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トランプ政権は言われるほどひどくない
キーパーソンに聞く
30年ぶりの税制抜本改革でビジネス環境は激変する
2017年2月7日(火)
篠原 匡
ドナルド・トランプ大統領が就任して2週間あまりが経過した。就任後、矢継ぎ早に出された大統領令を見ると、選挙公約を忠実に実行しようとする姿勢が見て取れる。ホワイトハウスの椅子に座れば現実路線に転換するだろうという世界の淡い期待は霧消しつつある。
もっとも、ビジネスの世界に限ってみれば悪いことばかりでもないという声もある。インフラ投資や規制緩和と並んで市場が熱い視線を送っている税制改革、その中でも法人税の抜本改革について、話題の国境税調整をからめつつ、税制の専門家に聞いた。
(聞き手は、ニューヨーク支局、篠原 匡)
大統領令はオバマ政権も乱発
トランプ大統領が就任して2週間あまりが経ちました。メキシコ国境の壁建設や一部のイスラム教国の市民の入国を制限するなど、米国のみならず世界中に混乱をまき散らしています。秦さんは税法がご専門ですが、新政権をどう感じていますか?
秦正彦(はた・まさひこ)氏
アーンスト・アンド・ヤング・パートナー
専門は法人税、パススルー課税、クロスボーダー取引、企業再編、外国人を対象とした米個人所得税、タックス・プロビジョンなど。25年以上にわたり日本企業の海外事業に対して国際税務コンサルティングを提供している。弁護士(米カリフォルニア州)と公認会計士(カリフォルニア州、ニューヨーク州)の資格を持つ。
秦正彦・アーンスト・アンド・ヤング・パートナー(以下、秦):トランプ大統領は長年、ワンマン経営者として企業を差配してきただけあって、中身はともかく、実際の行動は極めて早いと思います。ニューヨーカーは何事も動きが早く、他人の目など全く気にしないところがありますが、トランプ大統領はまさにニューヨーカーの典型といった印象です。
もっとも、大統領令はオバマ政権を含む過去の大統領もそれなりに乱発しています。とりわけオバマ政権は共和党が支配する議会と考えの相違があまりに大きく、議会の協力がほとんど得られませんでしたので、大統領令を積極的に活用してきました。大統領令や財務省など行政機関による規則を行使する以外に自身の政策を実行する手段がなかったのでしょう。ただ、それにしても議会の権限を侵食しているのではないかと思うこともしばしばありました。大統領令や規則の限界にチャレンジしていたと言ってもいいほどに。
「大統領令」を連発するトランプ米大統領(写真:Pool/Getty Images)
「規制強化」が足かせだった8年間
オバマ政権の8年間では規制強化が進みました。
秦:オバマ氏は人格的にとても立派な方だと思いますし、私も尊敬しています。金融危機の最中に大統領になり、米経済の崩壊を防いだ功績は高く評価されるべきでしょう。一方でビジネス環境という面でみると、ここ8年は相次ぐ規制でかなり厳しい状況にありました。私が専門にしている税法の世界を見ても、FATCA(Foreign Account Tax Compliance Act:外国口座税務コンプライアンス法)やインバージョン(税率の低い国への本社移転)規制、過小資本税制、組織再編の際のスピンオフ制限などの厳しい規制が次々と導入されました。金融全般を見れば、金融機関の説明責任と透明性の向上を狙ったドッド=フランク法(ウォール街改革及び消費者保護法)も挙げられます(取材後、トランプ大統領はドッド=フランク法によって強化された金融規制を見直す大統領令に署名)。
参考までにご説明すると、FATCAは米国人による外国金融機関を利用した租税回避を防ぐため米国外の金融機関に顧客口座情報の報告を義務づける制度。インバージョン規制は税率の低い国に本社を移転する税逃れを防ぐための措置。過小資本税制は過度のレバレッジに対して支払利息の損金算入を認めないというもの。「支払利息は損金算入が可能だが配当金の費用化はNG」という法人税法の原則を突き、海外からのグループ内借り入れを過度に膨らませる企業が相次いだために生まれた規制です。最後のスピンオフ制限は事業を会社分割で切り分ける際に、含み益を持つ投資資産をタックスフリーで放出することを禁じた措置です。他国の多国籍企業と比べて、日本企業はこういった税圧縮のプラニングをあまり積極的に活用していませんね。
