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EVを軽視する日本の自動車産業は「ゆでガエル死」する
http://diamond.jp/articles/-/150451
2017.11.26 中尾真二:ITジャーナリスト・ライター ダイヤモンド・オンライン
このところ自動車業界が騒がしい。タカタ、神戸製鋼、三菱自動車、日産、スバルのスキャンダルを見るに、自動車業界の劣化が止まらない、と言われても反論できない状態だ。自動車業界を中心とする製造業は、日本の産業の根幹を支える。この状況に暗澹たる気持ちになる。
別に憂国の士を気取るつもりはないが、このままでは本当に日本の産業はダメになりかねないと思っている。
これにはメディアの責任が大きい。テレビなどでは「日本人すごい!」という切り口で、日本の文化や産業の良さをことさらに強調している。日本人の自己満足を満たすように作るメディアの「自己満足バイアス」は、衰退の裏返しではないのか。
EVよりハイブリッドがいい、と
安心しきっている場合か
どのような点で危機感不足を感じるのか。国内自動車産業に根付くマスコミやジャーナリストの危機感不足である。筆者も足元はこのメディア業界に属しているため、その空気感は肌で感じる。
記事などで目立つ論調は、ざっくり言えば「EVは普及しないのでハイブリッドで十分」という意見だ。
正直なところ、界隈で取材を重ねる筆者も近い考えを持った時期もあった。
しかし、日本や欧州においてEV(EVはFCV含むZero Emission Vehicle)の普及には時間がかかるものの、この流れは止められないことは誰もが認めるはずだ。グローバルでは中国のNEV法が施行される2019年がひとつのターニングポイントになるだろう。結果、筆者の意見としては「慌てる必要はないが、静観している場合ではない」というものだ。
この現状で自動車業界の関係者やアナリストには、日本の自動車業界を良くも悪くも信頼しきっている論調が強い。
曰く、「EVはトータルでエコではない(Well to Wheel:油田から車輪まで。ちなみにWell to WheelでCO2排出量はEVの方が内燃機関よりも低いと言われている)」「製造から廃棄までの排出CO2を考慮せよ」「モーター、バッテリー技術はコモディティ化しているので日本メーカーが本気を出せばすぐに追いつける」「走行距離、充電時間、コストなどからEVは市場のメインストリームにはならない」といった声だ。
このような論調にあえて警鐘を鳴らしたい。そこには理由がある。
というのは、この状況が出版や家電といった衰退産業における、かつての論調に通じるものを感じるからだ。
自動車も、出版や家電と
同じ道を歩むのか
状況変化に対して楽観視した結果、「ゆでガエル」になった日本の産業をいくつか知っている。念のため、ゆでガエルとは、水から火にかけられたカエルは徐々に温められるため茹でられていることを知らず、気がつくころには茹で上がっているという状態だ。
出版業界がわかりやすい。筆者はエンジニアを経て紙の時代から出版業界に入り、技術系の書籍や雑誌に20年以上携わってきた。出版業界もいまや構造不況業種といってよい。あちこちで制度疲労を起こしている。出版業界は、独占禁止法の例外規定による価格維持制度と、取次という特殊なサプライチェーンの成功事例から脱却しきれず、デジタル対応を始めとする事業転換のタイミングを逃した。従来型の流通を軸とした既得権の範囲にとどまるビジネスが多く、投資機会も逸している。結果として衰退は現在進行系である。
取材先としてウォッチしてきた家電や電子機器業界も然り。独自技術と品質へのこだわり(自体は悪くはないのだが)が、結果的に変革を阻害し、後発国に出し抜かれた。往年の日本ブランドがいくつも中国資本となり、残っている企業はほぼ国内市場でしかプレゼンスを発揮できていないのは周知である。
どちらの業界も既存ビジネスの成功体験から抜け出せず、環境変化を否定的かつ楽観的にとらえ、「まだいける」という判断ミスと、機会損失を生んだ。これらの蓄積が構造不況につながり、産業衰退を引き起こしたと言っては言い過ぎだろうか。
筆者には、前述のような自動車業界におけるメディアの楽観的かつ現状肯定的な論調が、かつての出版業界や家電・電子機器業界の声と、どうしてもかぶって聞こえてしまう。
業界が思っているほど
参入障壁は高くない
ならば、ゆでられたカエル側の視点で、なにか教訓はあぶりだせないだろうか。
クルマづくりは無数の部品と多数のコンポーネントの組み合わせだ。単に組み立てるだけでなく完成品としてのバランスと協調は、モーターやバッテリーを調達できる程度では、難しいという意見がある。つまり、大手自動車メーカーにだけクルマ作りの素地があるという見解だ。
これに対しての反論はテスラの例がいちばんわかりやすい。テスラは生産体制や品質にトラブルは見られるものの、着実に課題に対応している。
自動車業界が思っているほど、すでに自動車という製品は特殊なものではないのかもしれない。日本ではGLM、クロアチアのリマック・アウトモビリといったEVメーカーの例もある。スーパーカーばかりではない。小型モビリティのEVメーカーは国内外に無数に存在する。その中には大手メーカーをスピンオフしたエンジニアがかかわっていることもある。
