氏は間違いなく落選する――の正統性も損なわれる。野党勢力によれば、新たに作られる制憲議会はキューバ型の共産主義を導入するという。
街にはすでに催涙ガスがまき散らされ、警官隊が発射した散弾も転がっており、制憲議会の発足で少なくとも国内の暴力行為が激しさを増すことになるだろう。4カ月近く続いている抵抗運動では100人を超える死者が出ているうえに、数百人が政治的な理由で身柄を拘束されている。国民はこの状況に激怒している。ほかの国々も警戒すべきだ。
*1=この記事が出た後、選挙は予定通りに実施された。
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原油市場に現れた2つの地政学リスク (2017.8.4 藤 和彦)
米国のベネズエラ制裁に思わぬ障害 (2017.7.27 Financial Times)
ベネズエラの「制憲議会」とは一体何なのか? (2017.7.20 Financial Times)
悲劇に転じるB級映画ばりのベネズエラのドラマ (2017.7.6 Financial Times)
ベネズエラ反政府デモ、米ゴールドマンに飛び火 (2017.6.1 Financial Times)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50710
原油市場に現れた2つの地政学リスク
ベネズエラより怖いサウジの政変リスク
2017.8.4(金) 藤 和彦
「マドゥロ氏は独裁者」 米国、ベネズエラ大統領に制裁
ベネズエラの首都カラカスで、制憲議会選挙の結果を祝うニコラス・マドゥロ大統領(2017年7月31日撮影)。(c)AFP/RONALDO SCHEMIDT〔AFPBB News〕
7月31日の米WTI原油先物価格は6日続伸し、5月30日以来約2カ月ぶりに1バレル=50ドルを上回った。
市場関係者の間で、原油価格に対する悲観的な見方が後退している(7月31日付ブルームバーグ)ことがその要因だ。契機になったのは、7月24日に開催された主要産油国の「減産遵守監視委員会(JMMC)」の開催だった。
JMMCではナイジェリアとリビアの増産が認められるネガティブな決定もあったが、市場関係者が反応したのはサウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相の発言である。ファリハ氏は「サウジアラビアの8月の原油輸出を日量660万バレルと前年を約100万バレル下回る水準に減少させる」との見通しを示し、「必要があれば協調減産の期限を2018年3月からさらに延長する」ことを表明した。このことが原油価格を反転させる大きな要因となった。
OPECは、7月の原油生産量は前月に比べて日量14.5万バレル増となっている(7月21日付ロイター)ことから、9月に開催予定だったJMMCを8月7日に前倒しして(UAEで実施)、減産目標の遵守率が低い加盟国を招いて引き締めを図ろうとしている。
ファリハ氏はOPECの減産遵守率が低下していることに非常に神経質だったと伝えられており(7月26日付OILPRICE)、同氏の剣幕に押されてアラブ首長国連邦(UAE)やクウェートが相次ぎ原油輸出量の削減を表明している。
米国でも「買い」材料が相次いだ。原油在庫は今年最大規模の減少となり、1月上旬の水準にまで落ち込んだ。また、シェールオイル開発大手がアナダルコ・ペトロリムを皮切りに今後設備投資を縮小する方針を明らかにしたことから、「シェールブームにブレーキがかかった」との見方が広がった。
原油価格を押し上げるベネズエラの混乱
米国の原油生産自体は引き続き好調であり、石油掘削装置(リグ)稼働数もそのペースが鈍化したとはいえ増加し続けている。このような状況下で原油価格は1バレル=50ドルが壁となっていたが、これを突き破る最後の一押しとなったのは、ベネズエラの地政学リスクである。
ベネズエラは世界最大の原油埋蔵量を誇り、原油生産量はOPEC第6位である(日量190万バレル強)。この有力産油国の原油生産量が、政情不安により大幅に減少するとの見方が強まっている。
2014年後半の原油価格急落以降、ベネズエラでは長らく混乱が続いていた(財政均衡原油価格は1バレル=200ドル超)。今回、混乱が一気に深まった理由は、7月30日にマドゥロ大統領が「制憲議会」選挙を強行したからである。制憲議会とは、憲法改正を目的とした臨時の立法機関だ。議会の無効化を含む強い権限を有しているうえ、政府のコントロール下にある選挙管理委員会が候補者を選定するため、政府の意図に沿った恣意的な運用が可能になるとされている。
前回はチャベス前大統領が1999年に国民投票を行った上で制憲議会を招集した。だが、マドゥロ大統領は今回こうした憲法上の手続きを無視している。そのため「独裁につながる」として国内外から非難されていた。
800万人以上が投票したとされる制憲議会選挙は即日開票され、与党の統一社会党が全545議席を獲得したことが判明した。同党党首のマドゥロ大統領は「我々の選挙史上最大の投票だ」と正当性を誇示し、速やかに憲法改正の手続きに入る意向を示した。
これに対し米トランプ政権は「大統領と政府が同国の民主主義を損なっている」として、米国の管轄下にあるマドゥロ大統領の資産凍結などの制裁を発動した。
ただし、噂されていたベネズエラ産原油の輸入禁止は見送られた。ベネズエラにとって最大の輸出先である米国市場(全輸出に占めるシェアは40%弱)を失うことは致命的な打撃となるが、米国もベネズエラ産原油の輸入を停止すれば、「返り血」を浴びることになるからだ。
ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の子会社であるシトゴは、米国内に3つの製油所と約6000軒のガソリンスタンドを有している。つまり、ベネズエラ産原油がガソリン供給に与える影響はきわめて大きく、米国のガソリン価格が急騰するリスクがある。米国政府としては、ベネズエラが原油を輸出する際に品質を向上させるために充当している米国産原油の輸出(日量2万バレル弱)を停止するのが関の山ではないだろうか。
PDVSAがデフォルトしたら何が起きるか?