オバマ政権で導入された税法関連の規制には租税回避を防ぐという大義名分があり、それ自体を否定するものではありません。ただ、財務省などが出す規制を見ると、議会によって法律で各省庁に委譲されている権限を逸脱していると思われるものも多かったように思います。また、一つひとつの規制のボリュームが大きく、企業にとって大きな負荷になっていました。過小資本税制の最終規則を一つとっても518ページに上る大作で、これを企業が理解し、順守するのは並大抵のことではありません。正直なところ、オバマ政権下での規制は過度だったと思います。
このまま民主党政権が続いていれば、さらなる増税も含め、米国のビジネス環境は極めて息苦しいものになっていたでしょう。
抜本的な税制改革の機運の高まり
それが、トランプ氏の勝利で180度変わりました。
秦:税法以外の政策についていえば、トランプ大統領の主張している政策は個人的にも思うところがあります。もっとも、今の状況の中でトランプ政権は悪くないというのは勇気がいることですが、ビジネスという観点で見れば、トランプ大統領と共和党が支配する議会の組み合わせは決して悪くないと思っています。規制緩和に対する期待も当然ありますが、私の立場で言うと、抜本的な税制改正、特に法人税改革に対する機運が高まっているのが大きい。
トランプ氏は大規模減税を公約に掲げて選挙戦を戦いました。下院共和党もポール・ライアン下院議長を中心に税制改正案のブループリントを発表しています。
秦:米国における大規模な税制改正は1986年のレーガン改正が最後。それ以降、30年以上抜本的な税制改正は実現しませんでした。日本も同じだと思いますが、税制改正は選挙区ごとに勝者と敗者が生まれるため、同じ政党内でもコンセンサスを得るのが困難です。ただ、今回はトランプ大統領が減税に意欲的な上に、上下両院を共和党が押さえているため抜本的な税制改正の機運がこれまで以上に高まっています。
税制の抜本改革実現を目論むライアン下院議長(右)とトランプ大統領(写真:Zach Gibson/Getty Images)
「世界一高い」米国の法人税
なぜ抜本的な税制改革が必要なのでしょうか。
秦:法人税に特化してお話ししますが、理由は2つ、法人税が世界一高く、ワールドワイド課税(企業が海外で稼いだ利益を配当で自国内に戻す際に、その配当に対して法人税を課す税制)のままだからです。
まず米国の法人税率は州税を含めると約40%で、先進国の平均がざっくり20%後半ということを考えれば、「世界一高い」と言い切ってしまっていいレベルです。よく米国企業の実効税率は実際には低く、法定税率が高くても問題はないという指摘があります。ただ、実効税率が低いのは税金対策に多額のコストをかけて低税率の国に利益を移転させているため。高い法人税が企業に負担を強いているという点で問題があるのは変わりません。
トランプ大統領は選挙期間中、法人税率を15%まで引き下げると主張していました。共和党のブループリントでは法人税20%をうたっています。タックスヘイブン(租税回避地)かどうかの境目は法人税率20%を目安にすることが多いので、トランプ案の15%はもとより、共和党案の20%でもかなりのインパクトがあります。
もう一つのワールドワイド課税は、米国外で上げた利益を配当で米国に持ち帰ろうとした時に課税される制度のことです。日本も含め、世界の国々は海外法人の利益の本社への配当に課税しないテリトリアル課税(企業が国外で稼いだ利益には自国の法人税を課さない税制)が中心ですが、米国は税制改革が実現しなかったため、いまだにワールドワイド課税のままです。
「ワールドワイド課税」にともなう多くの弊害
世界一高い法人税とワールドワイド課税の組み合わせは最悪ですね。
