『from 911/USAレポート』第734回 「トランプ時代という不透明感」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 隔週土曜日配信の『from 911/USAレポート』ですが、先週の予定を変更して、 今週配信をしております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索)が、2016年の「まぐまぐ大賞(ジャーナリズム 部門3位)」に選定されました。2017年は、少しずつリニューアルして充実を図 る計画です。JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝 発行)もお読みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料で す。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第734回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2017年1月20日、「オンリー・アメリカ・ファースト」という異常な宣言と 共にドナルド・トランプ氏が第45代合衆国大統領に就任してから2週間。日に日に 世相は不透明感を増しています。不透明感といっても、株が下落して底が見えないと いうような「真っ暗な恐怖」というのではありません。例えば株は高いですし、2月 3日に発表された1月の雇用統計は非常に好調でした。ですから、漠然とした好況感 というのはあるのです。 そうではあるのですが、何とも言えない不透明な感じ、つまり先行きへの不安感の ようなものが重苦しく漂っているのは確かです。3つの問題があるように思います。 1つ目は、正にそのトランプ大統領自身が主張している「アメリカ・ファースト」 という考え方です。スローガンとして掲げるというのだけなら、分からないでもない のですが、既にこの「大統領」は態度として示し続けているわけで、これは大変に問 題です。 典型的なのは豪州のマルコム・ターンブル首相との電話会議でのトラブルです。こ れは、1月28日に起きた「事件」ですが、要するに電話の中で、豪州が収容してい る難民について、以前から米国との間で合意しているアメリカでの受け入れについて、 突然怒り出し「オーストラリアはアメリカに第二のボストン爆弾魔を送る気か?」な どと言い出したというのです。ターンブル首相も一国の総理大臣であり、国を代表し て会話している中では、そのような一方的な「ブチ切れ」を甘受するわけには行かず、 電話はそこで終わったというのです。 話としてはそれだけですが、異常なのは、このニュースがこの一週間何度も何度も 取り上げられているということです。勿論、メディアが「トランプ攻撃」の材料とす るのは当然として、何が異常なのかというと、政権側が居直るばかりで「事態の収拾 に努力をしていない」ということです。 例えば、ホワイトハウスのケリアン・コンウェイ顧問は、この件での追及に対して 「難民の中から乱射事件が起きた」と居直っています。どうも、イラクからの移民が 乱射事件を起こしたということが言いたいらしいのですが、そんな事実はなく、事実 はないということへの訂正もありません。 その一方で、オーストラリアからの難民移送に関しては、大統領が怒ったとかいう こととは無関係に、協定どおりに今でも進んでいるという話もあり、何ともチンプン カンプンというところです。 これはいわゆる「オルタナ・ファクト(オルタナ・トルース)」という種類のもの で、要するに支持者受けするようなパフォーマンスが大事であって、そのパフォーマ ンスの中で言及されている事実は、感情論をうまく表現できていれば、それで良く、 事実であるかどうかは関係ないという「政権周辺が就任以来多用してきている」手法 の一つだということも言えます。 もう一つイヤな印象を与えるのは、オーストラリアという米国の南太平洋における 軍事・外交上の緊密なパートナーに対して、こうした非礼を平気で行うということで す。今回の政権には、「同盟国と言われている相手に対してこそ、米国のカネを一方 的に垂れ流す関係がある」というような「理論」があり、だからこそ「同盟関係の損 得を見直すのがアメリカ・ファースト」だという姿勢があるわけですが、今回の電話 「ブチ切れ事件」は、それが現実のものとなった中で、非常な恐怖感があるわけです。 