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日本各地で暗躍する中国版白タク「皇包車」の実態
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10613
2017年9月25日 高口康太 (ライター・翻訳家) WEDGE Infinity
右肩上がりに伸びる訪日中国人数。さぞ日本人がその恩恵を受けていると思いきや、中国人だけが儲かる中国人のためのシェアリングエコノミーが拡大している。政府は、その実態や規模を全く把握できていない――。 |
7月某日午前1時の羽田空港国際線ターミナル。中国の航空会社で上海から到着した中国人旅客が到着ゲートからあふれ出てきた。到着ロビーでは、男性が中国人の名前を記したカードを掲げている。彼は到着客の女性グループと落ち合うと、便宜的なあいさつを交わし、駐車場に消えていった─。
深夜の羽田空港で待ち構えるドライバー
2015年頃から中国では「境外包車」(海外車チャーター)と呼ばれるサービスが成長を続けている。シェアリングエコノミーの一種であるライドシェア(一般市民によるタクシーサービス提供)の手法で運営されており、ドライバーは現地在住の華人・華僑だ。世界中で「皇包車」「唐人接」「易途8」「蜜柚旅行」「走着旅行」「丸子旅行」など複数のサービスが乱立し、しのぎを削っている。
中国の白タクアプリ「皇包車」の操作画面。世界1500都市の現地ドライバーを手配できる
しかしこれらのサービスは、日本ではいわゆる「白タク」であり違法である。筆者は「境外包車」サービスの実態を確かめるべく羽田空港への迎車とお台場観光を手配し、2回利用した。冒頭はその際に羽田空港で目撃した1コマだ。
選んだのは大手として知られる「皇包車」。中国メディアの報道によると、今年1月時点での同アプリの利用者数はのべ200万人を突破。10万人のドライバーが登録しており、世界80カ国1500以上の都市で展開しているという。アプリでは各都市の登録ドライバー数が確認できる。8月23日時点で東京の登録者数は1838人に達していた。8月29日にもう一度確認すると登録者数は1865人に。1週間足らずで27人ものドライバーが新たに加盟した計算だ。
一週間足らずで、ドライバーが1838人から1865人に増加
サービスには「空港送迎」「移動」「チャーター」の3タイプがある。羽田空港からホテルまでの車を予約したが、思わぬトラブルが起きた。中国から深夜便で日本に到着する中国人観光客を装って予約したのだが、その便が遅延してしまったのだ。
中国はとかく航空便の遅延が多い。もともと便数が多く過密状態なうえに、空域の大部分を人民解放軍が管理しており民間の都合などお構いなしに演習が始まることもしばしば。そうすると空が大渋滞してしまうのだ。他にも大気汚染による離発着制限など落とし穴はいくらでもある。私が搭乗した(ことになっている)便も2時間以上の遅れで、結局空港に到着したのは深夜3時過ぎとなってしまった。
皇包車のドライバーには搭乗便名を伝えている。向こうも遅延しているのは重々承知のはずだ。いくら眠いからといって、搭乗便より先に到着したことにするわけにはいかない。というわけで深夜3時過ぎまで空港の喫茶店で時間を潰していたのだが、これがトラブルの元となった。
搭乗した(ことになっている)便が到着したタイミングで、ドライバーに電話するとなぜかパニックになっている。中国東北地方訛りの中国語で怒濤のように話してくる。中国語はかなり得意なほうだが、とても聞き取れない。落ち着くよう言って話を聞くと、ようやく事情がわかった。航空便の遅延を知り、空港から少し離れた路上に駐車して仮眠を取っていたが、エンジンを切ったままエアコンをつけていたため、バッテリーがあがってしまったというのだ。そのドライバーは副業として皇包車の仕事を始めてまだ数カ月とのこと。車に関する知識はほとんどなかったようだ。
違法白タク、その最高のマナー
素人丸出しの失敗を見せたドライバーだが、その後のフォローは完璧だった。日本語が話せない(という設定の)筆者に代わりタクシーをつかまえ、目的地まで送るよう手配してくれたのだ。ドライバーは中国東北部出身の中国人で、来日から数年たっているというが、日本語は決してうまくない。不自由な日本語で必死になってタクシー運転手に説明する姿は感動的ですらあった。目的地までかかったタクシー料金(約1万6千円)はすべてドライバー持ちだ。私が支払った費用は564元(約9580円)だ。ここから手数料を抜かれた金額がドライバーの収入となる。タクシー料金を負担すればドライバーは大赤字である。なぜここまでドライバーは親身になってくれるのだろうか。