秦:その通りです。ワールドワイド課税が適用されているため、米国に拠点を置く多国籍企業にはヘッドクオーターを海外に移すインセンティブが強く働きます。そもそもの法人税が高く、世界中の子会社、関連会社で挙げた利益に最終的に40%の税率が適用されるわけですから。また、法人税率の低い国に本社を移せば、グループ間の貸し付けなど様々なテクニックを活用したアーニング・ストリッピング(支払利息控除を利用して米国内の利益を圧縮すること)も可能になる。製薬業界を中心に、M&Aを利用したインバージョンが広がりました。それも、高い法人税率とワールドワイド課税という組み合わせがあるからです。
今回の共和党案では、法人税率の引き下げとともにワールドワイド課税の見直しに言及しています。オバマ政権はインバージョンを防ぐため新たに多くの規制を導入しましたが、グローバル企業がインバージョンやアーニング・ストリッピングを活用するのは米国の競争条件が各国と比べて著しく劣るため。その根本的な問題を解決せずに規制を強化しても、別の抜け穴を見つけようとするだけでしょう。トランプ大統領は米国第一主義を唱えていますが、税制に限って言えば、国際競争を阻害している要因を取り除くという性質のもので、世界標準に米国の競争環境を戻すという感覚だと思います。
共和党がかねてから温めてきた「国境税調整」
共和党案には「メキシコ国境の壁」の原資とも言われる、国境税調整も含まれています。
秦:今回、話題になっている国境税調整は税制改革における大きな柱の一つです。簡単に言うと、米企業が輸出する場合は輸出売り上げを課税ベースから控除する一方で、原材料などを輸入した場合は輸入仕入高を経費として認めないという考え方です。法人税率が20%だとした場合、輸出高の20%を補助金として受け取り、輸入高の20%を関税として支払うのと似たような効果が得られるため、米国内に生産拠点を戻すインセンティブが働きます。
よくトランプ大統領が主張する国境税と混同されますが、国境税は輸入時に関税を課すのに対し、国境税調整の方は法人税の計算時に輸出と輸入にかかわる金額を年に一回調整して申告するイメージです。相手国がどこでも、また非関連者からの調達でも関係ありません。この国境税調整はトランプ大統領が突然、思いついたものではなく、ライアン下院議長をはじめとした下院共和党が従来から温めていたアイデアで、下院案は大統領選挙より前の2016年の夏には発表されています。実際、かなりよく考えられています。
なぜこういうアイデアが出てきたのかというと、米国には消費税や付加価値税(VAT)などの間接税がないという事情があります。
米国から輸出する製品には、二重に税金がかかる
そういえば、米国には消費税がありませんね。
秦:日本を思い浮かべていただければと思いますが、日本で輸入品を購入する場合、消費者は消費税を払います。同様に日本製品を輸出した場合、輸出先に消費税に準じるものがあれば相手国で課税されます。その際、日本で輸出品に課税されることはなく、サプライチェーンの過程で支払った消費税は還付されます。
それに対して、間接税がなく法人税ですべて対応している米国の場合、輸入コストは経費として課税ベースから控除できますが、輸出売り上げに対しては法人税がかかります。また、輸出の際はVATでの還付のような仕組みがないため、法人税がそのまま課されます。例えば、日本で製造した自動車を2万ドルで輸入して3万ドルで売れば、輸入仕入高の2万ドルは経費に算入できます。他方、米国で製造した自動車を3万ドルで輸出すると、3万ドルは必要経費を引いた後に課税所得となります。法人税の世界では当然の扱いですが、消費税を大きな財源とする他国と比べて方向が逆なんですね。
結果として何が起きるか。他国で作った製品を米国に輸出する場合、輸出に対して出荷地では税金がかからず、米国では輸入企業が仕入れコストを経費算入できて、双方で米国への輸出は競争力が出る。他方、米国で作った製品を海外に輸出する場合、米国で法人税がかかり、輸出先でもVATや消費税がかかる。「アメリカは自ら好んで自分たちを不利にしている」と下院共和党はブループリントで述べていますが、まさにその通りで、米国の法人税は他国との比較でいうと、自国の輸出品に制裁を課している一方、輸入を奨励していることになります。トランプ大統領の米国第一主義を持ち出すまでもなく、こういった不均衡を是正しようと思うのは当然です。
