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"EV普及で自動車産業崩壊"は根拠がない エンジンのない未来は当分こない
http://president.jp/articles/-/23836
2017.12.4 PRESIDENT Online
藤本 隆宏 東京大学大学院経済学研究科教授
安井 孝之 Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
電気自動車(EV)が普及すれば、パソコン市場と同じように、日本企業は競争力を失うという指摘がある。だが東京大学大学院の藤本隆宏教授は「1トン以上の重さを時速100キロで動かすためには高い設計調整能力が必要。パソコンとは設計思想が全く違う」という。それでは将来の自動車市場をどう予測すればいいのか。藤本教授と元朝日新聞編集委員・安井孝之氏の「ものづくり対談」、第3回をお届けする――。
11月16日、テスラのイーロン・マスクCEOは新型EV車「ロードスター」を公開した。時速96キロまで1.9秒で到達し、最高速度は400キロを超えるという。市場投入は2020年の予定。(写真=Tesla/UPI/アフロ)
EVの長所だけをみていると将来予測を誤る
【安井】世界の自動車産業がここにきて電気自動車(EV)の開発を加速しています。ディーゼル車の排ガス不正問題が起きた欧州、大気汚染が激しい中国などで政府が主導し、EVの普及に弾みがついています。スポーツタイプのEVを発売していた米国テスラも大衆向けのEVを売り出しました。ハイブリッド車(HV)やガソリン車などでは強かった日本メーカーがEV時代に競争力を失うのではないか、という見方があります。
【藤本】競争力について論じる前に、将来のEV市場の規模について考えてみましょう。ここでは、ハイブリッドの電動車は除き、したがって内燃機関の発電機を積んでいるシリーズハイブリッドやレンジエクステンダ―も含めず、二次電池だけで動くいわゆるEVに絞って考えます。今のEVは、むろん長所も多いが、電池のエネルギー密度、航続距離、充電時間、電池の劣化など短所も多く、これらの短所を克服する革新的な次世代電池が実用化するのか、もし実用化するならいつになるかなど、多くの不確定要素が存在します。
したがって、2020年代に、1億台を超えているであろう世界の自動車市場の中で、EVがどのぐらいのシェアを持つかについては、精度の高い予測は今は不可能です。少なくとも、EVの長所だけを並べて、だからすぐにもEVが自動車市場を制覇する時代が来るような印象を与える一部の報道は正確ではないと思います。今の時代は複雑で、EVの場合もプラス面とマイナス面をバランスよく見ないと、流れを読み損ないます。ちなみに、2016年の世界のEV生産台数は約50万台で、世界市場は9400万台ぐらいなので、シェアは0.5%です。
こうした足元の数字と、世界で250兆円を超えるという世界の自動車産業の規模感を頭に入れた上で、簡単な思考実験をしてみましょう。比較的よく見る将来予測は、2030年のEVのシェアは20%程度というものです。本来、その時点での二次電池のエネルギー密度を仮定する必要がありますが、現段階ではそれは予想がつきません。したがって、たとえば2030年のEVのシェアの予測値は、予測ともいえないラフな予想に過ぎません。したがってその数字は、10%ぐらい、20%ぐらい、30%ぐらいなど様々ですが、少なくとも専門家の予想を見る限り、80%だ、100%だ、といった高い数字は見たことがありません。そこで以下の分析では、最近よく見る20%と言う数字を仮置きすることにしましょう。
論理的に考えれば日本の自動車企業は壊滅しない
【藤本】すでに述べたように、現在の世界市場は年間販売台数が約1億台弱で250兆円規模です。これが2030年になると、大都市ではシェアリングにより需要が減るという説もありますが、これは世界市場の一部での現象であり、大局を見るなら新興市場はまだ成長するので、少し固く見積もるとして、2030年の年間販売台数は1億2000万台と大まかに予想することにしましょう。仮にその20%がEVだとすればEVは2400万台、残りの9600万台、ほぼ1億台のうちほとんどは、ガソリン車やディーゼル車、パラレルハイブリッド、プラグインハイブリッド、シリーズハイブリッド、レンジエクステンダ―など、何らかのエンジンが搭載された車という計算になります。
この計算通りになるとすると、モーターだけで動くEVは確かに増えて60兆円規模(1台250万円で計算した場合)というものすごい巨大市場となっている。だとすれば、どの企業も国も、EVでの競争では絶対に負けられない、というのはまさにその通りだと思います。しかし反対側から見れば、エンジンを積んでいる車もなお1億台、単価が今と同じと仮定するなら、250兆円の市場があるということです。
このように、未来の事象は表裏の両面から見る必要があります。片方からだけ一方的に見て、「電気自動車が自動車市場を支配する→日本メーカーは電気自動車では競争力を失う→日本の自動車企業は壊滅する」といったセンセーショナルな話をしたがる向きもありますが、以上のような簡単な思考実験をしてみても、それが怪しげな議論であることは即座にわかるでしょう。仮に、いま世界で30%ぐらいのシェアを持つ日本企業がEVで完敗するというワーストシナリオでも、残りの「エンジン付き」の部分で頑張っていれば、2030年に3000万台ぐらい作っている可能性はあるわけです。
エンジン部品はすぐになくなってしまう?
