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「誰も関心がない」自治体財政で、今何が起きているかか
http://diamond.jp/articles/-/156145
2018.1.21 加藤年紀:株式会社ホルグ代表取締役社長 ダイヤモンド・オンライン
平成27年度の国・地方を通じた財政支出は合計168兆3415億円で、その内訳を見ると国が70兆6583億円、地方が97兆6833億円となる(※注1)。生活保護のように政府が法で定めたものを、地方自治体が義務的に支出しているような背景も存在する。このように地方自治体が国以上に大きな額の税金を扱っている事実は、世の中であまり認識されていない。
平成27年度末における、地方自治体の借金(普通会計が負担すべき借入金残高)は約200兆円(※注1)にのぼる。高齢過疎化によって、今後も社会保障費が増大する一方で、税収は減少していく。
水道や交通機関など、自治体のサービスは日々の生活に直結している。財政の悪化が続くと増税やサービスの値上げ、サービス品質の低下を覚悟しなければならない。こうした背景から自治体財政への関心は重要だ。
メディアで地方自治体の情報を目にする場合、記憶に残りやすいのが不祥事だ。2017年も少なからず自治体の不祥事は発生しており、行政全体の価値を毀損するような事件は後を絶たない。一方、例年になく盛り上がった小池百合子氏を中心とした都知事選挙や築地豊洲の市場問題というような例もある。東京都は年間約11兆円の歳出があり、約17万人の正職員を擁するメガ自治体だ。そのお金の使い道の全体像について、住民はおろかメディアすらも説得力ある検証・評価を行っているとは言いがたい。
センセーショナルでわかりやすいテーマであればメディアも挙って取材合戦を行う一方、地方自治体の活動の基本である財政は相対的に注目度が低い。その理由を、関係する3者『自治体』、『住民』、『メディア』から改めて考えてみたい。
(※注1:地方財政の状況[総務省 平成29年3月公開版]より)
「総論賛成、各論反対」に陥りがちな財政健全化施策
まず『自治体』。筆者が取材を通して感じるところとして、そもそも財政健全化に本気で向き合える自治体首長の数が限られている。健全化の痛みを住民に背負わせることで自らの選挙戦を不利にしたり、議会との対立を生むことも多いからだ。よほど志の高い首長か、強固な支持基盤を持つ者でないと、財政健全化を本気で進めることはできない。
加えて財政の話は選挙の際にほとんど票につながらない。得票を伸ばすためには、団体の会合や式典に顔を出すなど、住民との接触を増やすことが効果的。選挙戦は人と人のつながりの数が勝敗を分ける。
財政健全化を進めたある市長を取材した際、口にしていた言葉が印象的だった。「地盤がなければ改革はできない。だから、安定した地盤のために住民と接触することで、やりたいことに着手できる」。
『住民』に話を移す。住民は普段から自治体財政に関する情報に触れる機会が少なく、財政に興味を抱くきっかけが少ない。財政健全化を進めることに賛成か反対かを問えば、総論としてはもちろん賛成であろう。自分が住む自治体が借金を抱えているよりは、減ったほうがよく、財政面で健全であることに反対する住民はなかなかいないだろう。
しかし、総論賛成、各論反対という言葉があるように、いざ自分の近辺に直接影響が出ると、どうしても反対をしてしまう。例えば、公共交通の赤字路線の廃止や、補助金のカットなど、自治体の財政を健全化する適切な施策であったとしても、いままで恩恵を受けていた当の住民から納得感を得ることは簡単ではない。
住民の代表である地方議員。地方議会と自治体の関係が理解されていないことも多いのだが、地方議会には自治体の予算決定権がある。そのため、自治体財政に関する説明や健全化の推進を議員にも期待したいところではある。ただ彼らにも首長同様に選挙が待ち受ける。議員にとっても財政健全化は票にならないどころか、むしろ敵を作ることになる。つまり正面から財政健全化を謳うと「各論反対」層の票を捨てることになりかねない。仮に、自身が議員であり、その報酬で家族を養っていたとしたら、あえて波風を立てたくないという気持ちが生じるのは理解できなくもない。徹底的に財政健全化を推進することができるのは、やはり、強固な支持基盤と志と勇気を持ち、リスクを厭わない一握りの議員だろう。
大手メディアほど自治体財政を報じにくい
最後は『メディア』である。なぜ多くのメディアは地方自治体の財政問題を大きく扱わないのだろうか。その理由として、自治体の財政に関する記事は、対象が一部地域に終始し、読者層が限定されるという背景があるだろう。利害関係の構造が複雑であり、正確なアウトプットには高度な取材執筆力が求められる一方、包括的に物事を報じなければならない大手メディアであればあるほど、対象読者/視聴者は限定される。スキャンダラスな事象があれば別だが、粛々と運営される地方自治体の財政について取材することへの意義と需要のバランスを取ることは非常に難しい。