「国境税調整」を導入するための“ロジック”
確かに、これでは海外移転にインセンティブを与えているようなものですね。
秦:この状況を修正するためには、米国もVATを導入すればいいのですが、低所得者の負担が重いという見方があるせいなのか、米国はVATに対するアレルギーがあり、VATを入れたがりません。そのため、法人税にVATの概念を入れようとした結果、国境税調整というアイデアが出てきた。
ただ、国境税調整は輸出補助金と輸入関税という側面があるので、WTO(世界貿易機関)ルールに抵触するという指摘があります。
秦:その問題を回避する上では、「設備投資の一括償却」、すなわちキャッシュフローベースという共和党案のもう一つのキーワードがポイントになります。日本やドイツのようにVATを導入している国の場合、企業が設備投資をすると、機械設備を購入した時にVATを払い、そのVATはその後の売り上げに課されるVATと相殺される効果を持ちます。もちろん、法人税の世界では設備ごとに恣意的な償却年数が定められており、それに従って企業は償却しています。ただVATの世界だけで見れば、購入したときに一括償却しているということになります。
言い換えると、「他国が導入しているVATと同じだから」という理屈で国境税調整を導入するためには、法人税における設備投資の一括償却を認めないとつじつまが合わないということです。WTOは間接税であれば輸出入の税調整はOKだと言っている。米国の国境税調整は法人税ですが、「法人税」という言葉を使っているだけで設備投資の一括償却を認めている。米国内の人件費を費用化できる点を除けば実態としては間接税と変わらない。ゆえに、WTOルール違反ではないという理屈です。
はっきり言って詭弁ですが、少なくとも下院共和党は国境税調整を導入するロジックとして以上のようなことを考えています。WTOの紛争解決に何年もの時間がかかることを考えれば、まず導入してルール違反と認定されたときに対応を考えるというのも想定内でしょう。
「国境税調整」をメキシコ国境の壁の原資に?
トランプ大統領は「複雑すぎる」と難色を示していました。
秦:私は国境税調整が導入される確率はそれなりに高いと思っています。なぜならば、国境税調整を導入しなければ、法人税減税のための財源が確保できないからです。国境税調整は貿易赤字に対する課税という意味合いもあり、巨額の貿易赤字を抱える米国が国境税調整から得る税収は今後10年間で1兆ドル、法人税率に置き換えれば8%に上ると言われています。この原資がなければ、共和党のいう20%の法人税減税など夢のまた夢でしょう。
トランプ大統領は国境税調整を壁の原資にするという考えもあるようですが…。
秦:そのあたりは共和党との調整でしょうが、共和党が法人税減税と財政中立を両立を目指している以上、国境税調整を導入しなければ実現できません。もちろん、メキシコとの間でサプライチェーンを構築している自動車業界や、輸入品を数多く扱う小売り業界、エネルギーの輸入に関わる石油業界などは反対するでしょう。ただ、国境税調整を導入してもドル高に振れて為替で調整されるという指摘もあります。極端なドル高になると海外資産のドル換算額が目減りしてしまいますし、トランプ政権はドル安に誘導したいでしょうから、この点は国境税調整導入の際のひとつのチャレンジとなる。
現時点の税制改正案はブループリントであり、詳細は今後、明らかになっていくと思います。ただライアン議長は8月までに法案化したいと語っていますので、そんなに遠い話ではありません。トランプ大統領はいろいろと物議を醸す大統領令を出していますが、税制改革の機運がこれほどまでに高まっている時はありませんので、是非実現してほしいと思います。
このコラムについて
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/020200232
トランプ大統領は「日本車がお嫌い」?