マナーやサービスの良さがシェアリングエコノミーの特徴だ。中国シェアリングエコノミーの雄に「滴滴出行」がある。同社はウーバー型のライドシェアを導入しているが、初期にはタクシー業界から猛烈な反発があった。ストライキや抗議集会も頻発したが、世論は滴滴出行を支持した。ガラの悪いタクシー運転手よりも滴滴出行のドライバーのほうがよっぽどマナーがよいというのだ。滴滴出行では乗車後に客が運転手を1〜5点で評価する仕組みが採用されており、評価の低いドライバーは仕事を受注できる機会が減ってしまう。儲けるためにはマナーをよくするしかないのだ。精神論ではなく、利益駆動型の道徳システムがそこには存在する。先のドライバーも「私は信用を守りますから」と繰り返し話していた。トラブルがあっても自分の評価を下げたくないと必死だったのだ。
ちなみにドライバーが乗客を評価するシステムも組み込まれており、行儀の悪い客はその後ライドシェアを捕まえにくくなる。快適に移動したければ、よい客として振舞うしかないのだ。
皇包車も同様の利益駆動型の道徳システムを採用しており、高評価を受けるほど仕事が増えるうえに、低評価を受けた仕事では報酬が減額されるという、よりドライな仕組みだ。別の皇包車ドライバーに話を聞いたところ、「客への対応にはかなり神経を使う」と話していた。わがまま放題の金持ち子弟を乗せた時はあまりの態度の悪さにむかついたが、「必死に堪えた」という。キレたら収入が減ると思えば我慢もきくといったところか。
境外包車の利便性とコスト
境外包車はスマホで簡単に予約でき、質の高いサービスが受けられる。しかもドライバーとは中国語でのコミュニケーションが可能で、チャーター利用の際にはガイド兼通訳の仕事もこなしてくれる。中国人にとって極めて利便性の高いサービスといえる。ある女性利用者(上海市出身、30代)に聞くと、「言葉が通じない海外なのに、不安なく行動できて便利」と評価していた。私にとって2回目の利用となったお台場観光でもサービスは上々だった。シェアリングエコノミー恐るべしとの感を抱いた。
筆者がお台場観光で乗った車
お台場観光のサービスも上々だった
サービスは完璧だが、料金面はどうだろうか。東京都内観光の1日チャーターで2万3500円程度。皇包車の料金は5人乗りセダンだとタクシーとさほどかわらないが、7人乗り、13人乗りなどの大型車の予約ができ、13人乗りならば1人当たりの料金を3000円程度に抑えることができる。
とりわけ中国の個人旅行客は親戚や友人など、団体で行動することが多い。また大きなトランクを持ち歩くのが一般的で大型車のニーズが高い。皇包車の予約画面でも、乗車可能な人数のほかに大型トランクを持ち込める数が表示されていた。ちなみに民泊も同様の理由で個人観光客の人気が高い。一人頭ではなく一室単位で料金を払うため、狭い部屋に雑魚寝すれば費用がぐっと抑えられるからだ。
利便性の高い境外包車だが、問題は違法な白タク行為であることだ。日本ではライドシェアは認められておらず、タクシー業務の提供には事業用自動車の緑ナンバーの取得が義務づけられている。
また在日中国人がドライバーとして働いた場合、資格外活動として入管難民法に抵触する恐れもある。この法的問題について皇包車を展開する北京純粹旅行有限公司に問い合わせたが、いまだ回答は得られていない。
大手旅行サイトから違法白タクが予約できる中国
法的には明らかに問題を抱えている境外包車だが、中国企業にとってそんなことはお構いなし。中国旅行サイト最大手の「携程旅行網(シートリップ)」や個人旅行オーダーメイドで人気の「途牛旅遊網」、同じく個人旅行に強くシートリップに買収された「去哪児網」などの旅行サイトからも予約できるほか、街中でも広告を見かけるなど、アングラなイメージは一切ない。
中国の旅行サイトではレンタカーを借りるのと同じように「白タク」を予約できる
皇包車は今年1月に2億1000万元(約34億7000万円)のB+ラウンド融資(Bラウンド融資は、ビジネスモデルを確立し事業拡大を目指す段階での資金調達。+はそれを繰り返したことを示す)、「易途8」は昨年8月に1億5000万元のBラウンド融資を獲得し、順調に成長している。
「唐人接」はシートリップに買収されており、境外包車は成長分野としてビジネス界でも注目を集めている。利用者数も順調に伸びているようだ。シートリップの境外包車部門は、今年7月期の境外包車利用件数が1万件を突破し、前年同月比700%と急成長したと発表している。
こうしたサービスが評価される理由には、中国人観光客がツアー旅行を避けて、個人旅行へシフトしたことがある。中国ではツアー旅行に対する悪評が絶えない。ツアー旅行を手配する「ランドオペレーター」は各地の免税店からのキックバックを主な収入としているため、旅行といっても免税店を回るばかりでろくに観光もできないことが多いという。
