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古賀茂明「日の丸背負う三菱重工の“没落”と経産省失敗の本質」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171224-00000015-sasahi-bus_all
AERA dot. 12/25(月) 7:00配信
著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者...
天下の三菱重工業の危機というと、あまりピンと来ない方も多いだろう。同社は、武器や船舶、原発、火力発電所、ロケット、航空機、各種プラントなどを製造しているものの、消費者に身近な製品が少ないことから、三菱グループの中でも、三菱東京UFJ銀行や三菱自動車などに比べてややなじみの薄い存在かもしれない。
しかし、天下の旧三菱財閥グループの中では、三菱東京UFJ銀行、三菱商事と並ぶ御三家の一つで、そのグループ内での地位は、三菱自動車とは比べ物にならないほど高位にある。
その三菱重工業が今、非常に苦しい状況に追い込まれている。原因はいくつかあるが、中でも注目を集めているのが、同社が総力をあげて開発している初の国産ジェット旅客機「MRJ」だ。
第2次世界大戦後初めて日本メーカーが開発した旅客機YS11の生産が1973年に中止されて以降、日本の企業が独自開発した民間用旅客機はなかった。その後、経産省はじめ、政府は、日本独自開発による「日の丸旅客機」の実現のために長年にわたり、巨額の補助金・融資などで民間企業を支援していた。そして、その悲願を託すプロジェクトとして立ち上がったのが、三菱重工のMRJジェット旅客機プロジェクトだったのだ。現在では、MRJと言えば、三菱重工のプロジェクトだと誰もが思うのだが、実際には、経産省主導の「日の丸ジェット」プロジェクトだと言ってよいだろう。
このプロジェクトは、2003年以降に本格的に立ち上がり、政府挙げての資金援助が行われた。毎年数十億円単位の資金が投入され、その結果、何とか2008年に実用機の開発がスタートした。その時の関係者のはしゃぎようは、まるで日本人が月面に降り立ったのかと思うくらいの大騒ぎだったのを覚えている。
何しろ、当初は、わずか5年後の13年には初号機が受注先に引き渡される予定だったのだから、その喜びもわからないではない。しかし、その後は、度重なる設計変更などの不具合が相次ぎ、なんと5度も納入が延期される事態となってしまった。このため、当初、2000億円とされた開発コストも、5000億円近くに膨らんでしまい、開発を担当していた三菱重工業の子会社である三菱航空機は債務超過に陥ってしまった。相当厳しいということは、はたから見ていても明らかだ。
さらに痛いことに、三菱重工がもたつく間に、ライバル企業のエンブラエル(ブラジル)、ボンバルディア(カナダ)などもMRJを後追いするように、MRJと同様の100席以下のリージョナルジェット開発に着手し、あっという間に追いついてきた。MRJの初号機納入は20年半ばの予定だが、エンブラエルの新型機も翌21年には投入される予定だ。
MRJのセールスポイントは従来機比で30%の燃費改善だったが、ライバル勢の新型機もこれに追いつき、MRJの優位性はすっかり失われてしまった格好だ。しかも、開発当初1バレル100ドルだった原油価格は50ドル程度となり、今や低燃費は顧客の関心事ではなくなってきている。
今後、売り込み競争が激化するのは必至。今後の展開では、繰り返される納入時期延期で信頼を失った三菱のMRJは、これまでの受注(447機。基本合意段階のものも含む)からキャンセルが続出し、数千億円規模の損失となる可能性が出てきた。
