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[時論]これからの民主主義の話をしよう
マイケル・サンデル氏 米ハーバード大学教授
第45代アメリカ合衆国大統領に20日、ドナルド・トランプ氏が就任した。選挙期間中から物議を醸した公約、ツイッターを駆使した情報発信、誹謗(ひぼう)中傷すれすれの物言いは多くの賛否を呼び、米国社会に深刻な分断をもたらしている。トランプ政権下で米国、そして民主主義はどこに向かうのか。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授に聞いた。
■市民の無力感 解消の道探れ
――「トランプ政権」誕生の意味をどう見ますか?
「ドナルド・トランプ氏を選んだ結果は過去20年、30年と続いてきたグローバリゼーションの末、その利益についてほんの一握りの上流階級だけしか手にしていないということに対する人々の不満の表れといえる。ほとんどの労働者階級、あるいは中間層は全く、その利益を享受できていない。その結果、格差は一層、深まり、突然、ドナルド・トランプ氏の選出という形で(不満が)表現された」
「我々は今、民主主義、そして資本主義の将来について真剣に考えなければならない時期に来ている。人々の強い不満に応じられるような、新しい民主主義、資本主義のモデルはいかにあるべきか、という根源的な問いかけに向き合わなければならない」
――それは米国だけでなく、世界中の先進民主主義国に共通する課題です。
「欧州では多くのポピュリズム政党が台頭しつつある。だからこそ、今こそ、民主主義と資本主義について根本から問い直す時期だ。民主主義についていえば、政府を代表する伝統的な組織や機関はお金や企業の利害によって左右され、普通の市民の声が反映されていない、と人々は感じている。それこそ、民主主義に対する不満の源だ」
「資本主義についていえば、過去数十年間にわたるグローバリゼーションと技術革新の結果、生み出されたものは格差だけだったという点があげられる。この問題と向き合わなければならない。政治の世界において、我々はもっと普通の市民に意味ある発言をしてもらう方法を見つけなければならない。経済の世界では、グローバリゼーションと技術革新がもたらす利益を広く共有できる術を見いだす必要がある」
――そういう観点で見れば、「トランプ政権」の誕生はある種の「社会革命」ともいえますね。
「その通りだ。ブレグジット(英国による欧州連合離脱)も全く同じ構造だ。部分的には経済上の問題だが、実は社会的、そして文化的な反発が背景にはある。その反発とはつまり、エリート階層が普通の人たちを見下している、ということだ」
――そうした不満、怒りに基づく「トランプ現象」を解消するには何が必要ですか。
「格差の問題は昨年、突然、表面化したわけではない。過去20年以上、我々はその問題を提起してきたが、本来、労働者に寄り添うはずの民主党がプロフェッショナルな階層や、ウォール街に近づいてしまった。この結果、民主党は普通の労働者から遠ざかってしまった」
「米国ではこれまで、格差について人々はあまり心配していなかった。我々はいずれ上向くという信念があったからだ。貧しい出であっても、のし上がることはできる。それこそ、アメリカンドリームなのだ」
「しかし、今、そうしたケースが急速に減っている。今は米国において、貧しい生まれなら、その7割は中間層にすら上がることができない。上位20%の層に入る率はわずかに4%だ。上位の層に上がる率は今や、米国よりも欧州の方が上だ。これはアメリカンドリームの危機といえる。もし、子供たちに『格差のことは心配しなくても、君たちはのし上がることができる』と言えなくなれば、もっと平等や団結といったことに注意を払わなければならなくなる」
――そうした風潮はポピュリズムだけでなくナショナリズムもあおりますね。
「それこそ、私が最も心配することだ。民主主義を再活性化し、資本主義とグローバリゼーションの関係性を向上させ、上位の人間だけではなく、すべての人が利益を享受できるようにできなければ、重大な危機が訪れる。極端なナショナリズムや耐えがたいポピュリズムが人々をさらに魅了するだろう」
――トランプ氏による勝利は色々な意味を含有しているということですね。
「トランプ氏がこれらの問題を解決するような、建設的な改革を主導するとは思えない。民主党だけでなく、共和党も含め、両党の責任ある指導者たちがこのショックによって、彼ら自身の政党のプラットホームを再定義する機会とすべきだと思う。人々が募らせている無力感、正当な不満を責任ある両党、責任ある指導者が理解し、市民の声により多くの耳を傾けることこそが必要なのだ」
■権力監視は報道の責務
――米国の民主主義と政治の将来はどうなるのでしょう。
「民主主義、そして言論の自由の将来には懸念を覚えている。まず、言論の自由についてはメディアを取り巻く環境が変わり、ソーシャルメディアの台頭によって真実と間違った情報の区別がとても難しくなっている。多くの米国人、特に若者はニューヨーク・タイムズ紙から情報を得なくなっている。彼らはテレビでもなく、ソーシャルメディアからニュースを得ている。あるいは深夜のコメディー番組から得ている。多くの人たちが信頼性のあるニュース源を持てなくなれば、それは意味のある政治の議論に結びつかず、かつ、メディアの分裂、崩壊にもつながる」