そこで中国で起きているのが個人旅行ブームだ。日本を訪れる中国人の数も2014年の240万人から2016年には637万人と約2.5倍に急増しており、昨年には初めて、中国人への個人観光ビザの発給数が団体観光ビザを上回った。
(注)中国人への団体観光ビザと個人観光ビザ(マルチビザを含む)の発給件数
(出所)外務省「平成28年ビザ発給統計」を基にウェッジ作成
中国人による中国人のための中国人だけが儲かる観光ビジネス
中国人観光客が増えることで国内での消費につながれば喜ばしいことだ。しかし今、皇包車のような「中国人による中国人のための中国人だけが儲かる観光ビジネス」が移動サービス以外でも急速に広まっている。
その代表例は民泊だ。需要を見込んで、中国系民泊企業は日本進出を加速させている。来年1月には住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行され、全国的に民泊が解禁されることもあり、中国人観光客の民泊活用はさらに加速するだろう。
8月に楽天傘下の楽天ライフルステイ(東京)との提携を発表した中国系民泊企業「途家網」は、20年までに日本国内で物件20万件を確保し、年250億円の売り上げを目指すと発表している。
中国系プラットフォームが個人旅行をも囲い込もうとする動き。これは日本だけではない。お台場観光のドライバーによると、「世界中、中国人がいる場所ならばすべてこうしたサービスはある」という。もちろん以前から在日中国人相手だけに営業している白タクは存在した。ただし、それは口コミやローカルネット掲示板というディープな世界を知らなければ使えないものだった。今やスマホアプリをダウンロードするだけで、世界中どこでも白タクに乗れてしまうわけだ。
民泊もそうだ。無認可の宿泊所は何も昨日今日始まったわけではない。誰でも簡単に利用できるようになった点が革命的なのだ。かつてはコネやら知識が必要だったアングラな世界が、インターネットのプラットフォームに引きずり出されることによって、また、シェアリングエコノミーという大義名分によって、誰でも自由に使える存在に変わっていく。そうした静かな革命が世界で起きつつある。
規制をかけても地下に潜るだけ
上述の通り、「境外包車」は中国では人気のサービスだ。ところが日本では散発的な報道があるぐらいで一般的にほとんど知られていない。タクシー業界や空港、あるいは警察など監督官庁はこの問題を知っているのだろうか。取材を進めると驚くべき事実が浮かび上がった。
タクシーの業界団体、空港、警察、国土交通省と取材を進めても、知らぬ存ぜぬとの答えが返ってくるばかり。羽田空港を縄張りとしているタクシー運転手に話を聞くと、「えっ、そんな白タクがあるんですか」と目を白黒させた。成田空港は「顧客からの投書があったが、実態は承知していない」との答え。羽田空港国際線ターミナルでは「確認していない。我々のターミナルは狭く、そうしたサービスを行う余地などないのでは・・・」との回答があった。ほかならぬ問い合わせた私自身が先日利用したばかりなのだが。
現場は理解していなくともお上はわかっているはず、と警視庁、国土交通省に問い合わせてみたが、そうした実態は把握していないとの答えが返ってくるばかりだった。
中国の街中で宣伝されているようなサービスを日本の監督官庁は理解していないのか!? と驚いたが、よく考えてみると仕方のない話だ。なにせ境外包車と一般自家用車は外から見る限りなんの違いもない。「自家用車の送迎が少し増えましたね」と、まったく勘づかなくとも不思議ではない。
日本各都市のドライバー数(8月23日時点)
ただ、日本が観光立国を目指すならば、単に外国人を誘致するだけでなく、彼らの動向を把握し、ニーズをくみ取って、民泊のように必要なサービスについての規制を緩和していかなければならないだろう。皇包車のようなライドシェアに対するタクシー業界からの反発は必至だが、一律に禁止することは難しいのではないか。そもそも、禁止を続けてもその広がりを止めることはできない。
インバウンド評論家の中村正人氏は「日本がルールを仕切る側にならないと日本にお金は落ちてこない。しかし、行政にその姿勢が見られない」と嘆く。
税制に詳しい中央大学法科大学院の森信茂樹教授も「ライドシェアの規制が残っていることによって、結果的に皇包車のように地下に潜ってしまう。日本でビジネスを展開しているにもかかわらず、ドライバーや事業者の所得を把握し、課税をするような議論にはとてもたどり着けない」と指摘する。
このままでは訪日中国人の観光需要を、テクノロジーを使った中国人たちに奪われる一方だ。まずはサービスの実態を把握し、日本の事業者も公正な競争ができるように、観光政策と各種規制の折り合いをつけることが政府の喫緊の課題である。
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