つまり、具体的にはNATOへの冷淡な姿勢など、世界の軍事外交バランスを激変 させてしまうような危険性もあるわけで、そんな中で、各メディアは、豪州との問題 を「不透明感の象徴」としてズルズルと引きずっているような感覚があります。 2つ目は、大統領が「怒りのパフォーマンス」を続けている一方で、クラシックな 共和党的な施策がどんどん進行しているという点です。例えば、最高裁判事候補には 保守派のニール・ゴーサッチ判事を指名するとか、オバマ大統領時代に進められたビ ジネスに関する様々な規制を一方的に解除するといった動きです。 何が問題なのかというと、こうした「共和党的な施策」とういうのは、コアのトラ ンプ支持者、つまり中西部の「忘れられた白人たち」の利害には必ずしも一致しない ということが、まずあります。特に投資銀行に対する規制などは、2008年のリー マンショックを受けて「大きすぎて潰せない」ような金融機関に対しては、万が一の 場合には公的資金注入の可能性があるのだから、反対にそのような危機に陥る危険性 を増大するようなリスキーな取引を規制するという思想で導入されたものです。 こうした規制を、バブル経済が拡大しつつある中で解除するというのは、よく考え れば富裕層の利害しか代表しない措置であるとも言えるのですが、とりあえず何の議 論もないままに、「オバマがやったことは全てひっくり返せ」というモメンタムの中 で、規制緩和が進行中です。一番の問題は、そこに「大局観」がないということです。 小さな政府、小さな規制という思想で行こう、その上で国民の一人ひとりが自営業 を起業するような気概で、経済を拡大していこう、例えばブッシュ時代には(必ずし も成功したわけではありませんが)そのような「オーナーシップ社会」というビジョ ンがありました。では、今回のトランプ時代には、同じものがあるのかというと、そ れはないわけです。 メキシコが、あるいは中国や日本が雇用を奪ったから奪い返せ、という話はありま す。では、額に汗して働く中流層の職業倫理を深化させようとしているのかといえば、 大統領自身が、派手なリゾートやゴルフコースの経営を生業として来た人物であり、 堅実な製造業労働者のカルチャーを持っているわけではありません。 にも関わらず、現状の中では「忘れ去られている」とか「見下されている」という 彼らの劣等感や怨念に「つけ込んで」その感情論を政治的な求心力にしているわけで すが、その中身は実はないわけです。つまり、経済という意味でも、社会という意味 でも、どのような「アメリカ」を作っていくのかというと、要するにオバマの手法の 陰画でしかないわけです。 そんな中で、小さな政府論や規制緩和が、「オバマの政策のちゃぶ台返し」として、 ドサクサに紛れて「大局観」なしに進められている、そこには危機感を覚えます。そ の先にあるのは、実体経済から乖離したバブルの膨張という危険な経済水域に入って いく可能性を感じるからです。 軍事外交に関しても、「トランプ流のメチャクチャ」な対応と、「クラシックな共 和党」的な方針が混在しているように見えます。例えば、ウクライナでのロシア系に よる紛争発生に関しては、ニッキ・ヘイリー国連大使はロシアに対して強い非難を加 えています。これだけ見れば、オバマや共和党本流のように「対ロシア警戒路線」と いうのが残っているように見えますが、一方で、これと前後して正式就任したティラ ーソン国務長官は、明らかに対ロ関係改善を志向しているようでもあり、どうにも不 透明です。 第3の問題は、いわゆる左右対立です。これは、特に1月27日に突然発令された 「7カ国の国籍者への90日間の入国禁止、難民の120日間入国禁止」によって、 抜きさし難いものとなりました。全国的に、空港などでの抗議行動は断続的に続いて いますし、カリフォルニア州のUCバークレーで起きた反対デモは激しく警官隊と衝 突する中で、大統領は同校への「連邦予算の補助金停止」を示唆するなど、対立は激 しさを増しています。 ただ、反対派の方も「顔の見えるリーダー」がいるわけではありません。強いて言 えば、議会上院の「少数党院内総務」であるチャック・シューマー議員(民主、NY 州選出)が野党の代表として、政権批判を続けているわけですが、特にカリスマ性の あるキャラクターでもないので、反対運動の求心力になっているわけではありません。 例えば、駐日大使として3年間強の任期を終えて帰任したキャロライン・ケネディ 氏については、2月3日(金)朝のNBCに出演していましたが、「民主党の中では スキャンダル・フリー」だということで、国政選挙への待望論が一気に出てきていま す。