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習近平主席と会話する宇宙実験室「天宮2号」の乗組員ら(「天宮」は5頁参照。写真:新華社/アフロ)
日本人が知らない中国の宇宙開発の脅威
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9010
2017年3月1日 小原凡司 (東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官) WEDGE Infinity
2017年2月12日、北朝鮮の中距離弾道ミサイル「北極星2」の発射が、日本のメディアをにぎわせた。コールド・ローンチと呼ばれる、潜水艦が潜没状態でミサイルを発射する際に用いる発射方式を、北朝鮮がすでに獲得していることなども話題になった。
また、2017年2月15日に、中国ロケット軍の宣伝動画が流れた時には、香港や台湾のメディアが、その意味について分析し、「トランプ大統領をけん制するものだ」等とも述べている。しかし、日本ではほとんど話題にもならなかった。
■「衛星発射」が有する軍事的意味
もちろん、実際に日本周辺で発射されたミサイルと動画のミサイルではインパクトが異なるし、中国は、北朝鮮に比較すれば、はるかに合理的に行動するだろう。現在の中国は、核兵器を恫喝の手段にしたりはしない。
それでも、「宇宙開発」に対する日本人の感覚は、他国の感覚とは異なるように思われる。例えば、北朝鮮が行う「衛星発射試験」に関しては、日本でも、「弾道ミサイルの性能を向上させるものだ」という捉え方がされる。そもそも、ロケットと弾道ミサイルの違いは、運搬するモノの違いだけだ。衛星等を運搬するものがロケットで、弾頭を運搬するものが弾道ミサイルである。
北朝鮮の「衛星発射」には神経をとがらせる日本であるが、中国が衛星を打ち上げても、危機感を持つ人は多くないようだ。公表されたものだけでも、中国は2016年に20基以上の衛星を打ち上げているにもかかわらず、である。
一つには、中国はすでに大陸間弾道ミサイルの技術を確立しているので、いまさら、「衛星発射」に軍事的な意味が少ないという考え方があるように思われる。しかし、衛星の打ち上げは、弾道ミサイルの技術と連動しているというだけでなく、他にも重要な軍事的意味を有しているのだ。
■「弱者の選択」と「非合理の合理性」
中国の宇宙開発が軍事と一体であることは、その歴史を見れば、一目瞭然である。中国は、1956年、国防部第5研究院を設立し、宇宙事業を開始した。中国の宇宙開発は、人民解放軍の機関が始めたのだ。
中国は、1960年2月19日に、初の宇宙探査ロケット(T-7M)を発射し、同年11月5日には、東風1号(DF-1)の初の試験飛行を行った。因みに、DF-1は、ソ連製R-1(SS-2)ミサイルのコピーである。
これら発射試験を見れば、ロケットとミサイルの開発がリンクしていることが理解できる。これら試験の成功を受けて、1961年8月20日、毛沢東主席や周恩来総理らから成る党中央は、「『両弾』研製」に同意した。『両弾』とは、核兵器とそれを運搬するミサイルのことを指している。核弾頭を搭載した弾道ミサイルを開発しろと命じたのだ。
当時の中国は、現在の北朝鮮同様、「弱者の選択」として、大国を抑止できる核兵器の開発に国内資源を投入していた。また、「非合理の合理性」を用いて、他国を恫喝するかのようなことも行っている。「非合理の合理性」とは、故意に、相手に「何をするかわからない」と思わせることによって、恐れさせることをいう。
1957年11月に、ソ連で開催された世界の共産党及び労働党の大会において、毛沢東が、「核戦争が起こったら、全世界27億人の半数が死に半数が残るという。中国6億人の半分が死んでも3億人が残るのだから、何が大したことがあろうか」と発言し、ソ連を含む他の社会主義国の指導者たちを震撼させたのは、あまりにも有名な話だ。
中国にとって、「非合理の合理性」を有効にするためにも、核弾頭をワシントンD.C.やモスクワに運搬する手段を有することは必須だったのである。1964年6月29日、中国は、自主開発した「東風2号(DF-2)」の発射試験に成功し、同時に核弾頭の小型化に努め、1966年10月27日、「両弾結合」と称して、核弾頭を搭載したDF-2の発射試験を行った。
これを受けて、1967年5月13日、国家計画委員会(現在の国家発展計画委員会)が、地球観測衛星システムの計画を打ち出した。これら衛星を軌道に乗せるために必要だったのは、推進力の大きいロケットである。1970年1月30日に、中国初の中距離弾道ミサイル「東風4号(DF-4)」の発射試験に成功すると、同年4月24日には、「長征1号」ロケットが、初の人工衛星「東方紅1号」を搭載して打ち上げられた。
