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数千万円の預金を使わない日本の高齢者たち…経済停滞の原因に関する歴史的考察
http://biz-journal.jp/2018/02/post_22284.html
2018.02.10 文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役 Business Journal
若い方はご存じないかもしれないが、1980年代に「イギリス病」という言葉が流行したことがある。60年代ぐらいまで安定した経済発展を遂げ世界の大国だったイギリスが、70年代以降経済的に停滞したことを憂いてつけられた病名だ。アメリカのみならず日本にも経済的に抜かれ、慢性的な不況に悩まされたイギリス国民は自らの経済を「イギリス病に罹っている」と嘆いたのだ。
それと同じ意味で日本もその後「日本病」にかかり、中国にも経済的に追い抜かれてしまった。その間、イギリスはイギリス病から抜け出して再び経済発展に転換できたことから、日本の経済再生のヒントはイギリスにあるのではないかといわれている。
そのような視点で私もイギリスの近代経済の歴史について研究しているのだが、今回のコラムはそのひとつのトピックとして、16世紀から19世紀の絶好調だった当時のイギリス社会の話をしてみたい。最後まで読んでいただくと現代の日本と関係する話だと謎が解けるはずだ。
■ジェントルマン
さて、イギリスという国は基本的に階級社会で、今でも王族の下に貴族の階級があってそれなりに高い地位を占め、それなりに社会から尊敬されている。16世紀から19世紀までそのさらにひとつ下の階級として力を持っていたのが地主などの階級であるジェントリで、貴族の称号を持つ領主とともにジェントルマンと呼ばれた。日本やアメリカではジェントルマンといえば一般男性(ただしきちんとした人)のことを指すが、イギリスではジェントルマンは上流階級のことを指すのである。
さて、この伝統的なジェントルマンにはひとつの社会的ルールがあった。ジェントルマンたるものは、働いてはいけないのだ。ここが現代の支配階級との大きな違いである。
現代社会の上流階級はたとえ数百億円の資産を持っていたとしても、企業経営者として働いたり、政治家に転身したりして身を粉にして働くのが常である。その理由は、現代社会では「権力は資産だけからは得られない」からである。金融資産が100億円あるから支配階級にとどまれるわけではなく、オーナー経営者だったり有力政治家だったりするからこそ社会を支配できる。これが第2次世界大戦後の民主主義というものである。
そうではなく、生まれながらにして支配階級だったという時代のジェントルマンは、権力を保持するために領主として「働く」必要はなかった。逆に「働いている者はジェントルマンではない」とみなされたのである。
この時代、農作物を生産するのは領民である小作人であり、そこから年貢を徴収するのは領主の手下たちである。家の中のこまごまとしたことは執事以下の屋敷内のスタッフがすべて行ってくれる。となると、ジェントルマンは意外と暇である。
とにかく仕事は領民がすべてやってくれるし、生活に困ることもない。「もし自分がそうなったら?」と考えてみると、暇を持て余しそうである。
そこで近代のジェントルマンたちが何をしていたかというと、2つあり、ひとつはとにかくお金を使って消費する。もうひとつが投資話に花を咲かせることになる。
イギリスにはノブレスオブリッジ(貴族の責務)という言葉があって、財産を持つものはきちんとお金を使わなければならない。夏は避暑地の別荘に家族だけでなく使用人を引き連れて移動し、そこでたくさんお金を使う。ロンドンにも頻繁に出かけ馬車や宿などの旅費でたくさんお金を使う。身なりもきちんとして高価な毛織物を購入する。
イギリスではパブなども階級別になっていて、ジェントルマンはジェントルマン階級が入るべきお店でしかビールを飲むことはできない。庶民のパブなら5分の1の値段でビールジョッキを注文できるからといって、安いお店に入ることは許されず、わざわざ高いお店でビールをたしなまなければいけないのだ。
ちなみにこの名残が高級ホテルに完備されているミニバーである。われわれ日本人は「なぜ缶コーラ1本が500円もするのか!」と憤慨して、ミニバーを使わずにコンビニで購入したコーラのペットボトルを部屋に持ち込むのであるが、イギリスのジェントルマンはそんなことはしない。ザ・ペニンシュラやザ・リッツ・カールトンといった格のホテルに泊まるのがノブレスオブリッジであり、そこに置いてある500円のコーラを飲むのもノブレスオブリッジとして当然の習慣として振る舞うわけである。
■ジェントルマンのポストがなくなった
話を戻すと、ジェントルマンの経済社会におけるひとつめの役割が、消費することでイギリス経済を循環させることにある。そしてもうひとつの役割が投資である。近代になるとジェントルマンの間では海外投資話が活発になる。
この時代、ジェントルマンたちはロンドンのコーヒーハウスに集って投資話に花を咲かせる。海外に向かう商船に投資して、貿易で儲けることがジェントルマンの財産運用として重要になってくるのである。世界最大の損害保険会社ロイズは、このコーヒーハウスで貿易保険が考案されたことに発祥している。
このようにジェントルマンたちが「植民地経営」を始めたことは、現代的視点から見るとその是非が問われる論点ではあるが、のちのちジェントルマン階層の変質をもたらした。
というのは、ジェントルマンの家庭でも次男以下の兄弟については、その地位をどうするかという問題がついてまわっていたからだ。最初は家を継ぐことができないジェントルマンの次男は弁護士や医者といった知的職業に就くことでジェントルマンに準じた地位を得ることができた。ところがそういった職業が世襲されていくと、新しいジェントルマンの次男や三男のポストがなくなってくる。
それと植民地経営が結びついて、ジェントルマンの次男たちはアメリカやインドなどの植民地の管理者として赴任するようになる。
最終的に大英帝国の植民地が全部独立してジェントルマンのポストがなくなっていくのと機を同じくしてイギリス社会はイギリス病にかかっていくわけだが、それはさておき、今の日本がこの歴史から学べることはなんだろうか?
■日本のジェントルマン
現代社会の日本で、大英帝国のジェントルマンのように「働かなくてもよくて財産を持っている階層」とは、ひとことで言えば豊かな高齢者である。実際、日本の個人金融資産の大半は高齢者が所有している。
よく「日本人の平均預金額が1000万円だ」というようなニュースがあって、「誰がそんなに持っているんだ!」と話題になるが、あれは大半の日本人が数百万円か数十万円の預金しか持っていない一方で、高齢者が数千万円の預金を持っているからだ。
その日本のジェントルマンである高齢者には未来に不安がある。だからお金を節約してなるべく預金を使わないようにしている。せっかく数千万円持っている金融資産についても、フィナンシャルプランナーの勧めで、60歳を超えたらリスク資産である投資には回さずに、安定資産である銀行預金にしておくのがいいと教えられる。
だから日本のジェントルマンは近代イギリスのジェントルマンと違い、お金も使わないし、投資もしない。ここに日本が1990年代以降、イギリス病から抜け出せないひとつの理由があるように思えるのだが、みなさんはどう思われるだろうか?
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)
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