2018年の上院という話は、相当の頻度で出てきますし、中には2020年の 大統領選に担ぐ声も既に出ています。 一方で、本選で敗北したヒラリー・クリントン氏に関しては、NY市長選への待望 論が出ています。理由は簡単で、2017年に行われる著名な公職の選挙としては、 これがほぼ唯一だということ、そして、上院議員に2期連続で圧勝して以来の「基礎 票」があるというのですが、現職のデブラシオ市長(民主)が二期目を目指している 以上は無理筋という意見もあります。 2016年の選挙ということでは、トランプ、ヒラリーに次いで存在感を見せた、 バーニー・サンダース氏は、依然として「無所属の上院議員」として現役であり、ト ランプ批判の論客として活躍していますが、依然として左派ポピュリズムの受け皿と しての自分について自覚的であるようです。 そんなわけで、民主党の側が反対の論陣を張るにしても、どう考えてもバラバラと いうのが現状です。これでは、政治的に大統領に対抗するパワーとはなり得ていない、 そう言われても仕方がありません。 そんな中、世論の関心は2月5日(日)に迫ったスーパーボウルに集まっています。 開催地はヒューストンのNRGスタジアム。「本来」であれば、ニューイングランド ・ペトリオッツ(レギュラーシーズン14勝2敗)と「地元」であるダラス・カーボ ーイズ(13勝3敗)が激突するという期待があったわけで、ダラスが負けてしまっ たことで、テキサスの人々の興味は今ひとつということになりましたが、依然として ペトリオッツという超人気チームが出るということで話題を呼んでいます。 このスーパーボウルでは、30秒6億円という「広告合戦」がもう一つの話題を提 供するわけですが、今年は、バドワイザー社が「我々の伝統を作ったのは移民たち」 だというコンセプト、つまり考えようによっては「アンチ・トランプ」のメッセージ を潜ませた広告を制作したとして既に話題になっています。 また、ハーフタイムショーはレディ・ガガが担当するということで、「何かアンチ ・トランプのメッセージ発信をするのでは?」という噂もありますが、こちらの方は、 本人が「アメリカ人全員に届くようなメッセージにする」としているので、期待薄と いう説もあります。いずれにしても、トランプ現象を「忘れる」にしても「何らかの 批判をしたい」にしても、このスーパーボウルという場が話題になる、それもまた、 この2017年2月の世相なのかもしれません。 そんな中で、ニューヨーク市では1月10日に60歳で亡くなった警官に関心が集 まっています。その警官というのは、スチーブン・マクドナルド氏という人で、19 86年にセントラルパークをパトロール中に、職務質問をした相手の15歳の少年に いきなり3発の銃弾を打ち込まれて一命はとりとめたものの、半身不随になってしま っていました。 ですが、このマクドナルドという人は、加害者を「赦す」ということを生涯のテー マとして説き続けたのです。その父の生き方に共感した息子さんもNYPDの警官に なっているのですが、それはともかく、半身不随となっても職務を継続したマクドナ ルド氏は、心臓発作のために1月に亡くなっています。その葬儀はNYPDを挙げて の盛大なものであったそうですが、それから約1ケ月を経た2月の第一週には、改め て全国ニュースとしてマクドナルド氏の葬儀の様子が紹介されています。 余りにも「利己」を前面に出したトランプ政権のカルチャーに対して、「赦し」の 思想を訴え続けたマクドナルド氏の生涯に「一服の清涼剤」を感じる人が多いという ことなのでしょうか。 そのトランプ大統領に関しては、各種の世論調査結果が「就任直後の支持率」を出 し始めていますが、2月3日にCNN・ORC(ORCインターナショナルという世 論調査機関)の調査結果として、支持44%、不支持53%という数字が出ています。 CNNは戦後の大統領の中で、就任直後の支持率としては「断トツに低い」という 論評をしていますが、感覚としては「まあこんなもの」であり、直ちに罷免とか辞任 につながるような危険水域でもないわけです。とにかく、「これからも劇場型パフォ ーマンスが続く」ということは、想定内にしても、実際の経済や外交に悪い影響が出 るのか、出ないのか、不透明な世相は当分続きそうです。