このように、中国の宇宙開発は、正に、弾道ミサイルと核弾頭の開発と軌を一にして行われてきたのである。そして、1999年9月18日、中国共産党中央、国務院、中央軍事委員会、全人代が、「両弾一星」の研究開発において功績のあった者を表彰した。「両弾一星」の「一星」は、衛星のことを指している。
■自国の測位航法システムの必要性
現在の中国の宇宙開発は、すでに、単に弾道ミサイルの技術開発のためだけに行なわれている訳ではない。衛星を用いた各種ネットワークを形成し、宇宙ステーションを持ち、月開発まで視野に入れている。
中国は、米国が中国に軍事攻撃する可能性を考慮する。それゆえ、日本では非常に便利に利用されるGPS(Global Positioning System)も、中国は軍事的に利用することはできない。中国は、自国で同様の測位衛星航法システムを構築する必要があるのだ。
「北斗」システムである。中国は、2017年1月現在、すでに、4基の試験衛星を除いて、23基の「北斗」衛星を運用している。「北斗」システムは、2012年に、中国周辺で測位精度を10メートルにまで高めたという。
「北斗」システムはまだ完成した訳ではない。中国は、2020年までに35基の衛星によって、「北斗」測位衛星航法システムを完成させるとしている。GPSと同様、全地球型測位航法システムを目指すのだ。
この2020年は、中国海軍発展の第二段階が目標とする時期でもある。中国海軍は、2020年までに、空母打撃群を世界中に展開し、軍事プレゼンスを示すことを目標にしている。中国が世界に軍事行動を拡げるために、自国の測位航法システムが必要なのである。
因みに、2020年は、中国が言う「二つの百年」の一つでもある「中国共産党結党100年」の2021年を意識したものだ。ケ小平は、2021年までに、「小康状態」を達成するよう指示した。経済発展して国民を豊かにしろ、ということだ。
■最も中国本土から離れた海域で米艦隊を攻撃するために
しかし、中国は、米国が中国の経済発展を妨げると考えている。米海軍の中国攻撃を阻止する戦略であるA2/ADは、今ではよく知られている。A2/ADという言葉自体は、米国国防総省のネット・アセスメント室が使い始めたものだが、中国が、なるべく本土から離れた地点で米海軍艦隊を叩きたいと考えていることに間違いはない。
最も中国本土から離れた海域で米艦隊を攻撃するのは、ASBM(対艦弾道ミサイル:Anti-Ship Ballistic Missile)である。ASBMが正確に米海軍の艦艇を打撃するためには、本土から3000キロメートル以上離れた海域における正確な目標位置情報が必要である。目標情報がなければ、発射諸元を入力できないからだ。
中国は、衛星等によって、太平洋に500万平方キロメートルに及ぶ、対艦弾道ミサイル発射諸元用の捜索範囲を有しているとしている。中国は、海上偵察監視センサー・ネットワークの構築にも熱心に取り組んできたのだ。
2006年に、初のリモート・センシング衛星「遥感1号」の打ち上げに成功してから、2016年5月に「遥感30号」衛星を打ち上げるまで、わずか10年である。中国の公開データによれば、別の商用リモート・センシング衛星「高分2号」の対地解像度は0.8メートルである。
中国 航天科技集団公司(CASC: China Aerospace Science and Technology Corporation)は、2022年に、解像度0.5メートルの商用リモート・センシング衛星網を整備する計画である。中国が整備する軍用衛星網は、さらに高い解像度を誇るという。中国は、海洋偵察監視センサー・ネットワークを構築し、海空軍活動範囲の拡大を支援している。
CASCは、元々、国有企業であった訳ではない。CASCの前身は、前出の国防部第五研究院である。国防部第五研究院は、国務院の国防科学技術工業管理体制改革の戦略に沿って、1997年7月1日、中国航天工業総公司という国有企業となり、その後、中国航天科技集団公司となった。そして、中国の宇宙開発に係る衛星や宇宙船は、CASCが開発している。
CASCは、2018年に、ペイロード1.5トンという超大型プラットフォーム衛星を打ち上げる予定である。これは、通信衛星及び高軌道リモート・センシング用プラットフォームとしてだけでなく、宇宙探査にも応用できるとしている。
また、中国は、高速ブロードバンド衛星を2018年末に打ち上げ、2019年から運用するとしている。中国は、これにより、国内外を飛行する航空機、世界を航行する艦船、陸上を移動する車両等に高速大容量通信を提供できるとし、「一帯一路」戦略及び海外発展戦略に貢献するという。
■「米国に勝てない」と考える中国が仕掛ける非対称戦
中国人民解放軍では、こうした支援活動を行うための新たな部隊が設立されている。「戦略支援部隊」である。戦略支援部隊の主要任務は、「宇宙、深宇宙、ネットワーク、サイバー空間における優勢を確保し、人民解放軍の作戦を有利に進めること」であるとされ、具体的任務として、情報、技術偵察、電子戦、サイバー戦、心理戦を含む特殊作戦、整備補給(目標の捜索探知追尾、目標情報の伝達を含む)、日常的な航法援助活動、「北斗」及び宇宙情報収集手段の管理業務、サイバー攻撃/防御、ネットワーク防御等が挙げられている。
