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長内 厚のエレキの深層
【第21回】 2017年2月6日 長内 厚 [早稲田大学商学学術院大学院経営管理研究科教授/早稲田大学台湾研究所研究員・同IT戦略研究所研究員/ハーバード大学GSAS客員研究員]
トランプ「学問迫害」に揺れるハーバードで、米国の衰退を憂う
トランプの大統領令に走る緊迫
ハーバード大からの「3通のメール」
トランプ政権がイスラム圏からの入国禁止令を出して以降、ハーバード大学では、海外からの学生や研究者を気遣う「異例のメール」が矢継ぎ早に送られた。その内容とは?
?アメリカでトランプ政権が誕生してから10日あまり、多くの大統領令が発布され、世界が右往左往している。著者はトランプ大統領の人柄や施策の全てを否定するつもりはないが、昨今騒動になっている特定のイスラム圏からの入国禁止令に関しては、大学人として、アメリカが20世紀から積み上げてきた世界の学問の中心という地位を崩壊させかねない事態だと、極めて強い憂慮の念を抱いている。
?現在、ハーバード大学でGSAS客員研究員の職にある筆者をはじめ、同大学の全教員、学生、招聘研究者宛てに、大学側から12月に1通、そして1月末の28日、29日に立て続けに2通、政権移行と入国管理に関するメールが送られてきた。
?1通目は、クリスマスシーズンの帰省に不安を感じている学生に対し、「新政権はまだ誕生していないし、入国管理の仕組みがすぐに変わるわけでないので安心して年末休暇を楽しむように」との内容であった。ただし、不安を抱えている学生には「大学の心療内科の受診やカウンセリングを受けるように」というアドバイスが書かれていたので、トランプ氏が“口撃”を行なっている国の出身の学生は、相当ナーバスになっていたようであった。
?年が明けて、筆者は学生と1月20日の大統領就任式をテレビで見ていたが、そもそも就任式を見に来ない学生が多く、選挙の開票時には大勢の学生が集まったことを考えると、ハーバードの学生のトランプ評がうかがい知れる。中には就任演説で泣き出す女性もいた。
?そして、就任後間もなくこの入国制限である。ハーバード大学の対応は早かった。1月28日に教職員・学生に国際オフィスから2通目のメールが送られた。現在、入国規制されている7ヵ国以外にも、今後対象国が増える可能性があること、そうした大統領令は直ちに施行される可能性があることに注意を促す内容だった。学生・研究者には、不要不急の国外旅行は再入国ができなくなる可能性があることを示した上で、リスクを考えて判断してほしいという。
?12月の「年末休暇を楽しんで」から打って変わって一転、メールの文章からも緊迫感が伝わってくる。12月のメールとの落差がいかにも不気味だ。筆者の近くにも、しばらくは怖くて国外に出られないという人がいる。
?そして翌1月29日、ハーバード大学のキャサリン・ドリュー・ギルピン・ファウス学長から、全教職員・学生に向け、「We are ALL Harvard」と題した3通目のメールが届いた。海外からの学生・研究者ともにハーバードの大切な一員であり、外国籍の学生・研究員の活動に支障が出ないように、直ちに政府、議会、裁判所に訴えていくという内容である。アップルなどの企業のCEOがすでに述べているように、アメリカは移民の国であり、移民なくして経済活動は成り立たない。大学もそうである。
海外学生・教員を狙い撃ち
ナチスの「焚書」再来か?