確かにメルセデスやトヨタのようなクルマは作れないかもしれないが、大手完成車メーカーもすべて独自技術で成立しているわけではない。関連する無数のサプライヤーやパートナーの分散したノウハウは無視できないものだ。
したがって現在、世界の主要メーカー以外はクルマが作れない、というのは驕り以外のなにものでもない。
日本の家電メーカーは、この驕りによって韓国や中国のメーカーに負けた。いまでも日本製品のブランドは残っているが、グローバルのコンシューマ向け市場はサムスン、LGに押さえられ、通信機器やPCでは、HUAWEI、レノボ、ASUSに勝てないでいる。日本市場だけ見ていると実感がわかないかもしれないが、海外では「日本製品は品質が高い」という神話だけが生き残っており、市場では日本製品はほとんど見かけない。品質だけでは勝てないグローバル市場の現実だ。
EVは当面普及しないという楽観は
ガラパゴス携帯の失敗と同じ
EVは当面実用化されない、という論調は最近は収まりつつあるが、充電スポットの整備や充電時間を考えて、EVの普及は相当な時間がかかるため、じっくり腰を据えてかかればいいという意見は根強い。これは総論としては間違っていない。たとえば、明日から世界中の内燃機関自動車の製造をストップしたとして、街中のクルマがEVに置き換わるには十年単位の年月が必要だ。
しかし、現実にZEV規制(新車生産のゼロエミッションビークル比率)が始まれば、状況は変わってくるだろう。もちろんそれでも市場や産業界が追従せず、普及しない可能性もある。現在の基準で判断するのは危険だ。
これと本質的に似た状況で、結果失敗をしたのが通信事業者と携帯電話メーカー。いわゆるガラパゴスと言われた現象だ。
ガラパゴスについて改めて説明するまでもないと思う。
グローバルで進む通信事業の分社化、オープン化を否定し、独自の機能品質にこだわったガラケーエコシステムとその崩壊に至る一連である。NTTなど通信キャリアの解体(分社化)ができないため、メーカーは端末ビジネスを放棄せざるを得ず、キャリアはARPUビジネス(ユーザー当たりの利益)から抜け出すことができず、直営店舗でさえあやしげな抱き合わせ契約と、高価な端末の分割払いでユーザーの囲い込みに腐心している。しかも売れている端末は海外製品ばかりだ。
思えばかつて、通信事業者や端末メーカーも「スマートフォンは時期尚早」「端末と回線を切り離すと品質が維持できない」「iPhoneや中国製品に脅威となる新技術はない」などと豪語していた。どれも当時の市場環境からすると間違いではなかった。しかし気がつけばこの有様だ。日本は、世界有数の通信インフラと関連要素技術を持ちながら、国際競争力を発揮できないどころか、国内でも凡庸な商用環境しか提供できていない。
スマホやITではなく
日本経済はクルマが売れてナンボ
自動車業界に話を戻す。
内燃機関を捨ててすべてをEVにしろとまでは言わない(独自路線を行くなら、それもひとつの戦略ではある)。
「事が動いてからで間に合う」といった認識が最も危険なのだ。
「焦らないでいい」と「なにもしないほうがいい」ということは決してイコールではない。
結果としてなにもしなかったり、既存のビジネスにもたれたままだと、国内自動車産業は、ここまで述べたようないくつかの「ゆでガエル」産業と似たような末路を辿ってしまうかもしれない。
バッテリーやモーターについて、先端を行く技術を持っているにもかかわらず、後ろ向きにも見えるガソリン車にこだわるのはなぜだろうか。FCVを800万円で市販できるなら、なぜもっと現実的なEVの市場投入に躊躇するのか(大手メーカーが考えていないわけはないだろうが)。世界で戦う自動車メーカーを複数擁する日本の自動車業界であればこそ、もっと強く先進性を押し出すべきだろう。ガソリンもEVも両方やればいい。現にダイムラーもBMWもGMもそうしている。
すでに通信機器、PC、スマートフォン、ソフトウェア、Webサービスといった領域で、日本企業はグローバル市場で総崩れ状態である。自動車産業もそうなってしまったらと考えると、いたたまれない。
スマートフォンが売れても喜ぶのは海外メーカーばかりかもしれない。政府や自治体の公募でNECや富士通が巨大プロジェクトを落札しても購入されるPCはすべて中国資本になろうとしている。日本のソフトウェア産業は、特殊なSIゼネコン構造により海外でのプレゼンスはほぼゼロだ。ソフトウェアサービスやインターネットビジネスにおいては、Google、Amazon、Facebookといったプラットフォームに依存せざるをえない。
あえて極論すれば、国内で新興IT業界がいくら儲かっても日本全体の景気は良くならない。せいぜい、イロモノIT社長が六本木ヒルズで女子アナ合コンを開くくらいの経済効果しか期待できない。シャンパングラスタワー効果は、リアルにシャンパングラスタワーをやれということではない。
日本の基幹産業である自動車および製造業は、日本経済そのものに与えるインパクトが大きい。10万円のスマホが10台売れるより、クルマ1台売れたほうが多くの国内産業を救えるかもしれない。クルマの所有が進まないのであれば、クルマの利用が世界トップレベルの市場づくりを目指すなど、強い打ち出しがあってもいい。EVや自動運転、次世代モビリティによって、業界の再編やプレーヤーの交代といった痛みも伴うだろう。が、それを避けるようでは、成長はない。
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