上野泰也のエコノミック・ソナー
今年末は1ドル98〜100円程度の円高か
2017年2月7日(火)
上野 泰也
日本の自動車輸出について、不満をぶちまける
米国のトランプ大統領は1月23日、企業経営者らをホワイトハウスに招いた朝食会で日米間の自動車貿易の状況に関し、「米国(の自動車メーカー)は日本国内で車を販売できないのに、日本は米国に何十万台の車を輸出している」「この問題について協議しなければならない」と発言。不満をあからさまに表明し、日本に「公正」な貿易を求める方針を示した。
米国からの自動車輸入に対して日本の関税はゼロなのに対し、日本メーカーが米国に輸出する場合は2.5%の関税が課せられている。したがって、大統領の発言は環境規制や輸入時の認証手続きなど、いわゆる非関税障壁を問題視したものと受け止められている。
1月24日、トランプ米大統領は、ホワイトハウスでゼネラル・モーターズなど米自動車製造大手3社のトップと会談した。自動車製造大手のトップは、ドル高是正を政権に求めたとみられている。(写真:代表撮影/UPI/アフロ)
リーマン後、日本の黒字は拡大基調で推移
日本の財務省が発表している貿易統計で日米間の「自動車」の輸出入差額を調べると、「リーマンショック」後に米国経済が緩やかな回復軌道を走る中、日本の黒字が拡大基調で推移してきたことがわかる。直近データである2016年12月分は+4705億円で、2007年12月以来の水準。ドル/円相場(東京市場17時時点・月中平均)で割ってドルベースで見ると2016年12月分は+39.6億ドル。その前の11月分が+41.0億ドルで、やはり2007年12月以来の大きさである<■図1>。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/020200080/pho01.jpg
■図1:日本の貿易統計 対米国の「自動車」輸出入差額
(出所)財務省資料より筆者作成
むろん、日本の自動車メーカーは海外現地生産に注力しており、設備投資や雇用で米国経済に多大な貢献をしてきているわけだが、こうした自動車貿易関連の直近の数字は日本側にとり「不都合な真実」ではある。
「東京でシボレーが走っているのを最後に見たのはいつだ?」
米大統領選の序盤ではいわゆる泡沫候補の1人とみなされていたためほとんど報じられなかったが、2015年6月16日にトランプタワーで共和党大統領候補指名争いへの出馬を表明した際、トランプ氏は次のように述べていた。
「なんでもいい、我々が何かで日本を打ち負かしたことがあるか? 日本は何百万台もの車をアメリカに輸出している。一方、我々は? 東京でシボレーが走っているのを最後に見たのはいつだ? みんな聞け、そんな光景は存在しないのだ。日本人にはやられっぱなしだ」
「私は、神がこれまで創造したなかで、もっとも偉大な『雇用創出大統領』になる。間違いない」(セス・ミルスタイン編 『ドナルド・トランプ 大いに語る』 講談社+α新書より引用)
トランプ氏の言動が、円買いドル売りの材料に
「米国第一」の保護主義的な姿勢によって世界経済全体に大きな混乱や下押し圧力がもたらされる中で、米国経済が最終的にトランプ氏の唱えるようなきわめて良好なパフォーマンスを確保できるとは、筆者には全く思えない。だが、上記のようなトランプ氏の言動が昔の日米通商摩擦の連想を招いており、市場で円買いドル売りの大きな材料になっていることは事実である。
大統領就任の少し前、1月11日に久しぶりに行った記者会見でトランプ氏は、「中国、日本、メキシコとの貿易で米国は巨額の損失を被っている」と発言。これら3か国に対する米国の貿易赤字に不満を表明した。
この時点では、通商問題におけるトランプ氏の「主敵」はあくまでも中国であり、日本はターゲットにはならないという見方が優勢だった。
人民元に対するドル上昇に強い不満を表明
実際、1月13日に米紙ウォールストリートジャーナル(WSJ)の電子版に掲載されたインタビューでトランプ氏は、「彼ら(中国)が為替相場を操作していることは間違いない」「『われわれは通貨を切り下げている』と言う代わりに、彼らは『ああ、われわれの通貨が下落している』と言う。下落しているのではない。彼らが意図的にそうしているのだ」「米国の企業はいま、彼ら(中国の企業)と競争できない。なぜなら、われわれの通貨(ドル)は強く、それがわれわれに甚大な打撃となっているからだ」と述べ、人民元に対するドル上昇に強い不満を表明。中国当局による意図的なドル高人民元安が、米国の企業の競争条件を不利にしているとした。
主要通貨に対してもドル高懸念を表明するだろう
だが、次の4つの理由から、筆者はこの時点で、トランプ氏は遅かれ早かれ円も含む人民元以外の主な通貨に対するドル高に対して、懸念を表明するだろうと読んでいた。