現に、2017年11月22日付日本経済新聞は、「初のキャンセル濃厚」という見出しで、米航空業界の再編のあおりを受けて、近く40機のキャンセルが出る公算が大きいと報じ、12月15日には、ついに宮永俊一社長が、記者会見で、米イースタン航空が発注した計40機(オプション含む)の契約について、「おそらく、なくなるだろう」と認めざるを得なくなるところに追い込まれている。その会見では、計200機を発注している米スカイウエストなど大口契約先からのキャンセルはないとしたものの、それを額面通り受け取ることはできない状況だ。
■千載一遇のチャンスを逃した「自前主義」の罪
日経新聞によれば、MRJの開発が難航していた10年頃、三菱重工はボーイング社から「ボーイング737のコックピットを使ってみては?」と持ちかけられたそうだ。しかし、三菱重工は純国産自前主義≠ノこだわり、その提案を一蹴してしまった。
おそらく、経産省にも相談した結果のことだろう。経産省から見れば、日本の航空機産業がボーイングの下請けから脱して独自の道を歩む象徴的なプロジェクトで、エンジンと並ぶ重要性を持つコックピットをボーイングに頼ることは、絶対に避けたいという心理が働いたのは確実だ。世界のライバルの動きなどを見ながら、柔軟に方針転換する能力さえあれば、きっとこの時、三菱重工に対して、ボーイングとの協業に動くようアドバイスしたのであろうが、残念ながら、彼らには、「排外主義」の遺伝子はあっても、「国際協力」の遺伝子はない。結果として、千載一遇のチャンスを逃してしまったのである。
この時、「YES」と応じていれば、今難航している世界各国の型式証明取得などにもボーイング社のノウハウを活用できただろう。その後の納期遅れもなく、今頃MRJは世界シェア1位のリージョナルジェットになっていたかもしれない。
■期待の火力発電事業でもトラブル続きで泣きっ面にハチ
タイミングの悪いことに、現在、三菱重工は日立製作所との間に大きなトラブルを抱えている。両社がそれぞれの火力発電事業部門を統合し、三菱日立パワーシステムズを設立したのは14年のことだ。両社にとって、火力発電事業は屋台骨とも言える重要な事業だ。しかし、世界の競争は厳しさを増している。そこで、統合によって、世界の2強、GEとシーメンスに対抗できる勢力を目指したのだ。
ところが、統合前に日立が受注していた南アフリカの火力発電プラント建設で工事の遅延が発生した。アメリカで東芝の子会社が、原発建設の遅れから大規模な損失を出して、破たんに追い込まれたのはつい最近のことだが、これと似たことが起きているわけだ。そして、これによって発生する巨額の損失の負担をめぐり、日立と三菱の間で折り合いがつかず、三菱は損失額7634億円全額の支払いを日立に求めて、17年7月末に日本商事仲裁協会に仲裁を申し立てている。
ここまで泥沼化し、仲裁申し立てまでしなければならないということは、三菱が負ける可能性もあるということだ。そうなれば、出資比率(65%)に応じた損失が生じ、その額は5000億円規模になってしまう。
ということは、MRJ、そして南アフリカの発電プラントでの損失見込みを合わせると1兆円を超えてしまうかもしれない。三菱重工の自己資本は2兆円と厚いので、1兆円の損失で即経営危機とはならないが、少なくとも、経営にイエローランプが灯ったと警戒すべき段階だと言ってよいだろう。
■今後の火力発電の見通しは真っ暗
南アフリカの損失は、過去のもので、しかも原因は日立側にあった。今後、心機一転巻き返しに出ればよいのかもしれないが、それが、全くそうなりそうもない。17年12月の記者会見で、宮永社長自らが、火力発電向けタービン事業の不振が「少なくとも」2年は続くと認めざるを得ないほどの不振に陥っているのである。
その原因は、パリ協定成立などで、新興国を含め世界中で太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入が急拡大し、逆に火力発電用タービンの需要が急激に落ち込んでいるのだ。これは、世界の潮流を見ていれば誰にでもわかることのように見える。現に、GEやシーメンスは、既に大幅リストラを発表している。両社とも再生可能エネルギー向けの需要拡大により、そちらにシフトして稼ぐ戦略をとっているのだ。