【安井】2030年の時点でもエンジンを積んでいる車の市場は現在の市場規模とほぼ同等ということですね。
【藤本】エンジンの部品をつくっている鋳物屋さんが、「テレビでEVの話を見たんですが、鋳物部品はもうすぐなくなっちゃうんですか」と心配そうに聞いてきたので、「そんなにすぐにはなくならないですよ」と話してあげました。今の時代は、重さのないICTの世界と重さのある物財の世界が連結して複雑な相互作用を引き起こす「ややこしい時代」です。こういうときは、複眼的な思考が必須で、一方的な見方で経営戦略を考えると間違えます。裏と表から両にらみで見ていくことが大切です。
東京大学大学院の藤本隆宏教授
ただ、2030年になってもエンジンを載せている車が今と同じぐらいの市場規模があるといっても、エンジン規制も環境規制もさらに厳しくなるのでエンジン技術の競争力を高める努力は、さらに加速させる他ありません。この領域では、日本企業はそう簡単に負けないと思いますが、その一方で、EVも圧倒的に巨大な市場に育っている可能性があるわけですから、この分野でも日本メーカーは絶対に負けてはいけないと考えているはずです。
【安井】一方にかじを大きく切ってしまうわけにはいかず、両にらみで経営をしていかなくてはならないとなると大変ですね。これまで強かった分野もさらに強くし、EVなどの新しい分野でも負けないように努力しなければいけない。EVについてはモーターと電池があれば作れるので、誰でも作れるからライバルがどんどん出てくるという見方もあります。
「ゴルフカート」とは根本的に違う
【藤本】確かに、低速で極限的な機能も要求されない、いわゆる「ロースペックEV」であれば、構造は大幅に単純化され、標準部品を多く含むモジュラー型(寄せ集め型)の製品が増え、調整能力やチームワークで勝負する日本の開発生産現場は「設計の比較優位」を失うという予想は、設計論的にも貿易論的にも成立します。特に、モーターが車輪の中に入ってしまう「インホイールモーター」になれば、車の動力伝達部分は圧倒的に簡素化され、車の車体設計の自由度もそのぶん画期的に高まるでしょう。
しかし、生活道路も高速道路も走り長距離走行もする、高性能仕様の「ハイスペックEV」の場合は、設計論的に考えても、そんなに簡単ではないと思います。つまり、ゴルフ場のゴルフカート的な車をつくるのは完全な寄せ集め設計でも難しくはないと思いますが、1トン以上の車が道路という公共空間を時速100キロ以上で走るとなると、作るのは格段に難しくなります。
【安井】日本勢では日産自動車がEVの「リーフ」を生産し、EVに本格参入していますが、日産の技術者もEVをつくるのは簡単ではない、と話していました。初代リーフの発売から7年たってようやく「普通の車」になったわけですからね。将来の自動車産業の姿をどう予測されていますか?
しばらくは「パワートレイン多様化」の時代が続く
【藤本】三菱のアイミーヴも日産のリーフも頑張っていますが、バッテリー劣化問題など、解決すべき問題は山積しています。それはアメリカのテスラも同様でしょう。また、ユーザーとして私がたとえば五島列島に行ってEVを運転してみても、航続距離、充電時間など、克服すべきフラストレーションはまだかなりあります。結局、今の自動車のパワートレイン(駆動)技術は、ガソリン車などの内燃機関、HV、EV、燃料電池車(FCV)などいずれも一長一短があり、つまりどれにも欠点があります。したがって、しばらくは「パワートレイン多様化」の時代が続き、どれか一つの方式の独り勝ちにはならないでしょう。
例えばEVに使う電池は最先端のものでもエネルギー密度が低すぎ、コストが高すぎ、充電時間は長すぎます。徐々に改善していますが、特に電池はさらに画期的な新技術が必要です。将来のいずれかの時点で、例えばエネルギー密度が今の数倍になるような革命的な新型電池の誕生があるかどうか。いずれにせよ、ドイツのアウトバーンを長時間、充電なしで高速で走れるようなEVはすぐにはつくれないでしょう。つくるとなると大量の電池を積んで、とても重たい車になってしまうし、コストも高くなってしまう。例えば米国のテスラは好調ですが、今の主力モデルの価格は1000万円を超え、重さも2トンを超えます。
電池のコストの相当部分が変動費であることも忘れてはなりません。つまり大量生産しても劇的にコストが下がるとは限らない。資源制約の状況によってはむしろ高くなってしまうこともありうる。また、将来、無線充電インフラの技術が確立するとしても、それで全国の道路網を埋め尽くすのには長い時間がかかるでしょう。要するに、EVには確かに未来があるが、そう簡単ではないということです。EVの長所だけを羅列して議論していれば読み違えます。
東京大学大学院の藤本隆宏教授(左)と安井孝之氏(右)
【安井】それでは一つの駆動技術に当面は収斂しないとなると自動車メーカーは大変ですね。
