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今年のノーベル経済学賞受賞者、米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授 Photo:REUTER/AFLO
今年のノーベル経済学賞「行動経済学」は何が凄いのか
http://diamond.jp/articles/-/145917
2017.10.17 真壁昭夫:法政大学大学院教授 ダイヤモンド・オンライン
10月9日、スウェーデンの王立科学アカデミーは、2017年のノーベル経済学賞を米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授に授与すると発表した。セイラー教授の授賞理由は“行動経済学”の理論的発展に貢献したことである。
ちなみに、ノーベル経済学賞は、スウェーデン国立銀行がノーベル財団に働きかけたことによって誕生した。賞金はノーベル財団ではなく、スウェーデン国立銀行(中央銀行)から贈られる。
私自身、1980年代から既に30年近く、行動経済学の魅力に取りつかれて勉強してきた。セイラー教授の功績とノーベル賞受賞に心から賛辞を送りたい。2002年(ダニエル・カーネマン、プリンストン大学名誉教授)、2013年(ロバート・シラー、イェール大学教授)、そして今回と、行動経済学は3回にわたってノーベル経済学賞の対象となった。行動経済学に相応の有用性を認められたということだろう。同分野の研究者としてはうれしい限りだ。
短期間の経済・金融の変動や投資家の行動を説明する際、長期の均衡理論として発展してきた新古典派の理論では説明が難しいケースがある。これに対して行動経済学は、現実に即して(都合のいい仮定を置かずに)人間の意思決定を解明しようとすることで、短期的な市場の変動などをより良く説明することができる。それは大きなメリットと言えるだろう。
セイラー教授は、これまで行動経済・行動ファイナンスの理論を、一般の人たちが理解しやすいレベルにまで噛み砕いて説明し、数々の名著を世に送り出してきた。これこそが同教授の最大の功績とも言える。今回の受賞が、行動経済学を学ぶ人が増え、研究が一層深化することを期待したい。
行動経済学とは
“心”に着目した経済学
行動経済学は、心理学の理論や分析の手法を応用して、人々の経済行動や金融市場の変動などを解明しようとする経済学の一分野だ。行動経済学の概要を把握するために、これまでの伝統的な経済学との比較を行うとわかりやすい。
伝統的な経済学の理論には主に二つの特徴がある。
一つ目は、こうあるべきだという“規範”や“定形”を設定し、それに基づいて理論を構築していることだ。言い換えれば、経済学者が消費や投資行動などを分析しやすいように、ある意味では使い勝手の良い“前提条件”を設定し、モデルが構築されてきた。
その最たるケースの一つが、「“合理的経済人”=常に、わたしたちは合理的に意思決定を行う」。これは人間が決しておかしなことはしないという前提であり、それを支えるために人々はすべての情報を完全に知っているという“完全情報”が前提だ
もう一つは、伝統的な経済学は短期よりも、「長期の均衡」に重きを置いてロジックを組み、立てることだ。長期的に人々は合理的に行動し一定の望ましい経済状況が出現することを念頭に置いて理論が構築されてきた。確かに、これには一定の説得力がある。
ただ、実際のわれわれの生活を振り返ると、「時にはバカなこと=非合理的な行動をする」こともあり、必ずしも合理的な意思決定をしないことがある。徹夜のカラオケ、負けてもなおギャンブルを続ける等、「やらなければよかった」と後悔することは日常茶飯事だ。常に、わたしたちが合理的に行動するとは限らない。
また、バブルのような短期的な株価の急騰など、伝統的な理論で説明が難しいと考えられる経済現象がある。伝統的な経済学では、そうした前提から外れたことを“アノマリー=例外事象”として、真正面から取り組んでこなかった。
行動経済学は「人間の非合理的な側面」を解明しようとしてきた。1979年にカーネマンとトヴェルスキーが同額の利益と損失に対する心理的な反応が異なること、統計的に計算される(客観的な)確率をわたしたちの主観がゆがめてしまうことを示して以降、伝統的な経済学では説明が十分でなかった、バブルの発生をはじめとする人間の非合理的な意思決定や短期的な市場の変動、意思決定の在り方に関する研究が進んだ。
セイラー教授の功績
汗水たらして稼いだお金と“あぶく銭”は違う
