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フランクフルトモーターショーでドイツのアウディが発表した完全自動運転車のコンセプトモデル(c)朝日新聞社
「自動運転」技術で遅れた日本…欧米の“カモ”にされる?〈週刊朝日〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170920-00000009-sasahi-ind
週刊朝日 2017年9月29日号
ドイツのアウディは17年7月、自動運転車「A8」を今秋に発売すると発表した。人ではなくクルマ主導で動くレベル3の自動運転車として世界初。日本勢では、先頭を走る日産がレベル2、他社はレベル2の商品もまだ発売できていない状況だ。その要因をジャーナリスト・井上久男氏が解説する。
自動運転で日本勢が出遅れたのは、「バーチャル設計」を軽視してきたからだ。仮想的なシミュレーションを駆使して、設計段階の工程を効率化する方法。ものづくりの革新につながる手法として、注目されている。
自動車はコンピューターの塊と化しつつあり、ソフトウェアの量を示す「行数」は高級車ともなれば、最新鋭航空機の2倍近い1千万行とも言われる。自動運転のクルマでは、さらに行数が増える。
高速走行や悪路での運転など、様々な環境を想定。こうした条件下で、ソフトがどのように干渉したり、協調したりするかをバーチャルで確認するノウハウが求められる。実物で確認しようとすれば、開発に膨大な時間がかかるためだ。
ある日本のベテラン技術者は「トラックのブレーキシステム開発だけで、500種くらいのソフトがある。それを実車で確認しながら開発すると、費用は莫大になる」と話す。
こうした現実を見据え、ドイツではバーチャル設計のシミュレーションソフトを開発する企業が力をつけてきた。マツダのスカイアクティブエンジンは、コンピューター制御で燃費の良さを実現させたが、ドイツ製ソフトを使って複雑な開発を短期間で終わらせた。
日本もCADやCAM、CAEといったコンピューター技術を使った設計、製造、解析支援を取り入れてはいる。ただ、これは止まっている状態での静的解析が中心。ドイツのシミュレーション技術は時速200キロの高速状態を仮想で作り出し、クルマの様々な動きを解析できるほど優れているという。
業界では、この技術開発で最も遅れているのがトヨタと言われている。
トヨタは「現地現物」を企業哲学の一つとして掲げている。実車で確認しないと不具合が発生してリコールが多発すると考え、バーチャル設計に力を入れてこなかった。これが裏目に出た形だ。トヨタは豊富な開発資金と多くの要素技術を持つのに、EVや自動運転で出遅れた。それは、バーチャル設計のノウハウが足りないからなのだ。
自動運転技術への出遅れは、もう一つの危機も生む。技術標準など、業界のルールづくりへの乗り遅れだ。
ドイツメーカー関係者は「シミュレーションソフトは実物で確認する以上に精度が高い。実物の試作車をいかに減らして開発する力があるかが、今の時代は問われる」と言う。ドイツはこのシミュレーション技術でデファクトスタンダード(事実上の標準)を獲得するねらいだ。
ある部品メーカー関係者は「負けを認めたトヨタは最近、ドイツのソフトを開発部門に全面導入することを決め、大きく方針転換した」と打ち明ける。
自動運転のソフト開発で、日本包囲網ができつつある。
「ユダシティ」と聞いても、それが企業名だと気付く人は国内ではまだ少ないだろう。同社は、米シリコンバレーに拠点を置くオンライン教育のベンチャー。すでに200億円近い投資を受けている。人工知能やセンサーなど自動運転に関する教育コンテンツを提供することが主な事業だ。
創設者はグーグルで自動運転担当役員を務めたセバスチャン・スラン氏。スタンフォード大学で人工知能を研究する教授だったが、グーグルに転じ、革新的技術開発をねらう専門チーム「グーグルX」を立ち上げたことでも知られる。
自動運転の技術はどんどん進化する。いずれ一部のクルマは人工知能を備え、ロボット化する時代も訪れる。開発現場が求める知識と大学で学ぶ内容はギャップが出始めており、ユダシティはそれを埋めることがビジネスチャンスだと判断した。
約200のカリキュラムがあり、登録者は初級から上級まで約400万人いるという。たとえば、自動運転のカリキュラムでは、センサーや位置測定などの最新技術を学ぶ。実際に開発したソフトを、ユダシティが保有する自動運転車に搭載して動くかどうかも確認する。9カ月程度の受講期間があり、受講料は2400ドル。講義は英語で、数学、物理、プログラミングなどの基礎知識が必要になるそうだ。
ユダシティは「二つの野望」を持つ。
まずは、技術の標準化戦略の推進だ。人材サービス企業と連携し、修了生の転職支援などもしている。同社のコンテンツで自動運転を学んだエンジニアが増えれば、その考え方や手法が自然とデファクトスタンダードになるだろう。
シリコンバレー駐在経験がある日本メーカーの技術者は、こう説明する。
「組織運営には、OBも含めてスタンフォード大とグーグルの関係者が関与している。自動運転でもグーグル方式の技術を世界に普及する別動隊ではないか。日本はこうした動きの蚊帳の外に置かれている」
講習カリキュラム作成を担当するのは、独ダイムラーや画像処理の半導体に強い米エヌビディアなど。このほか、「パートナー」と呼ばれる協力企業がある。米国のグーグル、フェイスブック、アマゾン、ドイツのBMWやボッシュ、韓国のサムスン……。日本企業は今のところ一社もない。
ある日本企業がユダシティのパートナーになろうと打診したが、「日本企業はクライアント」と一蹴されて断られたという。日本企業を「カモ」にするねらいではないか。
二つ目の野望は「クルマのスマホ化」だ。
アンドロイドがスマホの基本ソフト(OS)で主流となったように、ユダシティ自体が自動運転用ソフトの開発をねらっていると見る向きもある。自動運転のOSにアンドロイドのようなものが誕生すれば、スマホと同様に、ハードでの製品の差別化は難しくなる。
クルマのスマホ化では、世界最大の部品メーカー、ボッシュも動く。
エンジン制御など心臓部の車載ソフトを無線を介して更新する事業を18年末ごろから欧州で始める。この事業は「FOTA(Firmware Update Over the Air)」と呼ばれる。スマホのソフトをアップデートすれば新機能を即座に使えるのと同じ考えの技術だ。
車載ソフトはこれまで、リコールなどのトラブルがない限り、新車購入後に書き換えられることがなかった。書き換える場合、整備工場に行く必要があったがそれも不要となる。自動運転時代はソフトを常に更新しないと、安全対策などの新機能を使えない。そのために必要な技術でもある。
この分野で先鞭を付けたのが米テスラ・モーターズ。15年に発売したモデルから採用し、アップデートの準備ができると、車内の画面に表示される。テスラの導入当初は「クルマ版iPhone」とたとえられた。
ドイツや米国の企業の動きは、日本の自動車産業のこれまでの「常識」を破壊するものだ。競争のルールを変えようとしている、とも見て取れる。
かつて、ホンダの創業者、本田宗一郎氏は「不常識が大切」と語った。非常識ではない。過去の常識を健全に否定し、新しいことに挑戦することが重要という意味だ。日本の自動車企業は今まさに、この「不常識」の発想が求められている。
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