ところが、三菱重工を含め、日本の重電企業は、未だに経産省と二人三脚で原発に軸足を置き、再生可能エネルギー分野では世界から完全に取り残されてしまった。伸びる分野で仕事が取れないので、火力分野を縮小するという判断が遅れてしまったのだ。三菱重工では、17年3月期にエネルギー・環境部門が営業利益の7割を稼いだ。今年度はその中の重要な柱の一つである火力の受注高は2割減にまで落ち込むらしい。今後は、採算度外視でも火力の仕事を取りに行くしかなさそうだが、そうなれば、大きな損失が発生することもあり得る。屋台骨が揺らぐというのは、まさにこういうことを言うのだろう。
三菱重工と言えば、造船。長崎造船所はその象徴だった。しかし、同社では、11年に鳴り物入りで受注した大型客船2隻で、何と2540億円という巨額の損失を計上した。結局、造船部門は本体から切り離すことになったが、実は、足元では受注が減少しているという。造船は受注から実際に建造が始まるまでのリードタイムが長いが、数年後には、ドックでの仕事が減っているということになりかねない。
ちなみに、造船以外でも、同社は、17年8月に、試作車まで作ったのに価格で折り合わずリニア新幹線事業から撤退している。「世界の三菱」の名を汚す失態が延々と続いているという印象だ。
■三菱重工は防衛・経産の子会社になる?
航空機、造船(軍需を除く)、火力などを子会社化した三菱重工本体には、主要事業として、防衛、航空・宇宙、原子力などが残っている。よく考えると、これらは、いずれもお役所の言うことに従って動く国策産業だ。
17年11月6日には、日経新聞に「不況造船に『官の恵み』 潜水艦や護衛艦の建造・改修 」という記事が載った。民間市場では仕事が取れないので、仕方なく、防衛部門にシフトするしかない関連企業の話が出ているが、防衛産業の売り上げが最も多いのが三菱重工だ。
さらに、年末の12月21日の日経新聞には、「次世代原子炉を輸出 東芝など官民、ポーランドで建設 」という見出しが載った。東芝などと書いてあるが、東芝と並んで三菱重工も重要なプレイヤーの一つだ。その見出しでも「官民」という言葉が躍っている。再生可能エネルギーの分野で完全に出遅れた日本企業が、経産省と新興国政府に頼って、再び原発に活路を見出そうということなのだろうか。
この二つの記事は、まさに、三菱重工が民間企業から事実上の役所の子会社に成り下がっていくのを象徴しているのではないだろうか。
日本の大手メーカーには、「我が社の技術は世界一」という思い込みを持つところが多い。そうした自惚れを持っていては、海外の優秀な企業との連携をしようとしてもうまく行かない。また、世界の最新の情報も入ってこない。その結果、様々な分野でガラパゴス化をもたらし、グローバル市場での日本企業の不調につながっているのが現状だ。
そのような企業行動は、経産省の日の丸主義と護送船団方式によってがっちりサポートされている。官民複合産業体になっているのだ。そして、三菱重工もその代表格となっている。同社が、本来のたくましい民間企業としての復活を望むなら、純国産・自前主義を完全に捨て去り、海外一流企業との間で謙虚な姿勢で協力関係を結び、新たな地平を切り開くという姿勢に転換すべきだろう。そうしなければ、MRJをはじめ、これからも大型プロジェクトで失敗が続くことになるのではないだろうか。
17年11月30日、愛知県豊山町に「MRJミュージアム」「あいち航空ミュージアム」がオープンした。初めての週末だった12月2、3日は計5443人が訪れ、子どもたちが実機の展示を見て「大きい」と歓声を上げながら記念撮影をしてはしゃぐ姿が報じられた。12月と今年1月はほとんど空きがないというほどの人気だ。
このミュージアムのように、三菱重工が、子どもたちに夢を与える企業として生き残ることができるのか、それとも、役所に手取り足取り指導を受けて、武器と原発を世界中に売り歩く死の商人に成り下がるのか。同社は、大きな岐路に立たされている。
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