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『『from 911/USAレポート』第734回 「トランプ時代という不透明感」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 隔週土曜日配信の『from 911/USAレポート』ですが、先週の予定を変更して、 今週配信をしております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索)が、2016年の「まぐまぐ大賞(ジャーナリズム 部門3位)」に選定されました。2017年は、少しずつリニューアルして充実を図 る計画です。JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝 発行)もお読みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料で す。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第734回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2017年1月20日、「オンリー・アメリカ・ファースト」という異常な宣言と 共にドナルド・トランプ氏が第45代合衆国大統領に就任してから2週間。日に日に 世相は不透明感を増しています。不透明感といっても、株が下落して底が見えないと いうような「真っ暗な恐怖」というのではありません。例えば株は高いですし、2月 3日に発表された1月の雇用統計は非常に好調でした。ですから、漠然とした好況感 というのはあるのです。 そうではあるのですが、何とも言えない不透明な感じ、つまり先行きへの不安感の ようなものが重苦しく漂っているのは確かです。3つの問題があるように思います。 1つ目は、正にそのトランプ大統領自身が主張している「アメリカ・ファースト」 という考え方です。スローガンとして掲げるというのだけなら、分からないでもない のですが、既にこの「大統領」は態度として示し続けているわけで、これは大変に問 題です。 典型的なのは豪州のマルコム・ターンブル首相との電話会議でのトラブルです。こ れは、1月28日に起きた「事件」ですが、要するに電話の中で、豪州が収容してい る難民について、以前から米国との間で合意しているアメリカでの受け入れについて、 突然怒り出し「オーストラリアはアメリカに第二のボストン爆弾魔を送る気か?」な どと言い出したというのです。ターンブル首相も一国の総理大臣であり、国を代表し て会話している中では、そのような一方的な「ブチ切れ」を甘受するわけには行かず、 電話はそこで終わったというのです。 話としてはそれだけですが、異常なのは、このニュースがこの一週間何度も何度も 取り上げられているということです。勿論、メディアが「トランプ攻撃」の材料とす るのは当然として、何が異常なのかというと、政権側が居直るばかりで「事態の収拾 に努力をしていない」ということです。 例えば、ホワイトハウスのケリアン・コンウェイ顧問は、この件での追及に対して 「難民の中から乱射事件が起きた」と居直っています。どうも、イラクからの移民が 乱射事件を起こしたということが言いたいらしいのですが、そんな事実はなく、事実 はないということへの訂正もありません。 その一方で、オーストラリアからの難民移送に関しては、大統領が怒ったとかいう こととは無関係に、協定どおりに今でも進んでいるという話もあり、何ともチンプン カンプンというところです。 これはいわゆる「オルタナ・ファクト(オルタナ・トルース)」という種類のもの で、要するに支持者受けするようなパフォーマンスが大事であって、そのパフォーマ ンスの中で言及されている事実は、感情論をうまく表現できていれば、それで良く、 事実であるかどうかは関係ないという「政権周辺が就任以来多用してきている」手法 の一つだということも言えます。 もう一つイヤな印象を与えるのは、オーストラリアという米国の南太平洋における 軍事・外交上の緊密なパートナーに対して、こうした非礼を平気で行うということで す。今回の政権には、「同盟国と言われている相手に対してこそ、米国のカネを一方 的に垂れ流す関係がある」というような「理論」があり、だからこそ「同盟関係の損 得を見直すのがアメリカ・ファースト」だという姿勢があるわけですが、今回の電話 「ブチ切れ事件」は、それが現実のものとなった中で、非常な恐怖感があるわけです。 つまり、具体的にはNATOへの冷淡な姿勢など、世界の軍事外交バランスを激変 させてしまうような危険性もあるわけで、そんな中で、各メディアは、豪州との問題 を「不透明感の象徴」としてズルズルと引きずっているような感覚があります。 