?ファウス学長のメールには次のような記述がある。
「ハーバードの学部や大学院の約半数の学部長・研究科長は、インド、中国、北アイルランド、ジャマイカ、そしてイランからの移民である。世界中から集まる人々の才能とエナジー、知識とアイデアから受ける恩恵は、ハーバードにとってだけ重要な利益になっているわけではない。これまでもそうであったし、現在も全くそうであるが、それらはアメリカ合衆国にとっても重要な利益であり続けた」(メールの全文はハーバード大学のホームページでも紹介されている)
?確かに、テロ対策も喫緊の課題である。しかし、一律に特定の国や宗教を狙い撃ちした入国受け入れ拒否はやり過ぎであると共に、アメリカにとっても得策ではない。アメリカの経済力の源泉は世界中から人を集める求心力であったはずだ。移民受け入れというコアコンピタンスがあればこそ、世界一の大学がアメリカにあり、世界一の経済力を持ち、優れた多くのベンチャー企業を輩出してきたと言える。アメリカがその入り口を閉ざすということは、アメリカのコアコンピタンスを破壊することにもつながりかねない。
?20世紀前半まで、世界の学問の中心はドイツであった。ドイツの大学には世界中から学生や研究者が集まり、科学技術をはじめ多くの学問がドイツで発展した。日本の年配の医師がドイツ語でカルテを書くのもその名残と言える。
?しかし、ナチスドイツの台頭で始まった焚書とユダヤ人迫害によって、多くの学問が途絶え、研究者は自由を求めてアメリカに移った。20世紀後半のアメリカ経済の隆盛は、アメリカの学問の隆盛とリンクしてきた。今や医師も多くはアメリカに留学し、カルテも英語で記載する。ドイツの大学の伝統はナチスによって断絶させられた。
?今、学問の世界に新たな迫害が迫っているのかもしれない。Twitterの限られた字数での短く強烈なメッセージは、丁寧で長文の論説よりもインパクトがある。新聞や書籍が廃れ、知識や情報まがいのものはスマホのコンパクトな文章によって得られるようになった。「デジタル焚書」といってもいいかもしれない。
?そこに追い打ちをかけるように、大学研究者の行動の自由が奪われる大統領令の施行だ。そこにはやはり人種偏見が見え隠れしてはいないだろうか。トランプ大統領はNAFTAによってアメリカがメキシコから経済的な被害を被っていると言うが、カナダについては「カナダとは特別な関係」と言う。
?我々日本人も無関係ではない。対米貿易黒字で言えば、ドイツの方が日本を上回っているが、名指しで批判されてきたのは主にアジアの日本・中国・韓国である(最近になってドイツ批判も始めたようだが)。アングロサクソンの国とそれ以外とで対応に違いがあるように感じるのは、気のせいだろうか。
?ナチスドイツ政権下でもユダヤ人やその他多くの外国人が迫害され、差別の危険を感じた多くの研究者が自由を求めてアメリカに渡った。アメリカの大学の躍進は優れた研究者を移民として受け入れてきた歴史でもあるが、今回の大統領令はそれをぶち壊してしまうかもしれない。今回の大統領令にその意図はないという擁護論もあるが、これまでのキャンペーンも含めた全体のコンテクストを見れば、多くの外国人が迫害の危険を感じてもおかしくはない。
?これでは、アメリカを再び偉大にするどころか、アメリカの知の後退にしかならないだろう。
米国が教育の門を閉ざすなら
日本は「無門の門」になれ
?今後、アメリカの大学が衰退するようであれば、世界の優秀な頭脳を集めるセンターとしての大学がどこか他の国に求められるはずである。そのとき日本の大学は、世界から優秀な人材を集められる準備はできているだろうか。
?ハーバードのメールの緊迫感は、学生を守るという意味だけでなく、長期的なハーバード大学の国際競争力を心配してのことだと思う。東南アジアから西アジアにかけての国はムスリムが多いと同時に、ITなどに強い優秀な人材の宝庫でもある。先も述べたようにアメリカの大学の優位性は、移民の受け入れによる多様性に立脚している。
?アルカイダやISは学校をつくることで子どもを過激な兵士に育てている。日本のテロ対策には、イスラム圏諸国にテロ組織が関わらない学校をつくるという活動があるという。生活に苦しむ人々は、仕事ができるだけの読み書き計算を無料で教えてくれるのであれば、テロ組織の学校でもありがたい、と感じてしまうらしい。こうした子どもたちをテロ組織から守るための学校をつくる、というのだ。
?日本のODAでつくられた学校で学んだ優秀な子どもたちが、日本の大学で自由に勉強や研究に従事する。それは日本の大学の活性化につながるだけでなく、日本の産業に優秀な国際人材を送り込むチャンスでもある。今後、もしアメリカが門を閉じるのであれば、日本が「無門の門」で対応すればいい。
(早稲田大学大学院経営管理研究科教授、ハーバード大学GSAS客員研究員?長内 厚)
http://diamond.jp/articles/-/116741
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