このように、行動経済学は規範ではなく、実際の“生身の人間”の行動を対象にして理論を展開してきた。セイラー教授の問題意識は極めて明白だ。1994年に執筆された論文の中でセイラー教授は「もし多くの個人が同じような間違いを犯すとすれば、合理性を前提としている理論は彼らの行動の予測という点で間違いを犯すであろう」と述べている。同氏は伝統的な経済学への問題意識をもとに、より普遍性のある理論構築を目指してきたのである。
セイラー教授の功績の代表例としてメンタルアカウンディング(心理勘定、心が行う会計処理)が紹介されることが多い。わたしたちは、汗水たらして得た10万円は大切に使おうとする。一方、ギャンブルなどで手に入れた10万円は、何も考えずにすぐに使ってしまいがちだ。
伝統的な経済理論に従えば、同じ10万円という金額(経済価値)が等しいにもかかわらず、“労働の対価”、“あぶく銭”などのように、心の中で勘定科目が設定され(お金に色分けがなされる)、行動に違いが生じる。そこに人間の心理が働いている。まさに、心の中で違った会計処理を行っているのである。
セイラー教授の関心は極めて広い。1970年代以降に執筆された論文は、個人の消費と貯蓄、公共政策、財政問題、犯罪と司法の関係、投資家の行動など多岐にわたる。1985年にメンタルアカウンティングに関する論文が発表される以前から、セイラー教授が実社会への問題意識をもとに膨大な行動経済・ファイアナンス理論の精緻化に尽力されてきたことが重要だ。
その蓄積の結果として、セイラー教授は一般向けの“わかりやすい”書籍を多く執筆されてきた。2008年に刊行された“ナッジ(Nudge: Improving Decisions on Health, Wealth, and Happiness)”は同教授の集大成の一つと言えるだろう。
ナッジとは、肘で相手を軽くつつくという意味だ。例えばビュッフェの陳列を考える際、野菜類を手前に、肉類を奥に置くことで、個人の選択を尊重しつつ、大勢の人の栄養の偏りをなくすことができるだろう。ミクロレベルでの意思決定を重視しつつ、より大きな規模での幸福感を高めることは、経済政策などを運営する上でも重視されている。
セイラー教授の功績は時として非合理的な決定を下すこともある私たちの行動様式を冷静に見つめ直し、より良い意思決定の在り方を目指してきたことにある。
求められる
多面的な理論の融合
行動経済学が“社会科学”と言えるか否かについては、さまざまな主張が繰り広げられてきた。伝統的な経済学の説明能力が高いと考えている専門家にとっては、「心理学」という従来の経済学にはなかった理論や手法を持ち込むことに違和感を持つ見方もあるようだ。
言ってみれば、“畑違い”に理論を持ちこんでいるという印象かもしれない。ただ、3度にわたって行動経済学がノーベル経済学賞の対象となった事実は、この学問が「社会科学の重要な分野」として世界に認められてきたことの証とも言えるだろう。
重要なことは、さまざまな分野の手法を応用して、短期から長期までの経済の変化を分析の対象とした、説明能力の高い理論を構築していくことである。
すでに、物理学の理論を応用して金融市場や経済の推移を説明しようとする“物理経済学”等、さまざまな分野の理論を用いた経済の研究が進んでいる。多様な分野の理論と経済学が融合し、従来とは異なる視点から経済に関する理論が提唱されることが増えるかもしれない。
今後の展開として注目される一つが、ネットワークサイエンスと経済学との融合がある。情報通信技術(ICT)の発達とともに、“仮想通貨”など従来は考えられなかった経済取引が実現してきた。いままでなかった発想の実用化などの創造的破壊がどのように発生し、社会に広がっていくかが解明されれば、経済のあり方、政策の立案と運営などに関する“常識”は根底から覆されるだろう。
アカデミズムの有効性の一つは、さまざまな現象の本質をシンプルに普遍性のある形で解き明かし、提示することにある。セイラー教授の研究姿勢は、まさにこの目的に合致している。今日の世界経済では、変化が急速かつ非連続に発生する。その中で、普遍性ある理論の構築と体系化を目指すためには、特定の分野に固執するのではなく、社会の変化に応じて必要と考えられる発想や手法を柔軟に応用していくことが求められるだろう。
そのためにも、セイラー教授のノーベル経済学賞受賞により、多くの人々が行動経済学に関心を持ち、実社会の動きに合った経済学へのニーズが高まることを期待したい。
(法政大学大学院教授 真壁昭夫)
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