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予測不能の年ほど面白いものはない
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20170101-00066128/
1/1(日) 2:52 田中良紹 | ジャーナリスト
新年あけましておめでとうございます。今年の干支は丁酉(ひのととり)、丁と酉は調和せずに争う相剋の関係で、丁が酉に打ち勝つことを意味します。丁は成長するさまを表し、酉は成熟した状態を表すといいますから、今年はこれまで成熟してきたものが新たな成長に取って代わられる年になると思われます。
2016年の世界を振り返ると確かに「まさか」と思う新たな現象が次々に起こりました。それが今年を予測不能なものにしています。まず1月には北朝鮮が「水爆実験を成功させた」と発表し、2月には宇宙空間の衛星軌道に飛翔体を打ち上げました。
水爆は原爆の数百倍の威力を持ち、アメリカ、旧ソ連、イギリス、フランス、中国のみが実用化に成功した強力爆弾ですが、北朝鮮はそれらに次いで実験に成功したということです。
また国際社会は「ミサイル実験」と非難しましたが、北朝鮮は「人工衛星」の打ち上げを発表し、国連は衛星軌道を回る物体を地球観測衛星と登録しました。ロケットもミサイルも原理は同じですが、北朝鮮はそれから去年1年間に16回もミサイルを発射し、中には海中の潜水艦から発射したものや飛翔距離が1000キロに達したものもあります。
アメリカ情報機関の頂点に立つクラッパー国家情報長官は10月、「北朝鮮に核兵器を放棄させる見込みはない」と講演し、核開発をやめさせる手立てがないことを明らかにしました。これはアメリカが北朝鮮を「事実上の核保有国として認めた」と私は受け止めました。
もちろんアメリカの公式見解は「北朝鮮を非核化」することが目的です。しかしそれはあくまでも建前で、アメリカはこれまで北朝鮮の核とミサイルを声高に非難しながら手をこまねいてきました。その方がアメリカの利益になるからというのが私の見方です。日本国民に恐怖心を与え、日本がアメリカの安全保障政策に従属し、米国製兵器を買わせるのに都合が良いからです。
北朝鮮の核開発の目的は、あくまでもアメリカと平和条約を結びたいからで、決してアメリカに逆らおうとしている訳ではありません。アメリカが手をこまねいてもアメリカにとって利益が損なわれることはなくむしろ利益になる。それが北朝鮮を「事実上の核保有国」にしたのだと思います。
北朝鮮が本格的に核武装に踏み切ったのは、2002年にアメリカのブッシュ(子)大統領が「悪の枢軸」発言を行った時です。アメリカ大統領は「イラク、イラン、北朝鮮」を「悪の枢軸」と呼び、「ならず者国家」には先制攻撃が許されるという「ブッシュ・ドクトリン」を発表しました。そしてイラクと戦争を始め、独裁者サダム・フセインを抹殺したのです。
これを見て北朝鮮の故金正日国防委員長は対抗策として核武装を宣言、その遺訓は後継者の金正恩に引き継がれ、金正恩はその道を一直線に走っているように思います。韓国の情報機関はこの5年間に金正恩に銃殺された人間が340人に達したと発表しましたが、金正恩は世界にとって最も予測不能なリーダーの一人です。
北朝鮮が水爆実験を行った1月、台湾には民進党の蔡英文総統が誕生しました。長く台湾を支配してきた国民党は総統選挙だけでなく立法院選挙でも大敗し、二度と権力の座には戻れないと見られています。民進党勝利をもたらしたのは「ひまわり運動」と呼ばれる学生や市民の運動でした。
彼らは「台湾人」としてのアイデンティティを第一に、国共内戦に敗れて中国から逃げてきた国民党の政策に反発しました。それは中国共産党が絶対に譲れない「一つの中国」政策を根底から揺さぶります。ここに中台関係が予測不能になる芽が生まれました。12月にアメリカのトランプ次期大統領が蔡総統に電話を掛け「一つの中国」政策に疑問を呈したことは米中関係をも揺るがします。
アジアにはもう一人予測不能のリーダーが現れました。6月に就任したフィリッピンのドゥテルテ大統領です。犯罪者を次々に処刑することや過激な反米発言をしながらも国民に圧倒的に人気のあるリーダーが米中とどのような関係を構築するのか予測がつきません。
また韓国政治は大統領のスキャンダルで完全に麻痺状態に陥っています。予測不能の朝鮮半島情勢とフィリッピンの動向、それらに中国がどう対応するかは、今年のアジア情勢を占ううえで重要ですがこれも予測は困難です。
一方、欧米に目を向ければ、何といっても6月のイギリス国民投票で「まさか」のEU離脱が決まり、11月にはアメリカ大統領選挙で「まさか」のトランプ勝利となりました。グローバリズムに対する国民の反発がこの結果を生み出したと言われています。
イギリスのメイ首相は今年3月末までにEU離脱交渉手続きを開始し、2年間の交渉を経て離脱が完了する日に現行のEU法をすべて英国法に転換する法案を今年の議会に提出すると発言しました。しかしその交渉でイギリスがどのようにEUから離脱するかは誰にも予想がつきません。