戦略支援部隊は、旧総参謀部第2部(情報、HUMINT等)及び第3部(技術偵察)、さらに旧総装備部の任務を統合継承し、新たに創設された部隊である。中国の宇宙開発に深く関わる組織なのだ。
しかし、これだけのセンサー網や通信網を整備しても、中国のネットワーク・セントリック・オペレーションは、米国にはるかに及ばない。個々の衛星等の能力を向上させ、物理的には接続できるようになっても、複数のシステムを統合してさらに大きなシステムを構築する「システム・オブ・システムズ」のノウハウは簡単に手に入るものではないのだ。
米国に勝てないと考える中国は、米国に対して非対称戦を仕掛けている。その一つが、衛星破壊兵器である。2007年に初めて実際に衛星を破壊して以降、2013年には、静止軌道衛星を破壊する能力も獲得したと言われる。
これらは、米国のネットワークのクリティカル・ノードの一つである衛星を破壊し、米国の偵察、通信、情報能力の低下あるいは無力化を狙うものだ。DN-2は、米国のGPSや偵察用の高軌道衛星をターゲットにしている。中国は、24基の衛星破壊用ミサイルで、米軍の通信、情報ネットワークを無力化できると豪語する。
しかし、これは、中国にとっての皮肉でもある。今や、中国自身が多くの衛星を打ち上げ、ネットワークを構築しようとしている。中国ができる衛星破壊を、他の国ができないということはない。今度は、中国が開発してきた衛星破壊技術によって、中国の衛星が狙われる番になるかもしれないのだ。
■米国とのエネルギー資源開発の主導権争いとしての月開発
中国の宇宙開発は、長足の進歩を遂げている。有人宇宙開発もその一つである。中国の有人宇宙開発も三段階の発展戦略に基づいている。1992年9月21日に決定された有人宇宙開発の「三歩走」発展戦略(921工程)は、1986年にケ小平氏が指示した「863計画」に基づくものだ。
第一歩は有人飛行船を発射して宇宙を往復する初歩的・実験的段階とされ、神州1号(1999年11月)から神州6号(2005年10月)までがこれに当たる。第二歩は宇宙船と宇宙ステーションのドッキング及び宇宙実験室での短期滞在とされ、第一段階と第二段階に分けられる。第一段階は、神州7号(2008年9月)から神州10号(2013年6月)までで、宇宙実験室「天宮1号」が含まれる。第二段階は、神州11号(2016年10月)と天宮2号による30日間の滞在である。
第三歩は、長期滞在型の「天宮」宇宙ステーションの建設であり、中国は、2022年までに完成させるとしている。2024年に運用を終えるISS(国際宇宙ステーション)に代わって、中国単独の宇宙ステーションだけが宇宙に浮かぶことになる。この有人宇宙開発にしても、その源は1980年代のケ小平氏の指示にある。現在の各種発展戦略は、1980年代から変わっていないのである。
2004年から開始された「嫦娥工程」と呼ばれる中国の月開発も三段階だ。「無人月探査」、「有人月面着陸」及び「月面基地建設」である。この内、月探査のプロジェクトも、「繞(周回)」「落(着陸)」「回(帰還)」の三段階に分けられている。
第一期(2007年)は、「嫦娥1号」による月面の地形、地質、環境の探査である。第二期(2007〜2016年)は、「嫦娥2号」及び「嫦娥3号」による月面無人着陸、月面車「玉兎(2013年12月〜2016年8月)」による月面調査である。第三期(2016〜2020年)は、2017年に打ち上げ予定の「嫦娥5号」から送り出される月面車等による月面探査及び岩石等の採取であり、これらは回収され、地球に帰還する。
日本では、2016年8月に「玉兎」が停止したことが、ロマンチックな出来事であるかのように報じられたが、中国の月開発は、米国とのエネルギー資源開発の主導権争いでもあり、軍事的な意味も含んでいる。
中国が特に注目する月のエネルギー資源は「ヘリウム3」であると言われる。「ヘリウム3」は核融合への応用が容易な気体であり、中国は、月に存在する「ヘリウム3」の量が、地球上のエネルギー資源使用量の1000年分に相当するとしている。中国は、米国が地球上のエネルギー資源をコントロールした後は、月のエネルギー資源のコントロールに着手すると懸念している。
さらに、中国が想定する月面基地は、恒久的軍事基地として利用される可能性もある。中国では、月面から、月軌道に近い衛星/宇宙船の監視及び攻撃が可能だという意見もある。さらに、月面基地は、深宇宙探査の中継基地にもなり得るという。
日本は、中国の宇宙開発が持つ軍事的意味や米国とのエネルギー資源開発競争という側面を理解し、注意深く観察するとともに、どのように対応していくべきかを議論しなければならない。
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