二酸化炭素の増加が温暖化をまねく証拠 江守正多 地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室長 (現 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長) http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/4/4-1/qa_4-1-j.html 将来の温暖化とまったく同じ状況は過去になかったわけですから、裁判における証拠のような、完全に実証的な意味での証拠はありません。しかし、はっきりした「物理学的な根拠」ならあります。そして、その根拠をわかりやすく示すいくつかの証拠もあげることができます。
温室効果が地表をあたためることの「証拠」
まず、地球の地表付近の温度はどのように決まっているのでしょうか。一般に、物体は、その温度が高いほどたくさんのエネルギーを赤外線として放出します。そして、地表の温度は、地表がうけとるエネルギーとちょうど同じだけのエネルギーを放出するような温度に決まっています[注1]。なぜなら、もしも地表の温度がそれより高ければ、放出するエネルギーがうけとるエネルギーを上回るので、地表が冷えて、結局、エネルギーの出入りがつりあう温度におちつくはずだからです。地表の温度がそれより低かった場合も同様です。 さて、宇宙からみると、地球は太陽からエネルギーをうけとり、それとほぼ同じだけのエネルギーの赤外線を宇宙に放出しています(図1)。もしも地球の大気に「温室効果」がなかったら、地表は太陽からのエネルギーのみをうけとり、それとつりあうエネルギーを放出します(図1a)。このとき、地表付近の平均気温はおよそ−19℃になることが、基本的な物理法則から計算できます[注2]。しかし、現実の地球の大気には温室効果があることがわかっています。すなわち、地表から放出された赤外線の一部が大気によって吸収されるとともに、大気から地表にむけて赤外線が放出されます。つまり、地表は太陽からのエネルギーと大気からのエネルギーの両方をうけとります(図1b)。この効果によって、現実の地表付近の平均気温はおよそ14℃になっています。したがって、実際に地球の気温が−19℃ではなく14℃であることが、大気の温室効果が地球をあたためることの「証拠」であるといえるでしょう。 figure 図1(a) もしも温室効果がなかったら地表は太陽エネルギーのみをうけとる(矢印の線の太さがエネルギーの量を表す) (b) 実際は温室効果があるので地表は大気からのエネルギーもうけとる 二酸化炭素(CO2)が増えると温室効果が増えることの「証拠」
ところで、大気中における赤外線の吸収、放出の主役は、大気の主成分である窒素や酸素ではなく、水蒸気[注3]やCO2などの微量な気体の分子です。赤外線は「電磁波」の一種ですが、一般に、分子は、その種類に応じて特定の波長の電磁波を吸収、放出することが、物理学的によくわかっています。身近な例としては、電子レンジの中の食品があたたまるのは、赤外線と同様に電磁波の一種であるマイクロ波が電子レンジの中につくりだされ、これが食品中の水分子によって吸収されるためです。 ここで、つぎのような疑問がわくかもしれません。「仮に、地表から放出された赤外線のうち、CO2によって吸収される波長のものがすべて大気に一度吸収されてしまったら、それ以上CO2が増えても温室効果は増えないのではないだろうか?」これはもっともな疑問であり、きちんと答えておく必要があります。実は、現在の地球の状態からCO2が増えると、まだまだ赤外線の吸収が増えることがわかっています。しかし、そのくわしい説明は難しい物理の話になりますのでここでは省略し、もうひとつの重要な点を説明しておきましょう。仮に、地表から放出された赤外線のうち、CO2によって吸収される波長のものがすべて一度吸収されてしまおうが、CO2が増えれば、温室効果はいくらでも増えるのです。なぜなら、ひとたび赤外線が分子に吸収されても、分子からふたたび赤外線が放出されるからです[注4]。そして、CO2分子が多いほど、この吸収、放出がくりかえされる回数が増えると考えることができます。図2は、このことを模式的に表したものです。CO2分子による吸収・放出の回数が増えるたびに、上向きだけでなく下向きに赤外線が放出され、地表に到達する赤外線の量が増えるのがわかります。 figure 図2(a) CO2分子は、赤外線を吸収するだけでなく放出する (b) 赤外線を吸収・放出するCO2分子の量が増えれば、地表に届く赤外線は増える その極端な例が金星です。もしも金星の大気に温室効果がなかったら、金星の表面温度はおよそ−50℃になるはずですが[注5]、CO2を主成分とする分厚い大気の猛烈な温室効果によって、実際の金星の表面温度はおよそ460℃になっています。これは、地球もこれからCO2がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる「証拠」といえます。 「実際にどれだけ温暖化するか?」には不確かさがある
このように「CO2が増えると温暖化する」ことの根拠ははっきりしています。ただし、以上の説明は、CO2以外の要因が温暖化を、少なくとも部分的に、打ち消す可能性を否定するものではありません。たとえば、大きな火山が噴火すれば、火山ガスから生成するエアロゾル(大気中の微粒子)が日射を反射するため温暖化は一時的に抑制されますが、火山の噴火は予測不可能です。また、温暖化にともない雲が変化するなどの「フィードバック」[注6]が、現在の科学ではまだ完全には理解されていません。したがって、何らかのフィードバックにより温暖化が小さめにおさえられる可能性は否定できません。これらの要因があるため、「実際にどれだけ温暖化するか」の予測には不確かさがあることに注意しておきましょう。かといって、何らかのフィードバックにより温暖化が大きく加速される可能性も同様に否定できませんので、予測に不確かさがあることは、決して温暖化問題を過小評価してよいことを意味しません。 注1地表からは赤外線以外にも熱や水蒸気の形でエネルギーが放出されます(顕熱、潜熱とよばれます)が、ここではそのくわしい説明は省略します。これらを考えに入れたとしても、地表温度が高いほどたくさんのエネルギーが放出されます。注2簡単化のため、地表から放出するエネルギーをすべて赤外線とした場合の計算値です。注3水蒸気の役割についての説明は、ココが知りたい地球温暖化「水蒸気の温室効果」をご覧ください。水蒸気の存在を考えに入れても、今回の説明の内容に本質的な影響はありません。注4正確には、分子が吸収した赤外線のエネルギーは分子間の衝突により、玉突きのように別の分子に受けわたされていき、別の分子から赤外線が放出される可能性が高いです。これを考えに入れても、今回の説明には本質的な影響はありません。注5金星は地球より太陽に近いですが、太陽のエネルギーのおよそ8割が雲などによって反射されてしまうので(地球の場合はおよそ3割)、温室効果がなかった場合の温度はこのように地球よりも低くなります。注6一般には、結果が原因にはねかえることをいいます。ここでは、気温の上昇によって引き起こされた現象が、さらに気温を上げたり下げたりする働きのことです。 さらにくわしく知りたい人のために 小倉義光 (1999) 一般気象学(第5章「大気における放射」). 東京大学出版会. 柴田清孝 (1999) 光の気象学. 朝倉書店. (こちらはかなり専門的です) http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/4/4-1/qa_4-1-j.html
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