「極端なナショナリズムと全体主義的な政治の出現は言論の自由にとって、もっと厄介だ。人々が民主主義や既存の組織に不満を抱けば抱くほど、彼らは『強い人』や、独裁者を求める。ロシアのプーチン氏、トルコのエルドアン氏などはその例だ。選挙期間中のトランプ氏もメディアを攻撃していた」
――選挙後も同じです。
「もし、自分たちにとって不公平な報道があれば、ニューヨーク・タイムズ紙のような新聞を訴えやすくするように名誉毀損に関する法律を変えるとまでトランプ氏は言っている。これらの動きがチェックされないまま、多くの時間が過ぎれば、それは言論の自由に対する脅威となる」
――メディアの側にも問題はありますね。
「トランプ氏は名誉毀損に関する法律を改正できないと思うが、一方でメディアも本来の役割を十分、果たしてはいない。なぜなら、センセーショナリズムとセレブ中心の政治にばかりに目をやっているからだ。予備選段階で、トランプ氏がテレビに出演したことで実質的に手にしたお金は実に20億ドルにもなる。なぜなら、彼はいつも(放映中に)暴言を吐き、それが視聴率を上げたからだ。しかし、それは大統領選に関して、責任ある報道方法とはいえない。エンターテインメントか、暴言を見るためのものにすぎないからだ。民主主義の未来も責任あるニュース源とメディアの報道姿勢にかかっている」
「正義と不正義、平等と不平等に関するまっとうな不平、不満はいつの世にも存在し、市井の人々は自分たちがどのようにして治められているのかについて、意味ある意見を持っている。これらの問題について、主流派の政党はきちんと仕事をしてこなかった。彼らは人々の怒りと不満を理解していなかったのだ」
「(トランプ政権の誕生について)単に『これは恐怖心からのものだ』とか、『無視しなければならない』と言うのは間違いだ。耐えがたいもの、そして、排外主義には徹底して戦っていくことが重要だ。同時に過去20年以上にもわたって積み上げられてきた正当な不満を解消するため、より建設的な代替案を提供していくことが大切だ」
――民主党は反ウォール街を標榜するエリザベス・ウォーレン上院議員ら左派が主導権を握り、左傾化が進むのですか。
「米国の政治システムの将来には懸念を覚えている。米国における二大政党制の将来はひとえに両党が普通の人々(の要望)にどのように応じるのか、ということについて再度、自らを作り直せるかどうかにかかっている。それは選挙活動においてお金の力に負けないことを意味している」
「共和党は大統領だけでなく、上下両院、そして多くの州知事のポジションもコントロールする。やがて最高裁判所においても多数派を占める。一つの政党がすべての部門(行政府、司法、立法)において連邦レベル、そして州単位でも多数派となることは初めてのことだ。それゆえ、共和党が自らを再定義することは難しい。彼らの未来はひとえにトランプ氏が成功するか否かにかかっている」
Michael J. Sandel 専門は政治哲学。個人の権利を絶対的に重視する米国の伝統的なリベラリズムとは一線を画し、この分野の大家だったジョン・ロールズ・ハーバード大教授の「正義論」を批判したことで一躍脚光を浴びた。共同体(コミュニティー)の価値を重んじるコミュニタリアニズム(共同体主義)の提唱者としても知られる。
ハーバードの新入生を対象にした「正義」の講座では教室の学生たちと対話を通じて、共通の見解を模索するユニークな授業スタイルが人気となり、日本でも「白熱教室」として話題となった。著書に「公共哲学」「これからの『正義』の話をしよう」「それをお金で買いますか」などがある。1953年生まれ、63歳。
◇ ◇
〈聞き手から〉「民主主義2.0」 トランプ現象が試金石
「民主主義は最悪の政治形態である。ただ、これまで試されてきた、いかなる政治制度を除けば……」。英国の宰相、ウィンストン・チャーチルが言い残した名言の真意は、独裁主義や共産主義、社会主義や軍国主義よりも民主主義は優れているということだ。同時に、チャーチルが言うように民主主義も決して完璧ではない。だからこそ、人類社会は日々、丹念にこの社会システムを守り、精査し、向上させなければならない。
トランプ米政権の発足は一見すると、そうした動きに逆行するかのようでもある。しかし、グローバリゼーションと技術革新が進み、「民主主義2.0」とも呼ぶべき、新たなステージに先進民主主義の各国が足を踏み入れた今、「トランプ現象」は米国を実験場として民主主義が更に一皮むけるための試練、あるいは節目と捉えることもできるのではないだろうか。
8年前、日本もすでに「和製トランプ現象」で政権交代を体験している。そこから我々は何を学び、何を学んでいないのか。市井の声に心の耳を傾ける真の政治と、浅薄な大衆迎合の政治を見極める心眼が我々一人一人に今ほど求められている時はない。
(編集委員 春原剛)
[日経新聞1月22日朝刊P.11]
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