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遺伝子組み換え作物の「本当の問題」をあぶりだす 『世界からバナナがなくなるまえに』
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10679
2017年9月29日 東嶋和子 (科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師) WEDGE Infinity
遺伝子組み換え作物が米国で栽培され始めた頃、取材におもむいた現地でしばしば聞いた組み換え反対論があった。
資本を集中投下し、遺伝的に均質な作物を大規模に栽培する「工業型農業」や「モノカルチャー」は、生態系を危機に陥れる。種子を占有する多国籍アグリビジネス企業は、世界の農業支配を目論んでいるのだ、と。
組み換え技術の開発企業や農家の話を聞き、技術のメリットや作物の安全性を理解した私には、こうした反対論は、アグリビジネス企業に対する科学的根拠のない反発に思えた。
じつは本書の主張も、「アグリビジネス企業の支配力」に警鐘を鳴らすものである。ただし、そこは進化生物学者、かつ卓越した科学の語り手として知られるロブ・ダンである。問題の核心を、本書で鮮やかにあぶりだしてみせた。
■最大の懸念は「多様性の絶えざる低下」
『世界からバナナがなくなるまえに 食料危機に立ち向かう科学者たち』(ロブ・ダン 著、高橋洋 翻訳、青土社)
「アグリビジネス企業によって作り出された遺伝子組み換え作物の最大の問題は、健康に対するものでも、環境に対するものでもなく、害虫、病原菌、気候変動に随時対処する私たちの能力に関するものである」。著者は、そう喝破する。
<遺伝子組み換え作物はこれまで、農業の単純化を促進し、害虫や病原体が単純化された作物を蝕む能力を進化させるスピードを速めてきた。遺伝子組み換え作物が登場して以来、私たちはより少数の作物に依存し始め、しかもそれらの作物は、同じ遺伝子によって守られるようになりつつある。遺伝子組み換え作物を含めアグリビジネスによって作り出される作物に対する最大の懸念は、多様性の絶えざる低下にある。>
事実、本書によると、アメリカで栽培されているトウモロコシ、ダイズ、綿花のうち、殺虫剤として機能する遺伝子(Bt)、もしくは除草剤に対する耐性を付与する遺伝子をもつものの割合は、81%〜94%に達している。それらの両方をもつ品種も多い。
遺伝子組み換えトウモロコシ、ダイズ、綿花の使用率は、アメリカでは「飽和」して横ばいになったといわれるが、それは、遺伝子組み換え作物が栽培される畑の割合が100%に近づいてきたことに由来するという。
「それらの作物への移行が徹底すればするほど、未来における農業の危機に対処する人類の能力が、それだけ強くアグリビジネス企業の対応能力に依存せざるを得なくなる」。そこに、大きな危険が宿っているのだ、と著者はいう。
その論拠として、バナナ、ジャガイモ、キャッサバ、カカオ、コムギ、天然ゴムといった重要な作物がどのように危機に陥ったか、または現在危機に陥っているかが、具体的に語られる。
数人で病原体をこっそり持ち込んだ「農業テロ」により、ブラジルのカカオ産業が崩壊した話には、戦慄した。
戦争中や戦争前後、日本を含む各国が農業テロを仕掛けるための生物兵器を研究していた事実を知ってはいたが、作物の寡占化の進んだ現在のほうが、農業テロのリスクは高いようだ。
そもそも害虫や病原体の「兵器化」はそれほどむずかしいことではない。しかも、農業に対するテロ行為は、すぐには見つかりにくい。見つかっても、犯人の特定は非常にむずかしい。
なぜなら、「作物を蝕む害虫や病原体の多くは、研究されてもいなければ、名前さえつけられていない。命名されているものでも、そのほとんどは、どこから到来する可能性が高いかを予測するのに十分なほど詳細な遺伝的研究が行われてない」からだという。
一方、将来の危機に備えて作物の多様性を守ろうと、文字通り命を懸けて種子の収集や保存に奮闘した科学者たちの物語には、心底感謝し、頭が下がった。日本の農学者、稲塚権次郎によるコムギへの貢献の逸話も語られており、日本人として誇らしい。
■「敵は、いつかは必ず追いついてくる」
2050年には、世界の食糧需要が倍増する一方、地球温暖化のせいで熱帯低地では作物の栽培がさらに困難になるという。
たとえ「ゲノム編集」技術を用いて、病害抵抗性をもつ品種が容易にできるようになったとしても、伝統品種や近縁野生種の保護、さらには、作物が相互依存する生物と環境の保護の必要性は増すばかりだ、と著者は主張する。
その裏には、遺伝子組み換え作物で得た教訓がある。
Bt毒素や除草剤に対する耐性を進化させた害虫や雑草の出現を予想し、科学者は進化生物学を用いて、Bt作物に対する耐性が進化するのを遅らせる「避難栽培」というアプローチを開発した。
たとえば、Btトウモロコシを、Btを生成しない作物とともに栽培すると、後者は、Btに弱い害虫が繁栄する一種の避難場所となる。Btに耐性をもつ害虫がときに進化しても、進化した害虫は避難作物に大挙してとまっている耐性のない害虫と交尾する確率が高いので、その子孫はBt作物を摂取できるほど十分な耐性をもたないのだ。
実際、数学モデルにもとづいて計算されたこの戦略はうまくいった。アメリカとオーストラリアのBt作物の畑では、避難栽培が必須になっている。他の地域でも、強く要請されるようになったという。
しかし、本書に挙げられている過去の事例同様、「敵は、いつかは必ず追いついてくる」。Bt作物に対する耐性をもつ害虫は、すでに5種出現しており、さらに増えつつあるという。
このように、害虫や病原体と作物が互いに一歩先んじようとする進化的な競争を、著者は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に出てくる「赤の女王」の果てしないレースにたとえる。このレースでは、いくら走っても同じところに留まる。前進するには、2倍速く走らねばならない。
栽培化された作物と異なり、近縁野生種は、交雑と害虫のおかげで進化し続けている。したがって、気候変動、害虫、病原体に強い新たな作物を育種し続けるには、「新たな害虫や病原体、あるいは気候の変化が新たな近縁野生種を生じさせるような場所」を守らねばならない、というわけだ。
「農業が集約化されればされるほど、また気候が極端化すればするほど、さらには新たな病原体が多数出現すればするほど、作物の近縁野生種の役割はそれだけ重要になる」という著者の主張には、まったく同感である。
<人類を破滅から救うためには、野生の土地と野生種を保護しなければならないことは自明であろう。私たちが今後も、作物を食べ、ゴムタイヤの車を運転し、文明を維持するためには、それらを保護しなければならない。私たちは、野生の土地を無条件に救うべきだが、野性(野生のゴムノキ、カカオの木を受粉させるハチ、クロバエ、グアユールなど)が持つ本質的な美や価値に関心を持てないのなら、せめて私たち自身のために野生の土地を救うべきである。>
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