(1) 上記のようにトランプ氏は1月11日の記者会見で、中国、メキシコと並んで日本に対する米国の貿易赤字へも不満を表明していたこと。
(2) トランプ氏が前面に出している「米国第一」の保護主義的な政策と、ドル相場の上昇は、かみ合わせが非常に悪いこと。
(3) 経済政策の司令塔である国家経済会議(NEC)委員長に就いたゲーリー・コーン氏は「『米国の輸出競争力を弱める』として、ドル高を警戒する発言も繰り返しており、新政権の為替政策にも影響する可能性がある」と報じられたこと(2016年12月10日 日本経済新聞 夕刊)。
(4) 1980年代前半の「レーガノミクス」が大幅なドル高進行によって行き詰まったという歴史の教訓を、トランプ氏も十分知っていると考えられること。
「ドルを押し下げる」可能性にも言及
そして、トランプ氏は上記のWSJインタビューで「ドルは強過ぎる」「強いドルには長所と同時に数多くの短所がある」と述べるとともに、「ドルを押し下げる」可能性にも言及していたことがその後明らかになり、市場で円買いドル売りの材料になった。
また、トランプ大統領は1月31日、米製薬会社大手首脳を集めた会合の場で、「(米企業の競争力減少の)多くは、他国が通貨や通貨供給量、通貨安誘導で有利な立場を取っているという事実に関係している。米国はひどい状況が続いてきた」「われわれは、通貨安誘導、全ての(貿易相手)国が通貨安誘導に依存しているということに無知だ。中国は(通貨安誘導を)行っているし、日本は何年も行ってきた」と発言。
いつものようにまくしたてるような口調で、しかも品性や教養がほとんど感じられない表現で、中国および日本の通貨安誘導によって米国の企業が不利な立場に置かれていることを強調した。トランプ政権の保護主義的な姿勢が強固であることが、市場に強く印象付けられた。そして、「米国第一」というスローガンに沿った米国の製造業復活には、ドルが強いことは障害になる。
「国際秩序の再構築」という観点からも波乱含み
さらに、「国際秩序の再構築」という観点からも、トランプ政権の今後は大いに波乱含みである。以下の2点に筆者は注目している。
(1) 「トランプのアメリカ」がおそらくはロシアとも連携しながら「中国包囲網」形成を志向する中で、米中間の対立は軍事的な緊張が高まりかねないところまで先鋭化するのか?
〜 東西冷戦下で発足したレーガン政権で主たる敵とみなされた旧ソ連にあたるのは、トランプ政権では中国だろう。米国の対中貿易赤字と南シナ海での中国の軍事的動きをにらみつつ、「1つの中国」原則でさえ、トランプ政権は「ディール(取引)」の材料にしようとしている。仮に、トランプ政権が本気で政治・軍事的に「中国包囲網」を形成しようとする場合、日米同盟や米韓同盟の堅持に加えて、ロシア(およびインド)との関係緊密化がカギになり得る。もっとも、中国とロシアの関係は現在、決して悪いわけではない。また、中国、ロシア、インドはいずれも、BRICS首脳会議のメンバー国である。
(2) 「トランプのアメリカ」がNATO(北大西洋条約機構)の現状や欧州統合を支持しない中で、ただでさえ今年は国政選挙が多く不安視されている欧州情勢は、ますます不安定化するのか?
〜 (A)トランプ大統領はNATOを「時代遅れ」と批判。ロシアの軍事的脅威に対する重要な防衛網へのコミットを米国が弱めることを示唆している(言うまでもなくロシアを利する行動)。大統領就任前には、NATOの加盟国がロシアから攻撃されても米国は防衛に動かない可能性にさえ言及したことがある。
〜 (B)トランプ大統領は英国のEU(欧州連合)からの離脱を強く支持し、独メルケル政権など欧州大陸の伝統的価値観の政治から距離を置く姿勢をとっている。要するに、欧州統合の流れに今度の米大統領は反対姿勢である。欧州が団結しない場合には経済的に米国が有利になるといった計算も働いているのだろうか。いずれにせよ、欧州情勢の不安定化は「リスクオフ」による株安・円高に結び付く話である。
ドル/円相場の今年の予想は、一段の円安ドル高か、それとも円高ドル安方向への大きな揺り戻しが起きるかで、市場で真っ二つとなっている。
トランプ政権の保護主義的な姿勢や、それとも絡み合ったリスク要因の多さゆえに、筆者は円高を予想している。いくつもの大きな波を伴った不安定な動きになることは避けられそうにないが、今年の年末時点では98〜100円程度まで逆戻りしているだろう。
このコラムについて
上野泰也のエコノミック・ソナー
景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/020200080
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