2つ目は、大統領が「怒りのパフォーマンス」を続けている一方で、クラシックな 共和党的な施策がどんどん進行しているという点です。例えば、最高裁判事候補には 保守派のニール・ゴーサッチ判事を指名するとか、オバマ大統領時代に進められたビ ジネスに関する様々な規制を一方的に解除するといった動きです。 何が問題なのかというと、こうした「共和党的な施策」とういうのは、コアのトラ ンプ支持者、つまり中西部の「忘れられた白人たち」の利害には必ずしも一致しない ということが、まずあります。特に投資銀行に対する規制などは、2008年のリー マンショックを受けて「大きすぎて潰せない」ような金融機関に対しては、万が一の 場合には公的資金注入の可能性があるのだから、反対にそのような危機に陥る危険性 を増大するようなリスキーな取引を規制するという思想で導入されたものです。 こうした規制を、バブル経済が拡大しつつある中で解除するというのは、よく考え れば富裕層の利害しか代表しない措置であるとも言えるのですが、とりあえず何の議 論もないままに、「オバマがやったことは全てひっくり返せ」というモメンタムの中 で、規制緩和が進行中です。一番の問題は、そこに「大局観」がないということです。 小さな政府、小さな規制という思想で行こう、その上で国民の一人ひとりが自営業 を起業するような気概で、経済を拡大していこう、例えばブッシュ時代には(必ずし も成功したわけではありませんが)そのような「オーナーシップ社会」というビジョ ンがありました。では、今回のトランプ時代には、同じものがあるのかというと、そ れはないわけです。 メキシコが、あるいは中国や日本が雇用を奪ったから奪い返せ、という話はありま す。では、額に汗して働く中流層の職業倫理を深化させようとしているのかといえば、 大統領自身が、派手なリゾートやゴルフコースの経営を生業として来た人物であり、 堅実な製造業労働者のカルチャーを持っているわけではありません。 にも関わらず、現状の中では「忘れ去られている」とか「見下されている」という 彼らの劣等感や怨念に「つけ込んで」その感情論を政治的な求心力にしているわけで すが、その中身は実はないわけです。つまり、経済という意味でも、社会という意味 でも、どのような「アメリカ」を作っていくのかというと、要するにオバマの手法の 陰画でしかないわけです。 そんな中で、小さな政府論や規制緩和が、「オバマの政策のちゃぶ台返し」として、 ドサクサに紛れて「大局観」なしに進められている、そこには危機感を覚えます。そ の先にあるのは、実体経済から乖離したバブルの膨張という危険な経済水域に入って いく可能性を感じるからです。 軍事外交に関しても、「トランプ流のメチャクチャ」な対応と、「クラシックな共 和党」的な方針が混在しているように見えます。例えば、ウクライナでのロシア系に よる紛争発生に関しては、ニッキ・ヘイリー国連大使はロシアに対して強い非難を加 えています。これだけ見れば、オバマや共和党本流のように「対ロシア警戒路線」と いうのが残っているように見えますが、一方で、これと前後して正式就任したティラ ーソン国務長官は、明らかに対ロ関係改善を志向しているようでもあり、どうにも不 透明です。 第3の問題は、いわゆる左右対立です。これは、特に1月27日に突然発令された 「7カ国の国籍者への90日間の入国禁止、難民の120日間入国禁止」によって、 抜きさし難いものとなりました。全国的に、空港などでの抗議行動は断続的に続いて いますし、カリフォルニア州のUCバークレーで起きた反対デモは激しく警官隊と衝 突する中で、大統領は同校への「連邦予算の補助金停止」を示唆するなど、対立は激 しさを増しています。 ただ、反対派の方も「顔の見えるリーダー」がいるわけではありません。強いて言 えば、議会上院の「少数党院内総務」であるチャック・シューマー議員(民主、NY 州選出)が野党の代表として、政権批判を続けているわけですが、特にカリスマ性の あるキャラクターでもないので、反対運動の求心力になっているわけではありません。 例えば、駐日大使として3年間強の任期を終えて帰任したキャロライン・ケネディ 氏については、2月3日(金)朝のNBCに出演していましたが、「民主党の中では スキャンダル・フリー」だということで、国政選挙への待望論が一気に出てきていま す。2018年の上院という話は、相当の頻度で出てきますし、中には2020年の 大統領選に担ぐ声も既に出ています。 一方で、本選で敗北したヒラリー・クリントン氏に関しては、NY市長選への待望 論が出ています。