【藤本】21世紀前半は用途によってさまざまなテクノロジーが棲み分け、また共存する「エンジンミックス多様化」の時代が続くとみています。そして、こうした「パワートレイン・テクノロジーの多様化」が次世代車の「アーキテクチャ(設計思想)の多様化」をもたらし、その結果、主にモジュラー・アーキテクチャ寄りの領域にスタートアップ企業が参入することにより、新規参入企業も既存企業も含めてある程度は「自動車企業の多様化」が進むでしょう。テスラに限らず新顔の企業が活躍するかもしれません。つまり、既存企業が強い次世代車のアーキテクチャと新興企業が強いアーキテクチャとが併存するでしょう。既存企業が対応できない破壊的技術で新規参入者が新マーケットから侵入し、既存企業は一方的に衰退する、というビジネス・ジャーナリズムが好むセンセーショナルなストーリーは単純には成立しにくいと考えています。
家電産業の二の舞にはならないのか
【安井】デジタル化の加速が日本の家電産業を衰退させました。日本の自動車産業は国内外の不況や円高などで四苦八苦しながらも世界的なシェアを維持し、競争力を保ってきましたが、家電産業の二の舞にはならないでしょうか。
【藤本】なぜ日本の自動車産業は競争力を維持し、家電エレクトロニクスは失速したのか。私は「現場の能力構築」と「現物のアーキテクチャ」の適合性というフレームワークでこの問題を分析しています。すなわち、日本の自動車企業・自動車産業が競争力を維持したのは、第1にトヨタシステムに代表される広義のものづくり能力のダイナミックな構築能力、つまり進化能力が高かったこと。第2にそこで主に戦後に蓄積された調整型・統合型・協業型の組織能力が、高機能・低燃費自動車の調整集約的なアーキテクチャ特性と合致したこと。第3に先進国の安全・環境規制などが障壁となり、中国などの新興企業の製品が設計面で輸出競争力に限界があったこと。そして第4に自動車は基本的にクローズド・アーキテクチャー寄りの製品であったため、個別製品単位での比較的シンプルな競争ができたこと、つまり、いわゆるグーグルやアップルのようなプラットフォーム間競争のような複雑な戦略展開が必要なかったこと、などが指摘できます。
「モジュール」という言葉に惑わされてはいけない
【安井】自動車産業はそれぞれのメーカーが微妙に異なる部品をそれぞれの方式で組み立てるすり合わせ型の産業ですが、家電産業は汎用的な中核部品を組み立てればできあがるモジュラー型の産業という違いがあったということですね。でもEVに代表される電動化が進むと、これまでの構造が変わってしまいませんか。
【藤本】自動車のアーキテクチャのモジュラー化、設計のシンプル化といった変化は確かにある面において出てくるでしょう。しかしながら、厳しい安全・環境・エネルギー規制のもとで1トン以上の重さのある車をつくる自動車産業には、同時に、つねに強烈なインテグラル型(すり合わせ型)アーキテクチャの方向への圧力がかかっている。ドイツのフォルクスワーゲンなど世界の自動車メーカーが進めている「モジュール」という言葉に惑わされて、主要部品を組み立てればつくれるパソコンのようになるといった見方は、設計論的にも非常に間違っています。物理的制約の少ないデジタル製品であるパソコンは業界標準部品が多い「オープン・モジュラー型」、物理的制約の大きい重量物である自動車の場合は社内共通部品の多い「クローズド・モジュラー型」は似て非なるもので、必要とされる戦略行動も大きく異なります。「モジュラー」という表面的な言葉に惑わされてはいけません。
もともと厳しい制約要因とどんどん高くなる機能要求によって自動車の設計が複雑化の一途をたどっている。そのような状況の中で、設計者が情報処理負荷に押しつぶされないための、つまり製品複雑化問題を打開するための窮余の一策として取られているのが、比較的に大きな粒度の部品、つまり「モジュール」の社内共通化を進める自動車メーカーの「守りのクローズド・モジュラー化」なのです。重さのないデジタル製品の本来の設計特性を無理なく活用して進められる「攻めのオープン・モジュラー化」とは似て非なるものです。
自動車産業で電動化は進むでしょうが、そもそも車が地上を高速で人を乗せて走る限り、そう簡単につくれるものにはならないでしょう。こうした本質論からきっちり論理を積み重ねていくなら、日本の自動車産業の現場がこれからも愚直に能力構築を続け、他方で日本の自動車企業の特に本社が的確なアーキテクチャ戦略を仕掛けていくなら、2020年代に向けて、国際競争力を大きく失うことはない、という「慎重な楽観論」のシナリオも見えてくるでしょう。
藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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