仮に取材/アウトプットをする場合でも、どのような立ち位置から自治体財政を報じるか、という課題がある。「国や地方は借金をしてでも、景気回復を目指せ」という一方で、「将来にツケを残すな」という相反する主張があり、およそどちらの主張が正しいものでも間違っているものでもない。
ある市長は会食の席で大手新聞社の記者にこう言われたという。「市長はすごくよくやっていると思うんです。でも、監視対象であるべき市長を良く書けないんですよ」。
メディアによる権力の監視という役割を全く理解できないわけではない。新聞社などによってスタンスの違いがあることはむしろ健全だろう。だからといって、首長や行政に対して、常に批判的な態度をとる必要はない。個別事案に対して是々非々で判断し、高い成果を上げていれば積極的にその評価を報じるべきではないだろうか。それによって、日本全国の自治体や住民へ啓蒙がなされ、結果的に監視へとつながるはずである。「なぜ、他の自治体はそれができていないのか」と検証と追及が連鎖していくことが大切だ。
自治体財政が注目されるためには、その先の明確なビジョンが必要
ここまで自治体財政が注目されない理由を述べた。では、どうすれば自治体の財政が注目されるのかを考えてみたい。
まず『自治体』には財政健全化の先に存在する明確なビジョンを発信することが期待される。というのも、財政健全化という言葉だけでは、『住民』も『メディア』もそれによって何がもたらされるのかをイメージすることができないからだ。いまでも多くの自治体では地域の総合計画と呼ばれるビジョンに近いものが存在するが、大昔に作り、更新がされていないものもあるうえ、最大の問題は住民がそれに関心を持てず、知らないということだ。
自治体が具体的に発するべきビジョンとして、たとえば、名古屋市のように減税を推進する方向でもいいかもしれない。もしくは、北欧のような高福祉国家ならぬ、高福祉地域を目指してもいいと思う。エストニア政府のように、「電子政府」という確かなビジョンを掲げることで、期待感を抱かせることに成功している組織もある。いずれのケースでも重要なことは、目指すビジョンに到達するために財政健全化が通過点であることを示すことであろう。もちろん、言うは易し行うは難しである。こうしたビジョンの実現には、首長にも職員にも大きな負荷がかかる。
自治体から発せられた目指すべきビジョンを受けて、メディアにはそのビジョンの妥当性や実現可能性を、財政的な観点を含めて評価することが求められる。メディアが分かりやすく多様な視点を住民に提供することで、住民は理解を深めることができる。
IoT、共有経済の台頭で、納税額に見合うサービス水準の追求へ
筆者は、『限界費用ゼロ社会(ジェレミー・リフキン著、NHK出版)』にあるように、共有経済の台頭により、モノやサービスは無料に近づくと考えている。IoTは目下急速に浸透している。インフラが整うことで、需要の分散、細分化に合わせて、供給の分散、細分化が進み、従来より低コストで需給がバランスしていく。これが進むと企業の利益は縮小していき、人々の生活コストはゼロに近づく。
行政サービスはこうした「限界費用ゼロ社会」の流れに逆行していると言える。なぜなら、増税を繰り返し、個々への負担は増えているにもかかわらず、社会保障をはじめ、サービス供給の水準は依然より低下しているものさえあるからだ。我々は民間企業のサービスを利用するかどうかについて選択する権利がある。しかし、行政への納税は義務である。だとすれば、サービス水準が下がる中では本来、民間企業以上に納税額には値下げ圧力がかかってしかるべきだが、そうならない現実があり、納税している以上、この現実を各人がそれぞれの立場で理解していくことが求められる。
いまなお多くの人々は自治体財政に目を向けていない。そのツケが将来、表出するであろうことを筆者は危惧している。
地方自治体を取材する中では、幸いなことに財政健全化に成功している自治体が存在する。そして、いまこの瞬間にも、身を粉にして財政問題に取り組んでいる首長や職員も存在するのである。
なぜ、彼らは財政を健全化することができたのか、健全化を進めるその先にどのような世界を想い描き、それを共有しているのか。今まさに成功事例に学ぶことができる。そのためにも地方自治体の財政は今後一層注目されるべきだと強く感じている。
(株式会社ホルグ代表取締役社長 加藤年紀)
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