ベネズエラの原油生産に関して米国の制裁よりも心配なのは、PDVSAが自滅することである。
ベネズエラ全体の外貨準備が100億ドルを割り込んでしまったことから、PDVSAが外貨不足により今後の資金返済に窮し、デフォルトを起こしかねない状況である。PDVSAは多額の融資の見返りに原油を無償で供給する契約(Loan for Oil)をロシアと中国との間で結んでいる。PDVSAがデフォルトを起こせば両国に大きな損失が生じてしまうことは必至である。
さらに、ここに来て大きな懸念要因として浮上しているのが、マドゥロ政権が進めようとしている憲法改正の中味である。
ベネズエラの原油生産の約4割は外資との合弁企業(ベネズエラ政府の持ち分は51%)が担っている。しかし、ベネズエラ政府は憲法改正によって、この合弁企業を国有化しようとしているのだ(7月18日付OILPRICE)。もし国有化が行われれば、ベネズエラの原油生産は減少する可能性が大きい。また、債務返済にこれまで大きな役割を果たしてきた外資企業が撤退すれば、PDVSAのデフォルトは一瀉千里(いっしゃせんり)である。今年前半、PDVSAは約60億ドルの債務返済を滞りなく行ったが、10〜11月に予定されている債務返済(約40億ドル)に赤信号が点滅し始めている。
ただし、PDVSAのデフォルトをプラス材料と捉える市場関係者もいる。PDVSAがデフォルトを起こせば、世界の原油市場(日量約9500万バレル)にとって需給状況が改善することから、「原油価格は1バレル=7ドル上昇する」との試算がある(英バークレイズ)。
嵐を呼びそうなサウジアラビアの「政変」
このように秋にかけてベネズエラの原油生産が波乱要因になるのは確実な情勢だが、筆者が最も懸念するのはやはりサウジアラビアである。
6月21日、サウジアラビアの皇太子だったナエフ氏(57歳)が突然解任された。日本経済新聞は「若返るサウジはどこへ」(7月31日付)という記事で、その内幕をニューヨーク・タイムズ(7月18日付)などの記事を基に次のように伝えている。
イスラム教のラマダンと重なった6月20日夜、サルマン国王はナエフ皇太子を呼び出し、皇太子の地位を我が子であるムハンマド氏(31歳)に譲り内相の職も辞するように迫った。携帯電話を取り上げられ外部と連絡できなくなったナエフ氏は抵抗をあきらめ、翌日の明け方に退任に同意したという(その後、ジェッタの宮殿で軟禁状態にある)。
サウジアラビア政府は皇太子の交代は粛々と行われたとのスタンスを崩していないが、7月8日にドイツのハンブルグで開催されたG20サミットにサルマン国王とムハンマド皇太子の両者が欠席したことは、宮廷に異常な政変が生じたことの何よりの証左ではないだろうか。
しかし、なぜ今なのか。ZeroHedge(7月24日付)は、「UAE主導によるカタール首長失脚を狙ったクーデターが米CIAに阻止されたため、これに焦ったサウジアラビアのサルマン国王親子が、CIAとのつながりが深いナエフ氏をあわてて失脚させた」という米情報機関筋の分析を掲載している。
前述のニューヨーク・タイムズの記事も米情報機関筋からのリークがベースとなっており、米情報機関が今回の皇太子交代を快く思っていないことは確かだろう。欧米諸国にとって、ナエフ氏はサウジアラビア国内のアルカイダをはじめとする過激派の掃討に体を張って対処した「対テロ作戦」の盟友である。一方、ムハンマド氏は「中東地域のトラブルメーカーである」との認識が欧米の情報機関の間で定着している。
サウジアラビアのサルマン国王は7月20日、「テロ対策を担当する国王直属の部署を新設する」という勅令を発表した。これにより内務省の下にあった検察や治安部隊を指揮する権限が王宮に移り、ムハンマド新皇太子が一段と反対勢力ににらみを効かせることが可能となった。7月24日付ロイターは「現国王は7月に息子への譲位を発表する声明の事前録音を行い、早ければ9月にこの発表が放映される」と報じている。だが、ここまでムハンマド氏を庇護して重用する強行策がはたして吉と出るのだろうか。
7月26日付OILPRICEによると、ムハンマド皇太子が国王になるための最後の障害はムトイブ国家警護隊隊長(アブドラ前国王の息子)の存在のようである。国家警護隊は約10万人の精鋭部隊を擁しており、国防軍以上の実力を備えているとされている。サルマン親子が生前譲位を強行しようとすれば、国内で武力闘争が勃発する可能性すらある。
筆者は、秋以降、原油価格は下落傾向にあるとの見方を変えていないが、「2つの地政学リスクによる原油価格の高騰」というシナリオも視野に入れる必要があると考え始めている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50699
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