その交渉はイギリスからの独立を志向するスコットランドや、他のEU諸国の中にくすぶる離脱問題にも影響します。今年は3月にオランダ総選挙、4月にフランス大統領選挙、6月フランス国民議会選挙、9月ドイツ連邦議会選挙など欧州では重要な選挙が予定されています。それらが互いに影響しあいながら新たな局面が作られていくことになります。
そして今年最大の予測不能ファクターはアメリカのトランプ次期大統領が何をするかです。私は昨年「なるつもりがなかった大統領の誕生」というブログを書きました。トランプ氏にとっては大統領選挙で共和、民主の既成政治を大いに揺さぶりながら大統領には選ばれず、ビジネスマンとしてその成果を利用し、政治にも発言力を維持するのが最も得なやり方だったと思ったからです。
しかし案に相違してトランプ氏が当選しました。最大の問題はビジネスと大統領職との関係をどうするかです。トランプ氏は「ビジネスを子供に譲る」と言うだけでまだはっきりした方針を打ち出していません。仮に子供に譲っても「利益相反」「公私混同」の問題を克服したとは思われず、それを見極めないとまだ私は半信半疑です。
また共和党との関係がうまくいくかもまだわかりません。議会上院の承認を必要とする人事に躓きが出ないかも心配です。共和党が過半数を占めていてもそれだけでは不十分で、民主党が反対すればトランプ氏の人事案は通りません。
トランプ氏当選で市場が活気づいているのは巨額の公共投資や減税を行うことへの期待感からですが、アメリカの財政赤字問題は深刻です。行政管理予算局長にトランプ氏はティーパーティ系の歳出削減強硬派を指名しましたが、財政出動と歳出削減という主張の隔たりをどうするのか、まだ予測がつきません。とにかくこれまでの人事を見る限り何をするのか予測不能と言うしかないのです。
しかしトランプ勝利をもたらしたものが、冷戦後に「唯一の超大国」となったアメリカの「一極支配」の終焉であることだけは確かです。ソ連崩壊後に大統領に就任したビル・クリントンは、21世紀を「情報とグローバリズムの世紀」と位置づけ、IT革命に力を入れました。それが「ITバブル」と呼ばれるほど経済を活性化させ、アメリカは財政赤字を解消して黒字化に成功します。
そしてクリントンはアメリカ的価値観で世界を支配しようと考えました。民主主義や人権を理由に外国の紛争にアメリカが介入する「クリントン・ドクトリン」によって「世界の警察官」を演じようとしたのです。その典型が国連の承認ではなく同盟関係を盾にしたコソボ空爆でした。
そしてインターネットの普及によるグローバリズムは、アメリカの価値観の押しつけではないかと世界中で批判され、特にイスラム社会の反発が9・11の同時多発テロとなり、ブッシュ(子)大統領のアフガン・イラク戦争となるのです。従ってクリントンとブッシュ(子)が目指したものは同じだと私は思います。国民は「世界の警察官をアメリカはいつまで続けるのか」と疑問を抱くようになりました。
その感情がオバマ大統領を誕生させます。ビル・クリントンと共に政治をやってきたヒラリーはオバマに予備選で敗れました。そしてオバマは軍を中東から撤退させるためにCIAを活用します。IT技術を駆使して個人情報を徹底的に国家が収集するCIAのやり方に疑問を持ったCIAのスノーデンはロシアに亡命します。
またインターネットの普及は反米のハッカー集団を作り出し、アメリカの秘密情報は次々に暴露されるようになりました。アメリカが世界を支配するために構想した「情報化とグローバリズム」はアメリカ自身の首を絞めていくのです。今回の大統領選挙で民主党政権が「ロシアのサイバー攻撃がトランプを勝たせた」と非難しているのはまさにクリントン政権の蒔いた種でヒラリーが敗北したことを意味しています。
トランプが未来に向けたアメリカの指針を打ち出したから選挙に勝ったのではなく、世界を支配するためにアメリカが打ち出した構想によってヒラリーは敗れたのです。ですからトランプに未来を作り出せるかと言えば何も準備はできていないと思います。ただソ連崩壊後のアメリカの構想がトランプによって否定されただけです。
ソ連が崩壊しアメリカが唯一の超大国になった時点をゼロとすれば、トランプ大統領の登場はゼロに戻るか、あるいはそれ以前になると言えるのではないでしょうか。それが私の見方です。しかし新政権が動き出せば後ろにだけ進む訳にはいきません。世界最強の軍隊と世界一の経済を持つ国は前進せざるを得なくなるでしょう。
予測不能の世界は白地のキャンバスのようなものです。誰もが手探りをしながらでないと進めない状態ですから、あらゆる可能性があると考えた方が良いのです。うまくやれば我々が線の一本くらい引けるかもしれません。
従って私は今年は面白い年になると思います。日本の国内政治の動向も予測不能なことが起こります。それについては次回の「フーテン老人世直し録」に書くことにします。
田中良紹
ジャーナリスト
1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC−SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰
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