理由は簡単で、2017年に行われる著名な公職の選挙としては、 これがほぼ唯一だということ、そして、上院議員に2期連続で圧勝して以来の「基礎 票」があるというのですが、現職のデブラシオ市長(民主)が二期目を目指している 以上は無理筋という意見もあります。 2016年の選挙ということでは、トランプ、ヒラリーに次いで存在感を見せた、 バーニー・サンダース氏は、依然として「無所属の上院議員」として現役であり、ト ランプ批判の論客として活躍していますが、依然として左派ポピュリズムの受け皿と しての自分について自覚的であるようです。 そんなわけで、民主党の側が反対の論陣を張るにしても、どう考えてもバラバラと いうのが現状です。これでは、政治的に大統領に対抗するパワーとはなり得ていない、 そう言われても仕方がありません。 そんな中、世論の関心は2月5日(日)に迫ったスーパーボウルに集まっています。 開催地はヒューストンのNRGスタジアム。「本来」であれば、ニューイングランド ・ペトリオッツ(レギュラーシーズン14勝2敗)と「地元」であるダラス・カーボ ーイズ(13勝3敗)が激突するという期待があったわけで、ダラスが負けてしまっ たことで、テキサスの人々の興味は今ひとつということになりましたが、依然として ペトリオッツという超人気チームが出るということで話題を呼んでいます。 このスーパーボウルでは、30秒6億円という「広告合戦」がもう一つの話題を提 供するわけですが、今年は、バドワイザー社が「我々の伝統を作ったのは移民たち」 だというコンセプト、つまり考えようによっては「アンチ・トランプ」のメッセージ を潜ませた広告を制作したとして既に話題になっています。 また、ハーフタイムショーはレディ・ガガが担当するということで、「何かアンチ ・トランプのメッセージ発信をするのでは?」という噂もありますが、こちらの方は、 本人が「アメリカ人全員に届くようなメッセージにする」としているので、期待薄と いう説もあります。いずれにしても、トランプ現象を「忘れる」にしても「何らかの 批判をしたい」にしても、このスーパーボウルという場が話題になる、それもまた、 この2017年2月の世相なのかもしれません。 そんな中で、ニューヨーク市では1月10日に60歳で亡くなった警官に関心が集 まっています。その警官というのは、スチーブン・マクドナルド氏という人で、19 86年にセントラルパークをパトロール中に、職務質問をした相手の15歳の少年に いきなり3発の銃弾を打ち込まれて一命はとりとめたものの、半身不随になってしま っていました。 ですが、このマクドナルドという人は、加害者を「赦す」ということを生涯のテー マとして説き続けたのです。その父の生き方に共感した息子さんもNYPDの警官に なっているのですが、それはともかく、半身不随となっても職務を継続したマクドナ ルド氏は、心臓発作のために1月に亡くなっています。その葬儀はNYPDを挙げて の盛大なものであったそうですが、それから約1ケ月を経た2月の第一週には、改め て全国ニュースとしてマクドナルド氏の葬儀の様子が紹介されています。 余りにも「利己」を前面に出したトランプ政権のカルチャーに対して、「赦し」の 思想を訴え続けたマクドナルド氏の生涯に「一服の清涼剤」を感じる人が多いという ことなのでしょうか。 そのトランプ大統領に関しては、各種の世論調査結果が「就任直後の支持率」を出 し始めていますが、2月3日にCNN・ORC(ORCインターナショナルという世 論調査機関)の調査結果として、支持44%、不支持53%という数字が出ています。 CNNは戦後の大統領の中で、就任直後の支持率としては「断トツに低い」という 論評をしていますが、感覚としては「まあこんなもの」であり、直ちに罷免とか辞任 につながるような危険水域でもないわけです。とにかく、「これからも劇場型パフォ ーマンスが続く」ということは、想定内にしても、実際の経済や外交に悪い影響が出 るのか、出ないのか、不透明な世相は当分続きそうです。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩 まないコミュニケーション』など多数。訳書に『チャター』がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩 まないコミュニケーション』など多数。訳書に『チャター』がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
|